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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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石畳の天敵に挑む中敷きの魔法と、悶絶の青竹踏み

「……たたた。やっぱり、このお城の床は足にくるわねえ」


朝の回廊を歩きながら、私は思わず壁に手をついて、ドレスの裾から覗く自分の足元を見つめた。

王太后マリエルの部屋から、子供たちの部屋や厨房、あるいはサロンへと移動するだけで、この広大な王宮ではかなりの歩数を歩くことになる。しかも、床はすべて、贅沢に磨き上げられた一分の隙もない「大理石」や「硬い石畳」だ。


五十を過ぎた身体にとって、この「硬い床を歩き続けること」は、想像以上に膝とかかとにダイレクトなダメージを与える。

前世の真理子だった頃、私は一時期、朝起きて一歩目を踏み出した瞬間に、踵のあたりに激痛が走る「足底腱膜炎そくていけんまくえん」に悩まされたことがあった。あの時は、フローリングの床を素足で歩くことすら苦痛で、家の中でも常にクッション性の高い厚底のスリッパを履いていたものだ。しかし、近所の知人がそのせいで階段を踏み外して救急車で運ばれたのは他人事ではなかった。スリッパ恐怖症。私も階段ではないけれど、何度か躓いたことがあって、何度冷や汗を流したことか。結局分厚い靴下で我慢していた。

五十代の足の裏は、悲しいかな。水分が抜けて皮膚が硬くなりやすく、油断すると踵が鏡餅のようにひび割れたり、妙なところに「魚の目」や「タコ」ができたりする。


(せっかくドレスのウエストをゴムにして、お風呂で血行を良くしたのに、この硬い靴と石畳のせいで、足の裏からジワジワと疲れが上がってくるわ……)


私が履いているのは、王族御用達の最高級の革で作られた細身の靴だ。見た目は非常にエレガントで美しい。けれど、底が薄くてカンカンと硬く、地面の衝撃をすべて足裏で受け止める構造になっている。


「……う、くっ……!」


回廊の角を曲がろうとした時、前方から短い苦悶のうめき声が聞こえてきた。

見ると、そこには全身を銀色のフルプレートアーマー(総鉄甲冑)で包んだ、一人の大柄な男性が立っていた。

白髪交じりの髭を厳めしく蓄えたその人は、近衛騎士団を率いる団長のゴードンさんだ。年齢は私(前世)と同じ、五十代半ばといったところだろうか。息子からの信頼も厚い、百戦錬磨のベテラン騎士である。


そのゴードン団長が、周囲に誰もいないと思ったのか、壁にドサリと寄りかかり、苦痛に顔を歪めながら、片足を上げて足首をぐるぐると回していた。その姿は、まるで営業回りで歩き疲れた初老のサラリーマンのようだった。


「ゴードン団長。どうされたの? どこか怪我でも?」


「はっ!? お、王太后様……っ!」


私の声に驚いたゴードンさんは、弾かれたように姿勢を正し、右手を胸に当てて深く頭を下げた。重い鉄の鎧が、ガシャリと大きな音を立てる。


「失礼いたしました、不甲斐ない姿をお見せしてしまい……。いえ、怪我などではございません。ただ……少々、昔の古傷が痛むと申しますか、その……」


ゴードンさんはバツが悪そうに視線を泳がせた。

けれど彼の歩き方や、足の引きずり方を見れば、主婦の目は誤魔化せない。


「古傷だけじゃないでしょう。あなた、その重い鎧を着たまま、毎日この硬い石畳の上を何万歩も巡回しているんじゃない? 足の裏や、膝の関節が悲鳴を上げているのよ」


「……っ。お、王太后様には、すべてお見通しでございますか」

ゴードンさんは、がっくりと肩を落とした。

「仰る通りにございます。我ら近衛騎士の靴は、防御力を高めるために底に鉄板が仕込まれておりまして、これが酷く重く、そして硬いのです。若い頃は力任せに歩けましたが、この歳になりますと、夕方には足の裏が焼け付くように痛み、膝が笑ってまともに歩けなくなる者も少なくありません。……しかし、これも職務にございますから」


