20.あるいは幽世
収穫の続きをしたのは結局三日後だった。飲んだくれの農夫たちは竜の嘴亭で口を揃えて疲れたと言っては酒を流し込んでいた。
後半戦はさらに数人を追加しての人海戦術で前半より二時間も早く片付いた。
町長が終わった頃合にやって来ると、労わないといかんなあと薄く笑い、疲労でその場に座り込んでいた人たちは大人子ども問わず喜んでいた。さすがに体力が底をつきかけているので大人は座ったままだが、子どもたちは飛び上がっている。
にしても事あるごとに宴があるなあ、と思った。別にそれが悪いということは当然なく、楽しいものだから全然いい。
辺境ということで最初は陽気な雰囲気はあんまりないと勝手に思い込んでいたが、とんだ思い違いだったようだ。
あるいは娼館といった娯楽施設を表示もないために、宴に頼るほかないのか……後者っぽい。
とかとか、ああだこうだ考えたりしていたが、いざ開宴すると僕もみんなと同じようになっていた。
今日は特別にと子どもたちもいて、いつもとはまた少し違ったテイストで楽しかった。子どもがいると場も和むし荒れないから素晴らしい。
夜が深くなってくると収穫作業で疲れ果てた子どもたちはまどろみ始め、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。
最後に僕らは一杯のアップルエールを飲み、お開きとなった。
§
先々代勇者パーティーにて勇者を魔王討伐活動当初から支え続け、その後はユステナスを中心に魔術の生活への転用や体系化、魔術師の地位向上に多大な貢献をした大賢者アーガイン・マクリリムは三百年前の人間である。
人間の寿命はよくて八十前半だ。徒人では三百年も生きることは到底不可能であり、そもそも純粋な人間が一世紀にも及び存命したという話はない。
ゆえにたとえ大賢者とて生きているはずもなく、とうの昔に没し、埋葬されている。
至極真っ当な意見であり、非の打ち所もないが、しかし彼の死を見届けたものはいない。
そもそもをして、アーガインの偉業こそ伝説的であるがゆえに周知されているが、アーガイン・マクリリムという一人の人間について、彼がどういう人物であったのかというのはほとんど知られていない。
そのことからアーガイン・マクリリムは時の権力者たちによって作り出されたプロパガンダの虚栄なのではないかと説く歴史家もいるほどだ。もしもその説が正しいとしても、権力者たちはアーガインを御しきれず、マクリリム王国の絶対的不干渉に対抗できなかったということで、その役割を担った人物は結局恐ろしいほどの切れ者であるというところに落ち着く。
没年も定かではなく、公爵という出自と成し遂げた偉業を考えれば不自然なことばかりなのだ。
質素な一戸建ての一室で、男が優雅に紅茶を啜っていた。
「うおあっつい!」
カップに口をつける所作までは完璧だったが、紅茶を口にした瞬間から瓦解した。危うく零れそうになったのを慌てながらも堪え、ソーサーにカップを置いた。
「さっき熱いからねって言ったでしょう?」
「ぼうっとしてて完全に聞いてなかった」
流しで皿を洗いつつ呆れ気味に言う柔らかな女声。
ソーサーに置いたまま紅茶にふうふうと息を送って冷ます。意を決してもう一度チャレンジするが、液体が舌先に少し触れた時点で何かを察し、また戻した。
「そんなに紅茶が好きなのに猫舌なんていつ見ても可哀想よね」
「まったくだ。こんなことなら熱に耐性のあるスキルがよかった。それか紅茶に関連するスキル」
「あなたがそんなことを言うと嫌味を通り越して贅沢ね」
「そうかもしれないな。まあ、贅沢といえば君みたいなひととこうしてのんびり暮らしている状態こそが紛れもない贅沢だがね」
「相変わらずお世辞の上手いこと」
口元を手で隠し、上品に笑う。
男は紅茶を飲むことをあきらめて席を立った。それに関して女は何も言わない。いつものことだからだ。
男は徐に彼女を抱き締め、女は抱擁を受け入れる。背丈の差は頭一つ分もない。男が小さいわけではない。
女は顎を少し上げ、目を閉じた。男は静かに唇を重ねる。舌を絡め合い、そのまま息が切れるまで続けた。
二人は何も言うことなく、男が女の首と膝を抱き抱えて寝室に消えていった。




