美味しいお茶、アールグレイ
「ティーをごちそうさまです」
「そんな使い古しの俺の水筒付属のカップでは無くて、クリス様?
綺麗な新品の紙コップでなくて良いんですか?」
「別にこれで構いません」
遙かな上空ーーーーー
空気が乾燥しており、寒くーーーかなり冷えたのだ。
で先程、ガタガタ震える寒そうな王太子に気をつかった信繁は、こう言ってクリストファーに勧めたのである。
「体が温まります、お飲みになりませんか?」と。
で……彼が自分用に調整しヘリ機内に持ち込んでいた水筒ホットドリンクをこうして少し貰って飲んでいた。
「美味しい……」
「それはどうも」
それは”温かなティー”で、少しスモーキーなパンチの効いたアールグレイの甘いミルクティー。
ほんのり微かに混じるベルガモットの、柑橘系の香りが爽やかだ。
「コーヒーは飲まないんですか?」
「俺は昔っからティーの方ですね。
ーーー両親が登山が趣味で、といってもあれが趣味の範疇に入るかは疑問ですが
南極点北極点と『7大陸最高峰』制覇〜そんな所まで物好きにも行った”エクスプローラーズグランドスラム”
探検家グランドスラム達成の過激な人達だったんで、で、冒険家の彼らが、ティー派だったんですよ。
だから息子の俺は自然とそうなって、地球の世界の有名高山が、ティー名産地だからでしょうか?
同僚に『可愛いの飲んでるな』って冷やかされますよ?
奴はどうも根っからのコーヒー党なので……!」
「ふぅん……」
へぇ〜……そうなんだぁーー……〜僕いいこと聞いちゃったかもっ!
その「奴」って多分きっとあの派手なシリュウって人の事だろうと、フッフッフッと思わず笑いがこみ上げてきた。
クリスの頬に微笑みが浮かぶ
そう現在、自分が使わせて貰っているカップは信繁の愛用の品。
”話の流れ”から、多分そのコーヒー好きである『同僚』とやらは使ってはいない
『自分だけだもんねっっ!』
フフーーンと、こういうのは、自分が格別の”特別”ーーー!
特別扱いされている様に思えて矢っ張り嬉しい!!
より信繁に近づいた気分が味わえるじゃないかと、クスクスクスッと思わず明るい笑い声が口から漏れる。
「?……」
そんなクリストファーを信繁は不思議そうに隣から眺めた。
ヘリはバラバラと樹海上空、夕闇の迫る幻想的な大自然の中を何事もなく飛行している。
『だけど残念かも……』
何故ならば、こんな時で無ければ、心を溶かす素晴らしい景色を堪能したかも知れないからだ。
クリストファーはシュンと寂しくそう感じた。
信繁はチラッと見て……どうも緊張が多少解れたと見てガイド的にこんな話をし始める。
「フジ樹海は ……さ、元々は生物なんか住めない土地だったんだ。
だって地表は何せ、火山の噴火で形成された大地だし、土壌の粒子が荒く突き抜けるから大雨の時以外は川もない。
ご存じだとは思いますが山は幾つもの”ピーク”……火山口が上に上にと複数被さって今の高さになった。
それを富士山の真っ黒な冷え切って固い溶岩流の上に、微生物達がほんの僅かな分解で薄く徐々に環境を変化させて『土』を造って積もらせていった所な訳だ。
しかしどうしてそんな事が可能だったかというと、1つはスルガ湾からの朝夕に起きる現象の為だ。
気温差で水蒸気が海面からユラユラ登ってきて、山の裾野、ぶつかり先を舐めるように包むんだ。
今でも天気によっては”ガス帯”と言ってーーー
朦朧とした霧が人気の無い山林や山道を覆い尽くすんで、何にも知らずに行くと恐怖ですよ?
ファンタジー物語の異世界に引きづりこまれそうで、精神的に来るんです。
今にも異形の魔物達が深い、薄暗いスモークの中から出て来て襲って来そうで」
「……こわいですね」
「まぁね、人の滅多に歩かない、いにしえの修験者しか登らなかったと言われる古道〜登山道はビッシリ苔むして見渡す限り途轍もない神秘的なグリーンです。
でも時よりーーー
そんな中をうっそうと霞む霧に透かして突如差し込む木漏れ日の光が差し込む様は、ホント何とも言えず神々しいんですよ。
偶々遭遇すると、どうして富士があんなにも修験道が盛んになったのか?
