闇落ちからの改心 ②
その時ーーー……
本部道場の奥〜
事務所から転がるように、数人の先生方が顔を青くして飛び出して来たんだ。
ーーーお忙しいから普段全員は居ないのに。
その日に限って何で揃って居たのかーーーー
何で俺に厳命したのか?
その段になって漸く俺は悟った
全ては彼女に俺を会わせる為だったんだよな。
『ようこそ……!
こんな遠い所まで 本当に良くお越し下さいました。
首を長くして、貴女にお会いできる今日の日を!
一同皆、先生をお待ち申しておりました!』
『久しぶりね』
彼女はニコッと笑った。
俺は驚いた
『なんで皆ーーー 敬語なんだ??』
先生方は、本当に技量も気持ちも強く、国防や警察関係〜
つまり漏れなく、本職なんだよ。
選抜の上に選抜で、その上で更にふるいにかけられ、やっとなれるレンジャー隊員なんかもいた。
つまりはその辺をいきがって、肩をそびやかしてテッペン取ろうとオラオラ練り歩いている奴らとは全然全く、格そのものが違う男達だった。
実力そのものが どっちを向いても桁違いなメンツで。
全支部の誰しもが一目置く強者揃いの”実力派揃い”の、超カリスマ的な人物ばかりだったからだ。
『この子でしょ?』
『そうです、宜しくお願い致します』
『すぐにわかったわ』
城主が俺の所に来たのは 偶然じゃ無い
俺が自分達には病みきって手に負えなくなったと、指導員の方々が全員で相談して……
道場に無理を言って来て戴いたんだと後から聞いた。
『なんなんですか? あの人?
大体一体、幾つなんですか??おかしいでしょ?!』
『あぁーーーあの人は特異体質だからね?
何歳なのか自分達も知らないよ?
ドーでも良いだろ? べらぼうに猛者だし凄いカワイイ美人さんだし。
細かい事なんか気にしない気にしない!
信繁ぇ〜お前大体細かいぞ?!
そんな事言ってたら立派な社会人になれないぞ?!』
はあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ??
先輩方はーーー終始そんな調子で、全くその事に対して動じていなかったが、俺は驚いた。
『ふざけんなよ。舐めるな!』ってね!
道場全員の、皆の見ている注目前で、遠慮無くフルコンタクトで勝負をした。
俺は当時3年連続の某武道の現役学生チャンピオンで、タイトルホルダーに相応しいテクニックとスタミナと両方共強烈な自信があった。
誰かに負けるだなんて有り得ないし考えられない。
……大体そんな事、信じられん。
だから生意気な輩を
ーーーちょっとからかってやろうと!
そう思っての実に舐めきった1戦だった」
「それでその後、どうなったの?」
クリストファーは思わず息を吞んだ
さっきあった”あの人”と……信繁とのバトルが
一体全体どうなったんだろうか?
樹海で初めて出会った時の、あの独特で異様な神がかった神秘的な雰囲気を纏わり付かせたレディが。
ーーー直接対決が、ただで終わるはずが無い。
おそらく本気で双方激突したんだろう、きっとそうだ!!
っとーーー信繁は突如急に表情を崩した。
”にやぁ”と〜!
まるで不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたく変な顔で笑ったのだ。
満面の笑みの信繁は彼にこう言った。
「とっころがさぁあ〜〜〜!
そりゃあもう〜〜コテンパンに。
しかも寸止めで無く、おっそろしい事にフルコンタクトでやったあげく、だな?
ーーーー俺の方が、完膚無きまでに、ボッコボコに伸されたのさ〜」
「え?」
「ゥン 手合わせが終わった時。
彼方さんは、来たままの涼やかなお姿で、先生方ーーーー
ズラッと全員最敬礼の中、何事も無かったかのようにお帰りになったよ?
俺は次の日、全く起き上がれず全身痣だらけで死にそうでさ、肉体疲労で身動き取れずってのにな!
俺は叔母との『約束の為に』
行くだけは、一応、顔見せ程度にハイスクールに登校してたんだよ。
ーーー但し昼過ぎからな。
でもその日は”初めて”……
全日欠席の連絡を、自分から学校担任に入れたんだ。
だからよく覚えているよ。
……嘘で無く、本当にどうにもならなかったから丸1日、学校を休んだ。
『どうしたの?』って女性担任から『理由』を聞かれたからーーー…
まぁ当然だよな、ビックリしたんだろう。
ーーー俺からは初めてだったから。
あんまり心配そうだったから、しょうが無いから〜
『試合に負けました』って短く言ってオープン通話を切った。
その日1日どうも学校中、騒然としてたらしい。
ーーーー深くは知らないがな……
兎に角 丸一日、体中痛くて……本気で痛くてさ。
ぬるくしたり温かくしたりの風呂の中から〜
あぁコレはこうした時の対処法ーーー治療法の1種なんだけどな?
