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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第四話 ~第二の罪 自己保身~
30/32

大変遅くなってしまいました……。申し訳ないです。


「おっと喋りすぎちまったな。進捗はっと……、三部の真ん中くらいか。残り七分だぜ」


愛里が時間を告げる。神之崎はその目をホログラムから外さずに小さく頷いた。


「み、みみ、水城くん、ちょちょちょっと聞いてもいいかな」


突如声を掛けられ、立ち上がり振り返る。

そこには悠川が腰を低くし、疑念に満ちた目を俺に向けていた。


「……何だ?」

「……み、御月さんと急に親しげだけど、な、なな何があったんだい?」


自分の左腕を執拗に掻きながら小声で言う悠川。

その行動が不潔そうに感じて思わず数歩後退する。


……疑念の理由はそれか。

”怜南”と呼んでしまっていた事、顔を合わせた時とあからさまに違う行動を取っていた事が原因だろう。

自分の迂闊な行動を悔やんだ。

実の姉に会えたという嬉しさか、油断してしまったらしい。

全く俺らしくないなと我ながら思う。

……こいつらに、怜南と俺が姉弟であると正直に話すべきだろうか。

しかしそれは、自ら弱点を晒すようなものだ。

もし話した場合、こいつらの誰かが死にたくないからと言って怜南を人質に取り「自分の代わりにやれ。やらなければ御月を殺す」と俺を脅したら、俺はその取引に従わざるを得ない。

そうなれば俺達の命に関わる。


外見だけで全て分かるわけではないが、悠川の容姿に着目する。

悠川は猫背だからか俺の顔を覗き込むような姿勢だ。

それに加え奴の四白眼は視線を合わせず、左右をきょろきょろとしている。

見ての通りの挙動不審。落ち着きがない。

こいつも何をしでかすか分からない、そう判断し口を開こうとする。


「ぼ、ぼく、人の目を見ると少しわわ、分かるんだ。ど、どんな人間か」


と、悠川はぼそぼそと話を続けた。


「む、昔から、ひ、ひとの顔色窺ってたから、ね……」


他の奴らの話し声に埋もれ聞き取りづらいその声を聞き取ろうと、聴覚に神経を集中させる。


「みみ、水城くん、他人なんかどうでもいい、って目をし、してるんだ……。だ、だから、そそ、それなのに何でだろうって、気になって……なんてね……」


言葉の最後の方は消え入りそうに小さかったが、そんなことはどうでもよかった。

……目を見ただけでどんな人間か分かる、だと? 馬鹿らしい。何の根拠もないただの勘で物事を言うな。

そう考えつつも、言い当てられ気味の悪さを覚える。

やはり信用ならない。黙っている方が良さそうだ。


「……お前に話す必要があるか?」


あくまで冷静に拒絶の言葉を並べる。


「信用に値しない人間に、必要以上の事を話すつもりは毛頭ない」


軽く睨み付けてやると、悠川はびくっと身震いし背を向ける。

ぶつぶつと独り言を呟きながら、部屋の隅に膝を立てて座り込んだ。

疑われるような言動は慎むべきじゃないか、といった内容の独り言に、お前にも同じ事が言えるぞと内心言い返す。


「おーとうとう四部目か。よく読めるなこんなもん。はいはいすげーすげー」


愛里が適当な拍手をしつつ、興味なさげに棒読みで褒める。

そしてタイマーの表示が再び”15:00”に戻った。

……長かったが、これで終わりだ。

ギロチン台を睨み、こんなものを目にするのはこれで最後にしたいと願う。


「美海!」


その時、神之崎が大きな声で名前を呼んだ。

その予期せぬ行動に驚く。奴の視線はホログラムからモニターへと移っていた。

……余計な真似を。俺達の命が懸かっているのを理解しているだろうに。

お前は今やるべき事だけに集中していろと怒鳴りたい気持ちを抑え、気を揉む。

あ?と半ば苛立った様子で愛里は神之崎に目をやった。


「リサ、リサね、今までずっと、後悔してきたの。なんで、なんで”あんなこと”しちゃったんだろうって。き、きっと、リサが強かったら、こんなことになってなかったよね……」


