Ⅴ
愛里の言葉と同時に、照明が落とされ再び暗闇に包まれる。
そして、どこからかスポットライトの光が差し込み神之崎を照らした。
照らし出された神之崎は身体を震わせ涙を流していた。
その視線は、彼女には見えない刃の方に向けられている。
するとその顔から約三十センチの距離に、顔程のサイズのホログラムが二つ投影された。
「神之崎に挑戦してもらうのはそこに表示される、奴”お得意の言語”で書かれた文章を読み解くこと。ただそれだけ。単純明快だろ?
制限時間はー、うーん何分だっけ。あ、十五分だ。四部用意してあってそれ一つにつき十五分。一部の字数は大体四万字。読み解いた文章の入力はアイトラッキングな」
赤いレーザーポインタが神之崎の額の拘束具に当てられる。
「その拘束具が眼球運動を測定出来るようになってるんだぜ。だからあんまり暴れてぶっ壊しちまったら、おまえら全員お終いだから注意しろよな。まあ、まずないだろうけど。んで、右のホログラムに表示されてるキーボードがあるだろ。打ちたい文字に視線を合わせてまばたきで入力。分かったか?」
神之崎は小刻みに頷き、理解を示した。
「よし、準備はいいな、神之崎。じゃあタイマースタート!」
ふっ、と赤い光が背後から射す。
振り向くと、モニターの上部に赤いデジタルタイマーが表示されていた。
「リサさん、大丈夫です。落ち着いて考えてください、焦る必要はありません」
怜南が神之崎に声をかける。
それに応じて神之崎小さく頷くと、涙をぐっと堪えホログラムを睨み付けた。
そのホログラムには白文の漢文が表示されている。
字体は繁体字だろうか。古い書物の文章らしい。
この文章を現代語訳しろ、というのが神之崎に課された問題か。
……神之崎は文学に精通しているようだ。
十九歳という事は、大学で漢文について研究しているのか。
津河井は犯罪心理学研究者であると口にしていたし、神之崎も文学に関する研究者なのかもしれないな。
先程の教室のような部屋で映し出されていた小説を神之崎が書いたのだとしたら、小説家という可能性もある。
”心腹ノ友”というタイトルから友情をテーマにしているものだと分かるが、聞いた事も見た事もない。
俺が全く興味のないジャンル故に知らなかっただけで世間では有名な小説家なのか。分からないな……。
著名人くらいは頭に入れておけば良かったと少し後悔する。
「神之崎以外も退屈させねぇよ? オレはヤサシーからな」
ぱん、と手を打つ乾いた音が響く。
そして咳払いをし、大きく息を吸い込む愛里。
「罪深き悪人の神之崎リサを処刑してくれる、このちょーっと特殊なギロチン台の説明をさせてもらうぜ。このオレが張り切って用意したんだから、神之崎おまえもちゃんと聞けよな!」
待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
スポットライトがギロチンを上から下まで舐め回すように照らす。
重々しい刃が光を反射してギラリと輝いた。
刃の存在感が神之崎を頼りなく小さな存在に感じさせる。
「悩んだんだぜ? どんな拷問にするか処刑にするか、何日も何か月も何年もな。だって沢山あるだろ? 有名どころで審問椅子に鉄の処女、ファラリスの雄牛、凌遅刑、スペインの蜘蛛……って、そりゃまあたーっくさん。おまえらにうってつけのもんがさあ」
そう高らかに笑うと、その笑いが大きな溜め息へと変貌する。
「……でも一日じゃ足んねぇからって、拷問は却下されちまった。残念残念。オレは十二分に苦しんでから死んで欲しかったのに」
愛里の、”俺達の死”が前提となっている話に、若干の苛立ちと恐怖を覚える。
こいつらには俺達を生きて帰す気がないのではないか、という恐怖。
ルールとタイムリミット、動揺せずに解答すれば簡単な問題。スムーズに出来れば全員生存も可能な筈だ。
それにも関わらずこの口ぶり。
ルールなど元から無意味なのか、それとも動揺させる事が狙いか。
”復讐”が目的なのは分かりきっている。しかし復讐だけならばこんな大掛かりな仕掛けは必要ないだろう。
他に”俺達を殺さなくてはならない”目的があるのか……?
