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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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「……あいたたた。なんだかんだで言っても、やっぱり、この体も五十路よねえ……」


ある日の清々しい朝。

私はふかふかのベッドから起き上がり、大きく伸びをしようと腕を上に突き上げた瞬間、ピキッという嫌な音とともに肩に走った鈍痛に顔をしかめた。


異世界に来訪して、見た目は少し若返ったマリエルの肉体、だけれど……。中身は現代風に要約すれば五十代主婦(政務)である。ここ最近、王太后としての書類仕事や、インソールや青竹踏みの開発(?)で机に向かっている時間が長かったせいか、見事に「肩こり」が再発していた。

前世でも、家計簿をつけたり、不慣れなスマホを見続けたりすると、よく肩甲骨のあたりがガチガチに固まって、眼疲労や頭痛まで引き起こしたものだ。


「王太后様、おはようございます……。痛っ」


そこへ、洗面器とタオルを持った侍女長のガブリエラさんが部屋に入ってきたのだが、彼女もまた、自分の首の付け根をトントンと叩きながら、なんとも言えない苦労人の顔をしていた。


「ガブリエラさん、あなたも肩が凝っているの?」


「お恥ずかしながら……。最近、王宮の皆様が青竹踏みで足元が軽くなったせいか、皆様の歩く速度が上がりまして。それに追いつくために、どうにも以前にも増して肩に力が入ってしまうようで……。首から背中にかけて、まるで重い石が乗っているかのような……」


(なるほどねえ。足の疲れが取れても、上半身のケアがおろそかになっていたわ)


思い返せば、この世界の人々はとにかく「見栄え重視の姿勢に悪い」か「常に体面に気を張っている」かの二極端だ。

文官たちは机にへばりつくように背中を丸めて(いわゆる猫背・巻き肩)文字を書いているし、騎士たちはアイデンティティの重い鎧を常に身に着たまま、胸を張りすぎて肩に力が入りっぱなしになっている。


そこへ、いつものように息子のライナルト王とハルバート財務大臣が、朝の挨拶と昨日の報告にやってきた。


「母上、おはようございま……っ、痛つ!」

「おはようご……あいたっ!」


二人は部屋に入るなり、全く同じタイミングで右腕を押さえて顔を歪めた。この世界の王宮にも高齢化の波が。


「ちょっと、二人ともどうしたの。まるで示し合わせたような演出ね」


「い、いえ……」ライナルトが冷や汗を流しながら、上がらない右腕を庇う。

「実はここ数日、書類にサインをしすぎたせいか、腕を肩より上に上げようとすると、肩の関節に激痛が走るのです。まるで、見えない槍で刺されたかのように……」


「私もです。昨晩、棚の上の分厚い帳簿を取ろうとした際、肩の奥で『ゴキッ』と不吉な音が鳴りまして……。それ以来、腕が胸の高さまでしか上がりません。これは……隣国の呪術師による、恐るべき【肩封じの呪い】に違いありません!」


ハルバート大臣が、真剣な顔で陰謀論を唱え始めた。誰も咎めようとしないのだ。


(いえ、それただの『四十肩(五十肩)』だから……)


私は呆れてため息をついた。

肩の関節周りの組織が炎症を起こし、固まってしまう中高年の悲しき登竜門。魔法のある異世界でも、加齢と運動不足による肉体の衰えは平等に訪れるらしい。


「いい? 呪いでもなんでもないわ。あなたたち、ずっと同じ姿勢で固まっているから、肩甲骨の周りの筋肉が錆びついて血流が悪くなっているのよ。ちょっと、ガブリエラさん。その長い手拭い(タオル)を貸してちょうだい」


私はガブリエラさんから乾いたタオルを受け取ると、両端をしっかりと握った。


「見てなさい。こうやってタオルの両端を持って、腕をピンと伸ばしたまま、頭の上に上げる。そこから、息を吐きながら、タオルが後頭部の後ろを通るように、ゆっくりと腕を下ろしていくの。肩甲骨を『ギュッ』と寄せるイメージよ」


私が実演してみせると、背中の奥でゴリゴリッという音が鳴り、滞っていた血流がサーッと流れるのがわかった。痛気持ちいい。


「さあ、二人もやってみなさい」


私は新しいタオルを二人に渡し、やらせてみた。

四十肩の二人は「ひいいっ」「腕が、腕が千切れます!」と悲鳴を上げながらも、ゆっくりとタオルを上げ下げした。


数回繰り返した後。


「……あ、あれ?」

ライナルトが、タオルを置いて自分の右腕をグルグルと回した。


「回る……! さっきまで石のように固まっていた肩が、まるで油を差した歯車のように滑らかに動きます! それに、背中の周りがポカポカと温かい……!」


「本当です! 腕が頭の上まで上がりますぞ! 王太后様、この【聖なるタオルの儀式】は一体……!?」

ハルバート大臣も、万歳をするように両腕を高く掲げて歓喜している。


「ただのストレッチ(柔軟体操)よ。でも、これじゃあ一人ずつしか教えられないわね。……よし。どうせなら、王宮のみんなの凝り固まった身体を、朝イチで一気にほぐしてあげましょう」


主婦の血が騒いだ。

前世、子供の夏休みの早朝に、眠い目をこすりながら公園で首からスタンプカードを下げて参加した、あの偉大なる日本の文化を、この異世界に導入する時が来たのだ。私にとっては、毎朝のルーティーンだったけれど。


