旅立ちのとき ①
城 貴賓室にて
その人物は、特殊収容施設・最高責任者である〜通称「城主」との対面の時間を静かに待っていた。
クタクタに使いこんだ肩掛けバッグをギュッと膝に乗せた、うら若き女性。
『何故かとても不思議にここは懐かしい気がする……
おかしいわ?
絶対〜初めて来た場所の筈なのに?』
変だなぁ〜と「彼女」ーーー
養父母が某ホテルチェーンを全国展開している女子大学生は首をかしげ、キョロキョロと周囲や手の込んだ漆喰飾りの見事な天井を見回す。
『ホントに不思議……』
彼女はちょっぴり襟足のはねた、ショートカットのサラサラとした柔らかく美しい髪を動揺する気分を落ちつかせようと忙しなくパタパタ触った。
今日はいわゆる「お使い」で、どうしても用が外せないという社長の母の代理でここに来ていた。
「拡張工事で来客が滞在する為の部屋のプラン、この設計図を渡してきて欲しいのよ。
特殊な施設だからね、受け渡しが誰でもいいって訳ではなくて。
だからいつもの社会勉強の一環としてお願いね♪」
彼女はまだ新生児の時に養子縁組で自身が家族となっていることは既に知っており、厳しくも愛情深く育ててくれた母親の事を世界一素晴らしい女性だと尊敬している。
生業が宿泊業で、アルバイトが可能な年齢に達した頃より長期休暇には必ず各地の施設を研修員として趣味と実益を兼ねて周って人生を大いに堪能している。
というのも、どういったわけか物心ついた頃より地質学に非常に興味があり、地震大国でもあるこの国の活断層や過去に出来た断層、それに大抵そうした場所には神秘的な聖地や高山がある。
血の繋がらない歳の離れた背の高い従兄弟〜
山岳の殆どプロ登山家と言って良い、こちらの方面に非常に明るい警察の航空隊に所属しているという信繁にサポートしてもらい地質探索するのが目下の最大の趣味である。
彼はとても優しくて、山登りにへばったらすぐに休憩を入れてくれ、常に彼女中心の緩い行程にしてくれるので、幼い頃よりずっと憧れのお兄ちゃんでもある。
「お待たせ致しました」
爽やかな1陣の風が吹いた。
『えっっつっっっ?!」
母から聞いてはいたがーーー
「特異体質でね、見かけはうんと若いのよ、でも気にしないで、とんでもなく交渉上手の凄腕美女だから」
その噂の人物は、にこやかに楚々と 貴賓室に入ってきた。
だけどーーー…
『この方も何処かで確実に見たような気がーーー?』
ぅうんマサカね?!
私の思い過ごしよーーー!
『そんな事あるはずが無い!!』
自分に相対した『城主』はジャパンの可愛らしい女子高生にしか見えない。
自分よりも遙かに年下の外見を持つ、極めて美しい人物であることに実際の所
本当に驚きをかくせない
『城主』の黒髪をさらりと一房かけた左耳にある小さな花形の黒子がとてもキュートだと顔を赤らめる
さり気なく観察した。
想像力の豊かな彼女は明るくクスクスッと笑ってしまう
彼女は朗々と気持ちを述べた
「社を代表致しまして先ずはお礼を申し上げます
こちらの施設におけるお取引を許可して下さり誠に有り難うございました
当方は、大変名誉な事だと、私共に対する 格別な特別のご厚意だと捉えております。
もちろん、特殊な事情を保つ収容施設ゆえプラン案は何を提案しても許される訳ではありませんが、其方の方も良く心得ております。
守秘義務は当然ですが必ず死守し 御守り致します。
電脳関係の製図チェックも、原本と相違無いかお願い致します。
その後姑息な変更等は決して行いません」
”立て板に水” 兎に角一気に前もって練習をしておいた長口上を、スラスラ述べる彼女の顔を
先ほどからーーー
自分を殆ど瞬きもせず、言動を静止もせず、それどころか?じっとーーー
懐かしげに
柔らかく見つめる、城最高責任者所長〜城主に、思わずどきりと真っ赤に頬を染めてしまうのだ。
が!!
