キャサリン王太子妃殿下の秘密について ②
長い沈黙ののち、再びーーー城主が口を開く。
「キャサリン様はねーー……
最高級、最高額の『商品』だったのよ」
「?????」
ーーー信繁は…
『だからさっきから、俺はあなたの言っている事の意味がわかりませんが??』
ひどく困惑したまま、真っ直ぐそのままの感情を敢えて顔に出す事にする。
微妙な、センシティブなメンタル的にデリケートな事が絡む事に、アレコレ自分勝手の思い込みに思考を変換する方がより危険なことだ。
混沌と誤解を生み〜更に面倒事を作ってしまうケースが多い。
それならば取りあえずは、ずっと黙って聞いていた方がいい。
「ーーーーーー」
城主は表情を消し去り完全に能面のような貌になる。
これは、よくよくの事だ。
ツッと……
信繁の背中にヒンヤリ冷たいものが流れ落ちる。
「これはーーー『事実』よ?
宰相様はコロニー外からの来賓をもてなす為、非合法の、あるサイドビジネスをしていたわ。
ウィンストン様はーーー
あのご様子では、多分それをご存じないと思いますので、此処からは一切他言無用です。
信繁は気づきませんでしたか??
ウィンストン様の『告白』〜
お屋敷が不自然なまでに個人的な財を持ち、ありえないほどに富貴で巨大、豊かだったこと。
特に15歳前後の彼の『初恋』のお話。
ーーー中に詳細に出て来た、父親との対応の不自然さを。
特にーーー!
プラネタリウムでの事件以後の、宰相様とウィンストン様との『会話』が、どこかチグハグで
ーーー微妙にずれていて噛み合っていなかった事に。
奇妙だと感じませんでしたか??」
「ーーーーーーそうとも言えますが」
「この話に入る前から、既に私の執務室の録画機材電源はオールオフ、遮断してあります。
ですから一切の証拠は残りません。
いいですね?? 」
「ーーーーーーー」
瞬きしない信繁の沈黙を「イエス」と受け取った城主は不穏すぎる話の先を続ける。
「諜報ーーーー
『スパイと売春は世界最古の職業』、というブラックジョークが地球欧州にあるそうね。
宰相閣下はそれを忠実に再現、自身で巧妙に実証して見せた方なのよ。
コロニーD-01に訪れた国外〜コロニーの外の有力な実力者を。
閣下は素晴らしいお屋敷に自ら積極的、進んでお客様を丁重に招待していたわ。
何故ならばその広大なお屋敷地下にはね?
ご家族の者、誰もが想像だにしていない極秘の特別な区画が存在していたの。
その場所ーーーー秘密の領域。
ウィンストン様の御父上が主催の、秘密クラブで。
宰相様のお眼鏡にかなった厳選された招待客達は密かにーーー
細部までいたりりつくせりの。
どんな我が儘も、おそらくこの世の男性にとっての、ありとあらゆる『見果てぬ目くるめく夢』
招待客達は禁断の選りすぐりのそれらを心ゆくまま堪能し、支配欲と愛欲の願望を果たし、大変満足して母国へ帰還していたのよ。
でもね?
宰相閣下は別に、彼らに慈善事業で行っていたわけじゃないの。
会場のそこら中に、巧みに密かに仕掛けられていた最新式カメラや音響記録媒体で、招待客ら全員の秘密の行為ーーー
彼らの『らんちき騒ぎ』の一部始終を、鮮明かつ正確に、しかも様々なアングルで全ての行為を記録にとっていたのよ。
当然ーーー『いざという時』の為
〜いつか政敵になるかも知れない有能な相手の、最大の弱みを握る為にね。
古い地球のスラングで『蜂蜜の罠』ーーーまさに甘いトラップだったのよ。
”親父さん達の話”ではーーーね?
一種の『保険』として、招待客達のあられもない、無防備な行為の記録を大量にうなる程〜!
それはもぅイッパイ。
広大で美しきお屋敷内にある、厳重な管理体制の地下特別金庫室へ収集していたそう。
あのコロニーD-01が、超大国からなんとか独立を保てていたのは、1つにはこの切り札が、意外と効いたせいね。
キャサリン様の盗作疑惑が晴れ、嗚呼良かったと大々的に、論文受賞式が盛大に行われたわ。
晴れがましい煌びやかな受賞式を済ませ、キャサリン様がコロニーに戻られたその翌日
『受賞のお祝いを直接言いたいのですよ、私からもーーー!』とね?
