愛と憎しみと自省、最も古い幸せな思い出について
「気づいたクリス様は蒼白、キャサリン様は泣き出しました。
でも〜
私にも瞬時に”魔が差した”んです。
”これ”でーーーーー心優しい彼女が
〜ひょっとしたら!!取るに足らない卑小な私の事を。
『特別な1人の男性として』
ーーー自分に振り向いてくれるかも?!、と淡く微かに期待しました。
ジャパンに来てからというもの、私はずっと寂しかったんです。
彼女はクリス様ばかりを看病し〜彼だけを見ていましたからね。
側に居ても側に居ない。
1番は全部クリス様から。
私は彼女の殿下に向ける清純な微笑みが、時として憎らしかったんです。
『決してこんな筈じゃ無かった』っと心が痛み。
自分に関心を持たないキャサリン様を、不当にもお恨みする時もありました。
ーーー未練がましい私はあのコロニーでの、学校帰りプラネタリウムで過ごした特別な幸福な時間のように。
時には〜また私だけを見てくれる事を。
身の程知らずな願いでしたが、男として本当に寂しかったのです」
「それはそうでしょうねぇ」
城主はウンウンと深く頷いた
彼の耐え忍び頑張ってきた片恋の話は聞いていて納得出来る部分が、かなりに多かったからである。
激しい嫉妬と迷いと相手への純情が剥き出しと、こういう所が案外率直な男って恋バナが面白いわーとしみじみ感動する。
〜というよりも、よくぞまぁ『手を出さなかった』ものだと、自制心の強すぎるその鐵の心に素直に感嘆をもする。
ウィンストンはシュンと項垂れつつも、悔しげに先を話す。
「ところがーーー王太子殿下はあの時、下心に充ち満ちた私の想像をうんと超えた反応をなさいました。
彼は〜
『そそっかしい自分は、君が支えてくれないと駄目になる!』
〜言い切った上で、ある事を目の前で突然なさいました」
「それってまさか?」
城主の頭の中に嫌〜な予感がいきなりポンッと浮かび、じんわり背中に汗をかく
ウィンストンはブスッとした不満そうな顔で彼女に訴える。
「おそらく ”御予想の通り”ーーー!
その場にがばっと左足の片膝をついて、右手をさしのべて。
キャサリン様に切々と懇願いたしました」
「えっ、そのスタイルって矢張りまさか?」
「そう〜そのまさかですーーー
第1回目の正式の形式の『プロポーズ』でした。
私はーーー私は、御側で拝見しておりまして、腹が立つなんてものじゃあ無かったですよ?
クリス殿下は熱く『キャシー』と瞬きもせず見上げて。
キャサリン様はキャサリン様で、ユラユラ潤んだ瞳であの方を見つめ返すばかりでーーー
ホンノリ描いた甘やかな夢が完全についえ、御側で見ていてふつふつと全身が震え、激しい怒りで目がくらみそうでした」
「それはーーーまぁそうでしょうね、最強の飛び道具を使われてしまっては普通は」
ゴニョゴニョと城主は口の中で呟き、思い出し怒りにブンむくれるウィンストンに返事をやっと返した。
〜現実に『あの銀髪の王子様』と日々付き合っていくのは大変でしたね〜としみじみ同情する。
「クリス様は、時折常人では出来ない事を軽々あっさり越えてしまうのです」
ウィンストンは悲しげな表情で項垂れ、カクンと首が折れた。
「クリス様の行為はーーーー常に、自分には到底出来ない迅速な行動力と思い切った発想でした。
全ての勉学も血の滲む果ての努力も、所詮天性の才能の前には小手先の技に過ぎません。
人の心を掴む真の才能とは何か、その事実と現実をこの時つくづく思い知らされました」
「それはいくら何でも、考えすぎです、自己評価が低すぎますよ?」
城主はにべもなく反論する。
「たとえ嘘でもそう言って下さると嬉しいです。
優しく賢い彼の”唯一の欠点”は、余りにも御自分の放つ生来の輝きーーー…
あの非情で冷酷な父をも虜にした、麻薬に似た強烈な魅力に全く無自覚無頓着な事でした」
「恨んでおられますか?」
「わかりませんーーー
それ以上に〜幼少時から全ての心を捧げて参っていましたから。
気分は、古代の騎士道物語に出てくる ナイトのようなものでした」
「貴方も随分凄いことをサラッと言いますね。
彼も又ーーーあなたの事を心底心配し、誰が何と言おうと何か訳があるはずだと言いはって庇っておいででした。
貴方が進む道を違えたのは、御自分が至らなかったせいだと随分責めて。
あのお方もたった1人の友人に……
親友に想いが理解されることを心の底から、ここでお別れする最後まで望んでおりました。
貴方と同じく、クリストファー王太子殿下様もまた極めて孤独な方です。
人の心は欲張りで難しいですね」
「貴女程の永遠に近い寿命でも、心にとらわれることはありますか?」
ーーーウィンストンの切なげな声。
城主はキリッと背筋を唯す。
今は茶化す場合ではないのを城主は知っていた。
問いかけは、シンプルだが奥深い質問だ。
自分の心から自由になりたい、もっと別な言葉で言い換えれば少年時代から大人の世界に脱皮したいと無意識的に思っている、そう感じる。
成長とは破壊だ。
人によっては、この自我の一部を自らの手で壊す作業の痛みに耐えられない。
けれどその心を壊すほどの痛みの果てに「再生」、苦しい先に「未来」がある。
ーーーーこの方はどうか?
