旅立ちのとき ②
見るからに嬉しそうに、ガチガチの緊張がホッと緩み、心がほぐれた様子を見て
城主は『そろそろいいわよね…?』ニコッと優しい微笑みを浮かべる。
城主はさり気なく、今から会わせる収監者の経歴を説明し始める。
穏やかな顔でその話に真摯に耳を傾ける姿ーーー
『仕事に集中する若人ってやっぱりいいわよね』そんな事を心の中で呟いた。
どうやら、上手く行くみたいね。
「今から貴女がお会いになるーーーその方は極めて美しく賢い人物です。
大変高名な、某名家出身の方です。
勉強家で、洞察力も備わっており、思慮深く、模範的な物静かな方ですよ?
それからーーー」
『それから?』ーーー何なのかしら?
”彼女”〜はいぶかしむ。
ーーーーー言いよどむほど、何か特殊な事情や問題があるとか?
「兎に角 総合的にも極めて容姿が整った人物です。
城の女性職員達はこぞって身の回りのお世話をしたがり、その方のお世話をする担当者のシフト発表の日は、女性スタッフが前日から大騒ぎーーー!
『自分が何故外されたのですか!!』
私に対してのクレームも、実際1度や2度ではありませんでしたよ。
ーーーというか毎回の事でした。
あれにはほとほと参っています。
シフトの組まれた書類の許可を出す日は、所長の私も命懸けというかなんというか、ねぇ。
関係者の女性陣の上から下まで、殺気だった空気がそれはもうーーーー!!
彼女らに暗殺されそうな程、身の毛がよだつほど恐ろしいんですよ。
女性って怖いですねーーー自分の意中の男性が絡むと。
自分は今回少ない、や、何で今回は外されたか〜
本気の気合の入った納得のいく説明を求める直訴が、強気に何度もございます。
此処に来られたのは事情があり頭脳明晰で会話力のある聡明な方なので幾度か〜
私も仕事上のアドバイザーになっていただきました。
でも”その後”ーーー少々の期間。
女性職員の皆が、私に何処となくひんやりと冷たかったですね」
「それは……お仕事とはいえ大変でしたね〜」
彼女からの心からのお悔やみに、城主は苦笑しながらこくんと頷く。
「その方は、随分長い期間収監されておりましたが。
恩赦に近い手続きが既に、母国国王自らの署名でこちらに提出されております。
近々お迎えがこちらにいらっしゃるので、その便で故郷に帰り帰国後本当の意味での『償い』をなさるでしょう。
以後の一生は故郷の為に捧げる事になります。
その言葉に嘘偽りが無いと見まして、帰国を特別に許可致しました。
ですので貴女がお会いするのも、母国とは物理的な距離もあるので最初で最後になると思われますよ?
でも個人的に、正直彼の帰国はーーーああやっとというかヤレヤレというか〜
心底ホッとした気持ちです。
別に、厄介払いーーーという訳ではありませんが。
漸くこれで年中、当たり前の様に起こっていた、惚れた腫れたの女性同士のワァワァキャァキャァのしょうもない喧嘩とか刃傷沙汰が治まりますので。
ーーーまぁ彼にお会いになれば、私の発言の意味がおわかりになりますよ?」
肩をゲンナリとすくめる城主は、「あーやれやれ」と、ボソボソ力無く語った。
「何だか凄い方ですね〜!
私には恋人がいないので 理解を超えた世界ですっっ!!」
「そうですかーーーー??
