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救出作戦 ③


…ーーーーどれだけの時が過ぎたのか



ウィンストンは仄暗い闇の中にたった1人座りこみ、時間の経過はとうに解らなくなっていた。


頭を掻きむしる自傷行為は既にしなくなっている。



彼が繰り返しする事はーーーーただ階段を上り、下り、ドアを開け


ーーー懐かしい親友の顔を魂が抜けたようにぼんやり見つめる事


それはまるで美しい愛しき恋人の顔を ウットリ眺めるのと大差なかった。

 

飽きもせずウィンストンはしげしげと可憐なクリストファーのデータ映像を眺め続けた。



ーーーー同じ行為に依存し、それらの動的行為を機械的に繰り返し、ウィンストンは自分は本当に幸せだと充足し心から満足していた。



とーーーーーーー突然


ぬるま湯のような甘い空間をつき破り、金属の固く重い音が響く。


がらんどうの部屋にボンヤリ佇んでいるとカチャリーーー


ふいに背後のドアが開いたのだ。



ピクリと ウィンストンは目を見開き、限界まで瞼が上がる。


戸口に 城主が立っている、それもーーーー予想外の姿で。


 

彼女は艶めいた黒髪を夜会風に、煌びやかに結いあげている。



深くスリットの入った、偏光で所々闇の色を見せつける見事過ぎる深紅の薔薇色ドレス。


燃える爆発する星のともしびに似た激烈な輝きを、仄暗く柔らかで穏やかな間接照明の部屋の中に力ずく、暴力的に投げ込んだかのように放射して見えた。



美しい黒髪を彩る見たことも無い豪華な(カンザシ)(クシ)、ネックレス、はては耳を飾るイヤーカフに至るまでゴージャス極まりない贅沢な艶姿だ。


髪飾り表面には地球の、特に優れた宝石工芸士のみに可能という最高難度の特殊技術が用いられていた。

実に手の込んだ”ミステリーセッティング”の技法を駆使、隙間無くビッシリとダイヤモンドがはめ込まれている。


土台の地金が全く見えないように設計された何万粒もの小さな正方形の最高品質の物ばかりが眩いばかりに光輝いており、僅かな光を吸収しては屈折。


光をはね飛ばす宝石はびっしりと、装身具の曲面をメラメラと白銀に繊細に飾り立て、ハッと、見た者の目をギラリと射貫く凄まじい光源だ。


しかもデザインを、髪飾りと同一の揃いに誂えられた、同素材の細部まで実に凝った造りのネックレスも、すらり長く美しいデコルテの上。

僅かな光源を際限なく吸収しチラチラ想像を絶する虹の光彩を白き美肌に解き放つ



  

呆然とーー…目が城主から吸い付いて離れないウィンストンには


深いスリットからチラチラと雪肌が見え隠れすることから、紅い色彩が毒々しく禍々しい血液が滴るような、1輪の曼珠沙華の花にみえた。



曼珠沙華


地球のある言語の意味でーーーー天上界に咲く花。




「今晩は ーーーかしらね?」


「……ーーー」


余りの強烈な登場に、二の句が継げないウィンストンだった




城主は今は誰も座っていないーーーーー

クリストファーが先ほどまで座っていた椅子に優美に足を組んで腰掛けた。


ドレスの深紅の裾が檸檬色の絹織物の緞子地に、心地のよい サラサラ衣擦れの音を立てて広がる



銀と赤と黒と白


ゴージャスで毒のある色彩に彩られた、例えようもない それは美しい眺め



「さぁて、もぅいいでしょ?