翌朝。

王宮の広大な中庭に、何百人もの人々が集められていた。

文官、侍女、料理人、そしてゴードン団長率いる近衛騎士団まで。皆、「王太后様からの重大な発表がある」と呼び出され、緊張の面持ちで整列している。


私は一段高いバルコニーに立ち、彼らを見下ろした。

私の横には、宮廷楽団の楽士たちが数名、楽器を構えて待機している。昨日のうちに、彼らには「明るく、テンポの良い四拍子の曲」をリクエストしておいた。


「皆様、おはようございます! 今日は、毎日のお仕事を頑張る皆様の『肩こり』や『腰痛』を吹き飛ばす、素晴らしい儀式……いえ、運動を行います!」


私が声を張り上げると、広場がどよめいた。


「さあ、まずは隣の人とぶつからないように、腕を横に広げて間隔を空けて! ……そう、そこ! ゴードン団長、もっと下がって!」


全員が適度な間隔を空けたのを確認し、私は楽士たちに合図を送った。

♪タン、タン、タタタン、タン、タン、タタタン〜

陽気でリズミカルな音楽が、朝の冷たい空気の中に響き渡る。


「はい、まずは深呼吸から! 腕を前から上に挙げて、大きく背伸びの運動〜! いっち、にー、さーん、しー!」


私はバルコニーで、お手本として大きく腕を振り上げた。

広場の人々は戸惑いながらも、見よう見まねで私の動きについてくる。


「ごー、ろく、しち、はち! 次は、腕と足の運動! 腕を振って、膝を曲げて伸ばす! いっち、にー、さーん、しー!」


それは、日本人なら誰もがDNAレベルで記憶している、あの『ラジオ体操第一』の異世界アレンジ版であった。

(さすがにジャンプの運動とかは危ないから、肩甲骨と股関節をほぐす動きを中心にアレンジした)


「はい、次は腕を横に振って、胸を反らす運動! 大きく胸を開いて、新鮮な空気を取り込んで! そう、肩甲骨を寄せることを意識して!」


最初はおっかなびっくりだった文官たちも、大きく胸を開いた瞬間に「おおっ……」と声を漏らした。丸まっていた背骨が伸び、新鮮な空気が肺の奥深くまで入ってくる快感に気づいたのだ。


「次は、体を横に曲げる運動! 脇腹をしっかり伸ばして〜!」


広場の全員が、一斉に右へ左へと体を傾ける。

銀色の鎧を着た騎士たちが、ガシャガシャと音を立てながら真面目に体を横に曲げている姿は、なかなかにシュールな光景だった。


「はい、最後に深呼吸! 息を大きく吸って〜、吐いて〜。はい、お疲れ様でした!」


音楽が止み、体操が終わった。

ほんの数分程度の運動である。しかし、広場を包む空気は、開始前とは劇的に変わっていた。


「……な、なんだこれは。体が、異常に軽いぞ……?」

「手足の先まで血が巡って、ポカポカする……。昨晩の徹夜の疲れが、嘘のように消え去ったわ!」

「いつも痛かった腰の重みが無い! それに、頭に霞がかかっていたのが、スッキリと晴れ渡っている!」


広場のあちこちから、驚愕と歓喜の声が爆発するように上がり始めた。

ゴードン団長などは、大きく肩をぐるぐると回しながら、感極まった顔で空を見上げている。


「おおおお……! これが、王太后様がもたらした【朝の聖なる武闘舞モーニング・ルーティン】! 鎧を着たまま行えば、筋肉がほぐれると同時に体幹が鍛えられ、大地の魔力マナが全身を駆け巡るのがわかる! 素晴らしい!」


(いや、ただの体操で魔力は巡らないから……いえ、巡るのかしら? ファンタジーの事は、難し過ぎてよく分からないわね)


「母上!!」

広場の最前列で参加していたライナルト王が、目を輝かせてバルコニーを見上げてきた。


「凄まじい効果です! たった数分の不可思議な舞踏で、我が国の中枢を担う者たちの生気が、二倍……いや三倍に跳ね上がっております! 皆様の背筋はピンと伸び、目には力が宿っている!」


「ハルバートも感動いたしました!」

大臣も横でウンウンと頷いている。

「この【聖なる舞】を毎朝の習慣とすれば、我が国の労働生産性は飛躍的に向上し、医療費の大幅な削減にも繋がります! 王太后様、直ちにこの舞を『国教の儀式』として、全国民に義務付ける法案を提出いたします!」


「国教って……。ただの健康体操ですよ?」


私のツッコミも虚しく、その日を境に、ソルディス王国では毎朝、城の鐘の音とともに「王太后の聖なる舞」を踊ることが国中の義務(というか大流行)となってしまった。


街角で、農村で、そして王宮の広場で。

「いっち、にー、さーん、しー!」という掛け声とともに、国中のみんなが揃って体を動かす風景は、前世の夏休みの朝を思い出させて、少しだけ私の胸を温かくした。


「……まあ、みんなの肩こりが治って、姿勢が良くなるなら、いいでしょう」


私はバルコニーで温かいハーブティーを飲みながら、今日も元気に書類仕事へと走っていく息子たちの背中を、微笑ましく見送った。

どうやら私の前世知恵は、この国の健康寿命を、また一つ大きく引き上げてしまったらしい。

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