第7章 ウィンストンの初恋 ①
「私……ウィンストンとキャサリン様は共に元々学園の同期。コロニー都市D-01を統べる王家、唯お1人の後継者であられる王太子クリス様も同じ年齢で学年です。
そうですね……若干誕生日が、私の方がクリス様よりも早い位です。
王太子妃キャサリン様と私は学業面でライバルでした。
共に学ぶ学び舎は、惑星デメテルを周回する他のコロニーの中でも最も教育施設が整っておりました。
私達は其所で子どもの頃から様々な多岐にわたる教育を受けて育って来ました。
毎回テスト時には「ランキング」が発表され、私が主席、キャサリン様が次席です。
彼女は素晴らしい成績優良者で、私は彼女にいつも僅差での勝利でした。
父はそんな息子の私が自慢で。
D-01がコロニーである限り、これは絶対的に逃れられない宿命なのですが。
内部スペースに限りが有り、公共の公園すら狭苦しいにもかかわらず何故か我が家は、手入れの行き届いた広大な有り余る敷地面積の居住区域に悠々建てられいました。
そんな場所でーーー贅沢を極めて建造された屋敷で。
父は私の学業結果、学年トップの成績を納めた事を大勢に吹聴、毎度、政界の要人まで集めて盛大にパーティーを開き華々しく祝ってくれました。
惑星デメテルにおける事故で亡くなられた キャサリン様のご両親ーーーー
彼女の父母も、デメテル研究者、優秀な地質学者と気象学者であられたお2人とも、実は父上にとって最大最強の政敵でした。
ですからなのか「今回も息子は”勝った!!」
”勝利に乾杯!”
それがまるで合い言葉……当然の様に、パーティー開始の言葉、シャンパン乾杯時の挨拶でした」
「何か聞いてて、鼻持ちならない感じですね」
「それは否定しません。
実際の私の気持ちを言うと、実は父の開くパーティーが余り嬉しくありませんでした。
最大の政敵の遺児とは言え、まだ未成年、子どもなんですよ?
それも”女の子”相手ーーーー
大人の事情はわかりますが、いくら何でもやり過ぎ、大人げなくみっともないと思っていましたので。
ーーーしかし”結果”が、父の意向に沿わないと……
限度を超えて、力任せにガツンと殴られる事が幼い頃からよくありました。
但し……
殴りなれた父は、手を出すのは顔ではありません。
よりダメージがキツイ、体幹の急所を狙いうちしました。
毎回ーーーー息が止まるかと怯えました、唯々恐怖……だったんです。
そうされると、体がゴムボールの様に、軽々絨毯の上を吹っ飛びましたから。
ーーーー私は卑怯でした……
古き友人の名誉よりも〜ひたすら御身大事で。
いつも顔色をうかがい、機嫌の良い父に安堵しました。
月日は過ぎて……そんなある日の事です。
15歳の時ーーーーです。
しっかりされた彼女が 何と忘れ物をしたんです。
母国語の『軽量化ノート式電子記録』を1枚……!
合同授業の教室の机上に忘れて出ていきました。
『キャサリン様ーーーーーー……!!』
ところが何か偶々考え事をされていた様で、私の声は彼女に聞こえ無かった様でした。
忘れた品は学園内で『盗難』も頻発、1度無くなったら最後 転売屋に売られ2度と手元に戻ってこないたぐいの貴重な品でした。
学園広報防犯部から恒常的に、盗難注意の勧告がある程、高価で……!
学生として極めて大切な学用品なので ヤレヤレと、キャサリン様に私から直接渡してあげようと手に取りました。
『ーーーーーーえ???』
ブンッ……と!!
誤作動なのか、装置が何故か起動してしまいました。
しかもロックが……鍵がかかって無く、つい無意識にーーー
ええ盗み見るつもりは無かったんですが、スラスラ〜と指先でページを送りそこで見たものに目を疑いました。
それは書きかけの、”レポート”でした。
内容のメインは当然授業内容でしたが……
授業中の内容以外にも、大きな空白が欄外にあり、独自の考察がびっしりと細かい文字で書き込まれていました。
私が思いもよらないユニークな発想で、思わず目眩がしました。
負けたーーー……と感じました」
「?ぇーーー”書き込まれていた”???」
「……はい、今の時代殆どの生徒がーーー……
軽量化ノート式電子記録に直接ワードを入力します。
先生方は嘆かわしいと仰いますが、私もその1人です。
だから開いてみて驚愕しました。
『なんなんだこれはーーーー!!』……と!
