約束のティーと、ウィンストンとの対決
城主が「城」に戻ってくると……
ーーーー今夜は食堂で、信繁がいつもの談話室でなく場所を変え、「中級飛行艇資格試験・筆記試験用」の勉強を追い込みらしく、様々な資料に埋もれながら格闘していた。
ーーーふと見ると。
集中力と気合いを入れるオヤツなのか「黒い稲妻」〜
彼”お気に入り”、チョコ菓子の個別包装菓子袋がチラリと見えた。
ガランと広い食堂には彼以外の人影は無い。
彼の勉強の集中の邪魔をしない様気遣った為か?
……常に彼と行動を共にする仲間達、子龍と雅の姿も無い。
人の気配を素早く感じたのか〜彼女が話しかける前に信繁はスッと顔を上げる。
柔やかで甘く人なつっこい笑顔が、疲れた城主を迎える。
思わず〜こちらも笑みを返したくなる様な優しい表情である。
「お帰りなさい、白龍は如何でしたか?」
「まぁなんとかねぇ……
珍しいわね、談話室じゃなく今夜はこっちなの?」
「ええまぁ……
実は〜サッカーの大きな試合中継があって。
向こうにホログラム再生装置持ち込んで、皆で大盛り上がりですので、五月蠅い五月蠅いーーー!
ーーーで〜仕方なく、こっちに逃げてきました」
「ふぅん?」
本当は、信繁が上官である城主をヒッソリ1人でずぅっと待っていた事はわかっていた。
『嘘が下手だわね……!』
しかし言及は避ける。
何故ならそこが、信繁の可愛げであり優しさでもあるからだ。
「何だか喉が渇いたわ?」
「じゃぁーーー?お約束のミルクティー用意しましょうか?」
「わぁ嬉しい、お願いしても良いかしら?」
「勿論です。
材料も既に全部用意済みです。
厨房もお借りできる様〜予めおばちゃんに頼んでありますから大丈夫ですよ?」
信繁はニコッと優しく微笑み、悪戯っぽく透き通る綺麗な茶色の瞳がクルクル輝く。
「それは楽しみだわ?」
「期待して下さい」
信繁は席から滑らかにスラリ立ち上がると、側に畳んであった愛用の三河木綿製のブルーやピンク、パープル等々のストライプのエプロンを、シャッと身にまとった。
信繁は身長が2m近く有り、結果、市販エプロンではサイズが合わないのでオーダー製品である。
一人旅で偶々工房を訪れた際、彼の見学の熱心さを気に入った織屋店主が気を利かせて勧めたのである。
つまり細かく採寸した上で、うず高く積まれた生地や糸などの素材を自分で最初から選び、工房で特別に信繁の為だけに縫製されたものらしい。
彼は元々姿勢も良い為、それはもうハッとする程、バシッと格好良く決まっていた。
信繁は冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、500cc程ミルクパンに静かに注ぐ。
中身の冷たい液体に、紅茶の茶葉を大きめのスプーンで3杯パッパッパッと躊躇いなく放り込む。
ごく弱火の熱源にかけた牛乳が、ふわぁーーーっと盛り上がり、鍋縁から溢れ膨らみきる寸前。
カチッ!!
