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二度目の人生は王太后。前世の知識や捨てたはずの主婦の知恵が、王国を救うきっかけとなりました。  作者: 逆立ちハムスター


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10/23

炎天下の根性論に物申す! 聖なる補水液とひんやりハッカの夏バテ救出作戦

「……あ〜、ダメ。完全に溶けるわ、これ」


朝、遮光カーテン(のような分厚いベルベットの幕)を開けた瞬間、部屋に滑り込んできた強烈な陽射しに、私は思わず一歩後退りした。

窓の外からは、日本のセミによく似た『ミンミン虫』の、ジリジリと脳を穿つような大合唱が聞こえてくる。


ソルディス王国に、本格的な「夏」が到来していた。


五十を過ぎた身体にとって、夏の暑さと湿気はまさに天敵だ。

前世の日本でもそうだったけれど、近年の夏は昔と違って「命の危険を感じる暑さ」だった。私が子供の頃は、クーラーなんてなくても扇風機とスイカで乗り切れたのに、今やエアコンをつけずに寝たら一発で熱中症で行き倒れてしまう。

おまけに五十代の悲しさで、外の猛暑と、魔導具で冷やした室内の冷気との「温度差」に自律神経がついていかず、身体がだるくなったり、足がむくんだりする。いわゆる『クーラー病』だ。


「王太后様、お顔にまた少しお疲れが……。すぐに冷たい果実水をお持ちいたしますね」

ニナ特製の「ウエストゴム入り・超通気性シルクドレス」を涼しげに着こなしたガブリエラさんが、団扇でパタパタと風を送ってくれる。


「ありがとう、ガブリエラさん。でも、冷たいものばかり飲んでいると胃腸が弱っちゃうから、常温のお水でいいわよ。……本当に、この世界の夏も容赦ないわねえ」


私が白湯(に近いぬるま湯)をすすっていると、廊下からドタドタと、いつにも増して切羽詰まった足音が近づいてきた。


「母上! 母上、一大事にございます! どうか、どうか我が騎士団の若者たちをお救いください!」


飛び込んできたのは、息子のライナルト王だった。

彼の後ろには、見上げるほど大柄で、鋼のような筋肉を鎧で包んだ、いかにも「武骨」という言葉がぴったりの老紳士が控えていた。白髪混じりの髭を厳めしく蓄え、普段なら凄まじい威厳を放っているであろうその人は、近衛騎士団を統べる総団長・ガイウス卿だった。

しかし、今日のガイウス卿は、自慢の髭を恐怖で震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「ライナルト、ガイウス卿。朝からそんなに血相を変えて、どうしたの? 暑苦しい鎧なんて着ているから、のぼせてしまったのかしら」


「のぼせるどころではございません!」

ライナルトが、私の机に両手を突いた。

「連日のこの猛暑の中、新兵たちの合同演習を行っていたのですが……昨日から、兵たちが次々と謎の奇病に倒れているのです! 激しい頭痛を訴える者、突然意識を失う者、さらには『足が千切れるようにった』と狂ったように叫ぶ者が続出し、現在、救護室は文字通りの地獄絵図となっております!」


「宮廷医官のロベルトも手を尽くしておりますが、原因が分からず……。ガイウスは『色をなして倒れるなど、最近の若い者は根性が足りん!』と怒鳴り散らして水を浴びるほど飲ませているのですが、一向に改善しないのです!」


ガイウス卿は悔しそうに拳を握りしめた。

「その通りにございます、王太后様! 我らの若き頃は、夏の遠征などこれ以上の酷暑の中でも、水を一口も飲まずに三日三晩走り抜けたもの! それなのに、今の軟弱な若者どもは、井戸から汲み上げた冷たい水をたらふく飲ませてやっているというのに、情けない声を上げて倒れおるのです! これは何者かによる呪詛じゅそか、あるいは……」