生真面目な騎士団長は、痛みを堪えて拳を握りしめている。

周囲を見渡せば、回廊の各所に立つ若い兵士たちも、時折、気づかれないようにそっと体重を左右の足に交互にかけ替えていた。みんな、足の裏の痛みに耐えているのだ。


(自衛官だったウチの健一も、同じことを言っていたわねえ……。一説では、装備は30kg〜40kgにもなるらしい。しかも通気性は良いとは言えず、まさに熱中症装備だ)


私の胸の奥に、懐かしい記憶が蘇る。

夫の健一は、長時間の行軍(徒歩での移動訓練)から帰ってくると、いつも真っ先に靴を脱ぎ、足の裏に大きなマメを作って笑っていた。

『真理子、自衛官の命は足なんだよ。靴の中に「衝撃吸収の中敷き」を二枚重ねで敷くだけで、翌日の疲れが半分になるんだ』

そう言って、彼は自分で買ってきたインソールをハサミでチョキチョキと切って、無骨な半長靴ブーツの中に仕込んでいたっけ。


「……よし。ゴードン団長、ちょっと私についてきなさい。あなたのその『足の呪い』を、主婦の知恵で解いてあげるわ」


「は、はあ……? 足の呪い、でございますか?」


困惑する騎士団長を従え、私はお針子のニナの作業部屋へと向かった。


「ニナ、ちょっと相談があるの」


お針子の部屋に入ると、ニナは今日も新しいドレスのデザイン画に囲まれて忙しそうにしていた。

私が事情を説明し、靴の中に入れる「クッション」のようなものを作りたいと伝えると、ニナはすぐに机の引き出しからいくつかの素材を取り出した。


「靴の中に敷く、衝撃を和らげる中敷き(インソール)ですね! それでしたら、先日使った『チュル蜘蛛の糸の布』を数枚重ねて縫い合わせるのが良いかと思います。あれは縦の圧力に対して、マシュマロのように押し返す弾力がありますから」


「素晴らしいわ、ニナ! それから、踵の形に合わせて、少し後ろ側を厚くしてちょうだい。人間の足の裏にはね、緩やかな『アーチ』があるのよ。土踏まずの隙間を少し埋めるように膨らみを持たせると、足全体のバランスが良くなって、疲れにくくなるの」


前世で、私が靴屋の店員さんから聞いた「足の構造」の知識だ。土踏まずを支えることで、体重が足裏全体に分散され、踵や親指の付け根にかかる負担が激減する。


ニナは私の指示に従って、ゴードン団長の大きな足の形に型紙を合わせ、チュル蜘蛛のストレッチ布を贅沢に十層ほど重ねて、周囲を丁寧に縫い固めた。さらに、その中間に、弾力性のある「コルク樹の皮」を薄く削ったものを挟み込み、立体的な「特製・衝撃吸収インソール」を完成させた。


「さあ、ゴードン団長。その頑丈な鉄靴の中に、これを敷いて履いてみて」


「は、はい……。失礼いたします」


ゴードンさんは、半信半疑のまま大きな鉄靴を脱ぎ、完成したばかりの中敷きを底に押し込んだ。そして、再び足を靴へと滑り込ませ、立ち上がった。


その瞬間。


「…………ッ!?」


ゴードン団長は、目を見開いたまま、その場で硬直してしまった。

しばらくの間、彼は自分の足元を見つめ、恐る恐る床を踏み締め、その場で小さく足踏みをした。ガシャ、ガシャ、という鉄の音が、いつもより心なしか柔らかく響く。


「な……なんですか、これは……! 我が足が……我が足が、まるで最高級の雲の絨毯を踏み締めているかのような……! あの忌々しい大理石の硬さが、まったく、まったく足の裏に伝わってまいりません!」


