大親友ウィンストン ③ 友愛
……
コンコン……
小さな控えめなノックの音
「食欲は無いでしょうが……何もお腹に入れないと、かえって毒です。
それから、こちらのバスケットは貴方の分です。
そろそろ貴方も……チャンとした物をおとり下さい。
柔いパン粥は、今夜から無しにしましたよ?」
「有り難う」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
なんと有り難いことにクリストファーの為に、厨房に詰めている忙しい料理長が自ら彼の夕食だけでなく、大切な友人用の品〜
野菜をブイヨンでコトコト煮詰めた、特製の舌に優しいスープを詰めたジャーを部屋まで届けてくれたのだ。
「これどうぞ〜美味しいよ?」
「ーー……」
ウィンストンはすするように、ノロノロと少しずつ木製の匙で口に運んだ。
蕩けそうに美味しそうな香りがフワリと鼻腔をくすぐる。
なのに、でも直ぐにピッタリ手が止まってしまう。
クリストファーは様子を伺いながら、自分の分〜少量の、小さくとも素敵なディナーセットを、可愛らしくバスケットに詰めたものをいただいた。
「ねぇそれ貸して」
固まる様子にとうとう見かねて手を出した。
「口開けて」
「……」
少しずつ〜少しずつ。
怠そうな心の弱り切った友人に、何とかスープ全量を匙で飲ませることに成功。
が……矢張り、精も根も尽き果て疲れ切った感じは尋常ではなく、室内の浴槽へ温かな湯に浸からせることを思いついた。
肩を貸し、部屋に設置されている小型の清潔なバスルームまで連れて行った。
「しばらくここで寛いでいて」
シャワースペースで まず体をゆっくり温めつつ、バスタブにたっぷりとした湯をため、あっという間に高速で温水で満たされた湯船に満足する。
気に入っている入浴剤の中でも更に特にお気に入り〜の、精神と傷に鎮静作用の効果があるというラベンダー成分入りのタブレットを溶かし込むと、お湯はふんわり香りを放つバイオレットの滑らかないい感じに変化する。
クリストファーは結構、自分の事を自分でするのが好きな為、全く手間だとは感じなかった。
しかしこの事は「困ったこと」らしく、よく侍従長に叱られるのだが。
「気持ちよくなって少しぐらい寝てもいいけど、いいかい?湯の中で溺れるなよ?
直ぐここに帰ってくるから、絶対に心配しないで」
「ーーーーーーーーーーー」
誰もが憧れ、うっとり見つめる綺麗なグリーンの瞳。
がーーー今は光を無くし、ぼんやりと魂が抜けた様子の気がかりな姿
話しかけながら熱すぎない、程よくフンワリ温かい風呂に充分つからせた。
クリストファーはこの時ーーー必死に……明るくふるまい、さり気なく見ないふりを心がけた。
というのも彼の肩やら腹やら背中やら、およそ衣類を脱がないと決して見えない位置に、陰湿に、何カ所もつけられた、古かったり新しかったり、むらむらの生々しい青痣があったせい。
青みがあるという事は時間が立ってるという事に他ならない。
殴られた直ぐは内出血で赤黒い。
マジマジと見たら最後、暴行の被害者である友人を、半狂乱に厳しく問い詰めそうで、自らの激しい怒りの追求を制御出来る自信が無かった。
『ーーーー酷すぎる……』
ホント酷すぎ
……それは明らかに、男性が力任せにつけた鞭痕らしき傷跡
記憶の中得意げに、オリンピック無重力ポロ競技の優勝カップを高々と掲げた彼の父親の記事が浮かび上がる
銀河でも有名な電脳マスメディア、「電脳ジャーナル」発行、立体映像記事の、満面の笑みを。
『本当に何という事をーーー……!』
見下げ果てたあこぎなことをする暴力親父だ
『 い〜や心を込めて クソジジイと呼ばせてもらうぞ!』
というのも多少ーーー馬術をたしなむ馬術競技経験者であったから。
あの美しくって賢き誇り高き動物、馬を愛する人間への下劣極まりない侮辱で風上にも置けない恥ずべき行為だ!!
怒りで眼が眩みそうになる
おまけにウィンストンは、サボり魔の自分とは違い、誰よりも真面目で大人の言う事を人一倍守る優等生じゃないか?!
あれだけ死ぬ程勉強させておいて、まだ足らんのか?!
クソジジイが大人の社交とやらで、吞む打つ買う……!
オイコラ裏でやりたい放題なんて知ってるぞ
ーーーーそれだけじゃ無い
最近、とても口に出来ない酷い下劣な企みで、長い間、彼がとある自分にとって大切な人を苦しめた事実を偶然知ってしまった……!
クリストファーは1人で泣いた
可哀相だと
誰にも気がつかれない様に、悲劇を思い泣きじゃくった。
そうした理由は『知られたくなかったから』
王太子である自分が知ってしまったと、絶対に被害者に気取られたくなかった。
が……ショックが頼りない体に反転したらしく散々な体調に落ちこんだ。
学園で直後にあった定期試験は何とか気を張りクリア、受講し受けたものの、その後少し学園を発熱でほんの昨日まで休んだ。
「僕はーーー……
僕は
あんな大人にだけは、絶対になりたくない!!」
ウィンストンが入浴中、自分が側にいない間、誰かが隙を見計らって誘拐〜連れ出さないよう電子鍵とロックをしっかりかけ主治医の元に走り、即効性で打撲によく効く薬を急いで処方して貰う。
体を温めた友人が風呂から出ると、軟膏薬を全身の患部に薄く重ね塗りをした。
丁寧に痛がらないように、顔色を確認しながら塗り込めてゆく。
「痛い?」
「……」
気の毒な親友、何もかもされるがままだった
『まぁそりゃあそうだろう……
一旦我が儘を言い出したら聞かないのを長いつきあいで知っているから
一々反論するのが疲れていて単純に面倒だったからに違いないよなぁ〜〜』
いい加減、呆れていたのだろうな…と、心の中で呟く。
そうこうしている内に、予めセルフタイマーをセットしておいた寝具は、フンワリ柔らかく乾燥機能で快適な睡眠最適温度へとフカフカに仕上がっていた。
エンジニアの匠の方に心から感謝だ
ありがとう!