お姫様のお祝いが是非したい〜と。
〜年頃の女の子なら誰しもウットリと舞い上がる美貌と、高位の地位を誇るD-01きってのエレガントでハンサムな殿方。
ーーーそんな宰相様直々にお屋敷に招待されたのよ。
「貴女ひとりでいらっしゃい。
なぁ〜に、気兼ねなく、面倒で肩のこるドレスなんかでは無く。
日々慣れて過ごしやすい、普段の学園制服で構いませんよ?
息子も娘達も、貴女の訪れをそれはもぅ楽しみにしていますよ?」
蕩ける甘い優しげな嘆願をお受けになって〜ね。
学校帰りに、たったお1人で、宰相様とお会いになったのよ。
当然ーーーそんなのは ”嘘”
実は夕刻からウィンストン様達他のご家族は屋敷に居ず、御父上の御名代として王宮へとご機嫌伺いに皆行ってらしたわ?
結局その晩は、王宮でバッタリ出会ったという有力政治家からの大仰な招待の流れで。
帰宅は翌朝ーーー
次の日の、それも随分明るくなってからだったらしいわ?
「〜〜〜〜!それって大丈夫なんですか?」
「〜そう
偶然出会ったという政治家も、実はグルだったって見え透いたオチだった訳。
人間を疑うことを知らない、本物の深窓のお姫様のあの方はーーー
ーーーまんまと
悪魔の計略に、はめられてしまわれたのよ。
彼の求める『惑星デメテルの研究』をストップする事を、彼女は頑なにキッパリ拒絶なされ。
〜気丈にも、こう言われたそうよ?
『例え宰相様のご依頼でも 私はそれだけは出来ません。
ご容赦下さい。
お聴きする事は出来ません』と。
するとキャサリン様はそのままのお姿でーーー
コロニーの全国民が憧れ崇拝し、垂涎の的である、格式と由緒ある学園の制服着用姿のままで。
屋敷地下施設へ、宰相様の側近達に取り押さえられ、有無を言わさず連行されて行かれたのよ。
『特別の受賞の祝いを、是非堪能してくれたまえ。
私からの〜
祝いの気持ちを受け取るんだな……!!』
顔色を変え拘束を苦しがって、必死に暴れる彼女に向かって、宰相閣下はニヤニヤ笑いながら、そう言ったそうよ。
宰相閣下のキャサリン様への招待がーーー信繁。
『何故その日』だったかわかる??
どうして、なぜその日の夜ーーーだったかというとね
同日深夜
真夜中は、宰相閣下が運営する、秘密クラブ最大の呼び物〜
オークション 開催日だったからよ」
「もうそこまでで構いません!!
その先は俺に言わなくても結構です!!」
信繁には耐えられなかった。
悲鳴のように叫んだ。
激しい底知れぬ強い怒りで、両手の拳をブルブル白くなるまで握りしめていた。
ふとーーーー
自分が高校3年時、とうに亡くなった信繁の最愛の妹・碧の事を。
『お兄ちゃんっ』と
溌剌と幸せそうに呼びかける笑みの残像。
ーーー可愛らしい清らかな顔が脳裏に浮かんだ。
『 知りたくない!!』
城主は指と指を絡ませ、ふーっ……深い長い溜息を零した。
「私はね、堪らなかったの。
喜びも夢も。
無残にもぎ取られて散っていかれたあの方の儚さが。
確かにーーー近い先に新国王へ即位されるクリス様の中には、現在〜これから未来においても、キャサリン様が必ず生きておられるわ?
……それは私にもわかるのよ。
面影では無く確かに生きていらっしゃるーーー
でもそういう事では無いのよ。
私はね、あの方の儚いまでもの 脆い人生は、一体何だったのかと思ったの。
『許せない』『許せる』とか〜
そういうシンプルな絵図の次元でも無くて。
ーーーーただ空しかった。
『五人会議』でーーーでも、どうしても最後のーーー
1人の了解だけは得られなかった。
『一体全体貴女は何をシナシナ考えてるんだ!』と激怒された。
『そのような心弱き状態で所長がつとまるおつもりか?!』
その上〜…鉄壁の論理を論破できなかった。
そりゃー、どこの国の為政者もテロに屈することは罪悪だものね。
もっともな言い分だった。
だから個人的にこの話をしてーーー
”今回だけ”〜
どうしても『願い』を、通して欲しいと頭を下げたわ?
