絶対封印の『宝瓶』と氷魔の足枷! 主婦の熱膨張とぽかぽか睡眠魔法
「……ふんぬぅぅぅぅぅっ!!」
雪が舞い散る、凍てつくような冬の朝。
ソルディス王宮のサロンに、近衛騎士団長ゴードンさんの野太い唸り声が響き渡っていた。
彼ほどの屈強な大男が、顔を真っ赤にして額に青筋を立て、丸太のような太い腕の筋肉を限界まで膨張させている。
その手の中でギリギリと握りしめられているのは――手のひらサイズの、可愛らしい「小瓶」だった。
「だ、駄目です陛下! 私の全握力をもってしても、微動だにいたしません……!」
ゴードン団長が、肩で息をしながら小瓶をテーブルに置いた。
「おおお……なんたる強固な封印! 我が国の誇る最強の騎士の力すら跳ね返すとは!」
息子のライナルト王が、絶望したように天を仰ぐ。その後ろで、厨房のバルト料理長がオロオロと手を揉み合わせていた。
「王太后様ぁ……。これは、北の雪山でしか採れない『雪苺』を煮詰めた最高級のジャムなのですが……。いざ朝食でお出ししようとしたところ、蓋が魔法の呪縛を受けたようにガチガチに固まっておりまして……」
(魔法の呪縛って……。ただの『蓋が固くて開かない瓶』じゃないの!)
私は呆れてため息をついた。
冬場になると、ジャムやハチミツの瓶の蓋が開かなくなるのは、前世の地球でも「あるある」である。夫や息子に「ちょっとこれ開けてー」と頼むのは、主婦の冬の恒例行事だった。
「ライナルト、あなたも開けられないの?」
「ははっ、お恥ずかしながら……。剣の柄を握る力には自信があるのですが、この【絶対封印の宝瓶】の前では、赤子も同然。蓋の隙間にナイフをねじ込んでこじ開けようかとも思いましたが、瓶が割れては雪苺が台無しになってしまいますし……」
「いい? 力任せに開けようとするからダメなのよ。これは魔法でも呪いでもないわ」
私は立ち上がり、テーブルの上のジャム瓶を手に取った。金属製の蓋は、氷のように冷たくなっている。
「原因は三つ。一つは、寒さで金属の蓋が『縮んで』ガラスを締め付けていること。二つ目は、瓶の中の空気が冷えて縮んで、蓋を内側に引っ張っていること。そして三つ目は、隙間に入り込んだジャムの糖分が、寒さでカチコチの『接着剤』になっちゃっていることよ」
男たちは「な、なんだって……!?」とポカンとしているが、構わず私はガブリエラさんに指示を出した。
「ガブリエラさん、熱いお湯で絞った『蒸しタオル』を持ってきてちょうだい。あと、スプーンを一本と、水で濡らして固く絞った布巾を」
数分後、用意されたアイテムを前に、私は【主婦の瓶開け術】を披露することにした。
「まずは、この熱い蒸しタオルで、金属の蓋の部分だけをグルッと包んで、一分くらい温めるの」
「蓋を温める……? 王太后様、それでは余計にジャムが煮えてしまうのでは?」
「中身まで温める必要はないわ。金属はね、温めると『膨張(広がる)』する性質があるの。これで、縮んで締め付けていた蓋を少し緩めて、接着剤になっていた糖分を溶かすのよ」
一分後。タオルを外した私は、次にスプーンを手に取った。
「次に、スプーンの『柄(持ち手)』の方で、蓋の縁をコンコンコンッと、一周ぐるりと軽く叩いていくの」
コン、コン、コン。
リズミカルな音がサロンに響く。
「これは何の儀式ですかな? 蓋に目覚めの合図を送っているのですか?」
ハルバート大臣が眼鏡をずり下げて覗き込む。
「違うわよ。蓋に少しだけ衝撃を与えて、密閉されていた瓶の中に『空気』を入れてあげるの。これで、内側に引っ張る力が弱まるわ」
「最後に、手の滑り止めよ。濡らして固く絞った布巾を蓋に被せて、ギュッと握って……回す!」
カポッ。
先程まで、王国の最強騎士が顔を真っ赤にして唸っても開かなかった蓋が、まるで嘘のように、何の抵抗もなくあっさりと回った。
ふわりと、雪苺の甘酸っぱい香りがサロンに広がる。
「「「…………っっ!!??」」」
ライナルト、ハルバート、ゴードン、バルトの四人が、あんぐりと口を開けたまま石像のように固まった。
「あ、開いた……! あんなに強固だった【絶対封印】が、力など一切入れずに、いとも容易く……!」
ゴードン団長が、自分の太い腕と私の細い腕を交互に見比べて、わななわなと震えている。
「なんという理にかなった解除法! 金属の熱膨張を利用して物理的な拘束を解き、打撃によって内部の気圧を操作する! これはもはや、高度な解錠の魔術!」
ハルバート大臣が、猛烈な勢いでメモを取り始めた。
「おおおっ! 母上、凄まじいですぞ!」
ライナルト王が、開いたジャム瓶を掲げて歓喜の声を上げた。
「この【熱布と打撃の解除術】を用いれば、冬場に凍りついて開かなくなった城門や、錆びついた武器庫の錠前も、油を差さずとも簡単にこじ開けることができます! ゴードン! 直ちに全騎士にスプーンと蒸しタオルの携行を義務付けよ!」
「ははっ! 攻城戦においても、敵の強固な城門を熱して叩けば開くやもしれませぬな!」
(だから、ただのジャム瓶の開け方だってば……!)
