過酷な運命
「もし……万が一に、彼が『女性』だったら、どう致しましたか?
クリストファー王太子殿下に……貴方は『プロポーズ』をされましたか?」
「それは出来ません。
身分上……私が王家の血を引く人間で無い以上、結婚の権利は無いのです。
その様に古くから習わしで決まっています」
『有り得ない』のではなく『出来ない』ーーー
それを聞き、ウィンストンが心の内に秘める暗い情念を想像……
城主は暗澹たる、絶望的な気分に染まる
「王太子」と、「最愛の女性 キャサリン王太子妃」
ーーー両者とも王家の「青い血」を、それぞれ受け継ぐ人間。
つまりは2人とも砂漠の蜃気楼が如く、どんなに精神的・物理的な距離的に近づこうが、心より望もうがーーー
どうあがいても決して、”彼が望んだ様な意味”では絶対的に手の届かない……!
永遠に手に入らない、究極の対象だったのだ。
ーーーー漸く手に入れたと思ったら、細かな砂の如くにサラサラと儚く指の間から零れてしまう彼ら。
甘く愛しても尽くしても、決して報われることがない出口の無い堂々巡りの感情。
それが彼の若さでーーーーー
どれほどか精神を蝕み 破損させないなど、正直有り得ない事だ。
「恋」は麻薬以上に強い、強烈な脳内麻薬を誘発させる。
普通でも目くるめく精神的快楽と、痛切な自己否定と劣等感という振り幅の大きな感情の源泉となる。
つまり自己承認ーーー認証欲求である、支配欲の繰り返しだ。
麻薬の持つ最大の個性と特性、「トリップ」と「バッドトリップ」
それによる、強い依存性ーーー執着。
おまけに彼は
ある理由でーーーーーーーーー!
薬が切れる「禁断症状」に揺さぶられるに似た、最悪のコンディション状況下に置かれていた。
まるでシーソーの様に不安定に揺れ動く、砂を咬む寂しさの連続だったに違いないだろう。
……それらが容易く想像出来た。
ウィンストンはーーーー心の底からそれでも精一杯に 策を弄さず。
ごく普通の男としての不器用な気持ちを、たった1人の女性、キャサリン様に全て捧げた。
そしてーーーまた一方では、子どもの頃からの気の置けない大切な美しい友人に
切なく飾らないーーーー『ありのままの自分』を。
自分を見て欲しいと、永い間切なく願って来たのだ。
自分は何もいらない。
隣に、ただ一緒にいたい。
おそらく親友達に、本当に望み欲したのは『それだけ』だったろう。
純な気持ちの必死さと、苦悩が、あの告白に、にじみ出ていた。
若く賢い優秀な男故に、先の先まで〜自分の将来における気持ちの移ろいが。
これからの思慕と、自分の宝物と言って良い大切な友情の結末ーーー
避けようがない終局までが、目の前に見えてしまっていたのだろう。
誰にも開示できないたぐいのーーーーー報われない葛藤と渇望。
ガラガラと、どうあがいても破壊と破滅が確定している人間関係。
彼の抱え込んだ絶望と疎外感は、恐らく想像を絶するものだった。
そして苦しく強い捻れた感情に、男性特有の高いプライドと自尊心。
ーーーー政治的理念、絶対に譲れない職業上掲げた高い理想での「行き違い」がさらに拍車をかけ、ひくに引けず加速度を増し。
ある日とうとうーーー!
某人物の強制的命令で、ダムが決壊するかのように襲撃事件は起きた。
ぐりぐり……ワザとらしく大仰に相手の目に付く様……!