神之崎は目に涙を溜め、必死に言葉を連ねる。

その声は酷く震えているが、死への恐怖によるものなのか本音を吐くことへの躊躇いによるものなのかは分からない。

しかし、愛里の神経を逆撫でするような言葉に変わりはないだろう。

俺は嫌な予感がして身構える。


「すごく今更だって、分かってるよ。もう何もかも遅い、全部、リサが悪いんだって……。でも、でも……! どうしても、謝らなきゃって! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、美海、本当に、ごめんなさい!!」


涙を滝の如く流し、嗚咽を漏らす神之崎。

痛い程の沈黙。

画面の向こうの愛里は顔を覆って黙り込み、その肩を小刻みに震わせている。

誰もが口を閉ざし、二人の様子を見守った。


「……っは、ははは」


乾いた笑い声。

勢いよく顔を上げた愛里の左目がギラリと光った。

それは涙ではない。仮面越しにでも分かる、怒りに満ちた目だ。


「ひひひひ、ははは、あっはははは!! これぞ加害者の典型例だな!! このクソビッチ、サイッコウに最低だぜ!!」


かつてない歓呼を上げる愛里。

呼吸困難になりそうな引き笑いのうるささに顔を顰める。


「み、美海……」

「”今更謝るんじゃねぇよ、迷っちまうだろうが”とか言って欲しかったか? ないないない! そんな都合良い話あるわけなーい!! 謝ったらオレの心が揺らぐとでも思ってた? 思ってたんだろ? けけけっ、残念でしたー!!」


面白がるようにバンバンと机を叩く音が、室内に木霊する。


「オレは謝罪を聞きたくて、罪を償って欲しくておまえをココに連れてきたんじゃねぇし。オレ自身の決着を付ける為だし。さっきも言っただろ聞いてねぇのかよ。つーかさあ、おまえみてぇな奴って”相手の為を思って”って名目で謝罪したがるよなー。本当は自分が持つ罪悪感を消して楽になりたいだけのクセによ!」


神之崎は真剣な表情だ。

本心から出た言葉なのだろう、しかし愛里には伝わらない。

当然だ、という気もする。何せここまでする奴らだ。

謝罪して済む問題ならば、きっとこの場に俺達はいない。


「そんなのじゃないよ!! リサは、リサは、あの時からずっと後悔して、許して貰えないの分かってるけど、でも、それでも――」

「――黙ってろ売国奴がぁ!!」

「……!」


愛里の言葉にざわめく。


「おまえの言葉なんか誰が信じるってんだ、あぁ!?」


声を尖らせ神之崎を威圧する。

売国奴、だと……? 神之崎が?

衝撃を受け疑惑の目を神之崎に向ける。

奴の顔が、その言葉が真実であると物語っていた。

噛み締めた唇に、床に落とした視線や反論をする気が感じられない表情。

にわかには信じがたいが……。


「ば、売国奴……?」


氷石が驚愕を露わにしながら反復した。

こんな奴が自国を売るなんて大それた真似をするような人間には見えない、恐らく誰もがそう考えているのだろう。

俺もその一人だ。


「ああ……そうか、おまえら全員お互いの事何も知らねぇんだっけ」


愛里は思いきりぼりぼりと頭を掻き、昂った感情を静めるように息を吐く。


「言葉通りの意味だぜ? こいつは自分を守る為と金欲しさに、反政府組織に加担してこの国の情報を中国に横流ししてんだ」

「なん、で、知ってるの……、なんで……」


視線を下に向けたまま神之崎がぽつりぽつりと声を漏らす。

理由を問うという事は認めたも同然だ。

神之崎は売国奴、それは事実。


「情報収集は基本だろ、何の為にオレらここにいると思ってんだ?」


そう言い仮面の奥で嘲笑う愛里の顔がありありと浮かび上がる。

少し悩む様子を見せた後、何度も小さく頷くと、こうなったら今全部喋ってやるかとひとりごちた。


「おまえらこいつに出した問題、見てたか?」

「……漢文、だろう?」


愛里の問いに答えると、パチンと指を鳴らす軽快な音が響いた。


「怜也せいかーい。そう漢文。漢文っつーか、中国の文書って言った方が正しいのか、今のは。まあどっちでもいいや。こいつはよ、小説家としては無名だけど漢文学研究者としてその界隈では有名人なんだよ、知ってるか?」


