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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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特製スープと、お日様の魔法

王宮の中に「ぬくぬく袋」と「ジンジ・ミルクティー」が浸透してからというもの、城内の空気は目に見えて柔らかくなっていた。

以前は、どこか張り詰めた冷たい空気が流れていた廊下も、今ではすれ違う侍女たちの表情が穏やかで、心なしか足取りも軽い。冷え性が改善されたおかげで、みんな夜もしっかり眠れているらしい。何より、私自身の体調が良いのが一番の収穫だった。


「ふう、やっぱり、朝一番のストレッチは欠かせないわね」


朝陽が差し込む広い寝室で、私はドレスの下に履いた(特注で作って頂いた羊毛の)ドロワーズ姿で、ゆっくりと前屈をしていた。

五十を過ぎた体というものは、一日でもサボるとすぐに嘘をつく。油を差していない機械のように、あちこちがギシギシと言い出すのだ。前世では毎朝、テレビの前でラジオ体操をするのが日課だった。第一体操の「腕を前から上にあげて、大きく背を反らせる運動」なんて、当時は何気なくやっていたけれど、今思えばあれは究極のアンチエイジングだったのだと思う。


心の中で「いち、に、さん、し」とリズムを刻みながら体をほぐしていると、ノックの音がして、すっかり顔色の良くなったガブリエラさんが朝食の案内に入ってきた。


今日の朝食も豪華だった。焼き立ての白いパンに、新鮮な乳酪チーズ、細かく刻んだハーブの入ったオムレツ。

美味しくいただきながらも、マリエルとしての記憶と、真理子としての主婦の目が、ふとあることに気づく。


(……それにしても、王宮の食事って、毎食毎食、本当に贅沢ね。でも、これだけの大人数の料理を作っているとなると、あの厨房、結構な『無駄』が出ているんじゃないかしら?)


前世の私は、一週間の献立を冷蔵庫の残りと相談しながらパズルのように組み立てるのが得意だった。大根の皮はきんぴらに、ブロッコリーの茎は薄切りにして炒め物に。食材を「丸ごと使い切る」ことこそが、主婦としてのプライドであり、昔からの習慣と共に、ささやかな日々の快感でもあったのだ。


少し気になった私は、朝食を終えた後、散歩がてら再び地階の広大な厨房へと足を運んだ。


「ですから! この季節は魔導冷却箱の出力を上げなければ、東の領地から届いたばかりの高級なカトブレパス(牛)の肉が傷んでしまうと言っているのです!」


「しかし料理長、これ以上冷却箱の魔石を消費すれば、また今月の厨房予算が完全にオーバーしてしまいます! ハルバート財務大臣からも、これ以上の魔石の追加発注は控えて欲しいと要望されたばかりです……」


厨房の重い扉を開けると、そこでは料理長のバルトさんと、予算を管理する若い文官が、顔を真っ赤にして言い争っていた。

周囲の見習い料理人たちも、おろおろと手を止めて二人の様子を伺っている。


「あら、バルトさん。朝から賑やかね。どうしたの?」


私が声をかけると、厨房内は一瞬で静まり返り、全員がその場に平伏した。


「こ、これは王太后様! 朝早くから、このような騒々しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません!」

バルトさんが大汗をかきながら頭を上げる。


「いいのよ、気にしないで。それより、魔導冷却箱……つまり、食材を冷やす箱のことで揉めていたようね。夏が近づいて、食材が傷みやすくなっているのかしら?」


「左様にございます……」

バルトさんはがっくりと肩を落とした。

「我がソルディス王国の夏は、じっとりとした湿気と暑さが厳しく、食材がすぐに悪くなってしまうのです。魔術で冷やす『魔導冷却箱』はあるのですが、あれは魔力を蓄えた高価な魔石を燃料とするため、維持費が凄まじく……。かと言って、食材を腐らせて捨てるわけにもいかず、頭を悩ませていたところでございます」