カンに障るようなこめかみのマッサージを行った後、城主はおもむろに尋ねる。
「襲撃が見事成功した暁。
祖国、コロニーD-01で、貴方の属する政治派閥が軍事的にも勝利した場合。
『英雄』となって祖国に凱旋を果たした貴殿はーーー
ウィンストン様はーーー
以後の『身の振り方』を、どうなされるおつもりでした?」
「……」
しばらく間が開く。
「仰る意味は。
王制を倒し新たなコロニー統治者となった父上のサポートを
……
『息子として』
私が、どの様な政治的理念で……と言う意味ですか?」
「違います、ここに来て口先だけでの綺麗事で誤魔化さないでください。
貴方のでまかせや嘘など聞く、呑気な時間はありません」
顔を歪めて辛そうにする彼に、城主は容赦無く追い込みをかけ打ち消した。
2人ともピタリと黙り込む
長く重い沈黙を、フーーーッと諦めた様に先に破ったのは、再びウィンストンだった。
「あなたのご推察の通りです。
クリス様もキャサリン様もいないこの世界に未練などありません。
速やかに後を追うつもりでした」
「ーーーーー」
『やはりね……』返答を聞いた城主は心の中で溜息をつく。
実はこの”答え”ーーーーも、彼女と城が誇る高性能人工知能とで共同で編み出した最終仮説の中にあった。
ーーーーのだが。
但し、自身を壊す設定がソモソモ無い人工知能プログラムは、この”仮説”を有力候補と選択せずバグとし、一応ヒトである城主とは意見が大きく割れたのだ。
自分の目論見ーーー
仮説が正解し、見事「現代の神」と言える高性能人工知能プログラミングに勝利した訳だが。
彼女は何故だか、ちっとも嬉しくなく、浮かれた気分には到底なれなかった。
「ククククク……」
ウィンストンはひっそりと項垂れて気弱に嗤う。
そこには先程までの、眼をぎらつかせて毒を吐く策謀家は居なかった。
嫌みな程強気な、自らの計画実現に向けて完璧に作動する、ロボットじみた姿はみじんも存在しなかった。
愛を失いーーー心を打ち砕かれ尊き大切な全てを失い、悲しげな顔の後悔と悲嘆に暮れる哀れな1人の男が座るばかりである。
『参ったわねぇ……』
打ちのめされたその姿。
冷酷な犯罪者にもかかわらず、今の彼は例えようも無く清いと見えてしまう。
様々な修羅場ーーーイヤというほど鉄火場を経験〜
激しい冷徹な実務経験故に、非情な立場から容赦なく相手を責めあげる城主の目にも彼はそう映ったのだ。
ウィンストンは、ポツネンと
思わず目を疑う程にーーーー
ひんやりと密やかな聖なる美を放射していた。
ーーーこればかりは理屈では無い。
例えるならば闇に煌々、眩い月光を放つ、冴え冴えとした孤独な、鋭き三日月。
ーーーーー彼は美しい。
彼はぽつぽつと力なく話し続ける。
「……『英雄』などと、そんな酷い事を貴女は平気でおっしゃるんですね」
目の下の隈が濃い。
急に……いや一気に年を取ったように見える。
孤独な青年は疲れた様に喋る。
「わざとです。
あれ程の人死にの事をしでかしておいて、自画自賛で都合よく自分を憐れみ甘えるなってことです」
城主はフンッといつもの鉄壁の無表情で返す。
それでいて口元だけ綺麗に微笑む。
「ーーー見ていますと、本当にイライラしますよ」
「……え?」
「貴殿……貴方は、あまりに自分の心の内しか関心がありません。
ーーー違うでしょ?
お気持ちと関係無い、赤の他人はどうでもよいし、死んだって構わない。
人生を無残に断ち切られたとしても、そんなの自分には関係ない。
彼等を慕う周囲など我知った事か!
けれども、そういう物では無いでしょう?
……恐ろしく身勝手だと、自分で感じませんか?
今の幼稚な貴方に理解できるとも思えませんが、ここの所長として一応言っておきます。
自身の愚かな行動と巻き起こる結果を、是非よく自覚して欲しいものです。
しかし、ここの総責任者『城主』としての職務は滞りなくきちんと果たしますので。
例え大嫌いだとしても公平に扱い、内部間におけるリンチは致しません。
本当に、因果な事です」
「あなたも相当な曲者の 嫌な方ですね」
「それが何か不都合でも? 関係ございませんよ貴方には」
彼女は悪魔的にやはり強気にフフンと鼻先で挑発的にせせら笑う。
「ではお互い、嫌な者ついでに、貴女の本当の名前をお尋ねしても宜しいですか?」
「全くーーー本当に良い度胸しているというか、転んでもただ起きないと申しますか、貴方も懲りない人ですねぇ。
〜で?
聞いてどうするのですか?
そんな事」
「あくまでも個人的興味です、憧れていた神秘的人物の本名をお聞きしたい」
「ーーーまぁいいでしょう。
そこまで幼少期の頃から、貴重なありえない時間を掛けて徒手空拳で私を追いかけさせた貴方には今回特別に教えて差し上げます。
”名付け”
命名の理由も含めてね。
私の本名は『紫』ですよ?
〜紫式部・源氏物語第五帖『若紫』〜からです」
「ーーーそれは!」
「父は娘達の製造順位の混乱を避ける為……!
物わかりの悪い、旧政府筋の人間に煩雑な『データ』をかみ砕いて、解りやすく整然と解説する必要性からも、積極的にそうしていました。
現在でも、ジャパンの多くの方の目と耳に馴染みがある、あの有名すぎる古典文学の『各帖の題目』を造った〜
創造主として私達に、上手に活用していたのです。
で〜偶々シャーレでの試作の順位がNO.5
私に振られた番号が『5番目』でしたので父は『偶然』、そう名付けたのです。
ホント酷い悪趣味ですよね!
特に姉妹中、最も幼い身体状況で、ピタリと思春期で肉体的成長が完全に止まってしまった私の場合は
〜まぁ娘として色々と、父が亡くなった今でも日々業務中、様々思う所のある名前ですよ」
言いつつ城主は黒髪をサラリとかき上げて、諦観と怒りを含む複雑そうな表情に蠱惑滴る黒い微笑みを混ぜ込み艶然と微笑む。
『うわっ……!』
計算したわけでは無さそうだが、いきなりな至近距離からの直撃。
不貞腐れ気味だったウィンストンですら呆然と思わず見惚れる、つい魂ごと魅入られる、美しい瞳をきらきら輝かせての無意識の貌。
「……で?貴殿はどうされますかーーーー……?
