キャサリン王太子妃殿下の秘密について ①
「信繁ーーー入ります」
「どうぞ」
とある日の深夜ーーー
信繁はキャサリン王太子妃殿下のクローン化について、城主の執務室内で2人きりで話し合った。
「5人会議にて了承が出たこの先、どう状況が推移するのか?」
「生誕した彼女の受け入れ先について、生育及び警備事情について」
重大な込み入った決定が交わされることが最初から分かりきっていたため、信繁は緊張緩和の為に、先んじて自作のミルクティーを煎れた。
「どうぞ」
「有り難う。
いつもながらよい香りね? 信繁のいれてくれるミルクティーは。
今日もコクがあって美味しいわ!」
「それはどうも」
立ったままの信繁はちょっと嬉しげに笑い、コトンとサイドテーブルに置いていた自分の分の使い捨てマグカップを手に取ると、室内に備え付けられた客用ソファーに礼儀正しい姿勢で行儀良く着席する。
手の中に収めたカップからふんわりと、馥郁としたティーの香りが鼻腔をくすぐる。
「この先いつか、ウィンストンはいずれ訪れる新王誕生〜
クリストファー様の発する恩赦の命にて、迎えの人員と共に予定通り城を離れます。
とはいえ、かの国〜ウィンストンの父親在命の間は無理でしょうけどね。
有能なカリスマを失った祖国コロニーD-01では、その頃、救世主を待ち望む声が必ずあるでしょうし、タイミング的に良いでしょう」
「それはそうでしょう」
「お姉さまが医学博士、で、たまたま彼女の知り合い〜同業が不夜城勤務なの。
彼女も信頼を寄せる天才君でね、無害そうな彼を通じて父親と弟の事を映像付きで先日リークしました。
今現在、航行事故による行方不明扱いの愛する弟の扱われ方。
姉妹と母親を人質にして悪どくやらせた全て。
ーーー彼が息子をどう切り捨てたか?
それを知って、それでも父のあとを継ごうと思うものかしらね。
宰相閣下の自業自得とはいえ いつかは酷い状態にーーーー
率いた政党が落ちぶれ消滅してしまう以上、当然よ」
「ぇえまぁそうですね、この先は。
ところでウィンストンの実家は、そうなった場合どんな状態になりますか?」
「元々の広大な家屋敷は、御尊父が亡くなってからしっかりされたお姉様が管理なさる事でしょうね。
莫大な相続税を支払うのは困難ーーー
結果広い邸内の庭はクリス様〜つまり国が買い取り、一般のコロニーの人々の憩いの場、素晴らしい公園に変貌することでしょう。
とっても良いことだわ?
それからキャサリン王太子妃殿下のクローンの事ですが。
〜先日の話の通り、人工知能の割り出しから、やはり最終候補者グループに貴方の叔母上様の名があったわ?
私は全ての事柄を勘案して、最終決定としてぜひ彼女にベビーの将来を託す〜
養育費教育費予備費全額こちら持ちにて任せたいと考えています。
けれど、本当にこちらの無茶を押し付けていいのか、ここで貴方の意見を聞きたいの」
「そうですかーーーー」
「?ーーー信繁は何かいいたげね、どうしたの??」
「・・・・・・」
信繁は一瞬黙り込み、少し迷いを見せたが、結局は長い間抱いてきたある疑問を口にする。
「貴女はーーーーー元々……
今は亡き王太子妃キャサリン殿下と、面識があったのですか?」
「・・・・・・・・・」
城主は何も言わなかった。
しかし代わりにーーーー暗い疲れた表情を浮かべる。
おもむろにサラリと黒髪を耳にかけた。
こういう態度の時は「言いにくい時」
ーーーー彼女が困った時によくする行動なので、信繁は急がなかった。
信繁は口を閉じて、ジッとーーーシンと黙り込む城主の動向を見守る。
「ーーーー……いつから気がついてたの?」
信繁はヒョイッと頸をすくめ、城主にざっくばらんな口ぶりで語る。
「〜いつからと言うよりも、こんなに誰か特定の人物に固執することが貴女は少ないからですよ。
俺の興味本位の『野次馬根性』で、”以前”から、1度直接聞いてみたいと思っていましたよ」
信繁は瞳を綻ばせ、悪戯っぽい目をして返答をする。
「ーーーいつも明るくて助かるわね。
でも別に、個人的にキャサリン様と面識があったわけでは無いのよ?