相変わらず軍事転用への発想が早すぎる男たちを放置して、私は美味しい雪苺のジャムをパンに塗ってかじった。うん、美味しい。
「……王太后様、素晴らしいです。ですが……うぅっ、くしゅん!」
隣で私にお茶を淹れてくれていたガブリエラさんが、身を縮こまらせてくしゃみをした。見れば、彼女の目の下にはうっすらとクマができている。
「ガブリエラさん、寝不足? 風邪を引いたの?」
「いえ……風邪ではないのですが。夜、ベッドに入っても足の指先が氷のように冷たくて、痛くて……。まるで【氷魔の足枷】をはめられているようで、何時間も眠りにつけないのです……」
(ああ……冬の最大の敵、『冷え性』ね)
主婦にとって、末端の冷えは万病の元。足先が冷たいと、脳が「まだ活動中だ」と錯覚してしまい、深い睡眠に入れなくなってしまうのだ。
「よし、ガブリエラさん。今夜からぐっすり眠れる『魔法の道具』を作ってあげるわ。ゴードン団長、騎士団で使っている、一番頑丈な『金属製の水筒』を一つ貸してちょうだい」
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私は、ゴードン団長から借りた平べったい金属の水筒に、グラグラに沸いた熱湯を八分目まで注ぎ込み、しっかりとフタを閉めた。
「王太后様……お湯を入れて、どうされるのですか? それを抱いて寝るなど、熱すぎて火傷してしまいます!」
ロベルト医官が血相を変えて止める。
「そのまま抱くわけないでしょ。いいこと? ここで一番重要な『主婦の鉄則』よ!」
私は、分厚いウール(羊毛)のバスタオルを広げ、その熱い水筒を何重にも、ぐるぐると厳重に巻き込んだ。
そして、端がほどけないように革紐でしっかりと縛る。
「はい、これで【湯たんぽ】の完成よ!」
「ゆ、ゆたんぽ……?」
「そう。これをね、寝る三十分前に、ベッドのお布団の中の『足元』に忍ばせておくの。タオルで分厚く包んでいるから、直接触っても『じんわり温かい』くらいになっているわ。絶対に、直接肌に長時間当てちゃダメよ。『低温火傷』になっちゃうからね」
「なるほど……布団の中の空間だけを、お湯の放つ熱でじっくりと温めておくのですね」
ガブリエラさんが、そのタオルの塊にそっと触れる。
「まあ……! 本当に、まるで春のひだまりのように、優しくてぽかぽかした温かさです……!」
「そして、体の内側からも温めるわよ!」
私は厨房へ行き、バルト料理長に「辛味根(生姜のこと)」をすりおろさせた。
この世界では、肉の臭み消しにしか使われないこの辛味根だが、冬場には最強の薬効を発揮する。
「温かい紅茶に、たっぷりのハチミツと、このすりおろした辛味根を少しだけ入れるの」
「辛味根をお茶に!? 刑罰でございますか!?」
バルト料理長が驚くが、私は構わずかき混ぜて、ガブリエラさんに手渡した。
「これを『生姜紅茶』っていうの。生姜はね、生のままだと解熱作用があるんだけど、こうして『熱を加える』ことで成分(ジンゲロールがショウガオールに変化)が変わって、体の芯から血流を良くして、ポカポカに温めてくれるのよ。飲んでみて」
ガブリエラさんは恐る恐る一口飲んだ。
「……あっ。甘くて、後からピリッとした心地よい刺激が……。んんっ?」
ガブリエラさんの青白かった頬が、みるみるうちに薔薇色に染まっていく。
「す、凄いです! 胃の底から小さな太陽が燃え上がったように、全身の血がドクドクと巡り始めました! 氷のように冷たかった足の指先まで、ぽかぽかと温かい血が流れていくのがわかります……!」
ガブリエラさんは、感動のあまり両手で頬を押さえた。
「【湯たんぽ】で外から布団を温め、熱した【辛味根の霊薬】で内側から血を巡らせる……!」
ロベルト医官が、またしても天を仰いで震えている。
「完璧だ……! 高価な火属性の魔石を寝室に置かずとも、これならば凍死の危険を完全に排除できる! しかも、低温火傷という隠れたリスクまで計算し尽くされた布陣……!」
「おおおっ! ハルバートよ!」
ライナルト王が立ち上がった。
「直ちに、夜間の見張り番に就く兵士たち全員に、この【ぽかぽか湯たんぽ】の携行と、【辛味根の霊茶】の配給を命じる! これで、我が軍から冬の凍傷患者はゼロになるぞ!」
「ははっ! 辛味根の市場価格が暴騰する前に、国庫の力で買い占めますぞ!」
(だから、ただの冷え性対策だってば……)
大騒ぎする男たちを尻目に、私は自分の分の生姜紅茶をゆっくりとすすった。
ピリッとした生姜の風味とハチミツの甘さが、喉から胃の腑へと温かく落ちていく。
その夜。
ソルディス王宮の侍女たちの部屋からは、「氷魔の足枷」に悩まされる者の声は完全に消え去り、みな湯たんぽの優しい温もりに包まれて、スヤスヤと赤子のように深い眠りについたという。
異世界の厳しい冬の寒さも、そしてガチガチに固まったジャムの瓶も。
主婦の「ほんの少しの思いやりと工夫」の前には、ふわりと温かく溶け去っていくのだった。




