番外編1 信繁の父との思い出 ①
ある日の昼過ぎーーーー
「城」〜某秘密特殊収容施設勤めの信繁が、錬成道場で新人隊員達に武道の指導を行っている最中、突如超バッドな連絡が入る。
相変わらずと言えば相変わらずの空気を読まない美少女所長、俗称「城主」からの緊急招集だった。
施設設立時より規則として所長の事は城主と書いてシロヌシと読む。
彼女は特異体質とかで、信繁がここに配属される遥か彼方以前より容姿その他全く変容しない謎めく不思議な人物、よって実年齢は誰にもわからない。
「こんな時間に?」
そうは言っても癖なのか?彼女からの招集連絡は大体決まった時間にあることが多く、信繁としては今回において不審に思うのに充分な理由があった。
「子龍、後頼んでいいか?」
「しゃーーないだろ、まかせとけよ、行ってこい」
彼にとって頼れる仕事同僚、又同期でもある子龍がハイよ!〜 明るくなんなく了解する。
美しい容姿を持つ子龍の特技のひとつは「鷹匠」
古式ゆかしき、今となってはかなり珍しい特殊技能を誇る男だ。
彼は自由自在に神経質なオオタカを操る都合上、性格的にも一目で遥か遠方まで見渡せるのびのび広大なところが極めて大好きだ。
子龍自身の武道の受け持ち担当新人職員はと言うと、後方のグループ実習から選んだ適当な中堅どころの隊員に指揮権を譲渡、カスケード的に自身が信繁の代わりに最前列の指導員の立ち位置に飄々と立った。
ーーーーーすぅぅぅぅぅ……
身長180半ばを超える姿形見栄えの良い子龍は一息、胸一杯大きく深呼吸
途端、鍛錬所の隅々まで渾身の雄叫びが響き渡る。
内容的にはともかく、ついウッカリ聞き惚れてしまうくらいの美声だった。
「こらぁーーー〜〜〜!!そこっ!、足上がってねーーーゾっ!!
このアホんだるぁ〜 なにしとんにゃぁ ふざけんなワレー
ウォラー腰回せっつ!腰〜〜〜〜!
だ〜足先だけで回すんなァァこぉんのやろー!!
バカやろーーーーーッツツ、どつき回したろかワレー
昇段試験また落ちるぞーッッッ こぉんのクソガァー!」
『あ〜ぁ……』
やっちまったか……
信繁は頸を小さくすくめる。
子龍は指導員の試験に合格、晴れてこっちの有資格者になったばかりだがどうもこうも上品で綺麗な顔に似合わず口が悪いしガラも悪い。
ーーーでもって態度もでかい。
あれではダメ、今時の隊員は非常に打たれ弱いのだ。
なるべく柔らかくわかりやすくフレンドリーに、指導員はそれが基本だ。
『おいおいそこは優しく親しみやすくしなければならないだろ?』
全国大会三連覇を果たした高校時代は主将のポジション、それも含めた教育者的立場、指導員歴が特別にかなーり長い信繁はふぅーーーっと溜息をついた。
ここに来る「隊員」は例外なくスキルが高い。
が比例するかのようにお育ちが宜しく、結果中々の素敵なおぼっちゃまだ
「親にもぶたれたことないのに!!」
スパーーーーーン!
「痛い〜〜〜〜〜……!」
修練やスポーツではなく極めて実戦に近いイレギュラーな攻撃、予想外の足技やその他打撃がクリティカルヒットすると本気でメソメソ泣く。
競技者として優秀なのと実戦でどうなのかは〜別物。
勿論 隊員は”記録は皆優秀”、彼らだってそれは頭では重々理解しているのだ
〜が、いざ実際に体験してみて自分に強い自信があるからこそ、バキッと心が折れるほど大ショックなのである。
信繁も子龍も共に育ちも血筋も折り紙付きの「いいところのお坊ちゃま」。
子龍はああ見えて代々外交官を務める家系の子息、特級の別格の存在である。
しかも信繁は単なる大企業のお坊ちゃまというよりもピッカピカ「ザ御曹司」〜
特上のそのまた上を行くという言い方の方が、ピッタリはまる男であるのだが。
〜確かに信繁は彼自身、当然、父親にぶたれたことは只の1度も無い
ただちょっとばかり彼等”正統派”とは、若干使用のベクトルの向き、指し示す意味が違った。
何故ならそれ以上の異常な事は何度も「された」、拒否権無し強制的に数々殺されそうな体験をさせられたからである。
『そうだ例えば〜〜〜〜〜!』
信繁は普段固く封印している意識の底から、それでもゆらーっと不安な幽霊が如く浮かび上がる禍々しきアレコレを思い出す。
ーーーー例えば、「夜間ハイクするぞ♪」
別に夜中、俳句を長閑に父親とひねり詠み合う訳ではない。
フクロウがホーホーホーホー
言い出したら絶対に人の話を聞かない我が儘な父と共に。
方位磁針と平面地図だけを頼りにそれぞれの頭部装着のヘッドライトの灯りひとつで1晩中、深ーい山の中を彷徨った体験。
どこからともなく心細く陰気にか細く途切れ途切れに鳴く野鳥の不吉な声を聞きつつ、星影さえ木陰で黒々と遮断された山道。
自分達以外の光源が一切1個もない真のまっくら闇を、湧き出す不安をおおい隠し黙々と父と共に歩かされたこと。
夜間ハイクは別名ナイトハイキングとも言うれっきとした1ジャンルだ
