クローンベビーの「彼女」について
人の心は移ろい易い
膨大な時間が流れ…事件がやや風化し
漸くヒートアップした マスコミによる加熱報道が冷めた頃
ジャパン国内最高医療機関で、ひっそりとーーーー
手厚い保護と監視下で1体の女児のクローンベビーが誕生した。
そうーーー
「キャサリン王太子妃殿下」を、オリジナル母体とする、クローン生体である。
ジャパンでは、未だヒトに対するクローン生体を作る事は厳重に禁止されており
法的な罰則規定も存在する。
よって、あくまでも「超法規的処置」で行われたことである。
ベビーはこの世に生の授かった瞬間から少数精鋭の人間達に常時守護、監視され
安全でクリーンな某施設内で 新生児時代、溢れる愛情と共にすくすくと元気に健やかに見守られる。
そんな彼女がとうとう養父母の元に旅立ち、城を離れる直前の深夜。
信繁に誘導ガードされて、優秀な保育士と共に某日、ほんのひとときの「たった1度だけ」
〜生涯たった1つだけの望み〜
願いの依頼者であるウィンストンに、「約束を叶えた」と彼女を1目会わせたことがあった。
面会場所は新生児の変調をきたし易い、か弱い肉体の負担を考え超常空間である第5次元空間では無かった。
「彼女」は誕生後 ずっと温かな心で面倒を見てくれていた彼女専属の保育士に抱かれ、城主立会の元、貴賓室にて収監者であるウィンストンと面会を果たしたのだ。
しかし何故ーーー”面会だけなのか?”
それは、繊細な存在である新生児を超常空間である施設内で誕生させたのだが〜
一定期間以上は生育させるわけには行かなかった為である。
つつがない「彼女」の今後の健やかなる穏やかな成長の為にも、大人の肉体でも人によっては辛い「城」は次元を落としたにせよ余りにもリスクが大きすぎた。
だからこそ、さまざまに配慮しワンクッション置いたこうしたやり取りとなったのだ。
ベビーに対する感染症を防ぐマスクをしたままのウィンストン。
彼は涙を零しながら震える腕で、ブルブルおくるみ事、可愛らしいベビーの彼女をおそるおそる抱き締めていた。
その時パチッとーーー
むにゅむにゅ……、口元を蠢かせ、ふと目を覚ました「彼女」は、ジッとーーー
ガラスのような澄んだつぶらな瞳で彼の目を見つめていた。
「……え……?」
「この子は、まだ視力はーーー0.01〜0.02位ですが〜
けれど50㎝以下でしたら そろそろ認識出来始めますよ?」
優秀な保育士は 美青年の、その赤くなったり青くなったりの、挙動不審に慌てる様子にププッと言葉を添える。
「沢山お顔を見せてあげると喜びます。
まだ……月齢的に目の焦点は定められませんが?
貴方様は瞳の色が濃く髪も黒いからラッキーですよ?
色彩はまだこの子、ブラック〜ホワイト〜グレーの……明暗の、コントラストしかわかりませんから。
ですから今現在の貴方様は、逆に言えば強烈な印象を残すかも知れません。
今夜の直接のふれあいが、彼女にとって
『心の王子様』〜誕生になるかもしれませんね?」
「それはーー……”どういう?” 」
「ふふふっっ♪ だって『男性』は、貴方が初めてふれあいをして出会った人なんですよ?