私はバルトさんの話を聞きながら、厨房の隅に置かれた巨大な木箱――地球での冷蔵庫にあたる魔導具――を見つめた。確かに便利だけれど、国費を圧迫するほどの電気代(魔石代)がかかるのでは、主婦としては見過ごせない。


さらに私の目は、調理台の横に置かれた大きなゴミ箱(のような樽)に釘付けになった。


そこには、今日のお昼や夜の仕込みで剥かれたと思われる、大量の野菜の「皮」や「ヘタ」、そして肉の「骨」や「脂身」が、山のように捨てられていたのだ。

中には、まだ十分に食べられそうな人参の頭の周辺や、セロリに似た香味野菜の葉の部分までゴロゴロと入っている。


それを見た瞬間、私の脳内の「もったいないアラート」が、けたたましく鳴り響いた。


(ちょっと待って……! あんなに綺麗な野菜の皮や葉っぱを、ただのゴミとして捨てちゃうなんて……! なんという経済的、かつ栄養学的暴挙!)


ベテラン主婦としての目がキリリと鋭くなる。

私の「指導スイッチ」が入った。


「バルトさん。食材が傷むのを心配する前に、この『宝の山』を捨てるのをやめなさい」


「え……? 宝の山、でございますか?」

バルトさんは、私が指差したゴミ樽を見て、きょとんとした顔をした。

「王太后様、それはただの野菜のクズや泥のついた皮、不要なヘタでございますが……。まさか、王族の方々にこのような汚らわしいゴミを食べさせるわけには参りません」


「ゴミじゃないわ。これらはね、おひさまの光と大地の栄養を一番に浴びた、野菜の中で最も味が濃くて栄養がある部分なの。……バルトさん、綺麗な水を入れた大きな深鍋を用意して。それから、そこに捨てられている野菜のクズの中から、傷んでいない綺麗な皮やヘタ、根っこを全部拾い上げて、水できれいに洗いなさい」


「は、はあ……」

バルトさんは困惑しながらも、私の、妙に説得力のある(実家の母親に叱られているような)口調に圧され、見習いたちに指示を出した。


集められたのは、カブの皮、人参のヘタ、香味野菜の青い葉、玉ねぎの皮、そしてハーブの茎。

それらを大きな鍋に入れ、たっぷりの水を注ぐ。


「ここに、お肉の仕込みで余った白ワイン(のような酒)を少々、それからローリエの葉を一枚入れて。……よし、あとは火にかけて、弱火でコトコトと二十分から三十分、煮出すのよ」


「……ただ、野菜のゴミを水で煮るだけでございますか?」

料理長としてのプライドがあるのだろう、バルトさんは未だに疑わしそうな目をしている。この世界の料理は、肉の旨味や強いスパイスで味をつけるのが主流で、「野菜そのものから出汁ダシを取る」という概念が薄いようだった。


「バルト、慌てないの。煮立ってきたら、絶対に沸騰させてはダメよ。アクを丁寧に取りながら、弱火でじっくり、野菜の『声』を聞くように煮るの」


前世で、私が毎週のように作っていた「ベジブロス(野菜出汁)」。

野菜の細胞壁は加熱することで壊れ、中から抗酸化作用のある成分や、豊かな「旨味(アミノ酸)」が溶け出してくる。これをベースにスープを作ると、コンソメを使わなくても、驚くほど深くて優しい味になるのだ。若い頃はこってりしたラーメンや肉料理が好きだったけれど、五十を過ぎてからは、こういう「出汁の旨味」が何より体に染みるようになった。


