秘密の地下室での再会
……ウィンストンがゆっくりと瞼を開くと、あの懐かしい場所に立っていた。
『〜ヘルヴィム元王太子殿下の私室だな?』
転送移植先は、堅く閉鎖された 埃っぽい真っ暗な執務室の中で、なんと驚くことに匂いまで記憶とそっくりだった。
ウィンストンがーーーとある場所にフイッと目をやると
そこには暗い 隅の1角の床から、淡い微かな光が漏れている。
闇に滲みながらーーーーー『こっちへおいで』〜
まるで誘う様に揺れていた。
彼はゆっくりと側に寄る
”それ”はーーーかつて、幼き日に入り浸っていた頃と同じ風情。
地下奥へといざなう細い階段が、朧気にずっと続いているのが見える。
ポツンポツンと心細くーーーー
蛍火の光に似たライティングが、ほんのりと、小さな段差を頼りなげに照らしているばかり。
階段を下る際、ウィンストンはあっと驚く。
ここは こんなにも窮屈で狭かったかーーーー?
ーーーーぁあそうか。
自分の身長が、肉体のサイズがあの頃よりもずっと大きく成長し、もはや堂々とした 大人の肢体になったせいだ。
本来ーーー子どもしか来られない特別な聖域なのだ。
ウィンストンは注意深く、体を斜めにすくめながら長い階段を丁寧に降りきる。
突き当たりに、見覚えのある懐かしい美しい扉が出現した。
扉の、精緻な海洋のモチーフをデザイン化した、蒼い透き通った見事過ぎるステンドグラス。
あの、丸いガラス枠を
ーーーホログラムムービーで見た豪華客船の船室に通ずる船窓みたいだと…
そんな事を、いつも口に出さずに考えていた事〜を、突然ピカリと今思い出す。
ガラス枠が、また上部にはめ込まれた濃い飴色の地球産マホガニー製の分厚い扉も、大人になった今では、記憶よりも幾分小振りに見える。
様々な思いを胸に 扉の前に立つ。
黒く塗装された金属に浮かぶサビも傷跡も何もかも 全く変わっていない。
艶々、金色に鈍く光る真鍮製の、気に入りの鯨の形のノブをーーーー
そぉっと…ーーー
ギギギッと回す。
カチャン……軽やかな金属音を立てて 扉はゆっくりと開く。
「やあ」
中にはーーー
着心地の良さそうな、純白の介護服に身を包んだクリストファー王太子が待っていた。
古色蒼然とした猫足の椅子〜檸檬色の緞子ばりの座面に優雅にゆったりと腰掛けて自分に話しかける。
「……」
「久し振りだね」
「……!」
『仮想現実』の王太子の立体映像は、甘やかに微笑み、優しくウィンストンに話しかけてくる。
透ける滑らかな白い肌
美少女のような桜色の唇
輝く薄紫の瞳が闇に潤んでいる。
銀色の〜留学時代よりも長い絹糸のような髪
仄暗い照明を吸い込みーーーキラキラと僅かな残像を残しながら揺れる。
ウィンストンは驚愕で目が離せなかった。
「君と話すには……場所はここしか無いと思ったんだ。
ーーー今見ると結構狭いよね、ここ」
データである仮想現実の王太子は、甘やかに柔らかにクスッと微かに笑い、はにかみながら彼に問いかける。
そう、全ての始まりの空間ーーーー
子ども時代の基点であり象徴でもある懐かしい場所。
〜立体映像だから一方通行の会話展開で、こちらからの返事には 一切応答しない。
”答えない事”ーーーーー……
城主も研究員もこのように言った。
「それによる精神的動揺をしないでくれ」と〜。
樹脂カプセル内に入る前に禁忌として説明でくどくまるで念押しするように、そう言っていた。
だがそれが理屈で頭でわかっていても、脳内は大いに混乱する。
”余りの現実そのものの見かけ”の為に、「問いかけ」〜に 動揺し、思わず真剣に共感し、自分からも返答をしてしまいそうになる。
想像を凌駕した懐かしさに身を震わせてしまう。
口を押さえ、涙と嗚咽を必死にこらえる。
映像は皮膚感覚レベルにまで鮮明に詳細に再現され、既に、とっくに記憶にない細部までが実にリアルだった。
王太子の立体ホログラム映像が、真っ直ぐウィンストンを見つめながら 優しく甘やかに囁く。
心にグイグイ押しよせる悔恨で……もぅまともに彼の顔が見られない。
『一体どうしろというのだ!!』
とにかく何もかもがーーーウィンストンの想像の域を超えていた。
王太子は再び口を開く。
「”今回の襲撃”ーーーはーーー僕は君が、本当にしたくてしたんじゃあないと信じている。
それに〜もしも君自身の意思だったとしても
ーーーー君のせいじゃあない。
僕がたった1人の〜大切な友人の君の話を、真面目に真摯に聞かなくなったせいだ。
そんな事をすれば〜どんな温厚な人も 必ず最後は呆れて怒り出すよね?