「じゃああっという間に殺せる処刑方法って何だ? 絞首刑か? 股裂きか? 串刺し……あ、串刺しはさっき津河井でやったよな」
その言葉で思考が中断され、あの光景が蘇る。
上下左右から飛び出した針。それによって串刺しにされた津河井。広がる血の赤と、その臭い。
人生で初めて遭遇した、生々しい死の光景だ。
生きてここから出たとして、一生忘れる事は出来ないだろう。
「本来の串刺しは肛門から杭を刺すんだ。それで、自分の重さで徐々に徐々に突き刺さる苦痛を味わいながら三日とかで絶命するもんなんだけど、志慈がさあ、顔も見たくねぇから手っ取り早くかつ無様に殺してやりたい、って言ったんだ。まあ時間もないしな。だから全然違う形の串刺しになった。ひひっ、あいつも結構エゲつないこと言うよなぁ、見た目によらず」
……あの時の”上手くいった”とでも言いたげなあの笑顔は、そういう事か。
星科の顔を思い出し、不快感が込み上げる。
「おっと話がズレちまった。まーそこで、ギロチンの登場だ! ギロチンは十八世紀のフランスで”人道的な処刑方法”として発明されたもんなんだぜ。死刑囚は苦しめちゃいけねぇんだってお偉いさんが言ったんだと。優しいよなぁ。装置の組み立てはちょっとめんどいけど、原理は至って簡単! 罪人を台に固定したら刃を落として首をスッパーン! それだけであっという間にご逝去って訳」
愛里の言葉に合わせてライトが上下に動く。
「だけどよ、どうせ一発で死んじまうんならもっと派手にやった方が楽しいだろ? オレらせーっかくこんな晴れ舞台を用意してやってんだしさ。だからオレが改良を加えたんだ! しかと目に焼き付けろよ!」
スポットライトが消え、部屋の照明が眩しく灯りギロチン台の全貌が再び露になる。
「このギロチンは高さこそ普通と殆ど変わんねぇが、重りを含めた一トンもあるギロチンの刃で首や腕だけじゃなく全身を前後に真っ二つ!! 骨だって一刀両断する優れものだ!! 刃の切れ味は最高だから断面もキレイだぜ。人体の中身をじっくり観察する良い機会だな! あ、落下速度は大体時速三十キロ、時間にして〇・八秒ってとこ」
嬉々として説明をする愛里の声を鬱陶しく思いながら、目の前に佇むギロチン台を改めて眺め身の毛がよだつ。
身体を切断する時間は実質〇・一秒以下だろう。
もし神之崎が失敗したら……。その先は考えたくない。
人間の身体がそんな一瞬で破壊され、命を奪われる。
全くもって未知だ。理解が及ばない。
いずれ俺の番が来るだろう。俺は、耐えられるだろうか。この未知の恐怖に。
落ち着こうと拳を強く握り込む。
掌に爪が食い込む痛みは生を強く感じさせた。
「このギロチンは機械制御式で、今オレの上に表示されてるタイマーがゼロになると作動、ゼロになってからキッカリ五秒後に一トンの刃が落ちるようになってる。んで、神之崎はさよならだ」
神之崎が目の前のホログラムからモニターに視線を移し、”やめて”と言わんばかりの表情で見つめる。
下品に笑っていた愛里が、それを見て笑うのをぴたりと止めた。
「お、神之崎ビビってんのか? こんなことでビビるようなタマじゃねぇだろ? けけっ、安心しろよ、いくらオレがおまえのそのカワイコブリッコのキモい目が嫌いだからって、ルール無視して今すぐ刃を落とすなんてしねぇからさ。……あ、やっぱどうしよう、おまえに見られてたらムカついてきたわ。このコマンド打てば刃落ちるんだよな、どうしようかなー」
モニターを横目に見ると、その向こうで愛里は顔を俯かせながら両手の人差し指でキーボードを打つような動きをしていた。
神之崎の小さな悲鳴が耳に入る。それと同時に、隣にいた柊が勢いよくモニターに振り向いた。
「黙りなよ、愛里。リサを動揺させてさっきの時みたいに殺すつもりか? アタシは二度と同じ過ちを繰り返させない。ペラペラ喋るだけ無駄だぜ」
神之崎は不安げな視線を送っていたが、一度ぎゅっと目を瞑るとホログラムに視線を戻した。
ホログラムに表示される文章が俺から見て左に流れていく。
どうやら順調のようだ。
少しの沈黙の後、引き笑いが部屋を占める。