「……はあ」


私は、額に手を当てて、本日一番の深い溜息をついた。

根性論。水を飲むな。そして、倒れたら「今の若い者は根性が足りない」。

デジャヴだ。完全に、昭和の時代の運動部のそれである。前世で、私の息子がサッカー部に入った時、当時の古い体質の監督が全く同じことを言っていて、私が学校に直談判しに乗り込んだ時の記憶が鮮明に蘇ってきた。


「ガイウス卿。それからライナルトも、よく聞きなさい」

私は、お茶のカップをカツンと机に置いた。声音を一つ落とすと、二人ともビクリとして背筋を伸ばした。


「それは呪詛でも何でもないわ。ただの『熱中症』。そしてガイウス卿、あなたがやっていることは、優しさではなく『水中毒みずちゅうどく』を引き起こす、一番やってはいけない大間違いよ!」


「み、水中毒……!? 水を飲ませることが、害になると仰るのですか!?」

ガイウス卿が、信じられないというように目を見開いた。


「そうよ。人間はね、汗をかくときに水だけじゃなくて、身体の中の『塩分ナトリウム』も一緒に外に出しているの。その状態で、ただの真水まみずだけを大量にガブ飲みしたらどうなると思う? 体の中の塩分濃度が薄まって、脳や筋肉がパニックを起こすのよ。だから足が激しく攣るし、頭痛がするし、最悪の場合は命に関わるの。……ガイウス卿、あなたが『軟弱だ』と責めた若者たちはね、あなたの無知のせいで命を落としかけているのよ」


「な、何と……っ!?」

ガイウス卿は、まるで最強の敵から一撃を喰らったかのように、その場によろめいた。

「私が……私が、可愛い部下たちを追い詰めていたというのか……。水だけでは、ダメだというのですか……っ!」


「落ち込んでいる暇はないわ。今すぐ救護室の若者たちを助けに行くわよ。バルト! 厨房へ走るわよ!」


私はカッポウギをバサリと羽織ると、呆然とするライナルトとガイウス卿を従え、疾風のごとく厨房へと向かった。


「王太后様! お呼び出しにより、岩塩とハチミツ、そしてキリ果実レモンを用意いたしました!」

料理長のバルトさんが、すでに戦時中のような緊張感で調理台の前に立っていた。


「よし、バルト。今から、身体に一瞬で吸収される『聖なる補水液』……地球でいう『経口補水液けいこうほすいえき』を作るわよ。比率が命だから、絶対に間違えないでね」


前世で、家族が夏風邪をひいた時や、真夏の庭仕事の時に、私がいつも手作りしていた黄金比率の救急ドリンクだ。


「綺麗な水が1リットル。そこに、この細かく砕いた岩塩(塩)を3グラム……だいたい小さじ半分ね。そして、ハチミツ(糖分)を大さじ一杯半。最後に、クエン酸を補給するためにキリ果実の絞り汁を大さじ一杯よ」


「……水に、塩と、砂糖と、果汁を混ぜるのですか?」

バルトさんが不思議そうに手を動かす。

「塩と砂糖を同時に水に溶かすなど、料理の常識としてはあり得ませんが……」


「これが医療の常識になるのよ。適度な糖分が含まれていると、腸の中で塩分と水分が『何倍もの速さ』で身体に吸収されるの。ただの水を飲むより、ずっと早く脱水症状が治るんだから」


大きな樽の中で、透明な水が黄金色のハチミツと混ざり合い、キリ果実のみずみずしい香りが広がっていく。私はそれを少し味見した。ほんのり塩気があり、甘酸っぱくて、身体が自然と欲する味だ。これを魔導冷却箱で「適度(キンキンに冷やしすぎない)」に冷やさせる。


「それから、もう一つ。バルト、納屋に大量にあるって言っていた『ササ麦の粒』を、フライパンで油をひかずに、茶色くなるまでじっくり炒ってちょうだい」


「は、はい! ただいま!」


バルトさんが大きなフライパンでササ麦の粒を炒り始めると、厨房の中に、なんとも言えない香ばしい、懐かしい香りが立ち込め始めた。

そう、これこそが日本の夏の風物詩――『麦茶むぎちゃ』の香りだ。


「香ばしくなったら、それをお湯でコトコト煮出して、冷やすのよ。麦茶はね、身体の熱を下げてくれる効果があるし、血をサラサラにしてくれるの。ミネラルも豊富だから、夏の水分補給にはこれ以上ない飲み物よ」


