帰国と別れ
バラバラバラーーーー……
「随分集合してるな」
信繁の操縦する偽装災害用小型ヘリは、無事、日がとっぷり落ちた地方都市にあるトコナメ沖、宇宙空港上空に到着した。
ネオ宇宙空港の閉鎖された滑走路には既に、ハイパーレスキューの隊員が大勢控えており、紅い点滅する赤色灯が 夜間の悠か上空からでも多数楽々、確認出来て見えた程だった。
信繁の完璧な操作で、エネルギーを多量に使うホバリングすら改めてする事なく滑らかで、氷の上を滑る様にピタリと目的地点に降下する。
これぞお手本の様な素晴らしい、機の落下地点を素早く計算した、燃料的にも航空力学的にも全く無理のない動き。
搭乗者の身体にも決して負担のかからない極めて優れた技術である。
当然クリストファーの既に限界に来ている身体の状態を気遣っての操作だった。
「クリス様 到着だ」
「・・・・・・・・・・・・」
『無事着いたんだーーーー
僕はーーーーー助かったんだ!!』
だが〜今のクリストファーの体は襲撃者との空中戦や、度重なる精神的ショック等々で疲労困憊、ボロボロ、足も声も震えるようにいうことを聞かない。
ガッチガチに固まった硬直状態で、どうにもならない。
万全な警備状態の、安全な地方都市宇宙空港に到着したと判っていてもーーー
災害用ヘリのシートから、膝ががくがくとして中々立ち上がれなかった。
大きく息を深呼吸、気持ちを整える。
ふぅーーーー
『何とかーーーもう大丈夫かな??』
「無理しないで下さい、手を貸しましょうか?」
「いいです、何とか1人で降りられます」
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
隣から心配そうに、ヘルメットや細かいヘッドセット類を外し尋ねる信繁に、どうにかこうにか、やせ我慢して決死の思いで微笑みを返す。
震える体をおして、ヘリ機内から降りようとする。
だがしかし、固まりもつれた足は体重を支えられずに力が入らず、よろけてバランスを崩しグラッと……!
膝から、舗装された滑走路に崩れ落ちそうになった。
「きゃ」
「おっと!」
ガクンと……! 顔から滑走路舗装路面に倒れ込む寸前。
震える様子から予想して、機体反対側に素早く回り込んでいた信繁によって、危なげなくふわりと抱きかかえられた。
こうして無事、危機は回避された。
「ホラ言わんこっちゃない、だが良かった」
「……ごめんなさい」
「今後ちゃんとごはんを食べる事!!」
「……はい」
「だいたい彼方は軽すぎます!」
「はい」
信繁の口調こそキツめだが、本気の怒気ではない証拠に彼は茶色がかった瞳でクスクス小さく笑う。
クリストファーはーーーああなんて贅沢な体験なんだと思った。
その後無事に手触りの良い毛布にくるまれ、ここちのよい無重力ストレッチャーに乗せられると……
「ここまで来て、”怪我”は無いでしょう?
……あんまり無茶しないで下さい
駄目ですよ?! クリス様」
顔を近づけ眉間に皺を寄せた信繁に、ブツブツと小言を言われた
・・・・・・けれど何だか嬉しくて、こそばゆかった。
「心配した?!」
「当たり前です」
むーーっと、まるでリスみたく頬を膨らませた信繁は、なんとも言えず非常に可愛いい。
『とてもあのーーーー
驚異のヘリ空中戦をさっき華麗に繰り広げた天才パイロットとは思えないなぁ』
クリストファーの方も、信繁の天と地ほどあるギャップにクスクス笑う。
凄く楽しいーーー!
自分だけがコッソリ知る秘密なのかも〜〜と思うとホントに嬉しくて堪らない!
強く頼もしい、優しい兄のような信繁。
クリストファーは今まで父親がーーーどうしてあれほど兄君である伯父上の事を慕うのか?
その拘りが、どうも今ひとつピンとこなかった。
単純に「兄弟」という体験が無いせいなのか、何度考えても皮膚感覚的に理解できなかったのだ。
それが、父親の心の痛みと喪失感が今初めて、今回の経験を通じてわかった気がした。
ーーーー目が覚める思いだった。
クリストファーは「信繁」を考えるーーーー
そっと、辛い事柄の判断をする。
目の奥が緩む。
『絶対にーーーー彼はここに、いるべき人だ。
おいそれと簡単に、自分の我が儘で、孤独を見つめるのが嫌さに〜
ーーーただそれだけの理由で
〜自分と一緒にコロニーに来てくれとは言えない』
ギュッと、今にも心が張り裂けて潰れそうだった。
彼には解っていた。
この先は自分で〜自力で闘わなければならない事を。
あのーーーー圧倒的不利な状況で。
力の限り、知恵を巡らせ、襲いくる暴漢から自分を守ってくれた信繁と城主のように……!
