未来への祈り
きっと信繁の香りが引き金になったのだろうーーー
クリストファーは不意に記憶の扉が開き、まざまざと、理想の故郷の幻影を脳裏に描き上げた。
そしてジャパン留学時代、自分とウィンストン、愛するキャサリンと何度も深夜まで語り明かした、将来目指す「ユートピア」実現を……!
「やっぱりなぁ、沢山の緑は欲しいよなぁ」
「そうすると、水の循環システムも今のまんまの旧型じゃぁ立ちゆかないだろ?
あっという間に必要量として、造り出す許容量越えてしまう。
肥沃な国土と、豊富で清涼な水質資源を持つジャパンとは違うんだし」
「デメテルへの移住は出来ないんですか?」
「うーーーーん〜〜〜〜あの星は王家にとって聖地だしなぁ。
ーーーそれに『本物の惑星』となると。
何もかも管理されたD-01と大違いで、必ず起こる普通の自然現象がハードルになるに決まってる。
予想外の雨や雪や日照りーーーー
ぬるま湯に浸りきった国民に耐えられるか……?」
「そうだな、メンタル的なフォローが必要だな」
「お前が居れば大丈夫だよ!!なぁーーーウィンストン!
絶対に大丈夫だよ!!」
「そうですわ!!
クリス様が国民の意識をまとめ、ウィンストンが議会の意見を整理しーーー
そうすればきっとなにもかもうまくいく筈です!」
「じゃぁ〜キャシー様は、気難しい難しいデメテルの調査と研究担当ですね?
でもどうしてーーーー?
あれ程熱烈に恋しておられた『あの星』に関する研究を、急にストップされて仕舞われたのですか?
僕は勿体無いと思い、今でも残念で堪りません」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「まぁーーーー色々あるさ、ウィンストン」
留学中熱中して……
毎晩祖国の未来を熱く語り合った心より信頼する親友も、愛する人も。
もはや自分の側には誰も居ない。
あの時はーーーまさか。
こんな辛い現実がやって来るなんて少しも思いもしなかった。
ずっとずっと
優しく賢い仲間達が。
自分の側に必ず一生居てくれるものだと、根拠の無い自信に充ち満ちていたのだ
傲慢にも程があった。
世間を知らないにも程度問題だった。
今後は全てーーーーーー
自分の意志で自力でーーー逃げずに。
様々な難局を切り開いていかねばならない苦難の道のりだ。
それがせめてもの生き残った者としての贖罪なのだ。
脳裏に浮かぶ緑豊かな美しい祖国コロニーDー01
ーーー我が愛する故郷。
掛け替えのない自分の魂の拠り所ーーー!
だがそんな理想郷はまだまだ先ーーーーー
それも気の遠くなる 果てしなく先だ
現実の祖国は、貧しく環境も劣悪で、王宮以外は大型植物さえ満足に公園に植栽されていない。
可哀想に成長期の子ども達も、ステーションハウスの疑似太陽の下でしか燦々とした光が浴びられない。
自分は タップリの外光……紫外線を。
思う存分、自由に気の向くまま浴びることが生涯出来ない体だ。
それはーーー望んでも叶わぬ夢。
だからこそーーーーー!!
温かな降り注ぐ陽光を、何にも囚われること無く全身で浴びるという途方も無い幸せを!