「そうでしょう? 中敷きが、地面からの衝撃を代わりに吸収してくれているのよ」


「それだけではございません! この『土踏まず』とやらに当たる膨らみが、我が足を下から優しく、しっかりと支えてくれている……! いつもなら、一歩歩くたびに膝の奥に走っていたあの鈍い痛みが、消えている……! 王太后様、これは、これはどのような歩行補佐の古代魔導具ですか!?」


五十代のベテラン騎士が、まるで初めておもちゃを買ってもらった子供のように、中庭の石畳の上をピョンピョンと跳ね回っている。


「魔導具じゃないわよ。ただの『インソール(中敷き)』。靴の裏に一枚工夫を凝らすだけで、身体への負担は劇的に変わるの」


「素晴らしい……素晴らしすぎる! 王太后様、これを、これを我が近衛騎士団の全兵士に支給することを、お許しいただけますでしょうか!? これさえあれば、我が騎士団の行軍速度は二倍になり、長時間の警備でも集中力を切らすことはございません! これは、我が国の国防を揺るがす大発明です!」


(いや、国防って。ただの中敷きなんだけどねえ……)


ニナと顔を見合わせながら、私は苦笑せざるを得なかった。

けれど、喜ぶゴードン団長を見て、私の主婦の悪巧み……いえ、親切心がさらにもう一歩、加速した。


「ゴードン団長、歩くのが楽になったら、次はその足の裏に溜まった『疲れ』を根本から叩き出しましょう。ガブリエラさん、ちょっと裏庭へ行くわよ」


私はガブリエラさんを伴って、王宮の裏山に群生している、中空の頑丈な植物――地球での「竹」によく似た【リンの一節ひとふし】という植物が生えている場所へと向かった。


「これの、ちょうど良い太さのものを一本、切り倒してちょうだい」

手伝いに来た若い兵士に頼み、直径十センチほどのリンの幹を切り出してもらう。

それを、節と節の間で三十センチほどの長さに切り、さらにそれを縦にパカンと真っ二つに割らせた。


切り口をヤスリで丁寧に滑らかにすれば、あっという間に、見事な「半分に割った竹」――すなわち、日本古来の健康器具『青竹踏み(あおたけふみ)』の完成である。


「よし、これをサロンの床に置きましょう」


部屋に戻り、絨毯の上に完成した【リンの青竹踏み】を設置した。


「さあ、ゴードン団長。靴下(のような靴下)のまま、この丸い山の上に、両足で乗ってみなさい」


「はあ、この上に乗るのでございますか? ただの植物の破片のようですが……。失礼いたします」


ゴードン団長は、大きな身体を揺らしながら、リンの半丸の突起の上に、自身の体重をかけてドンと乗った。


次の瞬間。


「ーーーーーーッッッ!!!!(声にならない悲鳴)」


ゴードンさんの顔が、一瞬で真っ白から真っ赤、そして真っ青へと変化した。

彼は両手を激しくバタつかせ、白目を剥きながら、その場で奇妙な踊りのように足を交互に動かした。


「痛いいいいいっ!? お、王太后様! 足の裏が! 我が足の裏に、無数の不可視の刃が突き刺さるような激痛が……っ! これは、これは隣国の暗殺者が仕込んだ呪いの罠ですかああっ!?」


「大げさねえ、ゴードン団長」

私は横でフフッと笑った。

「それはね、あなたの足の裏が、それだけ凝り固まって老廃物が溜まっている証拠よ。足の裏にはね、全身の臓器に繋がる『反射区ツボ』が集中しているの。そこを刺激することで、血流が良くなって、体中の疲れが取れるんだから。ほら、我慢して、その場で足踏みを三十回!」


「くっ、うおおおお……! 痛い! 痛うございます! 戦場で矢を射かけられた時よりも、痛い……っ!」


五十代の屈強な騎士団長が、涙目でリンの木の上で足踏みをしている。その様子を見ていたガブリエラさんは、「そんなに痛いのかしら……」と、不思議そうに自分のドレスの裾をまくり、素足になって隣のリンの木の上にそっと乗ってみた。