俺は口を閉ざした。

漢文学には興味がなく授業外で触れてはいないし、”神之崎リサ”という名前を目にした記憶もない。

他の奴らも首を傾げている。

ただ、俺の推測通り小説家であり漢文学研究者である事は間違いないらしい。


「いや知ってるワケがねぇんだ。そうだろ? 神之崎」

「……」


神之崎からの返答はない。

おまえが言わないのならオレが言ってやる、そんな意味を込めたように鼻を鳴らす愛里。


「こいつは”神橋美沙(かんばし みさ)”ってペンネームで活動してんだよ、本名じゃなくてな」

「あっ、さっきの小説の……?」

「そうそう。小説だけじゃなく論文なんかもこの名前で書いてんだ、だから”神之崎リサ”なんて人間はだーれも知らなくて当然」


怜南の言葉を聞いて先程の教室のような部屋を思い出す。

並べられている机の一つに表示されていた、表紙に『心腹ノ友 著:神橋 美沙』と書かれた分厚い文庫本。

あれはやはり神之崎が書いたものだったか。


「その名前なら聞いたことあるよ。僕の友達がその作家が好きで、その本も読んでたし。その小説、女子の友情を書いた青春物語で、いろいろあって一度は仲違いするんだけど和解して生涯の友達になるっていう話だとか。主人公が同じ中学生で作家の体験に基づいてるから感情移入してすごく泣いちゃった、とも言ってたな」


闇野が顎に手を添えそう話した。

タイトルからなんとなく察していたがその通りだったようだ。

……神之崎には悪いが、案の定全く興味を惹かれない。俺が知らなくて当たり前だな。そう納得する。


「ははっあんなクソみてぇなご都合主義物語読んで泣くのかよ中学生」


愛里は呆れながら嘲笑った。


「オレが部下に読ませて教えてもらったけど、あれな、オレとそのクソビッチの中学ん時の話をそのまんま書いたもんなんだぜ。驚きだろ」

「……! 美海、あれ……!」


神之崎が愛里の言葉を聞いて視線を上げる。

涙で潤んだ目には輝きが戻り、複雑な感情が渦巻いていた。あれは喜びか。

その様子を見た愛里は大袈裟におえっと吐く真似をすると、右手の中指を突き立て低い声で唸った。


「なんだその目、キッモ。マジでファック! 何、あれで贖罪のつもりか? あんなんおまえの自己満足じゃねぇか、笑わせんなよ。あ、退屈させねぇって言ったしおまえらにも分かるように話してやんなきゃな。えーっと、内容をざっと説明すると……」


手元の液晶を見ながら愛里が語った内容はこうだ。

中学一年生の主人公には親友である女子がいたが、ある時主人公の言葉一つでその親友がいじめのターゲットになってしまう。

それをひどく後悔した主人公は”このままではダメだ”と勇気を出して親友を守るために行動する。

様々な困難を乗り越えた結果、いじめはなくなった。そして主人公は自身のしたことを洗いざらい話し謝罪をする。

親友は全てを話してくれたからと主人公を許し和解する、というものだ。

こういった小説を読んだことのない俺が言うのもなんだが、なんともありふれていそうな物語である。

この話が今関係あるのか、甚だ疑問だ。

モニターの隅に表示されているタイマーを見ると、八分をきっていた。

このままでは津河井の二の舞になるのではないかという一抹の不安を覚える。


「この話、いじめのターゲットになって、ってとこまではそのまんまだけどそれ以降は完全な作り話なんだよ。オレはこのクソビッチが自己保身に走った所為で代わりにいじめられ、それを見てたこいつは何日何週間経とうと助けてくれやしなかった。それどころか他人のフリまでしやがってさあ、信じらんねぇだろ。親友だと思ってた人間が気付いたら敵になってたんだ。心当たりはねぇし意味分かんねぇし、あれは悲しかったぜ。毎晩毎晩泣いてたくらいにはな」


自嘲なのか神之崎を嘲っているのか分からない笑い声を時々漏らしながら、淡々と話している。


「親のことがあったから半年ぐらい粘ったけどな、無理だったぜ。いじめは治まんねぇしだんだん過激になっていくし親友には裏切られたまんまだし。その所為で他人に会うのなんかもちろん、外に出ることすらできなくなった。あー、学校なんて単語聞くだけで頭ん中真っ白になって暴れてたっけな。そっからあとはどん底まで落ちるだけ。親に見捨てられて施設行き、国から与えられた金で飯食って四六時中パソコンやってるクソニートの出来上がりだ。……オレをこんなクソみてぇな人生に追いやった張本人はオレのことを小説のネタにした挙句、嘘で塗り固めて良い話で終わらせようとしやがった」