私情を挟みすぎて、指摘されたように
責任者として失格で良くないことだけれどもね?」
「……」
信繁は知っていた
「誰か個人に自ら強く感情移入しすぎる事」は〜
四角四面に中立を保つのを”是とする”城主は、絶対的〜自分に課すタブーを破る破壊行為だと考えて居ることを。
ーーーそれ自体、精神的に犯してはならない反則だったろう。
それでも、身を切り刻むように、夭折した一人の哀れな女性の心情に寄り添う様に、全力で味方をしたのだ。
全ての哀しい事情を長い間 1人で飲み込んできた城主がいたからこそ。
叩かれる有り得ない超法規的措置がーーー
『五人会議』でも無茶な、クローン化への承認が取れたのだろう。
「俺はこれで良かったと思います。
天にも地にも自らにも、一切の後悔や恥じたりする必要は全くありません。
ーーーーー俺は貴女を信じています」
キリリと力強く、信繁はそう答えるのだ。
城主は「有り難う」という代わりに、心に染み入る微笑みを返した。
「王太子様はこの事、お后様への妨害工作等ご存じでしたでしょうか?」
「ええ〜おそらく。
ーーー知っていて黙っていらしたのでしょう。
大親友のウィンストン様の時と同じように……
〜いいえ留学に『同伴』したのは、もっと差し迫った不可避の危機を王太子様だけが感じ取られたからかも知れません。
しかし最愛の女性ですので、事が事だけに名誉にかけて過去を含めたその事を絶対に口外はなさらなかったのだと思っています。
本来でしたら24時間体勢で、本物の腕利きの医師や看護師をお側にとめ置いた筈ですからね?」
「ああーーーなるほどね、どことなくーーーーー
あの留学話が奇異に不自然に感じたのはきっとそのせいですね?
親友のウィンストンの事ばかり語り、あれほど愛しているキャサリン様のことは殆ど思い出話に登場しませんでした。
きっと偽装、目眩しをしていたのでしょうね。
優しいクリス様なれば、きっとーーーそうお考えになって。
自分の事を二の次にして、いつでもどこでも遮二無二頑張られたと俺も思いますよ」
城主の深い推理に、信繁も茶色の目を悪戯っぽく輝かせてにっこり微笑みながら言う。
それは優しいーーー如何にも彼らしい
どうにもならない荒波に揉まれ、傷つき疲れた人の心を無条件に柔らかくふんわり包み込む、宝物のような笑み〜
信繁の持つ最大の能力、癒やしの救済の力。
誰しもがいっぺんに彼を全力全霊で好きになってしまう光り輝く美点。
『倒れても倒れても闘う前へ進もうとする貴方の、その輝きにーーー
皆がどれ程救われているか……?
でも可笑しな事に……
”コレ”
肝心な本人だけが全然知らないのよねぇ?!』
「?ーーーどうかしましたか?」
「いいえ?何も」
そんな内面のキラキラ輝く膨らむ笑みをピタリ押し隠し、代わりに城主は話題をこう繋げる。
「たったの15歳でーーーー
よくぞクリストファー王太子様はお一人で。
魑魅魍魎渦巻く王宮や上流階級社会で、知恵を巡らせ孤軍奮闘をされていたと感服します。
自分もそう強く、気高くありたいですね」
讃える彼女のそんな様子に信繁もふと思い出す。
『今の城主と全く同じ事を、クリス様もヘリの中で自分に語っていたよなぁ』
なんだか懐かしくて心が温かくなる。
2人とも、自分がリスペクトする大切な人達だ。
こういうのは自分が褒められるよりも、遙かにずっと嬉しい。
そうーーー
ずっとずっとーーーー胸が熱くなり誇らしいものだ。
「クリストファー様とウィンストン様は〜
”以前の事”からお2人ともお気持ちやご意見を好き勝手に、今後成長を遂げるキャサリン様に押しつけることは決してなさらないでしょう。
そのあたりは信じても良いかと思います。
但しーーー生来の活発な遺伝子を持つ彼女が、再び成長の暁、どう想い行動するかについては誰の意見も差し挟むことは出来ません。
それは私といえどもです。
お気持ちや情熱は『彼女』だけのものーーー
不可侵だからです。
ーーー自由意思にゆだねるしかありません」
そうして城主は少し寂しげに笑った。
「成長を遂げたかぐや姫は、御伽話のように月に還るかもしれませんね……」
信繁は気づかれぬ様に溜息をついた
〜クローンベビーの養育最終候補者の話を。
ーーー望んでもずっと子どもに恵まれなかった、いつだってどんな困難な時ですら、ずっと俺の味方であってくれていた優しい叔母夫婦は、こちらが驚くほど涙を流し喜んでいる。
クローンベビー新生児の頃より「安全であれ……」と。
自分はきっと、直接は養育現場には行かないものの、ずっと警護の裏方方面の総指揮を、今後細やかに執る事に間違いなくなるだろう。
『自分もーーー本音を言えば。
そうなればきっと、城主同様、涙が出そうな程寂しくなるだろうなぁ〜』
信繁は、伝説の竹取の翁になった気分だった




