第5章:体が叫びを上げられなくなる時
#純愛小説 #切ない話 #長野県 #インドネシア #泣ける話 #なろう
長野の冬は極致に達していた。北アルプスから吹き下ろす風は、肌を削ぎ落とすナイフのように冷たい。僕は朝から夕方まで田中さんのリンゴ園で働くだけでなく、深夜2時からは街の除雪のアルバイトも始めた。
すべては、あかりの助けになると信じたハーブティーやビタミン剤をこっそり買うための、わずかな円を稼ぐためだった。INTPとして、僕はすべてを計算しようとした。摂取するカロリー、残された睡眠時間、財布の中の残金。しかし、計算に入れ忘れていた変数が一つだけあった。僕の心臓の限界だ。
その日の午後、最後の一箱のリンゴを担ぎ上げた時、突然世界が回り出した。リンゴの甘い香りが、生臭い鉄の匂いに変わる。吹き荒れる風の音がふっと消え、代わりに耳の奥で長い耳鳴りが響いた。
「エド!おい、エド!何を——」田中さんの声が遠くで聞こえる。
雪に覆われた地面は、倒れ込む僕の体をとても柔らかく受け止めてくれた。数ヶ月ぶりに感じる温かさだった。それは太陽のせいではなく、僕の意識が静かな闇の中へとゆっくり沈んでいったからだ。
目が覚めると、鼻を突く消毒液の匂いがした。視界はぼやけ、ひび割れた天井を見つめた。僕は街外れの小さなクリニックにいた。腕にはひどく冷たく感じる点滴のチューブが繋がっていた。
「気がついた?」佐藤看護師が枕元に立っていた。彼女の顔は青白く、泣き腫らしたように目は赤かった。
「佐藤さん……今、何時ですか? 農園に戻らないと……」声は枯れ、喉は焼けるように痛んだ。
佐藤さんは答えず、ただ唇を噛んで嗚咽を堪えていた。一瞬で嫌な予感がした。僕のINTPの脳が、最も暗い恐怖の点と点を繋ぎ始めた。
「あかりさんは……?」震える声で尋ねた。
「エドさん、まずは落ち着いて……」
「あかりに何があったんですか!?」激しい頭痛に耐えながら、僕は起き上がろうとした。
「2時間前、あかりさんの容体が急変しました。肺の機能が低下し始めて……今、中央病院のICUにいます」佐藤さんはついに泣きながら話し出した。「人工呼吸器をつけられる直前まで、何度もあなたの名前を呼んでいたわ」
考えるより先に、僕は腕から点滴の針を力任せに引き抜いた。血が溢れ出し、冷たい床に滴り落ちたが、そんなことはどうでもよかった。薄いシャツと汚れた作業ズボンのまま、僕は外へ飛び出した。吹雪なんて関係ない。体を焼き尽くすような熱も、もう感じなかった。
息を切らし、ようやくICUの前に辿り着いた。しかし、そこには「現実」という名の巨大な壁が待ち構えていた。あかりの父親が、二人の警備員を従えて入口に立っていた。
「近寄るな、この疫病神め!」父親が叫んだ。その顔は怒りと、収拾のつかない悲しみに満ちていた。「娘は、お前のことばかり考えていたから命を削ることになったんだ! 死にゆく娘に、お前のような貧乏人の汚れた顔を見せろと言うのか!?」
「お願いします、閣下……一度だけでいい……僕の顔を見せてあげて……約束します、そのあとは消えますから!」僕は廊下の床に膝をつき、点滴の跡から血の流れる両手を合わせた。
「死んでも、お前を通すものか」扉の奥から現れた母親が、純粋な憎しみを込めて言い放った。「去りなさい。自分の穴倉へ帰りなさい。あなたはもう十分に、私たちの娘の人生を壊したわ」
警備員が僕の力ない体を引きずり、扉から遠ざける。僕は静まり返った廊下で、ただ彼女の名前を叫ぶことしかできなかった。
「あかり! あかりさん! 行かないでくれ! 僕はここにいる!」
僕の声は虚しく響いたが、鉄の扉の向こうから答えはなかった。ただ、奥から聞こえる心拍計の音が微かに聞こえるだけだった。僕の全世界が崩壊していくのと足並みを揃えるように、その音はゆっくりと、確実に、速度を落としていった。