敬虔に敬う気持ちを抱いた先人達の気持ちが、時を超えてわかる気がします。
まぁそんな感じで、過酷な生存環境で、植物達が必死に生きようとそりゃもぅ頑張っている極めて特殊で珍しい美しい場所なんだ
正に原始の森ーーー!
俺の知る限りうんとココからジャパン南方の、屋久島。
1年を通して降水確率がべらぼうな、半端ない量の雨が降る原生林の中みたいですよ?
あれ程苔の生育が見事で豊で美しいのはーーーね。
でーーー俺は思うんです。
地球の原始の森って何処も最初はさ、そんな風だったんじゃないかな……って」
バリバリバリバリバリバリーーーー!
避けられない事とは言え、ノイズキャンセラー機能を発動させても結構な大きな音がヘリ機内でやはりーーーする。
「聞こえるか ?」 声を張り信繁は言った
クリストファーは「ええ! 」和かに大きな声で答えた
案外上空は思っていたより声が通ると感じた。
「で……その微かな『土』にさ、何処からか風や水で『種』が飛んできて
まずはーーー”そいつら”の成長後の抜け殻。
地表に生えている植物の落ち葉や枯れた奴が秋や冬になって、ズンズン堆積。
それを微生物が『ご馳走を有り難くいただきます〜!』
……ムシャムシャモリモリ食べることにより再び分解し、柔らかい状態変化させ水と空気、あと微生物の排泄物等々……
内部にタップリ含んだ『腐葉土』に変化させる。
言うまでもなく植物にとってコイツは栄養満点だ。
でーーー冷えて積もった溶岩流のボロボロに砕け散ったものを。
腐葉土と共にゆっくりと優しく、風や水や木々の根が滑らかに、長い時間かき混ぜてゆく。
ーーーそれでやっと地表を覆う表土になる
なあ?〜果てしない途方も無い自然界のサイクルだろ?
今の、この話をしてくれたのは実は『城主』なんだ」
「えええっっ!」
クリストファーが驚いて思わず大きな声を上げると、信繁はコクッと頷き真顔の神妙な顔をする。
「彼女の恩師である博士号を持つ某教授が、この地に『城』を作ろうと、かつて提案をしたのだそうだ。
最初から現地調査にね 彼女ーーー
創設研究メンバー1人として教授に付き添い参加したんだ。
どうしてーーーーこの荒ぶる原始的な地の高次元を、あえて建設空間に選んだのか?
疑問に思いフィールドワーク中に博士に尋ねたのだそうだ。
すると彼はこう答えた。
『大地の前に敬虔であるべき。我々も自然の一部なんだよ。
科学を高度に果てしなく進化させ、仮にどれ程高慢に人が驕り高ぶったとしても
ーーーその存在はいつかは皆、土へと帰って行く。
そして……全てを礎にして また新たな生命のサイクルが生まれていく。
大きな輪廻の輪だ。
”死”ですら巨大な無限の理の中の1つに過ぎない。
この世界に生きとし生けるものは、もれなく
その無限の繋がりの繰り返しの中の一端なのだよ』
ーーーーそう言っていたらしい。
スゲカッコいいだろ?そんなこと言われたらさ」
「是非〜その先生に僕も会って講義を受けてみたかったです」
「偉大なる教えを受けた先達の教授……
聞くところによれば、博士はもう随分前に老衰で天寿を全うされたらしい。
俺も実はその博士には会ったことは無い。
でも城主はーーー
今でもその恩師がしたためた著作書物を心より大切にしている。
びっくりだぜ今時、紙の本だぜ?
しかも装丁は驚く事に手のかかる丁寧な布張りなんだ。
何か思い悩んでいる時、1人で静かに読んでいる姿を度々見かける。
ーーーそんな時は皆声をかけられない」
「……」
クリストファーは眼下に広がる樹海を見下ろす。
少しシンミリした
そうだ……誰もが心の中に、忘れられない大切な人を持っている。
憧れの人の心を掌で温める様に、僅かずつ理想に向かって歩んでいく。
少しでもよりよき時代が訪れるように願いながら……
遠くにスルガ湾がキラリと光って見えた。
「っぉ……!」
くぐもった息と共に、不意にガクッと信繁の手元が激しく動き、ピン!と急激にヘリ内部の空気が一気に張り詰める。
「〜どうやら…… ”お客さんがいらっしゃった”
『来る』ぞ!!! クリス様!」
ーーーーー信繁の声色が違う。
ガラリと雰囲気が変化する
『本気で闘争する、命がけで戦う男の貌だ!!』
クリストファーも体に力を込めて身構える