「ちっ違う……!! リサは」

「しかもあとがきにな、こんな事書きやがったんだぜ? えー、”過去に私が犯した過ちを償い、親友に謝罪するためとその親友と築きたかった生き方を伝えるためこの話を執筆した。彼女に会えないゆえにこのような形で謝罪することを許してほしい。私は当時の愚行を後悔し続けている。私が弱いばかりに彼女をひどく傷付けてしまった。許されないのは分かっている、拒絶されるのも分かっている、しかしそれでも謝罪し続けなければならない。本当に、本当に申し訳ないことをしてしまった”ってな。あー、サムすぎて鳥肌が立つぜ。こんなんさあ、こっちからしたら怒りしか覚えねぇだろ? やっぱり加害者ってのは被害者の気持ちなんかぜーんぜん分かってねぇんだ、ってハッキリ分かったよ。オレに対する贖罪を口実にして、自分の抱えてる罪悪感を軽くしたいだけってのも丸分かり」


神之崎の言葉を遮り、愛里は言い切った。


「とまあ、余談はこんくらいにして。大体分かっただろ? こいつがどんな奴だってことが。んで、さっきの売国奴って話だけど」


軽く咳ばらいをし、さらに話を続ける。

途切れることなく話している所為か、初めとと比べて声がよりがさがさとしゃがれていた。


「ここ数年、海外からの輸入に頼らないとか個人輸入を法律で禁止とか、そんな方針のせいで輸入物なんてほとんど入ってきやしねぇ。それに加えて文書にしろなんにしろ、表現物には検閲がつきもんだ。だけどな、例外もあんだよ。学問や技術の研究って名目のもんなら、政府を通して輸入できて検閲も回避できる。公権力を持つ奴らにゃあ意味不明なもんだから見ても無駄だ、とでも思って見てねぇんだろうなあ。まあ、中国がどんな対応をしてるかは知らねぇが、研究者のこいつが輸出入するのはなんてことないって訳よ。それを利用して、こいつは中国が求める情報が書いてある指示書を研究用の書物として輸入し翻訳、それを反政府組織に送る。しばらくして情報の書かれた文書が送られてくるからさらに翻訳して中国に送り返すって寸法だ。当然、歴史的な価値があるように見せるための細工も忘れねぇ。そんでもって金貰って、こいつは自分のやりたい事やって生きてんだ、最高だろ?」


吹き出し笑いをし、肩を震わせる愛里。

その話を聞いて応対するものはいない。

俺は唖然とし何も言葉が出なかった。

全てを鵜呑みにするわけではないし、愛里の主観に基づいた話だ、神之崎に対する悪意がないとはいえない。

だが、それでも同情の余地もない悪人であることには変わりないだろう。

国家に対する反逆は、内乱罪が適応され即刻処刑と決まっている。

実際に処刑が行われたのか、いや反逆者が存在したのかすら俺達一般市民には分からないが。

そんな危険を冒してまで、神之崎のような人間が反政府組織に手を貸したというのか。


「その目的は何だってんだよ……?」


柊が声を震わせながら問うた。

愛里はうーんと唸った後、手を打ち鳴らして口を開く。


「第四次世界大戦を引き起こして日本を滅ぼす為じゃねぇか? 自分を受け入れてくれない国を壊して中国に亡命でもすんだろ」

「こんな子どもがそんな……」


才條が口を挟むが、それ以降は言葉を紡がずに黙りこくった。

尋ねた柊も目を伏せ口を閉ざす。

肝心の神之崎は黙ったまま何も話そうとはしない。


「こーんなゲスいことしてるクセに、オレにしたことを後悔してた、だあ? ギャハハハハちゃんちゃらおかしいぜ!! それを心から思ってる奴がよ、親友を売ってさらに国を売るかよ!! こういうのを支離滅裂って言うんだぜ! なあおまえ、オレより脳みそ使えんだろ? ならよく考えてみろよ、自分の行動を踏まえた上で自分の言動が信用に値するかどうかをさあ!」


神之崎の強く握り締められた左の拳から、血が滴った。

悔恨の念を抱いたその顔には絶望が滲んでいる。

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