これから大きく育つ誰かに叶えてあげたい。
ーーーージャパンは何と美しい事か
僕の子ども時代の幸福の象徴だ。
緑が生い茂る平和な国
奇跡のように美しい国
コロニーの緑地化は残念ながら、自分が将来受け継ぐ王位の在位中どころか。
存命中にすら達成できるかも混沌としており、その実現の保証は無い。
ーーーー見果てぬ夢だ
「信繁……僕はいつか
子ども達が自由に大地を駆け回れる、木々の豊かなコロニーの風景をこの目で見たいです」
信繁は柔らかな微笑みを浮かべた。
満天の清らかな星の光が 背後で静かに瞬いていた。
「クリス様なら必ずできるよ がんばりな。
『言霊』って言ってさ……
ジャパンでは発した言葉には魂が宿るっていう考え方があるのさ。
きっとーーーだから願いは叶うさ。
クリス様の願いは、たった今生まれた言葉の精霊達が助けてくれるさ」
「〜〜〜〜〜っっっ」
クリストファーはもう一度、キュッとハグをした。
ーーーーこの人は優しい。
このまま時が止まればいいのに。
バラバラバラバラーーーーー・・・・・・
クリストファー王太子を、救命救急設備が完備された大病院へと、急ぎ救急搬送するドクターヘリの小さなランプ
次第に遠く微かに漆黒の闇に溶けてゆく。
「……元気でな」
針先ほどのチカチカ瞬く微かな光が視界から完全に見えなくなるまでーーー
信繁は深い月の無い、暗い新月の夜空をじっと見送っていた。
「さてとーーーー
何時までそんなところに隠れてんですか? 」
深い夜ーーー信繁の様子が変わる。
声質がーーー急激にピリッと変化する。
すると闇そのものがフワリと動く。
黒ずくめの人物が突然現れた。
ヘリ尾翼のローターの影から、城主がおもむろに姿を表す。
「盗み聞きですか?
あまり褒められた事じゃないですね」
「ふ〜〜ん……よく言うわよ。
ずっとあなた達を目を光らせて、光学迷彩使ってピタリ護衛してきた上官に対して、ずいぶんなご挨拶ね〜!
ホントいい度胸じゃない?
ーーーっだってまぁ、貴方たちふたり
……とても邪魔できる雰囲気では無かったし?」
「余計なお世話です。
貴女が騎乗してきた、真面目で働き者の黒龍はどうされたんです?」
「ぁあ何処かその辺でーーー
のんびりトコナメの海を泳いでいますよ」
「後、海水でベタベタでしょ?
再び乗るの大変なんじゃないですか?」
「黒龍海好きだしね、頑張ったご褒美〜よ?
ーーーまぁ少し位は騎手も妥協して、優しいあの子を楽しませて上げないと可哀相だし……?
ホースで水をジャバジャバ掛けさせてもらう交渉してあるから、まぁ、大丈夫」
信繁もフッと笑う
「そうですね、いつだってそうでしたね。
で、ーーーうちの子龍は?」
「盛大にブツブツ言いつつ『実験機』、操縦して行きましたよ。
何で俺がこのジャジャ馬をーーーって、メンドクサイって。
相変わらず文句が多いわね」
「そうですねーーーだから信頼できるんです。
多角的な視点は大切ですから。
単一的すぎる視野狭窄は、予想外の思わぬ事故の元です」
「信頼は私もですよ。
彼はああ見えて〜意外な程、ズバリ本質を見抜く慧眼の持ち主です」
2人で暫く無言で暗い星空を見上げる。
「今日は月が出てないのね」
「ぇえまぁ漆黒の……新月の夜ですから……
こんな都会でも 天の川がハッキリ見えます。
我々がいる太陽系もーーー実は天の川の一部だなんて、俺が父から教えられた時は又ハッタリ〜
得意な担ぐホラをついてると思いましたが……」
信繁がぽつりと言う。
「これで・・・
貴女が了解した『たった1つの願い』
~甥が将来ジャパンに来たら守ってやってくれ~という、彼の伯父上の願い、無事履行できましたね」
「あぁそうだったわね」
城主は夜空を見上げ まるでついでのように呟いた。
しかしーーーわざとそうしているのが信繁には解った。
「ったく〜〜昔っから仕事が出来る男って
ーーー概して先の先まで読み切る策士だから本当にタチが悪いわ!
こちらは振り回されるばっかりでほんと大嫌いよ」
城主はあーいやだいやだとブツブツ文句を言う。
そんな素直で無い様子に、信繁は思わずプッと笑いそうになる。
本当は随分気にかけて居た収監者なのにーーー
でなければ、あんなに丁寧な事を手間暇かけてする訳が無い。
『あそこまでされたら誰だって、彼女に心より感謝するさ』
信繁は心の中がポッと温かくなる。
自分の時もそうだった
だがーーーお互い大人なので、同調しこう言う事にする。
自分も結構素直じゃない
「そうですね」
「でもまさかねぇ〜
あんな何100光年も離れた遠いコロニーから巨額の経費と時間を投入。
遙々ジャパンに計2度も来るなんて酔狂な事、私も流石に考えてもみなかったわ
も〜〜〜〜〜”ワープ航法”ってどうなの!って〜、毎回思うわよっ!