僕は君の優しさにつけ込んで、自惚れていたんだよ。
君だけは何があっても自分を好きでいてくれると。
ーーーーー絶対に嫌わないでいてくれると。
ふふふっっ馬鹿だよね!……大馬鹿だよね。
世の中絶対〜……なんてものは、何もある筈もないのにね?
僕の大好きなジャパンのニンジャーーーー
日本の忍者忍軍すらも、戦国時代〜
あれ程の絶対的な知的戦闘力を誇っていながら、押し寄せる時代の波には勝てず 多くは時の彼方の闇の中に消えていった。
僕はそれを沢山学んで知っていた筈なのに、どうしてか 心優しい君に素直になれなかった。
報道機関にーーーー惑星開発における政治派閥の若手ホープと持ち上げられ。
ーーー気がついた時には、すでに僕の意地と気持ちは 引くに引けなかった。
議会でお互い 両陣営の斬り込み隊長役を任されて。
信じられないーーーー
汚い耳を覆いたくなる言葉で
ありとあらゆる見苦しい醜い応酬を繰り広げたよね……?
僕は大切な君に対して、そこまで思いやりの欠片もなく下劣に堕ちてしまってたんだ」
悲しげに、ホログラム映像の目線が揺れた。
思わず飛びついて「そんな事は無い!」
ーーー言いそうになるのを、体にギュッと力を込め必死にこらえる。
「ーーー……こんな筈では無かったんだよ。
もう僕が何を言ってもーーーー君に 信じてはもらえないと思うけど
ただ〜
誰も傷つける事が無い『強い大人』になりたかっただけだったのに。
大人になるって事は難しいね」
ホログラム映像のクリストファーは、ここで暫く言葉を話さなくなった。
一方ウィンストンーーー”も”
指一本ピクリとも動かすことが出来なくなった。
あまりに意外すぎる言葉の数々ーーーー
心と体の動揺が収まらない。
再びクリストファーは頸をおり、ガックリ項垂れながらも告白の先を続ける。
懺悔……
磨き込まれた精巧な寄せ木細工の床に涙の花が散る。
「キャシーが、僕との結婚を 漸く了承してくれたのはね?
僕のことをーーーーー
男性として愛していてくれていたからじゃあない。
そんな事ぐらいとっくに僕だって気がついていたよ?
キャシーが本当に愛していたのは君なんだ。
『結婚』は 君がいたからなんだよ。
『ウィンストン様との大切な友情の架け橋がーーー
私が去ったら、本当に粉々に断ち切られてしまうから……』と
『それだけはいけません』
……でね?
『私がお受けした理由を、ウィンストン様には仰らないで下さい……!』
何度も行ったプロポーズ、その最後の時、キャシーはそう言ったよ。
でも喋って破っちゃったからーーーー
またキャシーには怒られるよね……?」
悲しげな歪んだ泣き笑いの表情で微笑む。
「自分の恋する気持ちよりも、僕たちの絆、友情の修復を
あんなにーーーー
こんなに最後の最後まで
必死に真剣に心から願って動いてくれていたんだよ?
それなのに……僕は……!!
大して好きでもない男と『結婚』をしてまでーーー
僕らの関係を良くしようと頑張って動き、努力を重ねてくれていたキャシーの意見すら満足に聞いてやれなかった。
本当に どうしようもないよね?」
クリストファーは 涙に濡れた菫色の瞳で真っ直ぐに前を向いた。
「もっと君の話をたくさん聞くべきだった〜……と……
今になって思う……
もう君は僕のことを大嫌いで……
ーーー何もかも手遅れだと思うけれど……っ!
それでも僕は 君のことが今でも好きだ
大好きだ
子ども時代からの唯一無二の大親友だと思っている。
君の代わりなんて何処にもいない
本当にごめん
許して欲しい」
クリストファー王太子の映像は、そこでふっとーーーー……
まるで強い風で蝋燭の火があおられ、いきなり吹き消されたかに突然終わった。
後には
艶やかな彼のいないーーー
がらんとした空虚な、閉鎖的な地下室の秘密の空間だけが残った。
ウィンストンは、輪郭の定まらない影法師のような動きで
フラフラと 蒼白な顔で
部屋の外階段をグラグラ倒れ込みそうな風情で上がって行く。
「ーーーー……」
キラッと目が
暗がりに猫の目のように不気味に光った。
ウィンストンは暫く顔をうつむけて佇んだ後〜確信を込めた足取りで。
再び映像を逆再生するかの如くに身を翻した。
すらり体を反転すると、暗闇の中のぼんやり輝く蛍火の壁を伝い歩き、迷い無く階段を降りていった。
トンットンッと 細い幅の狭い段差を踏みしめ
ゆっくりとーーー
丸い蒼いステンドグラスが嵌まった、重量のあるマホガニーの扉を滑らすように開けた。
「やあ」
ーーーそこには優しく微笑むクリストファー王太子殿下の姿があった。
「会いたかったよ」
まるで花が咲くようにウィンストンはふんわり幸せそうな笑みを返す。
「まずいぞ」
信繁が舌打ちする。
「『ループ』だ」