鍋を熱する熱源を止めた。
グルリとスプーンで鍋底をかき混ぜ、茶漉しで綺麗に耐熱性ポットに漉す。
2つの小振りの食堂備え付けカップに注ぎ、仕上げに蜂蜜を1たらし。
「やっぱり蜂蜜はレンゲが最高かな?」
『まぁこればっかりは好みかぁ?』
そう思いながら信繁は、上司の目の前にそっとカップを置く。
「どうぞ」
「有難う」
ーーー馥郁とする、こうばしい香りがフワリと漂う。
城主は1口、そっと花の唇に含む。
「うわぁーーーーー……美味しい!」
「それは良かったです」
彼女の満足そうな笑顔に信繁はホッとした顔をする。
『良かったなぁーーーー』
本当にーーーー心から嬉しかった。
ただ単純に〜嬉しかった。
城精鋭班・班長のーーー怖い物なしの彼でも、内心はハラハラドキドキだった
ニッコリと笑い、2人で無言で温かなティーを堪能する。
「……」
「……」
静かな静かなーーーーー
揺るぎない 幸福な時が流れていた。
**************
その日の深夜ーーーー
城主はウィンストンの「ついの住処」である、区画NO, F3776房を訪れる。
今回、気掛かりがあったため、個人的な武器の所持と。
それから護衛は敢えて戦闘ドローンを数基従えたのみにし、一人も人間は連れて来ていない。
『ふぅん……?』
城主が独房に現れても、彼は全く動じてはいない。
『ホンット……大したものだわね!』
ウィンストンは何とまぁーーーこの奇妙奇天烈な異常な……!
常人ならば酷く疲れ、自身の視覚聴覚が全く信じられなくなる超常空間に早くも馴れて来た様であったのだ。
城主はこれは新記録だと、ほとほと感心した。
『ーーーあ〜ぁ……』
それにしてもーーー……!
相変わらず様々な時空が交差する。
透き通ってデタラメに映像が重複し、気まぐれに出ては消え、消えては現れて高速でヒュンヒュン飛び去るのが見える。
しかも幽霊が喋るが如しの超薄気味悪い囁き声も、時折ウワンウワン響くのだ。
まるで遊園地アトラクションのーーー様で。
大昔世間で大流行した、人間の視覚的錯覚を応用した「鏡の間」を連想させる。
無論これらは総て”まやかし”ーーー
次元の歪みで『見える』が現実には存在しない物事だ
いや……だがしかし、この世の銀河世界各国どこかでは、寧ろ自分達の姿こそ「幽霊」として。
”時空の向こう側に存在”しては、途端フッと消え失せ消失、相手側をキャーッと怖がらせているのかもしれない。
当然証拠は勿論の事無いが、そうした「突如現れては不意に消える」
”もののけに誑かされた”
”狐狸に騙されたに違いない”
奇妙な伝説……怪奇譚は古来様々な場所と時代で、言い伝えられて来た。
『案外”伝説の一端”は、こうして次元をいじくった私達なのかも?ーーね?』
城主は多少は責任を思わないでも無かった
城主は彼に相対した後、「城」施設規約には敢えて記載されない文書化されていない特殊な慣例〜……
「どんな事でも必ずたった1つだけ叶える」という約束事を披露した。
この施設内では「何でもあり」で、”特別な願い”に関してだけは少々倫理の逸脱など構わない事。
ただし……!
城を下支えする大幹部メンバー全員の了承とサインが絶対に必要な事。
甘えて見くびり、勘違いしてもらっては困るが、本当に「生涯たった1つだけ」だという事ーーー!
彼女が長い黒髪をスイッと左耳に掛けると、梅の花に似た小さな花の形の黒子が見える。
『……成る程』
これは何か今から重大な事を話す時の癖なのだという事に、極めて人間観察に長けたウィンストンは以前から実は気がついていた。
指摘する事は無かったが、城主はにこやかに特殊な慣例の伝達後、そんな彼に優雅な口調で話しかける。
「どうしてあんなに易々と、取引に応じたんです?
本当の狙いは……
”もう1つ”
ーーー実は別にあったのでは無いですか?」
「……」
「私の持つ絶大な権限で〜……”何か”
ーーーーそれも非常に特殊な事柄を……どうあっても。
貴方は確実に、絶対に達成させるおつもりだったからではないのですか?」
「……ーーーー」
ウィンストンは、ニッコリ柔らかに、如何にも何気なく問いかけて来た彼女の目の奥をじっと無言で見つめ、ゆっくりと口元を綻ばせた。
美しい青年の瞳は笑ってはいなかった。