それまではずっと、お世話の周囲はベッド外周の警護以外、全て女性ばかりでしたので」
保育士が楽しげにクスクスクスと明るく笑うと、ウィンストンはベビーを幸せそうに抱きしめ、穏やかなほっとした、実に安らかな顔を見せていた。
「指を一本、触らせてみてください」
「??」
ウィンストンが恐る恐るといった風情で、おっかなびっくり人差し指をベビーの手のひらにチョンと触れさせると、すると可愛らしいぷくぷくした小さな5本の指でキュッと、それも案外力強く握りしめたのだ。
「これくらいのベビーの頃は成長過程で、『反射』で、手に触れた物をにぎにぎいたします。
でもーーーー凄く可愛いでしょ?」
「ええ、ええ、ええ、もう私は本当に思い残す事はありません。
この夜の彼女との幸福な思い出だけで十分、既に私には過ぎた幸せです。
ここまで私によくして下さり、本当にありがとうございました。
これからのキャサリン様のことを、どうぞよろしくお願いいたします」
ポロポロ後から後から涙をこぼすウィンストンは、関係者に深々と頭を下げた。
そしてとうとう某日某夜の深夜…優秀な担当保育士の優しい腕に抱かれ
すやすや安らかに眠る「彼女」は新たな家族の元へーーー
大切に密かに運ばれ旅立って行く
「用意はいいですか?」
「ええ」
「こっちです」
保育士が誘導され、「彼女」を抱きかかえて小走りに向かった先には、今まで見たことの無い
黒いーーー
美しい不思議なデザインのヘリが、巨大ローターを回転させ、今すぐにでも即座に飛び立てる状態で格納庫ヘリポートに待機している。
『……えっ??
ーーーどういう事かしら?』
謎なのは その場に殆ど音がしない事だった。
普通 けたたましく五月蠅い航空機特有の轟音がするはずなのだ。
ところが周囲はシンッと 何故か静まり返った状態である。
その時フワァッッと……
温かな格好をしたベビーが目を瞑りながら むにゅぅと蕩けそうな可愛らしい欠伸をした。
『どんな時も一緒にいてあげるからね!』
「彼女」は ポヤンと口元をムグムグ動かし、ちゅっちゅと小さな舌で可愛らしい音を鳴らすと再び〜優しい夢の中に戻っていった。
「……」
「本当に可愛いですねーーー」
「えぇ」
”声の主”に返事を返した保育士は思わずベビーに顔を寄せ 抱き寄せた。
「では こちらにお乗り下さい」
「信繁さんの叔母さま一家、先方は どうですか?」
「それはもう!!
この子の事を、今か今かとお待ちしています。
貴女は今後『ナニー』として今までと同じく、付き添いを宜しくお願い致します。
あの方達はホテル業を全国展開していますので、多分今後が楽しいかと?
黒帯の叔母が武道指導員をしていた繋がりで『門前の小僧』、今の俺がありますから。
ですんで一見確かに厳しい女性ですが、それ以上に愛情深き、俺が最も尊敬信頼する方です」
「こちらこそ!!
警備の方 宜しくお願い致します」
「出来る限りの配慮を 我々も致しますから。
何か不審なものを感じたら 俺に直ぐに仰って下さい」
「そんなーーーーっ……光栄です!!
ーーー勿体ないお言葉です、信繁さん」
優しい柔らかな声の主に慌てた様にそう答えると、堪らずグスッと担当保育士は涙ぐんだ。
「彼女」〜”クローンベビー”に関する今後の全ての記録は、城内勤の諜報部員により複製不可の特殊媒体記録に改めて移し替えられる。
同その人物の手で 厳重に城へと輸送されてゆく流れである。
それ以外の記録は 全て焼却、抹消される決まりである。
独立型の、城で「女児専用」として普段使用されてきたコンピューター・人工知能端末全てにおいても内蔵の基板自体が取り出され粉々に粉砕破壊されている。
他〜どんな細かい僅かな使用頻度だとしても例外なく、人工知能カード、チップ、回路、電子制御部品その他の全ては〜
それこそ塵に到るまで 徹底的に回収された。
回収後はのちーーーーー
以上全ては欠片に至るまで「城」クリーンゾーンにおける焼却用高炉内にて綺麗さっぱり処分された。
ドロドロに跡形も無く溶解され、この世から完全に消滅した。
「総て終わった?」
「えぇ完璧に」
城所長・城主執務室内にて
全事後処理を任された雅は城主に ニコリと天使のように微笑みかけた。