非常に賢いがリリカルな脆さも感じる。
本心や感情を見せる事もかなりな抵抗を見せるーーー『自分嫌い』だ。
脆そうでいて意外に芯が強かったクリストファー王太子様とは違う。
ウィンストンは自らのその微妙なラインが判っている故に、思い切ってドンと背中を押してもらえる言葉が、誰かの口から直に聞きたかったのかも知れない。
今の彼の繊細な人間的な良さを残しつつ、なんとか1段上の階段を上って欲しいと願うが、それは”これからの時間”が明暗を分けるのだろう。
城での様々なサポートの必要がある。
本当に人の心は欲張りで取り扱いが難しい。
ところが城主が、同調する心情とは裏腹に口に出したのは、何時もの如くに、決して素直で優しい言葉ではなかった。
城主はゆっくりとだが躊躇いも無く答えるのだ。
「私はそうならない様にかなり努力しています、誰かを私の全てで愛さないようにとーーー
全身全霊で誰かを愛す時、それは私が壊れる時です。
この体は、精神の大きな変調で起きる負荷に耐えられるようには、最初から出来ていないのですよ。
自分の命以上に篤く大切に想う人がいるという貴方の事が羨ましいーーー!
それも1人ならず2人もいらっしゃる!
彼らの為にお命を犠牲にするのが当然という、贅沢な生き方を躊躇いも無く選択できる貴方が、本当に呪いたくなる程妬ましいですよ。
心の底からズタズタに引き裂きたくなるほど腹立たしい気持ちです。
私の『死なない』という事は、”誰かを愛さない”という事と同義です。
諦観し意識的に受け入れるという生き方です。
こう見えて、色々と心の内は大変なんですよ?」
城主はサラリと意識的にわざわざ爽やかに笑った。
「ウィンストン様ーーー
”あのネックレス”は、友情と愛情の象徴という事情は理解致しました。
そんな心温まる事情がございますならば、特殊クリスタル樹脂でチェーンごと立方体に固めチェーンがお手に触れない状態に加工、返却致します」
するとウィンストンは 仄かに微笑みながら首をゆっくり横に振る。
「自分には、もうこの宝石をつける資格はありません。
私は変質、変わってしまいました。
もはやキャサリン様の知る、昔の穏やかで誠実な私ではございません……
出来れば由緒ある何処かの寺で、手厚く供養していただきたく思います」
突然、城主が気持ちよさそうにケタケタ笑い出したので、彼は全く思っても見なかった彼女の反応にキョトンとする。
城主はそのまま目に涙が浮かぶまで楽しげに長い間ーーー笑った。
「”寺で供養”ですか……!
地球外惑星コロニー人で、外国の方で私にそう言ったのは貴方が永い人生初めてですよ?!