そろそろ向こうに戻りましょうよ」

 

ウィンストンは床に手をつき横にぐらりと首を振る。


大きくーーー…

頭部がゆさりとブランコのように左右にバサバサ揺れた。


城主は「ふぅやっぱりねーーー」小さな溜息をつく。


「あのね?ーーー

『戻れなくなる』って こういうことなのよ。


でも〜約束の”タイムリミット”を過ぎれば、あなたは意識障害を起こしあっと言う間に植物状態になるの」


 

ウィンストンはそれを聞いて「その状況もまあ善し」とどうやら思った様子だった。

 

城主はヤレヤレと再び溜息をつく



「あなたはーーーー

白昼夢の中でまどろんでノンビリ気持ちよくていいかもしれないけどーーー


今必死にーーーー

現実社会で戦っていらっしゃる クリストファー王太子殿下はどうなるの?」


項垂れていたウィンストンの頭が 漸くノロノロと上がる。


「ーーー今のままではかなり不利ですね

お父様の圧勝でしょう?」


城主は艶然とキラキラした微笑みを添える。


そして更にーーー

駄目押しに挑発的にクスクスクスクスとあからさまに笑った。


 

「ぇえだってねぇーーー

なにくれと反対した邪魔な貴方、ウィンストン様も。


こうして……既に側に居られない事ですしね?


普通に考えて、甘い水蜜桃のように今や食べ頃の、お体がご息災で綺麗で可愛い王太子様に。


貴方のお父様は最早、さぞや、やりたい放題な事でしょうね」



ウィンストンの切れ長の瞳が 前髪の奥でぎらりと光る



「だってーーーーー??


クスクスクスクス、カワイイーーー


”ペット”みたいに、お父様のお気に入りなんでしょ? お綺麗なあの方は。


周囲も側近も微笑ましく『何を今更』~とむしろ、お2人の親密な関係を大いに祝福するかもしれませんね?」



「そんな事はさせません!!」



ウィンストンは急に立ち上がって、ぶるぶる痙攣する拳を握りしめ、激しい怒りで全身を振るわせた。



「ふふん?

”どうやって?”


今の貴方にーーー何が出来るっていうの?

口ばっかりの、若造のくせに?」



くすくすくすくすと気持ちを更に逆撫でさせるように甲高い声で笑い続け、艶然と椅子に寛ぎ、キッパリと高らかに断定的に言い放つ。


ウィンストンは 鷹の様に鋭い眼差しで射殺すように睨み付ける。



「腹が立つんでしょ? 私にーーーお父上に??


ーーーーでしたら



あの策士の


ヘルヴィム元王太子様のご意志と、所有の ”情報ルート”を。


ーーー今の年若い貴方が全部丸ごと譲り受け、組織若返りをはかる『新たなる後継者』として。


元王太子様に組織の副長として認可され、ゆくゆくは、お引き継ぎになれば宜しいのですよ」



城主はニッコリと昏く、蠱惑的に含みを持たせて微笑む。

 


「城という、世界の何処にも属さないに等しい外側の、超治外法権の場から。


今度は貴方様が手を回して全力で、寄る辺ないお気の毒なお立場のクリストファー様を御守りすれば宜しいのですよ。



ヘルヴィム元王太子様は 幸いにもーーーーー


まだこちらからの言葉や、意思表示は見えて聞こえており、思考も健康で理解力もあり、複雑なお話も様々な手法で まだ充分お通じになられます。


将来の対策を協議する為、個人的にお会いになる正規の手続きの申請書を『城』管理側に、早急にお出しになるべきです」



城主は意志の強そうな 彼の鋭い眼差しに賭けた。


わざと挑発的に煽りーーー!

神経を怒りで高ぶらさせる嫌らしい言葉ばかりを、あえて集中的に叩き込むかに選んで使った。


勿論本意では無い。



怒りは、行動を覚醒させる為の強力な原動力、推進力でもある。


元の世界に送り返し、正気に戻すのは荒療治だが、一気にカタをつけるにはこうする以外しかないと考えたのだ。


『だけど良かった……』


これなら彼は何とか覚醒し無事「ループ」から抜けられる。

本当に、もう余り時間が無い。

 

間に合うか?!



「お父上の行動原理を、誰よりもお知りになられるウィンストン様は。


今後お父上にとって最大級の『敵』になり得、またクリストファー王太子殿下様をお支えする、最高に心強い『陰の味方』になる事でしょう」


「〜〜〜……」


「知略を巡らせ全身全霊で戦うべきです、キャサリン王太子妃殿下の為にも」



途端、ウィンストンの表情がぴくりと動く。


 

『かかった!!』

城主はここぞとばかり畳みかける、早口で続けた。



「私もーーー

王太子殿下様が地球に来たら、全力で御守りする様に確約された身。


同じ苦難と目的に立ち向かう、優秀な味方が1人でも多いと有り難いのです!