先日私が”提案した”、『たった1つの願い事を?』
因みに断った人間は今までただの1人も居ませんが。
クローン化で良ければ一応所長として、気難しい幹部連に掛け合ってみますが?
ウィンストン様は如何されますか?」
その声に、ウィンストンはハッと我にかえる。
首を振り、ぼんやり白昼夢に陥ったような気分をブンっと振り払った。
「ーーー……はい、是非にお願いしたく思います」
「では了解致しました」
城主は柔やかにウィンストンの顔を凝視する
「今から資料としての録画に入ります。
言った言わないは許されませんので、こちら側の保険でもあります。
ではーーーーどんな物かを改めて教えて下さい」
城主は制服ポケット内部より使い慣れた機器、ホログラム録画媒体を取り出す。
「ではーーーーーーーー」
生涯ーーーー……
城主自らが責任を持って叶える願い事ーーーー……
「たった一つの願い」
ウィンストンは最愛の女性
……〜キャサリン王太子妃の「クローン化」を切望した。
「やっぱりそう来る訳ね……!」
彼女には薄々想定出来ていた。
彼の望みが……
囚われ人の自分に対しては我欲が全く向かない事を。
ウィンストンは切々とこう語る
想いを込めて
「キャサリン様は誰よりも平和を願っていました。
それなのにーーーこんな事に巻き込んでしまいました。
醜く争う自分達ーーーー男2人で最愛の女性を追い詰めて。
結果〜取り返しのつかない事をしてしまいました。
ーーーだからせめて償いとして争いの無い、政治的な謀略など何も知らない一般の1女性としての
幸せな、学業に専念出来る、ごく平凡で大切に愛される平穏な人生を改めて送って欲しいのです」
コロニー都市ーーーD-01社交界は、偽善に満ち満ちたバックヤードはひた隠し
王家が統治する華麗で、まるでおとぎ話の様なロマンティックな世界を国是とし意識的に演出している。
しかし現実にはーーーーー
禍々しい騒乱と謀略が日常の我が国の特権階級社会。
”彼女”を「改めて」、この平和が当たり前の、そうである事が当然の国で。
……生前、本当に心から愛した静かな国ジャパンで養育してほしい。
ウィンストンは真剣な表情でこう願うのだ。
ーーーーしかしこの綺麗な論調に現実派の城主が厳しくツッコミを入れる。
「クスッ……何を今更……!
馬鹿馬鹿しいセンチメンタルな理由ですね?
『隣の芝生は青い』、どこも同じですよ?
あえて、私から言っておきますが」
はぁ、と呆れる様に城主が言い返すと、即答で真摯な答えが返って来た事には彼女は更に当惑した。
「貴女がいるだけでも、この国の方がうんとましですよ」
城主は頭を掻き、口元だけでまたフフフと笑う。
しかし目は険しく…猛禽類のように冷たく鋭い。
彼女には1つの疑念があった。
ーーーーだからズバリ切り込むのだ。
「そこまでーーーー……
どうしてキャサリン様に
ウィンストン様は、無償の愛を捧げるまでに成られたのですか?」
「ーーーーーーーーー」
「お好きに成られた理由や罪悪感については、簡単には先日伺いました。
けれど、もう少し合理的に納得のいくお話を私にお聞かせ願いますか?
先日と今の告白、それだけではないでしょう?!
ーーーー実際、まだ何か隠されているはず。
何かーーー『ある』のでしょ?本当は
今の状態では、お気持ちの核心が納得できません。
ましてや厳格な『五人会議メンバー』〜〜私といえどーーー
あの型破りな人格を持ち修羅場をくぐり経験に裏打ちされた猛者。
おのおのがーーー自身の銀河最強と言える能力と、自らの重い役割をチャンと自覚している強者を。
ーーー嘘が少しでも見え隠れするならば…ーーーー
強固に理論武装している彼らの『論破』は到底無理、不可能です」
「ーーーーそれは」
「今更、嫌とは言わせません。
……五人会議メンバーの誰が理由を聞いても、充分納得出来、必ず了承サインを得られるだけの、しっかりとした事実と根拠を。
貴方の”秘められた切っ掛けーーー出来事”を、今 この場で、何もかも。
ーーー私にそうしたい理由をお教え下さい」
「ーーーーわかりました
まさか、あの呪われた日々の出来事を、よもや他人に口外する日が来ようとは思いませんでしたが。
けれども、告白するのが他ならぬ貴女で
ーーーー……本当に良かった、と、思います」
ウィンストンはーーーースゥッと暫く目を閉じる。
今回の面談後ーーー
一体 何度目か?の深い沈黙。
漸く心を決め……
固く意を決した様に声を出す。
そうして遙か昔ーーーーー運命の時
まだ15歳だった、自身の当時の記憶の世界〜
深く深く
ーーーーーーー戻って行くのだ。