「過ちを繰り返させないって、それおまえが言っちまうのー? 柊真琴ぉ。めっちゃおもしれぇんだけど! 人の振り見て我が振り直せって感じ。……ん? なんか微妙に違うな。なんつーの、人のこと言えた立場かよって感じだな。日本語ってよく分かんねぇ。で、心当たりあんだろ? え? ありすぎて言い返せないか? あ?」
モニターの向こうで肩を震わせくくっと笑う愛里を、鋭く睨め付ける柊。
「……フン、アタシはもう覚悟を決めてんだ。好き勝手言ってろ。何にしろリサは殺させない」
「何も手ぇ出せねぇくせに言うねぇ。いいぜいいぜ!! じゃあ好き勝手おまえの事話してやるよ!! 全員ドン引きの過去、オレの口から話してやる! ギャハハハおかしい話の始まりはじ――」
「――ふざけんのも大概にせえ!! 何がしたいんやあんた!!」
氷石の怒号が空気を振るわせた。
しん、と静まり返る室内。愛里は頭を掻いてから腕を組み、仰ぎ見る。
「……あ? ふざけてるって? ふざけてたら良かったよな? オレだってそう思ってるぜ」
先程と打って変わって静かな声だった。
表情こそ仮面で見えないが、奴の真剣さがひしひしと伝わってくる。
「このクソみてぇな人生、クソみてぇなオレにクソみてぇな他人、全部全部冗談だったらって何年も何年も思ってたさ。けどな、これは残念ながらおふざけじゃねぇ、全部事実だ。オレが友人もいねぇ親に見捨てられた引きこもりのクソニートで、画面の向こうの奴らにしか大口叩けねぇクソに
なったのも事実。神之崎に売られてこうなったのも事実だ!」
愛里が顔をぐいっと近付ける。モニター一杯に映し出された仮面の左目から鋭い眼光が覗き見えた。
そして人差し指がびしりと突きつけられる。
「詳しく聞きたきゃその女が生きてこの部屋を出られたら聞いてみな。か弱い繊細な女の子演じて、大好きな自分守る為なら何だってするきったねぇクソビッチだから話してくれるかなんて分からねぇけどよ」
神之崎が愛里に対しどのような行為を働いたかに興味はないが、奴らが抱く激情は完全に理解した。
今といい、津河井の時といい仮面の集団が俺達に抱いているのは、過大な憎悪と殺意。
俺に対して憎悪や殺意を持つ人間なんてそれなりにいるだろう。
しかしこいつらのように、一個人から強烈な感情を向けられた事はない。
他人を蹴落としたり売ったりするような人間関係もなければ、そんな面倒臭い事はしないからだ。……他人に売られる事はあれど。
いくら記憶を探っても、どうしようもない不良しか頭に浮かばず辟易する。
「なんで、復讐を……!!」
怜南が悲痛な叫び声を上げた。
その目は大きく見開かれ、驚愕と悲哀に満ちている。
愛里はその言葉に一際大きく笑うと、はーあと溜め息を吐いた。
「許し、後悔、法の裁き……、そんなもんはオレらの長年の苦しみを消してくれやしねぇ。”あんな事しなきゃ良かった”、”あの時ああしていたら……”、なんて後悔が何になる、そんなもんその場でそう考えて終わりだ。後悔して実際に行動出来る奴なんかがいたら誰も苦労しねぇんだよ。それにクソ野郎どもを庇護する法の裁きなんてクソ食らえ、警察なんてクソ食らえ。許しなんてもってのほかだろ。神之崎を許す? ふざけんな! オレの人生はあいつの手で壊されたのに、あいつは普通の人生を歩もうとするなんてオカシイだろうが」
姿勢を正し、胸の前で握り拳を作る愛里。
「復讐は、オレらを前へ進めてくれる唯一の希望。復讐したあと、最も憎んだ人間が死んで歓喜しようが、罪の重さに耐え切れなくなったり生きる意味を失ったりして自殺しようが、どんな終わりを迎えたとしても復讐を完遂すればオレらは何かしら前進出来る。だからオレらはな、おまえらに壊された人生を取り戻すためにこのクソみてぇな人生全部賭けてんだよ」
「でも……!!」
「でももクソもねぇ、オレら被害者にはおまえら加害者に復讐する権利があるってもんだろうが」
愛里のその言葉を聞いて、怜南は顔を覆いしゃがみ込んだ。
怜南にそっと近付き、その背中をさする。泣いているのか、身体が小刻みに震えていた。
……お前らの事なんか知った事じゃない。復讐だろうが何だろうが、お前らがどんな真似をしようと怜南と俺は絶対に生きてここを出てやる。
モニターを睨み付けそう誓う。
「神之崎を憎んだままじゃ前に進めねぇ。ずっと同じとこぐるぐる回りっぱなしはもうやめだ、ここで決着付けてやる。オレはいい加減、前に進みてぇんだよ」