内心焦れば焦る程、耳までカッと赤くなって来たのが自分にもわかった。
うわぁどうしよう〜〜〜!
内心アワアワ慌てまくりで天井の純白の漆喰で作られた優美なアールヌーボー様式の、陰影のある滑らかで流麗な美しい蔦レリーフに視線をそらした。
ーーーやはり何処かで絶対に見たような気がした…
赤くなったり青くなったり忙しい彼女に対し、城主は小首を小鳥の様に傾け、まるで花のつぼみが綻ぶ錯覚が起きそうな表情で声を立てず可憐に微笑む。
城主の方も 実は彼女がこの部屋に入室以前より、監視カメラ映像にてじっと観察していた。
彼女のーーーーー
全身から溢れるように放射する若い活力
キラリと生命力に満ちた輝く瞳
大概の者は心許し愛さずはにいられない、清楚で自然で飾らない瑞々しい姿。
ああーーー命とはなんという不思議なものだろう。
彼女が生まれる以前からの〜細々とした伝達は、気の置けないうんと年上の戸籍上の従兄弟の立場を持つ信繁を通じて、詳細を聞いている。
大学でも地質学を専攻し、優秀な研究者の地位を獲得しつつある彼女ではあるが同時にホテル事業の方面にも才能を示しており頼もしい限りらしい。
素朴な姿勢で、真心を傾け宿泊客のニーズを汲み取り、心に寄り添う様に企画をしたイベントはどれも素晴らしい成果を上げているという事である。
一見全然違うジャンルに見えもするが、どちらも繊細な粘り強い検証とトライアンドエラー、地道で不屈の諦めない精神力が必要だということが共通している。
ジャパン以外のインバウンド客からも大層好ましいという評価、未来の経営者としても信用度が絶大なのだ。
どんな外国人も祖国の大地に領土的な意味合いでは無い、雄大な力強い大自然の歴史と成り立ちと野生の美しさを理解され、並々ならぬ愛と敬意を払われるのは嬉しいもの。
未だ大学生という学生の身分ではあるものの、国際的に絶大な信用と敬意を持って遇される「大地の女神」と囁かれる”彼女”
ジャパンの国籍を持つ人間で、実力と行動力、双方が備わった数少ない、魅力的で正統派の優秀な人材である。
とはいえーーー彼女自身
自らがクローンという〜産まれながらの数奇な運命を知らされる事はない。
まして、オリジナルが、伝説的悲劇の〜姫君。
前世がコロニー都市D-01為政者の妻。
幼き時代、惑星デメテルの研究に並々ならない愛情を注ぎ入れたキャサリン王太子妃だったなどとは絶対に明かされないトップシークレット。
しかしーーー決して逃れられないその宿命は、華奢な体に現実に今でも背負わされているのである。
彼女は、新生児時代に、一度だけこの場所に訪れたことがある。
城主はウィンストンと接したその時の、本当にあどけなく可愛らしい印象を今でもはっきり覚えている。
目の前にいるのは影ながら、多くの人々に見守られ愛されながら、力強く未来を信じてここまで育ったクローンベビーの今現在の姿である。
信繁が思わず「可愛い」ともらした程 いたいけなあの無垢な赤ん坊ーーー
そんなこんなを今は懐かしく思い出すのだ。
彼女が漸く平常心に戻ったのを見定めて、警戒心を抱かせぬよう柔らかい声を出して城主は尋ねる。
「折角お越し戴いたので是非。
館内の客室、レクレーションルームなどの使い勝手における事柄、考察を、行動が模範的な人物にインタビューをしては?」
「え!!そんな事よろしいのですか?!」
「はい。
勿論御身の安全はーーー
私が付き添いますので保証済みです。
