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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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煮洗い魔法とアーチ干し陣形

「……あら? ちょっと、なんなのこの匂い」


花粉の季節が過ぎ去り、ソルディス王国にシトシトと雨が降り続く「雨季(梅雨)」がやってきたある日のこと。

私は公務の書類仕事の後、サロンで読書を楽しもうとしていたのだが、どこからともなく漂ってくる嫌な悪臭(焦げたラズベリー臭)に、たまらず鼻をつまんだ。


これは……いわゆる魔法のにおい、或いは魔法の残滓のようなものだった。雨季特有で、強烈な匂いになることがあると聞いていた。


「王太后様、申し訳ございません……。雨が何日も続いているせいで、王宮中の布という布に【腐水の魔物】が取り憑いてしまったようでして……」

侍女長のガブリエラさんが、自身の袖を嗅ぎながら深くため息をついた。


(腐水の魔物って……。ただの『生乾き臭』じゃないの!)


そこへ、いつものようにバンッ!と勢いよく扉が開かれた。


「母上! 本日の報告に……おっ!? なんだこの部屋は、酷い悪臭! やはり来ましたか」

「まるで、悪魔の巣穴に迷い込んだかのような強烈な瘴気(しょうき」


息子のライナルト王とハルバート財務大臣が、顔をしかめて口元を覆いながら飛び込んできた。この世界の人々でも、濃度的にきついのだろう。


「ちょっと、二人ともストップ! それ以上近づかないで!」

私は持っていた本で、二人をピシャリと制止した。


「え? 母上?」

「その匂い、あなたたちの服から発せられているのよ! 自分の胸ぐらを嗅いでみなさい!」


言われて、二人が自分の着ている豪奢なマントやシャツの襟元をクンクンと嗅ぐ。


「「…………これは普通の魔法臭ですな」」


二人は同時に頷く。この世界に慣れていない私にとっては、この甘く焦げた匂いは、強い香水をつけ過ぎた人のようで、きついのである。雨季以外は良い香り程度で耐えれたが、雨季ではそうはいかないようだ。


「な、なんということだ……! 我が威風堂々たる王の御衣ぎょいから、母上を苦しめる香りが……!」

「お、おのれ隣国の呪術師め……! ついに我が国の布製品すべてに【王太后様を苦しめる呪い】をかけおったか……!」


「だから、呪いじゃなくてただの生乾きの匂いだってば!」

私は立ち上がり、窓の外で降り続く雨を指差した。


「雨が続いて外に洗濯物が干せないからって、風通しの悪い部屋の中にギューギューに詰めて干しているでしょう? 警備の関係であまり窓は空けていないし。生乾き臭の原因は換気不良よ。湿った布に菌が繁殖して……呪いをかけているようなものなの」