手際よく二つの巨大な樽(経口補水液と冷やしササ麦茶)が完成した。

私とガブリエラさん、そして厨房の見習いたちは、それらを台車に乗せて、王宮の裏手にある広大な訓練場と救護室へと急いだ。


救護室の扉を開けると、そこはライナルトの言葉通り、悲惨な状況だった。

十数人の若い騎士たちが、ベッドや床の上に倒れ込み、額に冷たい布を当ててうめいている。

奥では、偏屈医官のロベルト先生が「ええい、熱が下がらん! やはり新種の呪病か!?」と、怪しげな薬草の煙を煽っていた。


「ロベルト先生、その煙はいったん止めてちょうだい。煙たいだけよ」

私が部屋に入ると、ロベルト先生はハッとして振り返った。


「お、王太后様!? なぜこのような場所へ……。危険です、この者たちは……」


「病気じゃないって言ったでしょう。みんな、重度の脱水症よ。……さあ、動ける侍女たちは、この【聖なる補水液】を、倒れている子たちの口に少しずつ含ませてあげて」


私は、一番近くのベッドで「足が……足が痛い……」と涙を流して太ももを押さえている、弱冠十八歳ほどの若い騎士の元へ歩み寄った。


「痛いわね。大丈夫よ、今楽にしてあげるからね」

私は近所のおばちゃんがケガした子供をあやすような口調で、彼の頭を優しく撫で、木製のコップに淹れた経口補水液を唇に当てた。

「ほら、一気に飲んじゃダメ。ゆっくり、一口ずつ、噛むように飲むのよ」


若い騎士は、コクン、と一口お湯(補水液)を飲み込んだ。

その瞬間、彼の目が、見開かれた。


「……っ!? な、なんですか、これ……。身体が……身体が、この水を、もの凄い勢いで吸い込んでいきます……!」

彼は吸い寄せられるように、自らコップを掴み、ゴクゴクと飲み干した。


「あ……あれ? さっきまで、割れるように痛かった頭が、急に軽くなって……。それに、足の硬直が、すうっと解けていきます……!」


「嘘でしょう!?」

隣のベッドで看病していた別の騎士が叫んだ。

救護室内のあちこちで、同じような「奇跡」が起き始めていた。

補水液を飲んだ新兵たちが、次々と顔に赤みを取り戻し、「生き返った……」「力が湧いてくる」と、自分の手を握り締めながら起き上がり始めたのだ。


「信じられん……」

ロベルト先生が、起き上がった騎士たちの脈をとり、呆然と呟いた。

「ただの、塩とハチミツの水だろう!? それが、私が調合したどんな高価な強壮薬よりも早く、劇的に、彼らの『枯渇した生命力』を回復させている……。王太后様、これは一体、どのような神聖魔術なのですか!?」


「魔術じゃないわよ。身体が本当に欲しがっているものを、正しいバランスで与えただけ。……さあ、回復した子たちは、今度はこの『冷やしササ麦茶』を飲みなさい。香ばしくて、すっきりするわよ」