見覚えのある、確かに彼女自身の……
生真面目な筆跡の、丹念な手書き入力によるものでした」
「……それはーー……!
つまりあなたの主席は、地球スラングで言うところの『出来レース』
大人による改竄、不正……そういう事だった訳ですね?」
「そうです、だから僅差だったんです、今まで。
見た瞬間解りました。
……あれ程の思考の持ち主が、学年主席で無いなどあり得ません。
内容の徹底した検証による論理と 面白い発想力、しなやかで女性らしい 豊かな表現能力……!
しかも……着眼点そのものが、私の考証の領域を超越していたのです。
ーーーーーー悔しかったですよ!
私は愚かにも、破壊か破棄か、どちらかしようかと頭に血が上りましたが、結局キャサリン様本人の後を追いかけ渡すことにしました。
だって〜……!
彼女にとってあえて『手書き』にした程、深く熟考した創意と思索の塊です。
そんなの壊せる筈がありません!
その教科に対するーーー……深い愛情と情熱が、スクロールした、どのページの端々からも静かに伝わって来ました。
ーーー返さない訳にはいかないと私は思いました」
「善い人ですね」
ーーーー城主は心より感嘆した。
ウィンストンの、最大のライバルの同窓生に対する学業上の心からの尊敬の気持ち
……
荒ぶる自我を抑え、リスペクトする精神の柔軟さ。
15歳という、如何にもその年齢に相応しい、素直で純粋な気持ちが彼の発言に深く真摯に滲んでいた為だからだ。
「私が……キャサリン様のお姿の後を追うと、どうした訳かーーーー……?
彼女は王宮からの賑々しい、迎えの車両には御乗車になりませんでした。
その車両は学園の駐車施設に留め置かれ〜……
まるで人目を憚るかの様に、学園に隣接するプラネタリウムに、たった1人でトボトボ入って行かれました。
『??どうしてだ?』
彼女の周囲にはお付きの人も、警備用ドローンも、アンドロイドも……
或いは警護の人間すら、誰1人いなかった事に驚愕しました。
『有り得ないーーー……
誘拐とか心配じゃ無いのか?!
どういうことなんだ?一体……??
せめて戦闘ドローンぐらいつけろよなぁ!』
ーーーー訳がわかりません。
まるで……死んでも構わない、誘拐され殺されたってどうでも良い……!
そういった生活面を取り仕切る大人達に、完全に存在を無視されている様に感じました。
『???……?』
私はきょろきょろとしながらも、何処に行ったのか心配で、お姿を探しました。
あぁ、私に付いている護衛には上手く言って、『宿題の調べ物がある』
……飛行艇内で待つ様、具体的指示を電子機器で転送しておきました。
キャサリン様は、惑星デメテルーーーー
プラネタリウム施設内部、”メイン展示物”前におられました。
彼女のすんなりとした後ろ姿ーーー
遠くから見つけた時、冗談では無く本当にホッと胸を撫で下ろしました。
ブース中央にデンと展示の……!
かの惑星を忠実に再現し、キラキラ光を纏いゆっくりゆっくり回転する、光り輝く大型ホログラム映像正面のソファーに座っていました。
ただしーーーーゾッとする程の孤独
それは、決して今まで見たことが無い程、寂しげなお姿で、ぽつんと前だけを向きお座りになっておられました。
”キャサリン様ーーー……!”
お名前をお呼びすると、ぴくっと大きく背中を震わせて……
凄い勢いでハッと振り返りました。
『ぁ……!』
マズイ!!
頬が涙で濡れて光っていたので、絶対に見てはいけないお姿を見てしまった、内心『しまった!』と慌てました。
本来キャサリン様は、快活な意思の強い御方です。
私もよく遊んだ、王宮内での幼き頃は、非常に自分の考えをはっきりお出しになる、大変生き生きとされた活発な少女でした。
ところが15歳の……この頃になると、そうした性質は影を潜めーーーー
奥ゆかしい目立たぬように周囲に配慮する、如何にも王家の血筋の良い女性といった物静かな上品なレディへと変貌されていました。
女性は変われば変わるものですね……!
