表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

王太后、春の精霊の呪いを解く

「はっ、はっ、はっくしょん!!」


ぽかぽかとした春の陽気が心地よい昼下がり。

冬の厳しい寒さが去り、ソルディス王宮の庭園には色とりどりの花が咲き乱れているというのに、城のあちこちから凄まじい破裂音が鳴り響いていた。


「……ずずっ。失礼いたしました、王太后様。どうにも、鼻を壊されてしまったようで……インプやピクシーが入り込んだのやもしれません」


私の前で、侍女長のガブリエラさんが真っ赤になった鼻をハンカチで押さえ、涙目で謝罪している。彼女の目はウサギのように赤く充血し、普段の凛とした姿は見る影もない。


そこへ、またしてもバンッ!と扉が開いた。


「はは、ははうえ! た、大変です! 我が国が……はっくしょん!!」

「へいか、無理に口を開かれますな! ずびっ! あああ、目玉を取り出して冷たい水で丸洗いしたい……!」


息子のライナルト王とハルバート財務大臣が、忍者のように顔を布で覆って、目をくしゃくしゃにして転がり込んできた。その後ろからは、医官のロベルト先生が「ずずっ、ずびーっ」と鼻水をすすりながら続いている。


「王太后様……。言わずもがな。本日より、今年の【春の精霊の呪粉じゅふん】が飛散する季節がやってまいりました。南の森に咲く『幻黄花げんおうか』という植物から放たれる目に見えない粉が、精霊達の魔法で変化し、人々の鼻や目を攻撃、呼吸を奪うのです……。治癒魔法もポーションも、この時期ばかりは一切効きませぬぞ……」


(呪粉って……。ただの『花粉症』じゃないの!)


私は内心で深くため息をついた。

日本での国民病とも言えるスギやヒノキの花粉症。まさか異世界にまで似たようなアレルギーが存在するとは。

かくいう前世の私も、三十代で立派な花粉症デビューを果たし、薬が手に入るまでは、ティッシュボックスを小脇に抱えて生きる悲しきモンスターと化していた。しかし、長年の主婦生活の知恵と工夫で、薬に頼らずともある程度やり過ごす術は身につけている。常薬、健康サプリに加えて、花粉症の薬ともなると、毎日飲むのが大変なのである。


「いい? 精霊のいたずらでもなんでもないわ。その幻黄花とやらの粉が、あなたたちの鼻や目の粘膜にくっついて、体が『異物を外に追い出そう』として過剰に反応しているだけよ」


私は立ち上がり、ずびずびと鼻をすする四人をビシッと指差した。


「第一に、あなたたち! 外から帰ってきた時、その服についた花粉をどうしてるの!?」


「ど、どうと申されましても……そのまま普通に部屋に入って、椅子に座って……はっくしょん!!」

ライナルトが、深蒼のタオルを布の上から押し当てくしゃみをした。


「それよ!! その身につけている無駄なマントに、どれだけの花粉がくっついていると思っているの! 家の中に花粉を持ち込まない、これが主婦の鉄則よ!」


私はガブリエラさんに指示を出し、固く絞った濡れタオルを用意させた。


「外から帰ってきたら、部屋の『扉の外』で、まずは手で服の表面を上から下へバサバサと払うの。そして、この固く絞った濡れタオルで、肩や袖のあたりを表面だけササッと撫でるように拭き取る。濡れタオルが花粉を吸着して、部屋に飛び散るのを防いでくれるのよ」


「な、なるほど……! 見えない敵を、城壁ドアの外で水際で食い止めるというわけですね! ずずっ」

ハルバート大臣が、鼻をこすりながら感心している。


「で、鉄則その二。物理バリアよ」


私は、大掃除の時に大活躍した「特製・天然蜜蝋みつろうハンドクリーム」の小瓶を取り出した。


「これを、ほんの少しだけ指先に取って……鼻の穴の入り口の周りと、目の周りに薄ーく塗るの」


「えっ? お顔に、ですか?」

ガブリエラさんが戸惑いながらも、言われた通りに鼻の下にクリームを薄く塗った。ライナルトたちも真似をする。


「そう。蜜蝋の油分が、鼻の穴に入る前の花粉をペタッとキャッチして、奥の粘膜まで到達するのを防いでくれるの。いわば、透明なマスク(フィルター)の代わりね。前世……じゃなくて、私の故郷では『ワセリン』っていう軟膏をこうやって使っていたのよ。どうぞ先生」