それにもしもーーー貴方が生きる目標を持たれれば。


必ずや、収監中の部下の方々も、必死でここでの生活に馴染み、全力で、自分達の輝かしいリーダーである貴方〜若様をお守りする為に粘るでしょう。


ーーーこの先も自らの命尽きる迄、寄り添い伴走し、懸命について行こうと遮二無二頑張る事でしょう。


いいですか?

それが上に立つ者のつとめです。


下の者ーーー

配下の人員の幸せも必ず真摯に考える事、もう貴方1人の体では無いのです。


今回の暴走の償いは、お父上にも必ず取っていただきます。


なにも執念深いのは、お父上様だけの専売特許ではございません。


クスクスクスーーーもっとも?


『貴方』という、最高の後継者、直接の理念を継ぐ大切な跡継ぎを失った今……


あの方の政治家としての痛手は、計り知れませんけどね?


はっきり言いまして『詰み』ーーー終わったも同然です。



どんな勝ちまくりの連戦連勝、常勝の無敵の勝負師、戦術家戦略家でも経験上


ーーーツキは ”いつかは落ちる” ものなのです」



城主は面白そうに瞳を輝かし、さり気なく後頭部に優美に手をやり、一気に簪と櫛を引き抜いた。



ブンッと頭を一振り、途端、美々しく高々と煌びやかに結った髪が、ザザザとまるで黒い扇の如く背中に広がった。


それは本物の異形の魔物ーーー!


ぬらぬらと、全身で哀れな数多の犠牲者の血を吸い取る血赤と漆黒の魔女が降臨したかにしか見えない、ゾッとする妖しすぎる姿形。



「この先、お父様には貴方を越える方ーーーは居なくなります。


唯一候補となり得る貴方の聡明な医学者のお姉さまですが、政治家には決して転身なされません。


何故ならば私がその様にすでに差配、手を回したからですよ。

 

先程言ったように、本当の意味で 理念を継承される方は、いいですか?

残念ながら、もうお側には、誰もいらっしゃいません。


甘言を吐き貪欲に利権をねつらうハゲタカやハイエナばかり、貴方が当然のように心に抱く輝く誇りや誠なぞ、欠片すらございません」


「〜〜〜…」


「人はいつか老いて亡くなります、コレばかりは宇宙の絶対的真理です。


お父様は父親や1男性としてはアレですが〜

祖国コロニーを強欲な諸外国や虎視眈々と狙う他惑星達から守護する政治家としては、確かに、不世出で傑出した人物です。

 

ーーーーだからこそ


欲望の悪魔に囁かれ舵取りを誤った、ターニングポイントである今回の選択の誤りを


いつの日にかーーーー『しまった!!』と

致命的に、下手を打った事を激しく自覚する筈です。


その時こそ ”今回の事件の本当の敗者は自分だ” とーーー

初めて罪深さとその愚かさを悟るでしょう。


まぁね?

ああいう方なので『悔いるか?』は、この私ですら読めず存じませんけどね?


ですから、ウィンストン様は、宜しいですか?


お父様の亡きーーーー祖国に本当の激動の時代が到来した時の為に、精一杯力の限り学び、全力で生き残らなければなりません。


時代の潮目は必ず変わるのです。

 

王太子様の仰る様に、唯一絶対なものは何1つ


ーーーこの移ろいやすい 儚い人の世には無いのですよ?」



城主とウィンストンの瞳が交錯する。



「貴方のそれが生まれ持った、宿命です。


コロニーD−01後継者 クリストファー王太子殿下様だけが


『特別な星の下』に


ーーー生まれ落ちた訳では無いのですよ?


それを生涯 お心にお止め置いて下さいな。


ゆめゆめ忘れる事のなき様、どうぞよろしくお願い致します」




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