19.備えあれば憂いなし
アイリスに慰められてから、僕はいつも通りの生活に戻った。何事もないように、何事もないスローライフへ。
誰もが、僕が結構な秘密を抱えているということを察しつつも、普段と同じように接してくれた。
僕を励ますためか、頼りにしてるぜと背中をバシンと叩かれたりもした。
腕が立つ人が重宝されるのはどこでもそうだが、強さと権力が結び付く町村も少なくない。
しかしルートレイではそんなことはない。
農業者だろうが商業者だろうがそこに階級的な差があるわけではなく、町長の肩書きを持つイワリフですら例外ではない。
ルートレイに貴賎は存在しない。
ある種の理想郷と思うものもいるだろう。もはや俗世とは隔絶しているといっても過言ではなかろうか。
ルーティンワークに沿って朝を過ごし、アイリスとともに朝の散歩に繰り出す。
なんだかみんな忙しなく動いていた。
「何をしてるんだろ」
「魔獣行進に備えての収穫ですよ」
魔獣行進という、ルートレイに毎年一度襲いかかる災害、超大型のスタンピード。
人命を最優先に、田畑は放棄してしまう。戦場になるのはそういった農地である。魔獣行進後は当然原型を留めないほど荒れてしまうが、魔獣の死骸をその場で焼き、肥料とするのでさほど問題にはならない。むしろこのおかげで毎年かなりの収穫量があるくらいだ。
こうして収穫した作物は寺子屋の地下にある倉庫に仕舞われる。寺子屋が避難場所になり、最終防衛ラインになる。
「手伝ってくる」
「それがいいですね」
汗をかき、手足を土に汚しながら手馴れた動作で収穫作業をしているバスラやファーチェ、彼の妻のコセート、他にもいつも竜の嘴亭で酒を飲み交わすオルトやタリアーク、グシェルたち。
普段の酒を呷って顔を赤くしておる姿はどこにもなく、誇張でもなく戦士のような面持ちだ。
「手伝えることはあるかーい?」
「ん?ああ、ラインか!なんだ、手伝ってくれんのか?ありがてえ!」
応答したオルトは有り体に言うと山賊みたいな見てくれの大男だ。物腰は柔らかく、気性も穏やか。中身と外見のギャップが激しすぎる。いい人なのはたしかなんだけども。
「いいところに来た!そんなとこに突っ立ってないで手伝え!アイリスちゃんも頼む!」
いつもはくだらない猥談しか能のないタリアークが真面目にものを言っていた。天変地異の前触れかもしれない。
「難しいことは言わん!とにかくとりまくれ」
そもそも難しいことなんて言わないグシェルが僕らを急かす。
よく見ればミアやミウ、双子の両親や元気の有り余った子どもたち、手が空いている人間を片端から集めたのか。
子どもたちは遊び感覚で笑いながら収穫し、ふざけ出したら先生に注意され、しょぼくれる。
ルートレイの住人総出である。
高齢者がここにいないのはわかるが、ラウザントはなんでいないのか。万事屋といっても暇そうだし。彼がいない理由は不明だが、他のやるべきことをしているのだと思いたい。
僕は畑の中に初めて入り、子どもたちに教わりながら収穫を手伝った。
数の力というのは恐ろしいもので、お昼に二時間ほど休憩を挟みつつも、夕刻までに半分ほどが終わった。
残りは明日やるようだ。疲れたからもしかしたら明後日になるかもしれないし、明明後日になるかもしれないとも言っていたが。そのあたりはアバウトなのだ。
農作業というものは想像以上に体力を使った。単純作業でありながら日射に晒されるからだろうか。それか子どもたちの相手をして疲れたか。あるいはどちらも。
清々しいまでの充足感に浸りながら、ルートレイにやって来て工房を使える状態にしてから初めて槌を一日のうちに一度も握らず床についた。
昨日に続き短めで申し訳ないです。