が、念のため、外の世界では貴女はおそらく見たことがないかもですが、銃火器による特殊部隊のガードを壁側に待機させますので是非に。
お時間が宜しければ如何でしょうか?」
「それはーーー願っても無い、格別のありがたい提案です。
でも私を守る武器はいりません、というのも武術指導員の免許を持つ黒帯の母から武道〜
護身術は幼児の頃よりきっちり仕込まれておりますので何とかなると思います。
こう見えて、私、まぁまぁ足腰も腕っぷしも強いんです、もちろん母や全国大会三連覇を高校時代に主将として成し遂げたと言う天才な従兄弟と比べればまだ全然頼りないレベルなんですけどね。
先日ーーーやっと黒帯の御免状いただきましたし」
「わぁ、それはおめでとうございます」
「ですので貴女と、今からお会いするという相手の方を、心より信用しておりますので〜お気遣いは要りません。
では お言葉に甘えて喜んで!!」
〜ほんの1瞬
目の前の椅子に綺麗に着席した、城主の黒目がちの瞳が微かに揺れる。
そしてーーーボソリと 唇から言葉を落とした。
「噂通りの方ですね」
「えっと、でも私も……、少しは怖い時もありますよ?実は」
城主に照れっとはにかんでくすくす微笑むのがとてもキュートで微笑ましい。
「貴女は正直な方ですね、私は大変気に入りました」
城主は涼しい凜とした様子で案内説明をつらつら、わかりやすく続けてゆく。
「お会いする方がどんな方か、少しお教え願いませんでしょうか?」
彼女は丁寧な声色で、城主に質問を投げかける
「でもその前に、ティーをお少し如何ですか?お体に優しいティーです。
イタリアでは3月8日の「女性の日」〜
”国際女性デー”には働く女性に男性がかの国の春の象徴〜
イエローでポンポン小粒の可愛らしいミモザの花を、有難うと感謝を込めて贈る習慣があるとか?
本日は全くの関係ない別日ですが、洒落と働き者の貴女にちなんで、フローラルなミモザの香りと共にカモミール、レモングラス、マリーゴールド、リンデンをブレンドした物を調理場に注文しお持ち致しました。
リラックスに有効ですよ?
スッキリした気分になれるかと?」
城主がテーブルのとある一点をタップすると、天板がスルスルと開き、芳しいお茶の既に注がれているカップとティーポットセットが静々と下部よりせり上がってくる。
「ーーーー知っている〜
ひょっとして”ご存じ”なんですか?」
「いいえ? 一体全体何をですか?」
『ホントかしら……?』
彼女はーーーミモザの花がどうしてなのか?
子どもの頃から大好き。
どうしてそんなに心引かれるのか、理由は全く理解不能でわからなかったが。
いつも、近所の大きな格別にお気に入りのミモザの木に、特に花期にはフラフラと、コンモリ燃え盛るように金色に染まる様子を見に会いに行ったものだ
開花のシーズンに金色の雪のように舞い散る花に手を広げ埋もれるとーーー
理由も無く何故か切なくて苦しくて、胸がキュンと痛むのだ。
白い磁器の香りが大きく広がるカップにサーブされていたティーは堪らなく爽やかな風味。
ブレンドは癖がなく意外な程ーーー丹念で上手な調合のせいなのか?
本当に予想外に飲みやすく、さらに側に陶器の小さな専用ポットには金色の蜂蜜がたっぷり注がれ添えられていた。
思い切って、トロトロと入れてみる。
「おいしい!!」
思わず素直な感嘆の声が出た。
ドキドキ緊張しまくる心を柔らかに静めて、城主がさりげなく応援してくれた気がして胸がいっぱいで…
『なんて優しい方かしらーーー!』
感謝の思いで心が震えてしまうのだ。