「……あ、あれ? 本当だ……! さっきまで、息を吸うたびに鼻の奥がムズムズして爆発しそうだったのに、なんだかマイルドになっている……! クリームが【見えない防壁シールド】となって、粉の侵入を物理的に阻止しているというのか……!」


「目の周りに塗ったおかげで、目のかゆみも少しマシになった気がしますわ! 王太后様、素晴らしいです!」

ガブリエラさんもパッと顔を明るくした。


「ふふん、まだまだこれからよ。鉄則その三、今すでに詰まっている鼻をスコーーーン!と通すわよ」


私は、いつものようにお湯の入ったマグカップを三人の前に用意した。そして、自分のポケットから、薬草園で摘んできた緑色の葉っぱを取り出す。

地球でいうところの「ペパーミント」や「ハッカ」によく似た、強い清涼感のある香草だ。


「このミントの葉を、指で細かくちぎって、熱湯の中に落とすの。そして、顔をカップに近づけて、立ち上る湯気を鼻から深〜く吸い込んでみて」


三人は、言われた通りにマグカップに顔を近づけ、鼻から息を吸い込んだ。


「「「…………っ!!??」」」


次の瞬間、三人の男たちが雷に打たれたように目をひん剥き、ガバッと顔を上げた。


「な、なんという破壊力……! 鼻の奥底に詰まっていた泥の壁を、冷たく鋭い【氷雪の槍】が一直線に貫いていったぞ……!」

ライナルトが、信じられないものを見る目でマグカップを震える両手で持ち上げた。


「スースーします! 脳の裏側まで、爽やかな風の精霊が駆け抜けていきました! あんなに塞がっていた鼻の穴から、新鮮な空気がドバドバと流れ込んできますぞ!」

ハルバート大臣も、先程までの鼻声が嘘のように、クリアな声で叫んでいる。


「ミントに含まれる『メントール』っていう成分が、鼻の粘膜の腫れを引かせてくれるのよ。お湯の蒸気で鼻の中が潤うから、一石二鳥でしょう?」


私がドヤ顔で紅茶をすすると、ロベルト先生が両膝をついて天を仰いだ。


「ああ……薬草の神よ! 飲むわけでも、傷口に塗るわけでもなく、『熱湯に浮かべて気化させた成分を直接粘膜に吸引させる』とは……! この【聖なる緑風の吸引法】を用いれば、高価なポーションを消費せずとも、瞬時に兵士たちの呼吸を確保できる……!」


「おおお! ロベルトの言う通りだ!」

ライナルト王が、ドーン!と机を叩いた。


「春の行軍において、兵士たちの『呪い』は敵に位置を知らせる致命的な弱点でした。しかし、この【蜜蝋の防壁】と【聖なる緑風】があれば、我が軍の隠密行動は完璧なものとなります! ハルバート! 直ちに国中のミント草を国家戦略保護植物に指定し、全騎士団に配備せよ!」


「ははっ! それと同時に、王宮に出入りするすべての者に『入室前の服払い』を厳格な法度として義務付けます! 違反者は減給ですぞ!」


(だから、ただの花粉症対策なんだけど……!)


私のツッコミを置き去りにして、鼻が完全に開通した国王と大臣は、驚異的な肺活量で大声で指示を出しながら、嵐のようにを去っていった。

ほんの少しミントの香りが残る部屋で、私はやれやれと首を振る。


「……王太后様。本当に、神のようなお知恵ですね」

すっかり涙目から解放されたガブリエラさんが、自分の鼻の下を触りながら嬉しそうに微笑んだ。


「神じゃないわよ。でもね、ちょっとした工夫で、嫌な季節も少しは快適に過ごせるようになるの。これも立派な『主婦の戦い方』よ」


私は、窓の外で心地よく揺れる春の木漏れ日を見つめた。

くしゃみと鼻水の季節はまだまだ続くけれど、この「ミント蒸気」と「蜜蝋バリア」があれば、今年の春はみんなで楽しくお花見ができそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