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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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迫り来る『冬の贅沢』に抗う

「……うぐっ。くっ、ふんぬぅぅ……!」


まだ寒さの残る、冬の終わりのある朝。

私は自分の寝室の姿見の前で、顔を真っ赤にしながら息を止め、ドレスの背中のホックを必死に引っ張っていた。

あと一ミリ。あと一ミリで金具が引っかかるはずなのに、私のウエスト周りに定住し始めた『柔らかい浮き輪』が、それを頑なに拒絶している。


(た、大変だわ……完全に『冬太り』……!)


五十代の基礎代謝を舐めてはいけない。

寒さで部屋にこもりがちになり、運動量がガクッと減ったにもかかわらず、王宮の暖炉の前で毎日美味しい紅茶と焼き菓子をつまんでいれば、結果は火を見るより明らかである。

前世でも、お正月を過ぎたあたりからジーンズのボタンが弾け飛びそうになり、慌てて夕飯の白米を抜くのが恒例行事だった。


「王太后様……。あの、私が無理やり押し込みましょうか……?」

侍女長のガブリエラさんが、背後で申し訳なさそうに控えながら提案してきた。しかし、振り返った彼女の顔を見て、私はハッとした。


「ガブリエラさん、あなた……少しお顔が丸くなっていない?」


「ひっ!?」

ガブリエラさんは、ビクッと肩を震わせ、サッと両手で自分の頬を隠した。

「お、お恥ずかしながら……。最近、ドレスの胸の下あたりが酷く窮屈で、夜こっそり糸を解いて布を継ぎ足しました……。冬の王宮の食事は、保存の効く塩漬け肉や、脂のたっぷり乗ったシチューなどが多く、その、つい美味しくて……」


その時、廊下からガシャーン!という大きな金属音が響いた。


「おおおぉぉ……! なんたる不覚! 我が騎士人生最大の汚点……!」


声の主は、近衛騎士団長のゴードンさんだった。

慌てて廊下に出てみると、ゴードン団長が壁に手をつき、絶望した顔で床を見つめている。彼の足元には、真っ二つに千切れた太い革ベルトと、弾け飛んだ鉄のバックルが転がっていた。


「ゴードン団長!? 刺客でも出たの!?」


「お、王太后様……。いえ、刺客などではございません。ただ……朝の巡回に出ようと、鎧の腹部のベルトをギュッと締めた瞬間、私の……私の腹の圧力に耐えきれず、金具が破裂したのです……!」


ゴードン団長は、ぽっこりと前に突き出た自身の「貫禄のあるお腹」を両手で抱え込み、わななわなと震えている。

「最近、若い兵士たちもみな、動きが鈍くなっております。腹に『見えない肉の鎧』を着込んでいるせいで、剣を振るスピードが落ちているのです……。ああ、これは間違いなく、怠惰を誘う【豊穣の悪魔】の呪いに違いありません……!」


(悪魔の呪いじゃなくて、ただのカロリーオーバーと運動不足よ)


私はこめかみを押さえた。

どうやら、私だけでなく王宮全体が「冬太り」という名の呪いの危機に瀕しているらしい。

豊かで美味しい食事は結構だが、このままでは騎士たちの戦闘力は下がり、侍女たちの制服の布代が国家予算を圧迫しかねない。


「よし。ガブリエラさん、ゴードン団長。今日から私たちは『ダイエット』を開始するわよ! まずは厨房のバルトのところへ行くわ!」


主婦の知恵、そして女の意地にかけて、この憎き脂肪を燃やし尽くしてやる。


────


厨房へ乗り込むと、バルト料理長が巨大な鍋で、豚肉の塊とたっぷりのバターを入れた濃厚なシチューを煮込んでいるところだった。


「バルトさん! ちょっと、それはいくらなんでもカロリーが高すぎるわ! 王宮のみんなが丸々と太ってきているじゃないの!」


「お、王太后様! しかし、冬は寒さに耐えるために、しっかりと脂と塩分を摂って体力をつけるのが王宮の伝統でございまして……。あっさりした野菜のスープなど出せば、兵士たちから『腹にたまらない!』と文句が出てしまいます」


「お腹にたまればいいのね? なら、カロリーを減らして『かさ増し』すればいいじゃない。……バルトさん、あれはないの? ソイ豆(大豆のような豆)から油や乳を搾り取った後に残る、あの白いポロポロのカスよ」


「ソイ豆の搾りカスですか? あんなもの、パサパサして喉に詰まるだけですから、普段は軍馬の餌にするか、畑の肥料として利用しておりますが……」


「もったいない! それこそが最強のダイエット食材『おから(卯の花)』よ!」


私はバルトさんに指示を出し、挽き肉をいつもの半分の量に減らさせた。そして、その減らした分の代わりに、たっぷりの「ソイ豆のカス」と、細かくみじん切りにしたキノコやタマネギ(のような野菜)を練り込ませた。


「これをよく捏ねて、丸めて焼くの。ソイ豆のカスが肉の旨味の肉汁を全部吸い込んでくれるから、パサパサにならないわ。それに、キノコの弾力が加わって、噛みごたえも抜群の『かさ増し特製肉団子おからハンバーグ』の完成よ!」