やられたわ~〜〜〜!
うっかり騙されて無茶なお願い受けちゃったじゃない?!
反則よ反則!!」
「収監中の、あの〜とぼけた狸親父殿、古代日本の特殊部隊~
”しのぶもの”……
ーーーいえ、ニンジャの大ファンだったそうで」
城主は脱力した様に微笑む。
「ふーん、いいこと聞いちゃった〜!
ーーー思いっきり嫌がらせに、伊賀甲賀忍者に襲われる立体映像のど真ん中に移植転送してあげようかしら?
鎖鎌や手裏剣でヒイヒイ言えばいいのよ!」
ふふんと不敵に笑う。
「そんなの大喜びで『罰』にはならないのでは?
クリス様は子どもの頃、彼が王宮の自室地下の隠し部屋にコッソリためていた古~いコレクション見つけたそうです。
何度も繰り返してーーー見ておられて。
超お宝2次元の伝説の忍者のアニメーション、視聴していらしたらしいですよ?
色々沢山決め台詞を覚えて、ごっこ遊びしてたとか」
「……よく再生機器があったわね」
「俺はそこまでは聞いてませんが。
お妃様や親友ウィンストンと3人で、ジョキジョキ高価な天然素材のシーツ切って模様描いて。
ビョンビョン国宝級ベッドの上で忍術ゴッコして、教育係にとっ捕まってすんごく怒られたそうです」
「やるわねぇ〜〜〜!」
信繁は想像して楽しげにくっくっくっと笑う。
「でも大層楽しかったと言ってました。
お世話教育係の人、任期中、毎日胃に穴が開きそうで大変だったでしょうけどね」
彼は目を綻ばせ嬉しげに話す。
「スミレ色の目をした、小さな銀髪の忍者さんか~…
それは物凄く可愛かったでしょう!、子どもらしくて、いい話じゃないの?」
城主も想像し、信繁と同じ様子でクスクスと笑う
シンクロし、笑い声が重なった。
『いい顔だわ……!』
城主はさり気なく隣の背の高い男を観察する。
コッソリ胸元の隠しカメラで動画の盗み撮りをして、病院のクスンクスン別れを寂しがるクリストファー王太子に『お届けして』
是非ーーーー……見せてあげたい表情だと思った。
信繁はそれ程邪の無い、蕩ける笑みを今夜浮かべていた。
『あの男の子がーーー
こんな表情を浮かべるようになるとはね……』
口には出さなかったが、事情があり城主はとても嬉しかった。
晴れやかで楽しげで、くるくるかわる実に気持ちの良い笑顔
あの王太子殿下が無意識に、ともすると自分の過去の世界に浸りがちな信繁から、久しぶりに……
この豊かな甘い表情を引き出したのだ。
『彼ってお手柄じゃないの』と心の中で呟く
『信繁は、私との最初の出会いを覚えているかしらね?』
彼女の口元に自嘲気味の苦い笑いが浮かんだ。
『まぁ… 覚えているはず無いーーーか……』
信繁は痛ましい口に出すのもはばかれるほど、悲しい厳しい壮絶な時間を送ってきた事ーーーを、様々な関係者から自ら直接聞いて知っていた。
ある〜城主が他者に絶対言えない個人的秘密から……!
なんとか再起における手助けがしたいと、正式に申し出があり心がざわめいた。
初めて道場でーーーーー……
まだ高校生の彼と出会った時の事は今でも鮮明に記憶している
ーーー衝撃だった。
背も既に高く、雰囲気は特に今と変わらない。
……がしかし、瞳の奥のいいしれぬ荒んだ暗い光。
ーーーあり得ない程の仄暗さに驚きを隠せなかった
『なんなの この子?!……』
で〜
ついつい痛いところを突く皮肉を、いつもの癖で言ってしまった。
と……!