先方も私のことなど 知りませんし?」
「そうなんですか?」
「ええ」
彼女は、スイッとカップを手から放すと、愛用の人工知能端末ファイルの一つを開ける。
「??」
「これを見て」
ブーンと昆虫の羽音に似た微かな電子音を立て、空中に巨大半透明型モニターがパッと起動する。
その映写される中のファイルの最後〜
ほぼ日付が最古に位置する書類を、綺麗な細い指先で画面にヒュッと引っ張り出す。
モニターに拡大し何も言わず、信繁に見える様、連邦英語でビッシリと全てかき込まれている文字列の向きの設定を調整する。
文字の羅列は空中でくるりと踊り子達の様に、信繁の視線の方に回転する。
城主がとある部分の文字をポンッと触ると、途端にググッと拡大される。
それは現在見ている文章の塊ーーー
つまり、濃密な論文を書き上げた本人 ”著作者名”であった。
ーーー遠い昔、某有名な 科学雑誌主催における「学生科学論文コンクール」、最優秀の栄冠を勝ち取った作品だった。
掲載誌は ”この電脳雑誌に掲載されただけで” 大変な権威と名誉を手に出来るという有名処
つまりこの名前がクレジットされた著作者は「優秀な科学者」
〜超1流の研究者として華々しく世間に認められたという証となる。
膨大な応募総数の中、栄冠を手にしたのは若干13歳の少女だった。
信繁はーーーーー
城主によってピックアップされ、拡大され取り出されたクレジット名を見て思わず驚きで目をむく。
「これってまさか!」
「そう、キャサリン様よーーー
論文テーマは、『惑星デメテルへの移住計画』
綿密な日照の統計や雨量、季節ごとの気象調査資料に基づいた精緻かつ大胆な理論。
それでいて、いかにも子どもらしい夢と希望も感じさせる見事な論文よ。
でも当時この人物を巡ってーーーーね?、様々な憶測が流れたの。
恐ろしいほどの説得力のある文章はともかく
ーーーー子どもが得る知識では無いってね…?」
「つまり、このコンクール出品作は、”盗作では無いか?”ってことですか?」
「そうーーーーー出来過ぎだってね。
嫌な話よ。
ーーー特に、デメテル研究者であるご両親の素性がわかると、作者への追求は容赦が無かったわ?
データとして残された〜大人が書いた未発表のレポートを丸々模写・転写したのでは無いか?と。
結局、論文審査員達には炎上騒動の騒ぎが押さえきれず、第三者委員会の不正防止調査が入ったの。
その調査団は〜過去 銀河連邦で本当数多くの研究者の不正を摘発し、暴いた実績があったわ?
ほんの少しの疑惑でも見逃さない非常にとても厳しい集団で。
皆、『彼女は終わった!気の毒に!』と、当然の如く考えた。
だってね、一体幾人の研究者が心を折られて闇に消えていったか?
キャサリン様は完全に、老獪な狐が子ウサギを狙う様にロックオンされていた。
ーーー研究者の間では、今言ったように〜
その名前を聞いただけで震え上がる世界1、いえ銀河1厳しいと言われる調査機関だったから、自然科学を専攻する人間はもとより事情を聞いていた科学者全員成り行きを。
ーーーゴクリ固唾をのんで見守ったの。
彼等に目をつけられたら最後。
不正を行った研究者は間違いなく首が吹っ飛び学会から必ず追放されるからね。
でもキャサリン様の論文は、ご両親とは何処か視点が違い。
彼らの研究をよりブラッシュアップさせて発展させた考察で、未来について広大に伸び伸びと展開されていたの。
引用気象データも詳しく入手先を調査したところ、国立研究機関や大学、公式の発行物で、正規の手続きで きちんと依頼すれば必ず転送してもらえる〜
ダウンロード出来る、つまり『努力すれば入手可能な物』だった。
不正などあろう筈も無い お墨付きのものだったわ!
しかも最新版だった。
つまり全て〜 ”極々つい最近”のデータばかりで。
彼女が頭を下げ、個人の力で地道に根気よく集め続けた大切な資料だったの。
彼女はそれを叩き台にして、隅から隅まで仮説と反証を気が遠くなる程積み上げながら推理し、凄い集中力にてこの論文を書き上げた。
データーはご両親の残されたーーーー家に残る 若干古い物では無かった。
賭けても良いわ!
最新版が手に入らなかった彼らには、絶対にたどり着けない〜
いえプロの、既に名の通った有名研究者である彼等ですら書けない作品。
過激とも言える思い切った理論が構築された、瑞々しい素晴らしい斬新なレポートだったのよ。
私は読むなり1度でファンになったわ!
子どもの作品とは言えーーーーー
とてもよく練り込まれており、そこに大人は皆舌を巻いた。
その他にも、独自の視点が数多くみられてね?
〜論文は確かに彼女の作品である〜
調査団は、作品は間違いなくキャサリン様が不断の努力の末に到達した研究成果だと認定したの。
見事逆転大勝利!〜!!
自然科学を専攻する研究者は
『新しい魅力的な人物が彗星の如くに現れた』
ほんーーーーと、みっともない程小躍りしたわ。
こう言っては不謹慎だけれど、事故で既に亡くなられていた国際的な研究者だった御両親に。
『このような奇跡の様な人材を我々に託してくれて有り難う』と、失礼極まりなく傲慢に感謝したのよ?
散々年端もいかない子どもを、気分次第で面白おかしく批判しては馬鹿にして叩きまくって〜
『矢っ張りね〜』
『そうだと思ったよ!』ってーーー悪口三昧で疑ったくせにね?