貴女程の『大地の女神』、地質学でも才媛で鳴らす有名美女が、それは珍しいですね?」
「お褒めに預かり光栄です、ありがとうございます。
ええ、うーーーーん どういう訳かーーーー
いつだっていい線までいっても、何故か最後の最後でどうしてか『違う』って、思えてしまって。
『この人じゃない』ってーーーーーー
知り合いや友人達からは、『いい加減にしろ!!』『大概にしろ!!』
理想が高すぎ!!ーーーって叱られてます」
彼女は項垂れて、深く深く溜息をついた。
「そうーーーーなんですか?」
「えぇ」
すると城主は急にキラキラ輝きの増した黒い瞳でーーーーー
コッソリと しょげるその様子を眺めた。
制服衿に目立たぬよう止めつけている、極小マイクロインカムで指示を出す。
「5次元区画ナンバーF3776房への入室における特殊部隊派遣の特別要請停止をお願い致します。
彼をレクレーションルームに通してください」
娘は軽やかに立ち上がる。
若木の様なしなやかな子鹿を彷彿とする伸びやかさだ。
「では5次元ゾーンに向かいます。
一応念のためにこの酔い止めを服用なさってください、ティーとも効能が干渉し合わない調整を行っておりますから安心ですよ?
それでも少々、最初は気分が悪くなる方もいらっしゃいますが、短時間でしたら人体への干渉は一切ございません」
「っーーーこちらこそーーーー
お忙しい中、貴重なお時間を割いて下さり、有り難うございます。
どうぞ宜しくお願い致します!」
元気よく深々とお辞儀をすると、胸元で銀の光がきらりと揺れる。
「その鎖 ペンダント、ですか? 素敵ですね」
城主は、ふっと笑みを浮かべた。
すると彼女は照れながらもスーツ下のブラウス衿中に光る銀の鎖をつまみだす。
「ーーーー非常食のチョコボール?
いぇ『金色の包装紙』でないので違いますね?
では食玩の景品のオモチャでしょうか???」
彼女はニコッと明るく笑うと、チェーン先端でくるんと回る、銀色の楕円型の物体の包装紙を爪先で器用にペリペリはがす。
すると中からコロン〜
鶉の卵程の何ともいえない複雑な色味が珍しい、蒼と水色の目を奪う美しさの宝玉が転がり出るのだ。
「これーーーは幸運を呼ぶ御守りなんです。
『ラッキーチャームだから、無くさないで大切にしなさい』って、幼い頃の誕生日に、愛する両親から受け取りました」
初々しくはにかみながら、城主に先端部を見せる。
「私は職業上、出張で様々な海外にもまいりますし、ホテル建設予定地にも出向きますし、地質学研究により辺鄙な山中にも行ったりします。
その時に、高価な目立つ品は、相手の欲望をそそりますので、普段はこうした景品のオモチャに見せかけております。
どんな鄙びた売店でもーーーー
板チョコや1口型チョコレート菓子だけは案外に。
〜熱帯以外では概ね世界中で販売しているのですよ。
幾ら毎日『宝石を見る為』に破いても、同じありふれた変哲の無い包み紙が直ぐに安くいくらでも手に入ります。
ですから銀紙の〜
包みやすい薄手の包装紙を私は不自由することはございませんので、安心して。
こうして御守りの『ラッキーチャーム』を常に持ち歩けております」
城主の形の良い唇からほうっと、思わず納得の大きな溜息がこぼれる。
「実に頭の良い、柔軟でユニークな発想をされる方ですね!
私は心より感服致しました。
その宝玉、実に美しいですね!
ご両親から貴女は、本当に心より大切に蕩けそうに愛されているんですね」
「いえ〜普段はとても厳しい方達ですよ…!
ペンダントトップの宝石は、『ブルーモルフォ クリスタル』と言うそうです。
そうした事に学術的に詳しい方から聞きました。
見せた時ーーー本当に驚かれました」
「それはそうでしょう
〜かつてーーー
ジャパンの海底の某所からのみ、偶然ほんの僅かだけ採掘されました。
神秘的な美しさと、最先端科学でも解析不能の未知の物体。
加えて『ダイヤモンド』を遙かに越える、宝石としては最強の硬度……!
欲に駆られた盗掘者が横行し堀り尽くされ、海底鉱山もあっという間に閉鎖されました。
近年はもっとごく小さな、例えば1カラット(約0.2g) に満たない色の悪い粗悪な品でも。
宇宙艇の そこそこの物が、フル装備混みで購入できる途方もない値段です!