信繁の完璧に取り繕った対外的微笑みが剥がれた。
一瞬「エッ?!」と言う信繁の驚きの表情と共に素顔が〜
密やかに内面に隠し持つ本心、本当の激しい怒りと憎しみが見えた。
あれからーーー随分長い年月が経った。
取り巻く環境と新しい信頼できる仲間、彼を心より慕う部下達、激変した環境。
それでもーーー消えて無くならないのだ。
瞳の奥の〜荒んだ冷たい暗い光は……
今現在でも時折、心の中に根付いて巣くっているのをヒヤリと感じる時がある。
凶悪な仄暗さより、少しでも気が紛れると嬉しいと願って来た。
しかしそんな幸運は〜滅多に巡っては来なかった。
だからこその余計に、今夜の事は貴重な素晴らしい奇跡の瞬間だ。
悲しみから逃れる様に危険な仕事へ没頭する彼だ。
まるでーーー
死に場所を探しているかに見える時がある。
それではいけない
彼も生き抜かねばならない
クリストファー王太子殿下と同じ様に……!
信繁にこんな心休まる一時が訪れるなら幾らでも……
収監者の我が儘な願いぐらい、何とか私が多少の無理を押してでも叶えてあげてもいいかなと思うのだ。
ーーーー星が流れる。
信繁は急に話題を変える
「うが~今度こそは絶対に、『危険手当』や『残業代』払えませんっって経理のおばちゃんから文句言われるぜぇ」
信繁は頭をかきながら、あははははと屈託無く笑う。
城主は彼の持つ最大の長所ーーー
何処までも楽天家にみせる「演技」が気に入っている。
倒れても倒れても起き上がる、不屈の闘志と優しさと精神力の強さを。
ーーーそれでいて自室に帰ったら、誰にも気がつかれないようコッソリたった1人泣くのだきっと。
彼本当の魅力、その融通のきかぬ不器用さも好ましかった。
「そうですねーその時はおばちゃんに、一緒に怒られてあげますよ」
彼女は真面目な顔で言った。
「ところで〜国内のどこの星空が最も素晴らしいと思う?信繁は」
「ーーーいきなりですね
職場の次元付近は除いて〜、ですか?」
「そう。
ヘリから見た富士の夜空で無いところで」
「うーーーん〜……」
信繁は、少し首を傾げ悩んだが、直ぐにハッキリとした答えが返ってきたのには実は彼女も驚いた。
「千畳敷カールですね」
「あぁ・・・中央アルプスの?」
「あくまで俺の主観ですがーーーー
父と小学生の時、些細なことが切っ掛けで大喧嘩して。
子ども部屋の樹脂製衣装ケース、力一杯ガンガン投げ飛ばして襖を叩き壊して。
〜ていっても、偶々中身が空っぽだから出来たんですが。
結果、壁までジャリジャリにガーッと傷をつけて破壊したことがあったんです。
和室でしたので、砂壁だったからそうなりました。
ひと月ほどブンむくれてーーーー
見かねた母が、二人分装備を整え何も言わず俺を山に連れ出してくれました。
ロープウェイで上がり、午前1時頃ホテルを出発、木曽駒山頂まで登りました。
本当に天宮が動くんですーーー
あの晩は 本当に怖いほどの星空でした」
「それは凄いわね」
思わずクスッと情景を思い浮かべて笑みがこぼれた。
「嬉しそうですね」
「そう?」
「ええ」
信繁は再び 楽しげにクスクスと笑った。
この暗い空、ほのかに瞬く星々の光
何光年も 〜何百年もの果てしない過去
全てが遙か昔、想像もつかない太古の昔に宇宙に放たれた一筋の光だ。
時々過ぎ去った過去をこっそり未来から覗き見している不思議な気分に襲われる
今日起こった、重くやり切れない苦しい現実がいつかーーー
いつの日にか
この天上一杯にちりばめられた、銀の星砂に勝るとも劣らない、美しく汚れなき光へと変成しますように。
信繁の人への思いやりが
未来につながる清らかな瞬きになります様に……