逃げてはダメだ。
自分がこの手この足で戦わなくてはいけない。
「あのぅ……!」
医療用に特化したドクターヘリ内部に、中空に浮遊するストレッチャーがキュッと乗せられ吸い込まれる寸前。
〜勇気を振り絞り、彼はすがる様に紫色の瞳で救急隊員を見つめた
「無理を言って済みませんが、一寸だけ、彼と2人にしてくださいませんか?」
「?」
チラッとクリストファー王太子が見た視線の先には信繁がいた。
夜目にも凜々しく、自分でもつい見とれる雰囲気のパイロットスーツの男性。
「御友人ですか?」
「最高の私の友達です。
彼に命を……助けて貰いました」
「そうですか」
さっと様子を察した隊長格の女性が、腕のシリコンバンドの時計を見る。
高速で頭の中を様々な事が駆け巡る。
『そうね……若い彼らが。
もう今と同じようなフラットな友人の立場で会う事はないだろうな……』
あの到着時の見事すぎる回転翼機の技量と、到着時の対応から察するに。
彼はきっとただのヘリパイではなく殿下付き、ジャパン政府直々に任命の特別護衛官だ。
成る程……!
万難を排し彼がこの方を、ここまで命がけで御守りして来たのだろう。
だが物理的な惑星間の距離もそうだがーーーー
今後生きる立場が、際立って華やかな世界を行き来する王族と、厳格な任務を遂行する堅実なジャパン公務員では違いすぎる。
『彼等はもうこれで生涯、2度と会えないのだから……』
「……では5分だけですよ。
それ以上は、残念ながら認められません。
ご理解下さい」
「ありがとうございますーーーー」
クリストファーの頬を、キラリ一筋の涙がつたった。
ストレッチャーの中から澄んだ夜空を見上げるとーーーほんの一瞬!!
涙に曇る眼に、サーーーッと一筋の流星が目に映った。
あれ程あった雲は、いつの間にか綺麗に何処かに流れて行ってしまっている。
雲の晴れた濃紺の天球にーーー
夜空一杯!
キラキラ輝く素晴らしい星々。
目の前に銀の砂をパァッとまき散らしたかに美しく、今にも降るかのように広がっていた
『……!』
綺麗……
こんなに透き通った感動的な星空を、今まで絶対に見た事が無いと思った。
「俺はここまでだ」
隊長格の女性から、「来い」と目配せで呼び寄せられた信繁はポツンと言う。
「やっぱりーーー病院には一緒に行ってくれないんですね?」
「あぁ……残念だが、ここでクリス様とはお別れだ。
『城』は、一応極秘施設だからな。
今のフル装備の格好も格好だがーーーーー
コイツを脱げばいいってもんじゃない。
一職員である俺を通して、盗撮や防犯カメラ映像で施設の存在の証拠が残ってしまってはマズイ」
「いつか必ずこのお礼をしたいです。
ーーー僕の事を忘れないで」
溢れ落ちる涙が、さっきからポロポロ止まらない。
『信繁とのーーー大切な兄弟みたいに感じられる繋がりが
こんな……
掛け替えのない愛する人々が大勢亡くなる悲惨な悲劇の中から生まれるなんて
本当に、どこかにいる筈の神様は悪趣味だ』
「いっとくけど、クリス様は全然一人では無いぜ?」
「?」
じゃらりと賑やかな音を鳴らし、信繁は自身の身につけていたブレスレットを左手首から外すと、今度は彼の左腕に通した。
宝玉の美しい石の連なりは、パチンと涼やかに音を立てて収まる。
「あ~ーーーやっぱり腕細いわ~っ。
白くてすべすべの手首には重いわ、これ」
「〜〜〜だめですって!! こんな大切なもの!
僕はいただけません!! 」
クリストファーは慌てて、ヒィイイと悲鳴のような声を上げた。
すると信繁は ふう~と溜息をつきながら、暗い夜空を見上げる
「何が起きても俺は俺だ」
ゆったり滑らかで、優雅振る舞いで腰をかがめる。
「メエメエ泣くなよ。怖い狼がくっちまうぞ?」
戯けて、ガオーッと狼の声色をする。
「折角の、神様から戴いた素晴らしく綺麗な顔が台無しだろ?」
「でもっ!!
『本能に従え』ーーーーーって……
……泣けって言ったのはあなたですよ!」
「ははは、それはそうだったなぁ」
「これは一本やられたなぁ~」と、信繁はニヤニヤ笑う。
まるでチェシャ猫みたいなユーモラスな表情!、信繁はそのまま言葉を続ける。
「俺には最強の守護神がついている、だから、必ずなんとかなるさ」
整った唇の左端を、小粋にちょっと上げて微笑む。
「そいつが無くたって全然かわらないよ、俺は。
ーーーーだからクリス様は心配するな」
すっかりもつれた銀の髪を手櫛で、ゆっくりと長い指で丁寧に梳く。
「じゃあ元気でなーーーークリス様!!」
「……今まで有り難うございました」
クリストファーは両腕を伸ばすと、ぎゅっと精一杯の力でハグをした。
『??……何だろう?』
信繁から 不意にほのかに優しい甘い香りがした。
『ティーのベルガモット?ーーーーいや違う……
懐かしく切ない柑橘系。
留学中、初夏にあちこちの住宅街の庭先から香って来た、ジャパン名産の大きな果実の〜蜜柑の白い花の香りだ!
ええと、あの金色の果実の品種を、何と言ったっけーーー??
アールグレイの爽やかな香気と、香料ネロリとは少し違う、ジャパン柑橘の花の香り。
明るい彼の雰囲気に両方とてもよく似合っている。
ーーーやっぱり金色に輝く夏の陽光が相応しい人だ』
大泣きするクリストファーの涙で、信繁のしなやかで柔らかな髪がベタベタに湿ってしまったのだが。
彼はちょっと笑ったが、何も言わなかった。