「……あ」


ガブリエラさんの動きが止まった。


「いた……痛いですわ……! でも……でも、なんだか、凄く……『気持ちいい』です……!」


「そうでしょう? 痛気持ちいいのが癖になるのよ」

ガブリエラさんは、痛みに顔をしかめながらも、じわじわと足の裏が熱くなっていく快感に目覚めたらしく、フーフーと息を吐きながら足踏みを始めた。


十分後。

悶絶の足踏みを終え、床に降り立ったゴードン団長は、呆然とした表情で自分の足元を見つめていた。


「……冷えて、いない」

ゴードンさんは呟いた。

「いつも氷のように冷たかった我が足先が、まるで暖炉の前にいるかのように、カッカと熱い。そして……身体が、信じられないほど軽い……! 腰の重みまで消えている……!」


「足の裏の血流が良くなって、全身に温かい血が巡り始めたのよ。ゴードン団長、毎日朝と晩に、その上で三分間足踏みをしなさい。一週間もすれば、痛みは消えて、見違えるほど身体が軽くなるわよ」


ゴードン団長は、その場にバサリと膝を突くと、私の前に深く平伏した。

「王太后マリエル様……! あなた様は、我ら騎士の苦しみを見抜き、靴の衝撃を消し去る【聖なる中敷き(インソール)】と、身体の奥の活力を呼び覚ます【試練の足踏みあおたけふみ】を授けてくださった。……この御恩、生涯忘れません!」


その日の夕方。

案の定、この騒ぎを聞きつけた息子のライナルト王と、財務大臣のハルバート伯爵が、サロンへとやってきた。


二人は、部屋の隅に置かれた【リンの青竹踏み】に興味を示し、ハルバート伯爵が「どれ、私も試してみましょう」と軽い気持ちで乗った瞬間。


「ひぎゃああああああああっっっ!?」


眼鏡を飛ばしながら、ハルバート伯爵が床に転がり込んだ。

「な……なんですかこれは! 内臓が、我が胃と腸が、雑巾のように絞られるような衝撃が……!」


「ハルバート伯爵、あなた、昨日の『腸活』で便秘は治ったかもしれないけれど、日頃の寝不足で胃が弱っているのよ。そこに効いているの」

私が解説すると、ライナルト王は畏怖の念を込めてその木を見つめた。


「母上……。ゴードンから報告を受けました。靴の中に敷くあの『インソール』のおかげで、巡回兵たちの疲労度が激減し、王宮の警備効率が飛躍的に向上したと。……そして、この【試練の足踏み木】は、乗る者の身体の不調を正確に炙り出し、血流を呼び覚ます『聖なる診断具』なのですね!?」


「いや、ただの健康器具なんだけど……」


「ハルバート! すぐにこの『インソール』の技術を、我が国の全軍の軍靴に導入せよ! そして、この『足踏み木』を各詰所に配置し、兵士たちの体調管理に役立てるのだ! 母上の知恵は、我がソルディス王国の軍事力を、内側から完璧なものへと進化させてしまわれた!」


「ははっ! 直ちに手配いたします! これぞ、魔法に頼らぬ『真の衛生管理』にございます!」


ライナルトとハルバート伯爵は、またしても大興奮で国策を決め、去っていった。

私の横では、すっかり青竹踏みの虜になったガブリエラさんが、今日も今日とて「ふぅ、ふぅ」と息を荒らげながら、楽しそうにリンの木を踏み締めている。


(……まあ、みんなの足腰が楽になって、元気に働けるなら、それが一番よね)


私は窓の外を眺めながら、温かいお茶をすすった。

夕暮れの光が、王宮の石畳を赤く染めていく。かつては冷たくて硬いだけだったその床が、今ではどこか、温かい場所のように思えるのだった。

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