しかし暗ぁ〜〜〜〜い山麓。
守神の山の主以外オバケも怖がって居なさそうな、とぉ〜んでもない険しい山深い自然公園を、スッカリ周囲が明るくなるまで杖持って歩くのは子ども心ながら本気で怖くて辛かった。
「自分の親は、実はちょっとおかしいのでは?」
武道で鍛え体力に自信ありの信繁ですら流石に奇行に疑問に感じた瞬間である。
「しかしそれならまだマシな方だよなぁ〜」
そう、頭部にヘッドライトを装着させられ何㎞も何㎞も何㎞も何㎞も何㎞も父と2人”藪漕ぎ”、訓練させられることに比べれば。
つられたのか再び、新たな記憶がモクモクと蘇る。
『あとアレだーーーー
実例を挙げるとするなら そんなところだよな〜』
一旦記憶の蓋が ぱか〜ッと開くと、どうにもこうにも止めどもない。
どさーーっとデルはデルは。
信繁も耐えきれず、思わずギューッと人差し指でこめかみを押さえた。
父の企ての「本番」ーーー
それはメンバー二人チーム、その道の全国猛者が集う対抗戦、耐久山間部対象のタイム計測式ロードレースに突如強制参加である。
口からヒュルルルル〜と、魂が出そうな程に死にそうになるまで奔った事。
藪漕ぎとは童話いばら姫に出てくる様な、雑木がグチャグチャに密集、前方が全く見えない険しい山岳傾斜面、鉈や斧などの重量系刃物片手にバッサバッサ自ら進行方向の道を切り開きながら走破する事である。
海老の様に藪を背中腰で押し潰しつつ、天然ネットみたいなハリガネ状の切っても切り開けない蔓を、それでも根性で切り開く場合もある。
「そーいやぁ義務教育中、突如言い渡されていきなり連れてかれた先が、中近東『砂漠マラソン』ってのもあったっけなーーー
あれには俺も流石に、サァ今すぐ殺せ!と思ったぜ〜」
普通、巨額の渡航費や参加費、現地滞在費は極正常なファミリーは積極的に支払いたいとも思わないだろう。
しかし信繁の家は運が悪く、超セレブ。
”参加費諸々諸経費諸費用無尽蔵に要り”
没頭する健全な趣味に対し、いくらでも果てしなくキリなく資金が突っ込める超裕福な家庭環境である。
ーーーー最悪だった
「暑いのは飽きた」
ある時やっぱり突如、気まぐれな父親は何の前触れもなく、後継者として自慢の子息に育ちつつある信繁にこう高々に嬉しげに宣言。
興味の対象の舞台はいきなり何故か極寒に移る。
「で、ああなったわけだーーー」
訓練と称し、見渡す限り雪で埋まったホッカイドー大雪山系の坂道に雪中訓練と称し、息子の半泣きに構わず強引に有無を言わさず連れて行かれた。
「おらぁぁ しっかりソリ引かんかぁぁぁああ!!」
父親がラッセルした、掻き分けられた雪道をボフボフと盛大に格闘しつつ、任された機材や何やら訳のわからない物を積載した小型ソリは信じられない程それはもぅズッシリ重かった。
大会社社長である父の無常な命令一下。
ヒィぃいいと、そこかしこに残るヒグマの爪の痕跡に怯え、エグエグ泣きべそをかきかき、うんしょとソリを引かされた遠い日々の懐かしい思い出。
「父さん、ちょっと聞いてもいい?」
そうあれは中学に入学したばかりの頃だったと思う。
それでも恐る恐る、繰り返される理不尽極まる地獄の雪山行軍内容の理由を聞く事にした。
一体全体『何のために?』
訓練だと言い張る以上、きちんと最終目的があるはずだと考えたからだ。
「なんだ?」
「ーーーこのソリ何㎏あるの?」
「そうだな」
フィジカル最強の父親はしれっとちっとも笑わずに答えた。
「今回ソッチは18㎏ってところ〜〜かな。
お前の体格ならお茶の子でめちゃくちゃ軽いだろ?
いつか絶対役に立つからな」
全身雪だらけの雪男じみた父親は。
自分もワシワシと、コンモリ息子の荷よりもっと謎の何かを、積載満載のソリを引いていた。
サクサクまるで冬眠失敗のヒグマの如く、雪道の傾斜の先をゴンゴン進む進む。
『当然 ”ソリ重量分は除外”でーーーか』
それ以上先〜
未来に確実に起きそうな事を聞くと、自分があんまりも可哀想だったから聞かないことにする。
賢い子ども時代の信繁は賢明にーーー
異常で薄情で突っ走る、唯我独尊イカレタ大人に細かくは問いたださない事をこの時深く、しみじみ学んだのだ。
つまり全ては無意味なのだ。
そんな似たり寄ったり〜
山岳冒険家による厳冬期富士、雪塊をブロック状に切り出し山肌に雪風を防ぐ即席トーチカを作るビバークレクチャー等々。
父の「お前のためだ」という、数々の素敵な愛の鞭体験。
親を選べない以上避けようがない試練が、少年時代の優しい彼を叩き上げた。
「そういえば、それから暫くし、確かこんな事もあったなぁ』
全く意味不明の、謎の長期にわたる雪山雪中訓練の理由を〜
ようやく初めて父の真の野望がわかった時の、自分の諦観を思い返す。
「信繁、旅行に行こうなーーー」
信繁は咄嗟というか本能的に、極めてイヤ〜〜〜な予感がした。