まるで蛹が蝶になったかの様に、学園でも指折りの屈指の美少女として、実は陰で、学園男子生徒の絶大な片恋の的だったのを今でもよく覚えています。
しかし『尊き王太子様の許嫁』という、慎み深くあらねばならぬ、きちんとしたお立場の女性です。
人気を当然ーー!!と、ふんぞり返る事が露程も無く、慎ましいご様子で、またそれだけでは無くて。
類い希な気品と、人を寄せ付け無い孤高な雰囲気から、誰も、ぇえ、誰一人。
圧倒的な雰囲気に気圧され、流石な思い上がった不埒な輩も手を出せませんでした。
謙虚になるべく目立たない様、周囲にいつも気を遣っていたのが大変にいじらしかったので、学園内の上級下級とわず、政治力のある主立った男子生徒は、そんなある時、協定を結びました。
……下々の恋愛騒動などと言う、お心を不快にする下世話な面倒事で決して、汚らわしく汚したり、お気持ちを煩わせることの無い様にーーーと。
ーーー誰も手を出せない聖域として、学業に専念出来、日々学園生活が健やかにお暮らしになりやすい様にと。
皆で見守り、ガードし、そっとしておくことを誓い合ったのです。
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「忘れ物です」
電子記録をスイッと渡すと、『見たの?』
……
目で訴えかけて来られました。
無言でこくんと頷くと、『気がついてしまったのね』という諦観の表情で、こぼれた頬の涙をハンカチで拭き、差し出した電脳機器を小さく頭を下げお受け取りになられました。
「大変品がない質問ですが」
この時ーーーー
「どうしてキャサリン様は、主席にならないのですか?」
ジクジクと感じていた燻る不満でイラつき、疑問を直接尋ねました。
「もしも……
私があなたに学業で勝って学園主席になってしまったらーーー必ずーーー
もっと大変な事をされます」
ーーーそう仰り、私の右手首の制服のシャツの袖先をスッと微かに細い指先で、とても優しく触られました。
ビクッとーーーーー……慌てて私は反射的に手を引きました。
「御免なさい……」
「いえ」
……数日前に、わざと強く父上に握られてつけられた指の痕がまだそこに、クッキリと皮膚に残っていたからです」
私とキャサリン様は、暫くお互いを無言で見つめ合っていました。
……なにしろ久し振りです。
彼女の顔を、こんな風に至近距離でジックリマジマジ見つめたのは。
私達は未だほんの、子どもの頃、クリス様と彼女と私との3人で王宮内でよく悪戯しながら遊んでいました。
……自由気ままに
本当に、その時以来でした。
彼女は、はっきり気がつかれておられました。
……父上からの酷い暴行の事を。
深くーーーー私の心配をしながらも……
きっと差し出がましいと思われたのでしょう。
慎み深く、グッと言葉を飲み込んでおられたのです。
次席〜の席次は、父と私との歪な関係
すべては……”私の立場”を、思いやっての事でした。
初めて密やかな真意と愛情を知りーーーー
なのに今まで彼女の哀しさと事情を全く何も考えず、気づきすらしなかった愚かな自分を責め、ポロッと涙が零れそうになりました
「キャサリン様……」
すると”シーーー”っと……
たおやかな人差し指を、唇の前に立てられて。
声をグッと潜める様に合図を送られ……
「私と接触しているのを誰かに見られると、ウィンストン様が又酷い目に会うと思うから」
ーーー微かな声で仰ると、胸いっぱいの深い溜息をつき
「持ってきていただいて、ありがとうございました」
スッと細い腕を私に向かってお出しになり、握手を求めましたので、何気なく私も手を出しました。
しかし、小さな掌をキュッと握った瞬間!
あの御方のお小さい時とはまるで違う、滑らかで吸い付く様なきめ細やかな肌と指の感触に、ドキーーーーッと。
その途端、心臓が 口から飛び出しそうになりました。
呆然と、腕を突き出したまま、固まった私を残しキャサリン様は、以後1度も後ろを振り返らず楚々と。
まるで気配を消すかの如くに、影の様に帰って行かれました。