貴女が今おつけの大きな美しい結晶はーーー鉱脈発見直後の。
まだまだ、素晴らしい透明度の高い質の良い原石が、潤沢に豊富に産出された時代、かなり初期の頃の物でしょう。
確かにその頃でしたら、例えば学生さんが数ヶ月間、必死で短期労働をしてお給料を貯めれば何とか手に入った額だったと思います。
ですが海底鉱山も閉鎖、品質の全然良くない石ですら全く採掘出来なくなった現在。
そのペンダントを、もしも『銀河連邦オークション』にかければ、あっという間に小国の国家予算を遙かに凌ぐ、途轍もない入札額に跳ね上がるでしょう。
珍奇な物を、特にーーー人の手に入らない品を好む、超大国のセレブ達にとって
その神秘的で未知の物資である美しい宝石を、たった一粒でも手に入れ所持するのは上流階級で、最高のステイタスですからね」
城主はーーー
ーーーー遠い何処かを見る様に顔を上げる
「その宝石は本当に良い品です。
まるでプレゼントをお渡しする相手の方への
その方の事を……
誰よりも純粋に切なく密かに想う優しい心が、結晶の蒼い煌めく美しさに永遠に凝縮したかに私には思えます。
ああ失礼致しました。
ついつい蒼い虹の美しさに見とれてしまって一言、余計なことを言ってしまいました」
「厳しくお堅いご職業にかかわらず、素敵なロマンティックな方なんですね!」
彼女は明るくクスクスと楽しげに笑い声をたてる。
そして心から、愛おしそうに蒼い宝石をそぉっと掌に包み込む。
「この宝石の、本当の価格などまるで知らない子どもの頃からーー
ーーーどうしてか私は凄く気に入っていて。
悲しい時も、負けそうな苦しい時も。
ネックレスを身につけて触っていると、本当に安心をして……
なんだか大切に包まれている様な、誰かに守られている様な気持ちになって……
でもーーーいい年して子どもっぽい感傷ですね。
ばかみたい……ですね……」
それを聞いた城主は、ゆっくり首を横にふる。
長い艶めいた黒髪が 左右にサラサラ漆黒の絹糸のように流れる。
「いいえまさか? とんでもないーーーー!」
クスリと春風が如くに微笑む。
「そんなこと絶対にありませんよ」
ゆるりと指をそろえて、これからの行き先を誘導する。
「もしも、仮にたった一つだけ願いが叶う、それが出来るとしたら、どんな事を望みますか?」
彼女は「うーん」と、一瞬悩みを見せたものの、すぐに望みを口にする。
「惑星デメテルの調査ですね。
かの星は地質学者の世界における最後の、宇宙唯一無二の理想郷なんです。
でもーーー地球からあまりにも遠すぎますから、あくまでもこれは『幻想』。
夜の夢の中でしか見られない望み、見果てぬ夢なんです」
「なるほどねーーーーそうでしたか。
ああ!!
そう言えば直接お伝えするのはまだでしたね……!!
もぅーーー御母上様より聞きましたよ!!
フィールドワークでさまざまに現地調査し、丹精込めて時間をかけお書きになられた地質学の論文が、有名科学サイトで最年少、最高位の栄冠に輝いたとか!
この度の栄えある受賞、誠におめでとうございます。
貴女は私の誇りです
お心に忠実に
正しいと思われたことをーーー……」
彼女は急にキリッと真剣で真面目な顔になった。
「そんな、もったいないお言葉でございます」
城主に深々と頭を下げた
「ではーーー大地の女神様
私達側からも、貴女のことを全館上げて歓迎致します。
本日の見学と考察、今日一日、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
〜王太子クリストファー編〜 完
2026.8.24(月)
これにて「王太子クリストファー編」無事完結です。
ここまでお付き合いいただき、登場人物たちを応援していただき誠にありがとうございました。
感謝以上の感謝の気持ちでいっぱいです。
新章を面白いものにすべく、必死でフゥフゥ投稿すると思いますので、その時はどうぞ、いつも破茶滅茶元気な彼らの応援よろしくお願いいたします。
この度は誠にありがとうございました!!