騎士たちは、手渡された冷たい麦茶を回し飲みし、「うまい!」「この香ばしさが、たまらない!」と、たちまち救護室に笑顔が戻っていった。


「……まだ、やることがあるわよ」

私は、まだ炎天下の訓練場でヘロヘロになりながら立っている、残りの騎士たちの元へと向かった。

彼らは倒れてはいないものの、重い鎧の中で汗だくになり、今にも倒れそうな限界状態だった。


「みんな、動きを止めなさい!」

カッポウギ姿の私が一喝すると、騎士たちは驚いて直立不動になった。


「ガブリエラさん、例のものを配って」


私が用意させたのは、水に第7話で出てきた「ミントハッカ」のエキスを数滴混ぜ、そこに清潔な麻のハンカチを浸して、固く絞った『特製・冷感ハッカタオル』だった。


「いい? その冷たい布を、全員『首の後ろ』に巻きなさい」


騎士たちは言われるがまま、首の裏にハッカの香る冷たい布を当てた。


「……ッ!!!?」


その瞬間、訓練場全体に、言葉にならない衝撃が走った。


「つ……冷たい!! なんだ、この猛烈な清涼感は!?」

「首の後ろから、氷のような冷気が頭と身体中に突き抜けていくようです!」


「そうよ」

私は、自分も首にハッカタオルを巻きながら、得意げに言った。

「首の後ろにはね、太い血管が通っているの。ここを直接冷やすことで、冷やされた血液が身体中を巡って、効率よく体温を下げてくれるのよ。おまけにミントの成分が、お肌の神経を刺激して、実際よりも何倍も『涼しい』と脳に錯覚させてくれるの。これを『主婦のひんやり冷感療法』と言います」


ハッカの爽やかな香りが、真夏の訓練場を吹き抜けていく。

重い鎧を着た騎士たちが、まるで雪国にいるかのような至福の表情を浮かべ、お互いの首巻きを見て歓声を上げていた。


そこへ、総団長のガイウス卿が、私の前にドスンと両膝を突いて平伏した。

その大きな目からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ、砂地にシミを作っている。


「王太后マリエル様……! 私は、私はなんという愚か者だったのでしょう! 己の古い経験と根性だけで、未来ある若者たちを死の淵に追いやっていた……。それを、あなたはただの塩と麦、そして野の草だけで、我が騎士団の命を救ってくださった!」


ガイウス卿は、私のカッポウギの裾を握りしめんばかりの勢いで頭を下げた。

「あなたが作られたこの【聖なる補水液ソル・アクア】、そして【おひさまの香ばし茶(ササ麦茶)】、衣服の常識を覆す【氷涼の首巻き(ハッカタオル)】……! これらはすべて、我が国の軍隊衛生における『至高の聖典』として、末代まで語り継がれるべき御業です!」


「ガイウスの言う通りです、母上!」

ライナルト王も、感動に目を輝かせて私の手を握った。

「この猛暑は、王宮だけでなく、街の建築労働者や、畑を耕す農民たちをも苦しめております! 今すぐ、この『熱中症対策』の知恵を国中に布告し、すべての民に作り方を広めさせます! 母上、あなたはまたしても、我が国の数万の民の命を救われたのです!」


(……いやいやいや、ただのポカリスエットの再現と、麦茶と、ハッカ油の裏技なんだけどな)


私は、ハッカの香りが心地よい風に吹かれながら、内心で苦笑していた。

「軍隊衛生の聖典」って。ただの熱中症対策よ。日本の夏を生き抜いてきた主婦なら、誰でも知っている常識中の常識。


でも、まあ……誰も死なずに、若い子たちが「生き返った!」って元気に笑ってくれるなら、おばちゃんとしてはそれが一番嬉しいわよね。


「ガイウス卿、ライナルト。根性で暑さは乗り切れないのよ。身体を労わって、科学的に……いえ、主婦の知恵で賢く乗り切るのが、真の強さというものよ」


私が穏やかに微笑むと、周りにいた数百人の騎士たちが一斉に「おおお……!」「王太后様万歳!」と、地を揺るがすような勝鬨かちどきを上げた。


冷たいササ麦茶をもう一口すする。

香ばしい味が、五臓六腑に染み渡っていく。

その瞬間、私の脳裏に、懐かしい自衛官の夫・健一の姿が浮かんだ。


(『真理子、夏の自衛隊の訓練はな、この塩飴と麦茶がないと本気で死ぬんだよ。お前の麦茶は日本一だな』って、汗だくの制服を脱ぎながら笑っていたっけ……。健一、私、あなたの言っていた通り、こっちの世界でも若者たちを救ったわよ)


窓の向こう、異世界のギラギラとした太陽は相変わらず暑いけれど、私の心の中には、どんな猛暑も優しく涼やかに変えてしまう、最強の「主婦の知恵袋」が、まだまだたっぷりと詰まっていた。

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