番外編 第四話 バレット視点
※この世界は都合の良いゆるふわな世界です。現実と比べないでください。
ルーエン王国陸軍省の地下最深部に位置する、第零号特別査問室。
分厚い石壁に囲まれたその部屋は、冬の冷気がそのまま閉じ込められたかのように底冷えし、円卓の中央に置かれた一台の魔導ランプだけが、冷徹な白い光を落としていた。
私は両脇を武装した憲兵に固められ、部屋の中央に据え付けられた鉄製の椅子に座らされていた。手錠こそ嵌められていなかったが、四方から突き刺さる視線は、もはや犯罪者に対するそれと何一つ変わらなかった。
円卓の向こう側に並んでいたのは、我がルーエン王国陸軍の最高権力者たちだった。
陸軍大臣、最高軍事検察官、陸軍監察総監、そして――私の後ろ盾であったはずの、叔父・軍務卿の姿もあった。
だが、叔父は青ざめた顔で額の汗をハンカチで拭い、私と目を合わせようとは一切しなかった。すでに自分の身を守ることで手一杯なのだ。
「……ゴドウィン・バレット中佐」
静寂を破り、重々しい声で口を開いたのは、歴戦の老将である陸軍監察総監だった。
彼は机の上に、私が提出した『最終戦闘詳報』と、ガルディニア帝国から届いた『帝国公報』の二冊を並べて置いた。
「貴官に、単刀直入に問う。……この二つの書類の矛盾について、納得のいく説明をしてもらおうか」
「は、監察総監閣下……矛盾とは、一体何のことでしょうか……?」
私は引きつった笑みを浮かべ、必死に平静を装った。だが、上ずった声と小刻みに震える膝を隠すことはできなかった。
「とぼけるな!」
ドガァンッ! と監察総監が机を拳で叩いた。
広間に鋭い破裂音が響き渡り、私の心臓が跳ね上がる。
「貴官が国王陛下に提出し、一等武功勲章を受勲する根拠となったこの戦闘詳報には、こう明記されている。『第4小隊長エレナ・アルスター准尉は、敵首都近郊において敵陣へ無謀な突撃を敢行し、部下全員とともに玉砕・名誉の戦死を遂げた』と!」
「は、はい! 間違いありません! あの女は私の命令を無視して突撃し、敵の弾幕に呑まれて……!」
「ならばなぜだ!」
最高軍事検察官が立ち上がり、帝国公報の写真を私の目の前に突きつけた。
「なぜ、戦死したはずのそのエレナ・アルスターが、生きてガルディニア帝国の帝都にいるのだ!? なぜ、敵軍の最高司令官であるヴィルフリート・フォン・ベルンハルト伯爵の正妻となり、帝国皇帝直々の御名において『ベルンハルト伯爵夫人』として公式貴族名簿に叙爵されているのだ!?」
「ひ……っ!」
突きつけられた写真の中のエレナは、まるでこの査問室の私をあざ笑うかのように、美しく澄んだ瞳で微笑んでいた。
「し、死んだはずの人間が、敵国の貴族になっている……! バレット中佐、貴官は幽霊とでも戦っていたというのか!? それとも、国王陛下と軍上層部に対し、真っ赤な嘘の戦死報告を提出したとでも言うのか!?」
査問官たちの怒号が、四方八方から私を滅多打ちにする。
息ができない。頭の中が真っ白になり、心臓が破裂しそうなほどの恐怖が全身を駆け巡る。
だが、ここで認めてしまえば、軍令欺瞞罪と敵前逃亡罪で即座に処刑台送りだ。私は狂乱のまま、思いつく限りの見苦しい言い逃れを叫んだ。
「違います! これは敵の謀略です! ガルディニア帝国軍が、我が国の英雄であるこの私を貶めるために、同姓同名の影武者を仕立て上げたのです!」
「影武者だと? 帝国皇帝直々の叙爵式で、そのような杜撰な真似をすると思うのか!?」
「な、なら、あの女が我が国を裏切ったのです! エレナは最初から帝国軍と内通していた売国奴であり、前線が崩壊した混乱に乗じて敵へ投降し、敵将に色目を使い身売りしたのです! 私は騙されていたのです! 悪いのはすべてあの売国奴の女です!」
私は唾を飛ばし、喚き散らした。
すべてをエレナの罪に仕立て上げれば、まだ助かるかもしれない――その浅ましい希望に縋り付いて。
しかし――。
私の醜悪な絶叫を聞いた陸軍大臣は、軽蔑に満ちた冷え切った眼差しで私を見下ろし、一枚の封書を机の上に投げ捨てた。
「……見苦しいぞ、バレット中佐。貴様のその浅ましい弁明は、すべて想定済みだ」
「え……?」
「昨日、ガルディニア帝国政府から、我が国政府宛てに『最高位外交照会書』が届いた」
陸軍大臣の言葉に、私の血の気が完全に引いていった。
「ガルディニア帝国政府は、こう公式に通告してきたのだ。『我が帝国の至宝であるベルンハルト伯爵夫人エレナ殿に対し、ルーエン王国軍が下した不当なる戦死宣告、ならびに過去の軍務における功績横領および補給放棄の疑惑について、厳正なる真相究明と名誉回復を要求する。もし誠意ある回答がなされぬ場合、停戦条約の再破棄および軍事制裁も辞さない』……とな」
「な……に……?」
「さらに、帝国軍総司令部からは、これまでの戦闘記録、無線傍受ログ、そしてヴィルフリート准将直筆の『詳細報告書』が添付されて届いている。……貴様が前線で何をしでかしたのか、すべて客観的な証拠とともに白日の下に晒されているのだよ!」
バサリと机の上に放り出された、分厚い帝国軍の極秘資料の束。
その表紙を見た瞬間、私の頭の中で、張り詰めていた最後の防壁が音を立てて崩壊した。
逃げ場はどこにもない。
私が踏み躪ったはずの「死人」の背後には、今や大国ガルディニア帝国の全軍事力が、報復の刃となって聳え立っていたのだ。
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