バルトさんは半信半疑で肉団子を焼き上げた。フライパンからは、香ばしい肉の脂と、ふわりとした豆の甘い香りが漂い始める。


「よし。次は『食べ方』よ。今日の昼食は、特別ルールを敷くわ」


────


昼食の時間。

広い食堂に、息子のライナルト王とハルバート財務大臣、そしてゴードン団長を初めとする騎士や文官たちが集められた。

彼らの前には、山盛りの生野菜のサラダ、温かい野菜スープ、そしてメインの「特製肉団子」が並べられている。


「皆様、食事の前に私からルールを説明します」

私は立ち上がり、ビシッと人差し指を立てた。


「一つ! 食べる順番は、必ず『野菜』から! スープ、サラダの順に食べて、お肉に手を付けるのは一番最後よ!」


前世で叩き込んだ「ベジファースト」の法則だ。最初に食物繊維を胃に入れることで、糖や脂質の吸収を穏やかにし、血糖値の急上昇(太る最大の手口)を防ぐのである。


「ははっ、母上が仰るなら従いますが……。肉を目の前にお預けを食らうのは、拷問のようですな〜。訓練になる」

ライナルト王が、肉団子を恨めしそうに見つめながら、サラダをモシャモシャと食べ始めた。


「そして二つ目! これが一番重要よ! 食べ物を口に入れたら、必ず『三十回』噛むこと! 三十回数え終わるまでは、絶対に飲み込んではダメ!」


「さ、三十回でございますか!?」

ハルバート大臣が目を丸くした。

「いつも仕事の合間に、五回ほど噛んで水で流し込んでおりますが……」


「だから太るのよ! よく噛むことで、脳の『満腹中枢(お腹いっぱいだと感じる場所)』が刺激されるの。さあ、一緒に数えるわよ! お肉を一口食べて……はい、いっち、にー、さーん!」


屈強な騎士たちと、国家の中枢を担う大臣たちが、一斉に口をもぐもぐと動かし始めた。

最初は「こんなちまちました食べ方、面倒だ」という顔をしていた彼らだったが。


「……じゅう、にじゅう、さんじゅう! はい、ごっくん!」


「な、なんということだ……!」

三十回噛み終えて飲み込んだ瞬間、ゴードン団長が目を見開いた。


「噛めば噛むほど、肉に仕込まれたキノコの旨味と、謎の白いおからから溢れ出る甘みが、口の中で爆発します! それに、まだたった一個しか肉団子を食べていないのに、腹の底から『もう十分だ』という不思議な満足感が……!」


「本当です!」

ハルバート大臣も、信じられないものを見る目で自分の胃のあたりを押さえた。

「いつもなら、この肉団子を十個は平らげないと気が済まないのに。よく噛んで食べるだけで、たった三個で胃袋が完全に満たされている! それに、少しも胃が重くありません!」


「それにこの肉団子、信じられないほどふんわりしていて、それでいてジューシーだ! 母上、これはいったい何の高級肉を使われたのです!?」

ライナルト王が、目を輝かせて尋ねてきた。


「高級肉なんて使ってないわ。お肉はいつもの半分よ。あとは、捨てるはずだった『ソイ豆の搾りカス』を混ぜただけ」


「「「…………な、なんだと!?」」」

食堂の全員が、雷に打たれたように静まり返った。


ハルバート大臣が、ガタッ!と椅子を蹴立てて立ち上がった。

「す、捨てるはずの魔獣の餌で、これほどまでの美味と、圧倒的な満腹感を作り出したというのですか!? しかも、三十回噛むという【咀嚼の儀式】を組み合わせることで、食事の量を三分の一に減らしても、兵士たちの士気と体力を完全に維持できる……!」


ハルバートの分厚い眼鏡が、ギラリと光を反射した。


「王太后様! これは、我が国の兵站へいたんと食糧事情を根底から覆す、歴史的な大発明ですぞ! 食費は半減し、それでいて兵士の胃腸への負担は消え、動きは倍速になる! 直ちに、国中のソイ豆の搾りカスを『国家戦略物資』として保護し、全軍にこの【三十回の咀嚼魔法】を義務付けます!」


「だから、魔法じゃなくてただのダイエットと節約よ……」


私のツッコミなど、もはや誰の耳にも届いていなかった。

ライナルト王とゴードン団長は「おおお! これなら見えない肉の鎧を脱ぎ捨てられるぞ!」と歓喜の声を上げ、騎士たちはこぞって肉団子をありがたそうに三十回モグモグと噛み締めている。


「……王太后様。本当に凄いです」

隣で控えめに食事をしていたガブリエラさんが、嬉しそうに微笑んだ。

「いつもなら食後に来る、あの嫌な胃もたれが全くありません。これなら、春物のドレスも美しく着こなせそうですわ」


「そうね。無理な絶食なんてしなくても、食べる順番と噛む回数を変えるだけで、体はちゃんと応えてくれるのよ」


私も、自分の特製おからハンバーグを三十回しっかりと噛み締めながら、満足げに頷いた。

大豆のイソフラボンと食物繊維は、五十代の美容と健康にも最強の味方である。


数週間後。

ソルディス王宮では「ソイ豆のハンバーグ」と「一口三十回」の習慣が完全に定着した。

その結果、騎士たちの動きは見違えるほど素早くなり、ゴードン団長の弾け飛んだベルトも無事に一番奥の穴で留まるようになった。

そして何より、国の食糧費が大幅に浮いたことで、ハルバート大臣が嬉し泣きしながら私の銅像(小さなものだが)を厨房に建てようとしたのには、全力でストップをかけなければならなかったけれど。


私の異世界二度目の人生。

どうやら春の訪れとともに、身も心も(そしてお腹周りも)すっきりと軽く、新しい季節を迎えることができそうである。

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