「呪い!? 我々は、菌という目に見えぬ魔物を身に纏っていたというのですか!?」

ライナルトが悲鳴を上げてマントを脱ぎ捨てた。


「ガブリエラさん! 厨房のバルトのところへ行くわよ。この忌まわしい生乾き臭を、主婦の『必殺浄化魔法』で根こそぎ消し去ってあげるわ!」


厨房に到着すると、私はバルト料理長に、予備のストックから、一番大きな鍋を用意させ、そこへたっぷりのお湯を沸かさせた。


「王太后様、こんなにお湯を沸かしてどうするのですか? まさか、その臭い服をスープの出汁だしに……?」

バルト料理長が、怯えたような顔で後ずさりする。


「誰が服のスープなんか飲むもんですか。いい? 生乾きの菌……魔物はね、普通に水で洗ったくらいじゃ絶対に死なないの。あいつらの弱点は『熱』よ!」


私は、大掃除の時に使った「かまどの灰(アルカリ成分)」をお湯の中に適量投入した。

そしてシャツなどを、そのグラグラと煮え滾るお湯の中へ豪快に放り込んだ。


「母上! 服を煮込んでおられる!?」

「ああっ、ぁぁっ!」


「静かに、十分間だけ煮るのよ。これを『煮洗い』っていうの。灰のアルカリ成分で皮脂汚れを溶かしながら、熱湯で菌を完全に死滅させるのよ」


前世で、色落ちしやすい服には使えないが、白いシャツや丈夫な布ならこれが一番だ。


十分後。

トングで取り出し、水でしっかり濯いだシャツを、ライナルトたちの鼻先に突きつけた。


「さあ、嗅いでみなさい」


「……っ!!??」


ライナルトの顔が、パァァッと明るく輝いた。


「に、匂いが……無い! まさに無臭……いや、お日様の下で干した時のような、ホカホカとした布本来の清潔な香りがしますぞ! まさか魔物がすくっていたとは」

「本当ですな。あれほどこびりついていた、においが、灰と熱湯だけで浄化されるとは……! まさに【聖水の儀式】!」


「でしょ? でも、これで終わりじゃないわよ」


私は濡れたシャツをバサバサと振り、シワを伸ばした。

「菌を殺しても、また乾くのに時間がかかったら同じことの繰り返しよ。部屋干しには『干し方の陣形』があるの。ついてきなさい」


私たちは、広くて風通しの良い廊下へと移動した。

そこには、侍女たちが部屋干ししている大量の洗濯物が、隙間なくギッチリと並べられていた。


「これじゃダメ。布と布の間を『拳一つ分』は空けなさい。風が通る道がないと乾かないわ。それと……服は全部『裏返し』にして干すこと!」


「う、裏返しでございますか?」

ガブリエラさんが不思議そうに首を傾げた。


「そうよ。服の縫い目やポケットの裏側って、布が重なっているから一番乾きにくいの。そこを外側に向けて風を当てるのが、早く乾かすコツなのよ」


侍女たちに指示をして、すべての服を裏返しにし、間隔を空けさせる。

そして、最後の仕上げだ。


「ここからが『主婦の最強陣形』よ! 干し竿に対して、外側にマントや長いズボン、内側に向かって徐々に短いシャツや下着を干していくの。正面から見た時に、洗濯物の裾のラインが『Uの字(アーチ状)』になるように配置しなさい!」


言われた通りに侍女たちが服を並べ替えると、洗濯物の下半分に、ぽっかりとアーチ型の空間が出来上がった。


「王太后様、これは一体……?」


「『アーチ干し』よ。こうやって干すことで、洗濯物の下に空気の通り道ができるの。そして、布の表面から水分が蒸発する時、冷たい空気は下へ、暖かい空気は上へと動く『上昇気流』が生まれやすくなるのよ。ただ適当に干すより、乾くスピードが格段に上がるわ」


私が解説すると、ライナルト王とハルバート大臣が、雷に打たれたように固まった。


「……空気の、通り道。上昇、気流……」

ライナルトが、震える手でアーチ状に干された洗濯物を指差した。


「天才だ……! 母上、これは単なる洗濯の技術などではないですな! 部隊の配置において、外側に長槍兵(長い布)を、内側に短剣兵(短い布)を配置し、中央に風魔法の気流を生み出す【無敵の防陣】そのものではありませんか!」


「おおおっ! その通りですぞ陛下!」

ハルバート大臣も、興奮のあまり鼻息を荒くしている。

「この【U字の陣形アーチ・フォーメーション】を用いれば、敵の矢を気流で逸らしつつ、中央からの突撃を可能にします! しかも、服を『裏返し』にするという発想……これはすなわち、敵の目を欺く『伏兵の計』! 母上は、洗濯という日常の行為の中に、高度な軍事戦術を隠しておられたのですね!」


(ただ早く乾かすための干し方よ……)


私のツッコミも虚しく、二人は「すぐさま軍の演習に【アーチ干し陣形】を組み込むぞ!」と叫びながら、ピカピカで無臭になったシャツを抱えて駆け出していった。


残された私とガブリエラさんは、顔を見合わせて苦笑いするしかない。


「……王太后様。陣形はともかく、この干し方と煮洗いは、我々侍女にとってまさに救いの光です。これで、雨季の憂鬱なお洗濯から解放されますわ」

ガブリエラさんが、嬉しそうにメモ帳(王太后の秘術録)に猛烈な勢いで書き込みをしている。


「ええ。それと、靴箱やクローゼットの中に『木炭』を紙に包んで置いておくと、湿気と匂いを取ってくれるから、それもやっておいてね」


「木炭が吸湿剤に……! 素晴らしいです、すぐに手配いたします!」


窓の外では相変わらず雨がシトシトと降り続いているが、風通しの良くなった廊下には、清潔な布の香りがふわりと漂い始めていた。


ジメジメとした嫌な季節も、ほんの少しの工夫で快適に乗り切れる。

私の知恵は、異世界のカビや菌、そして雨雲のどんよりとした空気までも、見事にカラッと晴れ上がらせてしまうのだった。

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