しばらくすると、厨房の中に、えも言われぬ、ふんわりと甘くて香ばしい香りが漂い始めた。

ツンとした嫌な匂いは一切ない。まるでお花畑と豊かな大地を一度に煮詰めたような、優しくて深い香りだ。


鍋の中の水は、透き通った美しい「黄金色」へと変化していた。


「……なんという、心地よい香りだ。これが、あの捨てられるはずだった皮から出ているというのですか?」

バルトさんの目が、驚きで丸くなっている。


「さあ、ザルでして、スープだけを器に取ってちょうだい。バルト、少し塩だけを振って、味見をしてみて」


バルトさんは、おたまですくった黄金のスープを小さな器に入れ、ふうふうと息を吹きかけながら、緊張した面持ちで口に含んだ。


「ッ……!?」


次の瞬間、バルトさんは目を見開き、器を持ったまま固まってしまった。


「な……なんですか、これは……! 肉も魚も一切使っていないというのに、舌の上に、まるで濃厚なバターや極上の完熟果実を味わったかのような、深い『コク』が広がっていく……! そして、喉を通り過ぎた後も、お腹の奥がじんわりと温かい……。王太后様、これは、これは一体どのような魔法ですか!?」


「魔法じゃないのよ。ただの『ベジブロス』、野菜の出汁よ。私たちは大地の恵みを、今まで半分しか受け取っていなかったのね」


私は微笑んだ。日本の化学調味料に慣れた舌でも感動するのだから、素材の味をそのまま楽しむこの世界の人にとっては、脳を揺さぶられるほどの衝撃に違いない。


「この黄金の出汁をベースにすれば、お肉の量を半分に減らしても、今までの百倍美味しいスープや煮物が作れるわ。食材の節約になるでしょう? ……そして、肝心の『食材の保存』についてだけど、何でもかんでも冷やすから魔石が足りなくなるのよ。バルト、次は『おひさまの魔法』を使いましょう」


私は厨房の裏手にある、陽当たりの良い広い中庭へとバルトさんたちを連れ出した。

そして、倉庫の仕分けで余っていた、目の粗い木製の平カゴをいくつか並べさせた。


「これから、使い切れずに余りそうな野菜……そうね、大根や人参、キノコ類を、薄切りにしてこのカゴに並べて、おひさまの光に当てるの。二、三日も干せば、水分が完全に抜けてカラカラになるわ」


「野菜を……干す、のですか? それでは干からびて、売り物にならなくなるのでは……」

見習いの料理人がおずおずと尋ねる。


「そこが大間違い。野菜を干すとね、水分が抜けるからカビが生えにくくなって、魔導冷却箱に入れなくても、常温の暗い場所で数ヶ月は長持ちするようになるの。つまり、魔石の節約になるのよ。それだけじゃないわ」


私はカゴの中の、早くも陽の光を浴びて艶を増し始めた野菜を指差した。


「水分が抜けることで、野菜の旨味と甘みがギュッと凝縮されるの。さらに、おひさまの光(紫外線)を浴びることで、栄養価が何倍にも跳ね上がるわ。使う時は、さっきのベジブロス(野菜出汁)や水に浸して戻すだけ。戻し汁にも良い出汁が出るから、一石二鳥よ」


前世の我が家のベランダには、常に干しカゴが吊るされていた。

切り干し大根、干し椎茸、プチトマトのセミドライ。あれらは、買い物に行けない忙しい日や、野菜が高騰した時期の、主婦の強い味方だったのだ。


「食材をただ冷やすだけでなく、栄養を高めながら『乾燥保存』する……。なんという、なんという画期的な知恵だ……!」

バルトさんは、中庭に並べられたカゴを見て、まるで新しい聖書を読み解いたかのように感動に震えていた。


「これなら、夏の豊作期に余った野菜をすべて干して保存できます! 冬場の野菜不足も解消され、魔導冷却箱の維持費も激減する……! 王太后様、あなたは料理の常識を根底から覆されました!」