〜と思わずニマニマしてしまった
だがしかし睡眠薬はここまで体力が落ちている時に使用すると副作用で後がちょっと怖い。
クリストファー的には、出来たら〜使用したくなかった。
『これで暖かくして、無事朝までグッスリ眠れるといいな』切に願う。
長身の友人を、清潔な僕用の中でもかなり大きめなインナーウェアとパジャマに着替えさせ、後ろめたそうな雰囲気を無視し、そのまま寝床にギュウギュウ押し込んだ。
『こういう時は寝るに限る うんうん』
「是非ご学友を最高の客間に!!」
右往左往する、地球アイドルみたいな美少女メイドのお姉様方にはニッコリと甘やかに微笑む
「たまにはいいでしょ?
いつも我が儘言ってごめんなさい」
てへっと謝った。
ウィンストンが深夜あんなにうなされているなんて、その晩初めて知り、多分自宅でもここ暫く毎晩こんなんだっただろうーーーと、直感的に悟る。
『よく精神が今まで何とか持ちこたえていたな』
全身が怒りに震えた
何度も何度も寝具の中をバタバタのたうちまわって
「許して」
「ごめんなさい」
「許して」
「ごめんなさい」
「許して……」
……交互にエンドレスに、延々と苦しげに呟く
自分は全く世間知らずだ。
彼の何を今までお気楽に見ていたのだ?
これでも大人の世界を「知らない振り」で手を回しやり過ごし結構自分では「やり手」だと思ってきたんだ
こんなひどいのってありかよ……
呑気な頭をハンマーで思いっきりガーーンと強打されたような衝撃
人として、友人として絶対に放っておけない
僕は闘う
友のために
好きな人のために
彼の悲鳴を逃げずに聞きながら、まんじりともせず、ある計画書を空が白みかけるまで繰り返し繰り返し書き直した。
愛用の最新型、人工知能チップを何枚も使って色々なパターンーーー……!!
想像出来る本当に幾通りも、関わる人物の性質や言動、とにかくありとあらゆるシチュエーションと相手の反応を弾き出す。
更に抽出のデータとデータをぶつけ合い、果たして齟齬がないか確認、それを元に更に更に散々シュミレーション……
弾き出された通りの言動の予行演習、訓練ーーー
強かに、数時間後に披露する練習をもした
あくまでも自然体〜決して無理のない流れに考え抜く。
多分今回の「それ」〜肝心な点はそこであると睨む。
ここをしくじると水の泡〜計画は頓挫だ。
クリストファーは納得いく様子が出来上がるまで何度も推敲し確認をし、過去のホロ映像も時間が許す限り全てチェックをした。
「さてーーー……と……次次ッツ……!!」
繊細で、気を回しすぎで勘の良すぎのウィンストンが今度は僕の事を心配すると全く意味がない。
彼だったら「あり得る」、クリストファーはゾッとした
「ーー…よしっつ!まだイケルッツ!」
気配をそっと窺うとウィンストンはやっと疲れ果てて、寝落ちして熟睡している様子に見えた。
眠りが浅くなりそうな時間帯直前に作業を切り上げたからきっと大丈夫。
『本当にギリギリーーー〜〜〜!!危ない危ない……』
自分もベットの端っこに潜り込み、ぐうぐう寝たふりをした
ゴソゴソゴソーーーーー
『うわぁ〜〜〜〜〜!!』
寝具は友人の体温で隅までホカホカと優しく温かく、神経の疲れた体に染み渡り思っても見ない、ちょっとした幸福な気分を味わってしまう。
『いい気持ちだなぁ〜〜〜 フワフワの雲の中にいるみたい!!』
ーーー……
ーー…
…
「おはよう」
早朝、敢えていかにも眠そうに起き上がり、芝居くさくウーーンと伸びをして見せる。
オロオロ不安そうな目で見上げるウィンストンに何も知らないふりを装った。
「ん〜〜〜何かあったっけ?」
「夕べのことーーーもしかして覚えてないの?」
「そうだねぇ」
「ーーーーーーーそう」
え〜〜〜?
何かションボリしてるけど?
「まぁ 全然って訳じゃ無いけど!!」
慌てて言い添えると、なんとまぁとたんに嬉しそうにグリーンの瞳がパァァ……と輝く。
「何を?」
「一緒に食事をした事」
「ーーーうん」
マズイ、彼の望む模範解答と違ったらしい
この試験官は厳しいぞ?
また意気消沈、項垂れションボリし始めた
え〜っと 〜ナニソレ何だか変な会話展開?!
……まるで、ワンナイトラブの大人の恋人同士みたいだよ?
事情を知らない人が聞いたら驚いて
「ホッホゥ実はそういう関係だったんですね?」
ーーー大いに誤解されそうだ!
違ぁーーーーーーーうっっっ!!
「今の目の前の君の方が大切だもん、そんな昔の事は忘れたよ」
取りあえず慌ててこう言い添えると、途端に表情が甘やかに綻んだのが目に映る
思わずボヤッと見とれてしまうような光輝く微笑み
今度はギリギリ及第点の「丸」だったらしい
『う〜 ディープな友情はデリケートだ!!』
トホホーーーぽりぽり頭を掻いてしまった。




