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泥濘の塹壕から敵将の腕の中へ ~手柄を奪われ見捨てられた魔導士は、敵国の名将に愛される~  作者: だんよ


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番外編 第五話 バレット視点

 ルーエン王国最高軍事法廷の大法廷。

 吹き抜けの高い天蓋の下、厳粛な空気の中に裁判長の木槌の音が「カーン、カーン」と無慈悲に響き渡っていた。

 私は軍服の襟章も肩章もすべて引きちぎられ、両手首に重厚な鉄の手枷を嵌められた無様な姿で、被告人席の冷たい床に引き据えられていた。


 法廷の中央で、最高軍事検察官が朗読する起訴状の言葉は、私のこれまでの悪行のすべてを、寸分の狂いもなく暴き立てていた。


「――被告人ゴドウィン・バレットに対する罪状を読み上げる」


 第一に、功績の横領および虚偽公文書作成。

 第七地区の対砲兵射撃、第二線塹壕の突破、第三中継基地の防衛戦闘――これらすべてにおいて、バレットは安全な後方壕に閉じこもり、何一つ有効な指示を出さず、現場のエレナ・アルスター准尉の卓越した戦術眼による成果を、すべて己の功績として偽造上申した。

 帝国軍から提出された無線傍受記録には、バレットが前線からの救援要請を無視して酒を飲んでいた生々しい音声ログが、完璧に残されていたのだ。


 第二に、補給物資の横領および職務怠慢。

 前線の兵士たちに配備されるはずだった高純度魔石、食料缶詰、医療用薬品を、自らの私腹を肥やすために私的に着服・隠匿し、前線部隊を意図的な飢餓と弾薬不足に陥らせた。


 第三に、国家反逆的敵前逃亡および部下遺棄。

 敵首都近郊の包囲戦において、前線のエレナ准尉ら小隊に対し『死守』という実現不可能な命令を押し付け、自らは連隊唯一の防弾装甲指揮車を奪って、負傷兵を銃撃・轢過しながら敵前逃亡した。


 そして第四に――国家欺瞞および生存者の隠蔽工作。

 己の敵前逃亡を隠蔽するため、前線に残された将兵全員を『名誉の戦死』とでっち上げ、生きて捕虜となったエレナ准尉の帰還の道を閉ざし、不当に一等武功勲章および中佐の階級を騙し取った。


「ひ……っ、ち、違う……! 私は騙されていたのです! あいつらが勝手に……!」


 私が必死に叫んだその時、証言台に立ったのは――あの日、私と共に装甲車に乗って逃げてきた側近の将校たちだった。


「すべて事実です! 私たちはバレット少佐に拳銃で脅され、従うしかなかったのです!」

「バレット少佐が『平民の命など何人死んでもいい、自分だけが助かればいいのだ』と笑いながら、エレナ准尉たちを見捨てたのです!」


 かつて私の前で媚びへつらっていた側近たちが、保身のために次々と私の悪事を暴露し、泥を塗りたくっていく。


「き、貴様らぁぁっ! 裏切ったな! 私と一緒にワインを飲んで笑っていたくせに!」

「静粛に!」


 裁判長の木槌が一喝するように振り下ろされた。


 法廷の傍聴席からは、集まった貴族たちや軍高官、そして戦死した兵士たちの遺族たちから、凄まじい怒号と軽蔑の罵声が浴びせられた。


「恥知らずめ! 国の英雄気取りの豚野郎が!」

「息子の命を返せ! お前のような悪魔に部下を率いる資格などない!」


 傍聴席の最前列には、かつて私を庇い立てしていた叔父・軍務卿の姿もあった。だが、叔父もまた連帯責任を問われてすべての役職を解任され、私を殺さんばかりの憎悪の目で睨みつけていた。

 味方はどこにもいない。

 私がこれまで踏み躪り、奪い取ってきたすべての報いが、逃れようのない濁流となって私を呑み込もうとしていた。


 裁判長は冷徹な眼差しで私を見下ろし、厳粛なる国家最高軍事判決を言い渡した。


「――判決を言い渡す」


「被告人ゴドウィン・バレットに対し、階級の永久剥奪、一等武功勲章の剥奪および受勲記録の抹消、バレット伯爵家からの除籍および貴族籍の剥奪、全私財の没収に処す」

「そして――敵前逃亡罪、部下遺棄致死罪、国家欺瞞罪の最高重罪により、最果ての北方・氷獄要塞黒鉄鉱山における終身強制労働刑に処す。恩赦による減刑は一切認めない」


「ひいぃぃぃっ……! ほ、北方鉱山……!? 終身刑……!?」


 北方氷獄鉱山。

 一度送られれば、死ぬまで太陽の光を浴びることなく、極寒の地下深くで重い鉄鉱石を掘り続けさせられる、生きた死刑囚の墓場。


「嫌だ! 嫌だあああっ! 私はバレット伯爵家の跡取りだぞ! 貴族なんだ! こんな泥臭い鉱山になんか行けるか! 叔父上、助けてくれ! 国王陛下ぁぁっ!」


 私は床に転がり、涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫した。

 だが、憲兵たちの冷酷な軍靴が私の背中を踏みつけ、胸元に嵌められていた白鷲大十字章が、メリメリと音を立てて引きちぎられた。

 純金の勲章は床に叩きつけられ、軍靴で無残に踏み躪られて歪んでいく。


「連行せよ」


 裁判長の冷たい声とともに、私は二人の屈強な憲兵に両腕を掴まれ、引きずられていった。

 大理石の床に爪を立て、どれほど喚き散らそうとも、私を振り返る者は誰一人としていなかった。


 虚飾で塗り固められた栄光は消え去り、残されたのは、凍てつく闇の底で死ぬまで贖罪を続ける、哀れな罪人の末路だけだった。


(バレッタ番外編完)


バレッタ少佐の結末はこちらです。

もう一話だけ続きます。

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