厨房中が沸き立っていると、そこへ、クンクンと鼻を鳴らしながら、可愛い二つの影が走ってきた。


「おばあ様! なんだか、すっごく良い匂いがする!」

「お腹が空いちゃったの!」


レオンとシアだ。その後ろからは、やはり香りに誘われたらしい息子のライナルト王と、財務大臣のハルバート伯爵まで姿を現した。


「母上、厨房から漂うこの芳醇な香りは一体何事ですか? 会務室にまで届き、ライナルト陛下と共に思わず足を運んでしまいました」

ハルバート伯爵が眼鏡を光らせる。


「ちょうどいいわ、みんな。バルト、さっきの黄金出汁を使って、少し干したお野菜と、お肉の端切れを入れた簡単なスープを作ってちょうだい」


「御意にございます、王太后様! 腕によりをかけて調理いたします!」


数十分後。厨房のテーブルに、焼き立てのパンと、具だくさんの「黄金スープ」が並べられた。

ライナルト王たちが、一斉にスプーンを動かす。


「……っ! 美味しい!」

シアが満面の笑みを浮かべた。

「お野菜が、いつもよりすっごく甘いよ! お肉も入っているのに、全然しつこくないの!」


「本当だ……。このスープ、飲むと体がポカポカして、なんだかホッとする味がする」

レオンも夢中でスープを口に運んでいる。


ライナルト王は、スープを一口飲むごとに、深く、深く感銘を受けたように息を吐き出した。

「……素晴らしい。この深み、この優しさ。宮廷の最高級のフルコースでも、これほど心が満たされるスープは味わったことがない。母上、これは一体どのような高価な食材を使われたのですか?」


私が答える前に、バルト料理長が一歩前に出た。


「陛下、ハルバート閣下! 驚くなかれ、このスープのベースは、我々が今まで『ゴミ』として廃棄していた野菜の皮やヘタ、そして魔導冷却箱を使わずに『おひさまの光』だけで保存性を高めた、干し野菜にございます! 王太后様は、厨房の無駄をゼロにしながら、至高の美味を生み出されたのです!」


「何だと……!?」

ハルバート財務大臣が、椅子から立ち上がらんばかりに驚愕した。

「廃棄物と、太陽の光だけで、これほどのスープを……!? しかも、魔導冷却箱の維持費を削減できるだと!? ……バルト、それが本当なら、今月の厨房予算はどれほど浮く?」


「おそらく、従来の半分以下に抑えられます。いえ、干し野菜の備蓄が進めば、冬場の購入費用も含め、年間で国庫に莫大な余裕が生まれるでしょう!」


ハルバート伯爵は、私の前に進み出ると、深々と頭を下げた。

「王太后マリエル様……。あなたは昨日の『聖なる整理(断捨離)』に続き、今度は厨房の『豊穣の奇跡』を成し遂げられた。あなたの知恵は、我がソルディス王国の財政を底の抜けた桶から、黄金で満たされた器へと変えつつあります。……畏れ入りました」


「母上……」

ライナルト王も、潤んだ目で私を見つめている。

「あなたは本当に、この国の救世主だ。無駄を省き、素材の価値を最大限に高める。その慈愛の眼差しは、王宮だけでなく、いずれ我が国の全ての民を飢えと寒さから救うでしょう!」


(……ちょっと待って)


私は美味しそうにスープを飲む孫たちの頭を撫でながら、内心で激しく突っ込みを入れていた。

救世主って。ただの「ベジブロス」と「切り干し野菜」よ?

日本の主婦なら誰でも知っている、食費を浮かせるための、ちょっとしたケチ……いえ、始末の精神なんだけど。


でも、まあ、みんなが「美味しい」って笑ってくれて、国のお金も節約できるなら、主婦冥利に尽きるというものよね。


「ライナルト、ハルバート伯爵。難しく考えなくていいのよ。物を大切にして、工夫して使い切る。それが一番気持ちいいでしょう?」


私が微笑むと、ライナルト王たちは「これぞ真の王者の風格……」と、またしても勝手に感動を深めていた。


優しくて、少し甘い、黄金色のスープ。

それを飲み干すと、私の胸の奥にも、じんわりと温かいものが広がっていく。


(健一……。あなたが『真理子の作るお味噌汁の出汁は、世界一だな』って、毎日残さず飲んでくれたこと、思い出しちゃったわ……。あなたにも、このスープ、飲ませてあげたかったな)


異世界の厨房に響く、子供たちの笑い声と、料理人たちの活気。

私の捨てたはずの「主婦の知恵」は、どうやらこの王国にとって、どんな魔法よりも強力な、幸せの魔法になっているようだった。

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