ふふふっっ♪ 渋いですねーーーー!」
漸く笑うのを止め、なおもクスクス笑い顔をしながら手を伸ばす。
「謹んでお預かり致します」
そう言いながら丁寧にポケットから出した「紫の袱紗」に大事そうにネックレスを包みこんだ
「……」
「?何か?」
「いえ」
『貴女も結構そうですよ』
ーーー面白い、浮世離れした人だなぁと内心ウィンストンも思うのだ。
ウィンストンは自省する。
自分にとって生きる事は苦行そのものだったーーーー
「私の『死なない』という事は、誰かを愛さないという事と同義です」
……城主は自分にそう語った。
彼女は……
よくこんな荒野を一人歩む如くな、心を蝕みそうな孤独な生き様が。
ずっと〜永遠に近い時間、続けられて来られてきたものだと尊敬の念で思う。
少し見渡しただけでも、彼女に心からの忠誠を誓う配下が多いことに気がつく。
彼等はおそらく自分がクリス様に愛を捧げた以上に、男の人生総てを賭けてここにいる。
彼女はそんな彼等にもたれかからずーーーーー
背筋を伸ばし 凜と生きているのだ。
自分にはとても信じられない険しく厳しすぎる人生だ。
いや『誰も愛さない』というーーーーーー
あえて他人との間に精神的障壁を築き、感情を鎧で覆い隠し律する事でなんとか自我を守って来た。
ーーーそういう事なのかも知れない。
城主の多くの姉妹達を、手先に妹をグルーミングし全員殺害、自分は手を汚さず逃げ去ったらしい姉は、その苦しい秘訣を守り切ることが出来なかったーーー
ねをあげて落伍したからかも知れない、真偽は不明だが。
『呪いたくなる程羨ましいですよ』
ウィンストンは脳裏に思い浮かべる。
我儘に好きな様に感情の赴くままに、他人からの愛情を底なしに欲するーーー
苦労知らずの無責任な自分に向けられた、言ってみれば当然すぎる怒りだとウィンストンは理解した。
父親との軋轢を通してーーーー「今まで自分は絶対に正しい!!」
自分だけは『正義』だ!!……と、間違いない確信を抱いて自分は生きて来た。
しかしそれはーーーー本当に「その通り」だったのか?
城主が 言葉は丁重だが「何故自分」に、あれ程の 激しい攻撃的憎悪を向けてくるのかが、ずっとどうしても 解せなかったが。
ーーーー今は納得できる気がした
私はもっと心を開くべきだった
「他人は自分をわかってくれない!!」
自己中心的にすねて 頭の中で先走って考えて嘆く前に、するべき事は沢山あったのだ。
例え自らの生家が、政治を生業の家系だったとしても。
城主はそれを見抜き、怒ったのだ、誠に傲慢不遜だと。
自分の心と 欲求を蔑ろにし〜全くわかっていなかったのは……
むしろ外側にいる他人なのではなく、他ならぬ自分自身だったのだ。
「どうかなさりましたか? 」
「いえ〜……どうぞ宜しくお願い致します」
ウィンストンは丁寧にジャパン流に再度深々と頭を下げる。
顔を上げた時ーーーー
前にいる城主の眼差しは、先ほどとはうって変わって 美しい菩薩の様に柔らかく感じた
「もう一つ此方から聞いて良いですか?」
『またですか?』と言った風情で城主は首を振る。
ーーーが……艶やかな目線でその先を促すので、肯定と許可を貰ったと想定し望みを伝える
「貴女にとって1番古い、楽しくて心躍る素晴らしい記憶は何でしょうか?」
つい思わず声が震える。
何故ならウィンストンは心の底から祈るような気持ちで聞いたのだ。
それは永く生き抜いた先達の、確実な幸福な話を聞きたいという縋る思いから。
敢えて「一番古い」としたのは ”彼なりの逃げ”であり、ズルズルと後ずさるような心の弱さからだった。
『最近』に限定すると、自業自得とは言え、自らの境遇との光り輝く彼女との置かれた運命の立ち位置の差からの醜い嫉妬に狂いそうだからだ。
この先あまりにも真っ暗で、陰鬱なビジョンしか描けそうも無いと、こっそり性懲りも無く考える。
『そんなこと言えないーーーー!』
ウィンストンは余りにもの己の器の小ささにブワッと顔が赤らんでしまう。
いい加減、自分でも格好悪くガッカリだ。
他人だったら間違いなく軽蔑するだろうーーーと、自分で言い出したくせに落ち込む。
城主の制服の肩口にさらさらと黒髪が踊り、天井を見ながら思い出す様を見せた後、美しく整う眉をしかめつつ正面に向き直る。
しかし案外時間はかからなかった。
彼に向ける表情がうんと明るいものになり、軽やかな口調で懐かしき記憶を語り始める。
「そうですねえーーー……
政府の招聘でフランスの花の都パリから『日本』〜遠き東方〜
大きな変革期〜
”革命が起きたばかり”のジャパンに来日し、とある素晴らしい高貴なお生まれであられる女性と熱く恋に落ち。
この国に永住をお決めになられた天才博士……
つまりーーーー私のお父様と、俗に言う鹿鳴館時代に首相官邸で開催されたファンシー・ボールへデビュ……
大仮装舞踏会に出席した事かしらね?」
「……え」
鹿鳴館時代ーーー……
ウィンストンは、ガタンと椅子から転げ落ちそうな幻惑を感じた。
この人は一体いつの時代の思い出……
記憶〜を、私に今語っているのだろうか?