今度はケロって掌返しーーー
『彼女は素晴らしい!』
『天才児!』
ぁーもぅ大人って本当に悲惨で極悪だわ!!」
城主はそこで大きくハーーーッと息を吐き、何度も髪をイライラと落ち着かなげに手櫛でなでつける。
『……どうしたって言うんだ?!』
信繁はぞわーーーっと不吉な予感がした。
否
……とてつもなく嫌な気がした。
その証拠にゾクゾクした気配が頸筋をチリチリ、そそけ立たせるのだ。
これはおそらく信繁の長年培った戦闘技術から来るもので、いわば優秀な武闘家故の鋭い特殊な危機に対する俊敏な察知能力であろう。
”第六感”ーーー
こうした時の自分の勘は恐ろしいほど当たるのだ
今までどれだけそれが嫌だったか?と信繁は思うのだ。
その証拠に、城主は全て今までの事を『明らかに終わった事実』として自分に話しをしている。
『何かが絶対に変だ!』
確かにーーー遙かな昔話には違いないが、当事者キャサリン様も既に脳死状態だが。
〜それにしても、常に冷静な彼女の様子が余りにも情緒不安定で変だ。
『一体全体、どういうことなんだーーー?』
そう言いたい声が、信繁の直ぐ喉元までせり上がって来る。
口の中がジワッと嫌な苦い唾で滲み、胸もジトジト、にがくて苦しい。
城主がーーー再び、真っ直ぐに信繁の瞳を見ながら話し始める。
全く感情の高低が見られないのっぺりとした表情とその声質。
信繁は決して目をそらさず見つめ返えす。
「ぁのね、この論文はねーーーキャサリン様のーーーー
最初で最後の、公的な心を込めた作品だったのよ。
ここまでのーーーーー
才能と情熱がありながら、ぷつんと研究そのものを止めてしまわれたの」
「えっっ?」
思わず声が出る。
信繁は一瞬城主が何を言っているかわからなかった。
「ーーー表向きは、ね?
『多分子どもの気まぐれだろう!』と。
体よくその様にかたづけられたわ?
『そりゃあんなコドモにアレを越える、2匹目のドジョウは無理だよな!!』
失礼にもそう言い放つ無礼な研究者も居たわ?
でも真実はそうじゃなかったーーー決してね?
端的に言えば、彼女の正しき真っ直ぐ過ぎる研究成果は、大きな利権〜
政治的に邪魔だったの。
コロニーDー01のある筋から、相当な力づくの『圧力』がかかったと。
『親父さん達』『お義母さん達』に後日、教えて貰ったのよ」
「彼らは私がこの論文の件を単純に考えて、非常に残念がっていた事を知っていたからこそーーー
〜貴女に、本当の真実を教えることはあまりに忍びないとーーー
皆で連帯して、そう告白して下さったわ?
苦しい〜
どうしようもない真実を知れば、彼女のファンの君が確実に傷つくからってね?
それでもーーー自然科学を真に愛する君ならば。
本当の事情をきちんと知っておいた方が、例え今はどんなに辛くとも、いつかそれが必ず彼女を助ける、君の心を救う『武器』になるからと。
その優れた慧眼。
彼らもまた先を力強く見通すことが可能、不世出の天才であるが故にそれは本当に正しかったわ」
「あの人達ーーー狸親父達やマダム達がですか?」
「ええーーー
『海千山千の度し難い極悪党の私達からみても、高貴で小さなあの女の子があまりに可哀想に思えたんだ』
〜本当にこの世は残酷で神も仏も無く不憫すぎる。
果たしてこんな事があってもいいのか?!〜
口々に苦しげに呻き、収容房内で告白中、多くが悔しさと怒りの涙を零したわ?
ーーーーその意味が信繁にわかるかしら? 」
信繁の脳裏にーーー
クリストファー王太子が真摯に語った言葉や、ウィンストンの供述調書の中に記載された『キャサリン王太子妃殿下の言葉』がグルグル踊った。
「あなたには、お気持ちを傷つけまいと言いませんでしたが。
お父上がどんなに怖い方かよく存じております。」
「あそこまであなたがお父様に必死で頼んでくれたからこそ。
私はあの場で人知れず殺されずに済んだのですよ」
立ち上がっていた信繁はガタンと椅子に座り込む。
『何と言う事だ』ーーー
信繁は目を閉じーーー呻くように、漸く言葉を絞り出す。
「キャサリン様は宰相閣下の”恋人” 〜いや『愛人』
〜〜”情人”にされたのですか?」
城主は無言で首をゆっくり横に振る。
「信繁はーーー
やはり育ちの良い、真面目な良いところの家庭の出身者なのですね」
そう言うと再び口をつぐんでしまう。
重々しい沈黙が執務室を支配する。
「そんな心温まる、優しい間柄の関係ではないのよ?」
城主はポツリと無表情でそれだけを言う。
『それは皮肉だろうか?』信繁は混乱する。
「心温まる親しい間柄」とはほど遠い、年齢差が大きな男女の特殊な情の関係を
ーーーどうしてそんな投げやりな言い方で、持ち上げるのだろうか?
信繁は、益々訳がわからなくなる。




