尊い記憶
「鹿鳴館」
~ウィンストンはコロニーD-01での学生時代。
歴史バーチャルホログラムキューブで学園の考査試験に出そうな範囲を、僅かな解説とモノクロームの資料映像で、確か外観のみ確認視聴したことがある。
何が出題されるかわからない為と、殆ど考古学的な古い文化的記憶を掘り起こすことが当時から非常に好きだった。
宝石に似た輝きを放つ「過去」を偶然知ったときの快感たるや、口に出来ない程のトキメキと、ワクワクする高揚感で心が熱くなって堪らない。
「鹿鳴館」は”記録”では、ジャパンで大きく歴史が動いた〜
幕末の維新後直ぐに発足した、明治政府による外交という名の接待の為の、美しい壮麗な建築物だった筈だ。
地球チャイナの詩に、楽しげで幸福感に満ちた宴会の様子を吟じたものがあり、その詩の名前が「鹿鳴」
国の発展に切なく願いを込め、優美な洒落と美しき風雅さを込めて、そこから建造物は名命された。
でーーーその最も歴史上華やかなりし時期を「鹿鳴館時代」
その様に例えたと無機質にホログラムに添付された音声メッセージは語っていた
しかし咄嗟に頭がついていかない。
しかし城主の方は、まるで昨日のことを思い出すかの様に綺羅らかに嬉しげで。
目を白黒させているウィンストンを
「どうして?だって貴方が聞いたのでしょ?」
〜そんな風に言いたげな表情を浮かべ、不思議そうに眺めるのだ。
小首を傾げ、以後すっかり置いてけぼりにしながら、その先の話を魅惑的につらつら続けてゆく。
「私はしかし残念ながらーーー
名高い鹿鳴館には、かの社交界が全盛期時代に行った事はございません。
当時は本当に何も知らない幼い子どもで……
本当の政府中枢の紳士淑女の為の社交、いわば美しき戦場である、あちらに出入りするにはまだ年齢が満たなかったからです。
けれどそこまで縛りのない、風雅なファンシー・ボールの集いではーーー
髪を高く結い上げ、色とりどりの花簪を挿し、晴れ着には子ども用のサイズとして特別に、別注として織り上げられた袋帯を締めました。
キョートの幾代も江戸の昔より連綿と続く織り屋にて、丹念に熟練の職人にて手織機で織り上げられた極上の西陣織の袋帯です、喜ぶなと言うのが無理というものです。
結ぶ”晴れ着”は全面に吉兆の、豪奢なずっしり重い、丹念な可愛らしい日本刺繍のほどこされた紅色の絹。
あの日私はそれらを誇らしげに身につけておりました。
薄化粧をほどこし唇に紅をさし〜、紋付き袴姿の長身の麗しいお父様と会場内を そぞろ歩いていると、まるで『市松人形』ーーー
美しき可愛らしき、”生き人形”の様だと皆様に大層愛られ可愛がられました。
緊張もしましたけど、もう華やかで楽しくてーーー
源氏物語絵巻の如くに何もかもロマンティックでしたよ……?
出席者は思い思いの絹の装束・ドレス姿で素敵で麗しくて。
優しく口の中でほどける砂糖菓子に似た、甘美で蕩ける甘い夢。
どこを切り取っても素晴らしい目眩く世界でした。
お父様は当時の日本では珍しい金髪碧眼の方でーーー
明治政府筋以外からも、様々なお屋敷から夜会の招待状が、御使者様を通じて幾度も届いていた様子を
ーーーーー子ども心でも感じておりました。
けれども全部一律に『風邪です』とおっしゃって、仮病でお断りしていましたわ?
当時はまだよい抗菌薬やワクチンが開発されていなかったので、ほんの些細なウィルスによる感染症も、致死率が大変に高い切ない時代でした。
お父様が愛した、生涯一度きりの真剣な恋のお相手もそれで命を落としました。
それで政府の命で、特にやんごとなき御両親からの切なる願いにて、彼女の複製を作るプロジェクトが国家肝入りとして父に降りました。
建前としては極秘、でも公然の秘密。
ですのでーーー
それ以上は誰も踏み込めませんでした。
私達姉妹はお父様にとって、夢の〜、命の形見でした。
”絶対に病で死んではいけませんよ”
そんな風にお父様の優しいファンの方々から、毎日の様に高価な珍しい果物がお見舞いに送られてまいりました。
浴びるような毎日のビタミン豊富な果物のお陰でか、博士本人は健やかで長寿でございました。
例え厳冬でもーーーー
彼が生まれ育った故郷の冬期、雪深きアルプスの村よりはこんなのは全然暖かいと言っては、カマクラという古都の美しい雅な海岸で寒中水泳を悠々していましたからね?
毎日大学内の研究室で規則正しく背筋を伸ばして、寸暇を惜しんで静かに実験に没頭されておりました。
そしてーーーーよく笑いながら私に
『ダンスよりも〜日本の未来を担う学生達へ、最先端の教育を沢山つける事と。
今の生活を良くする為の研究を行う方が ずっと大切で有意義ですよ?』
〜私はその為に来ました〜と、よくそう申しておりました。
ふふふっっ 〜男の人って本当にどの殿方も、困った位にお仕事と理想が大好きですね?」
ーーーーーこの親にしてこの子あり。
ウィンストンは”ジャパンの諺”
『蛙の子は蛙……』心の中で呟いた。