ホント情けないが〜全く出られなかったよ
滅茶苦茶格好悪いだろ?
食欲も湧かず
でもさりとて食わんとスタミナ切れになるから
湯船の中でダラダラ、キンキンに冷やした保冷剤入りバッグの中にガッと突っ込んだ個別包装のバターとチーズをチビチビ食って。
油そのものを食ったから、即脂肪ってワケじゃ無い。
逆に過剰に分泌される胃酸から内臓を守るからな、たまにはいい手だ。
腹持ちだって良いし、変な間食を防げる。
個包装8g1個で、大体60キロカロリー。
俺だと当時活動量が滅茶苦茶に大きいから3,100カロリーは取れって言われてた
だがまぁ、動かない訳だから2,500程度で充分だ。
良質なタンパクと熱量で三食食って1食830キロカロリーだ。
でもサ……
湯の中で周囲から押される水圧がある
食うとゴツゴツするから固形物は取りたくない
で……腹に堪らずでも高カロリー食って言うとズバリ『コレ』なのさ。
1〜2コでもう満腹だ。
ソモソモ〜そんなに食えるもんじゃ無いし手も汚れない、場所も散らからずゴミも少ない。
ーーー圧倒的に片付けが楽。
とにもかくにもそんな、後、”脱水症状”を防ぐ水分補給のスポーツドリンクをだらしなく飲みつつ。
バスタブの中でドボンとひっくり返った〜
馬鹿で爛れた無様すぎの1日がユックリ過ぎて俺も色々考えた。
〜どうにもこうにも
何戦やっても、俺は全然歯が立たず勝てなかったんだよなぁ
身重差もウエイトも、彼女は全く意に介しなかった。
全くーーーどういう奴か!!と思ったよ。
俺の自惚れきった、山よりも高いプライドがトコトンぺしゃんこになって、流石に目が覚めた」
「あんな華奢な女の人がそんなに強いんですか?」
”うわ~っ”と思わず声が出た。
クリストファーの口が大きく開く顔が余程おかしかったのか、信繁はハハハと声を出して笑う。
「ぇっと……『指導員』の先生って……!
先生の先生って事ですよね?
ーーーあんなに華奢で……
細くって、なのに嘘みたいですっっ!」
クリストファーは更に目を丸くして意気込んで言った
興奮が収まらない。
それって本当なんだろうか?
嘘じゃ無いの?
だが信繁は平然と彼にこう返したのだ。
「あの人はーー動きの先を見るセンスが凄いんだよ?
初対戦した時魔法の様に……何でか技が 殆どかからなかった。
どれもこれもスルッと蝶の様にすり抜けた。
おまけに『速い』ーーー動作が見えないんだよ
自分の目が信じられなかった。
俺だって決して攻守の繰り出しが遅くは無い方だ。
そう〜あの時まで思ってた、彼女に会うまでな。
だがーーー……全く異次元の強さだったよ」
「ーーー」
「人は見かけによらない、そういう事っ!
必ず ”上には上が居る”
彼女に全く歯が立たなかった自惚れ屋のガキ臭い俺は、あの日の手合わせでそれを思い知ったさ。
あぁ……関わった人たちが、自分を見返り無しで行く末を心配して、リスクをものともせずに。
ーーー死にものぐるいで支えてくれたから、今現在の俺があるんだよ」
信繁は茶色の目で、悪戯っぽくクスクスと思い出し笑いをする。
「ーーー全くよくもまあ〜あの場で即破門されなかったよ〜
俺に言わせれば、先生方は皆激甘い」
尚も喉の奥でクックと軽やかに楽しげに笑った
「俺だったら絶対そうするよ!」
ーーークリストファーは、この人は幸せそうに笑っている時の方が断然いいな~
何て善き人なんだろうかーーと、妙に変にドギマギした。
それによくもまぁ立ち直れたものだと感動する。
余程の強い精神力でなければ不可能なのでは?とただただ尊敬する。
「だからーーーなんですね?
お家を継がないって決めたのは?」
「ぁあ。
その後ーーー大学の進路を丸ごと変更した。
会社経営に関係する学部をずっと目指していたからな。
『城主』の下で、身の程知らずにも働きたいと思ったからーーー
それでは残念だが、せっかく学んだスキルが役に立たない。
勿体ないと皆に言われたが、未練は無かった。
人生何でも 潔い思い切りが大切だ。
国家試験に受かる為にとにかく勉強し、戦闘に必要な技能や資格は取れるだけ取った。
難しいヘリの資格も、大学時代 ネオアメリカに短期留学して取得した。
国防か警察か?
俺はーーー属する組織に警察の方を選択した。
部員と指導員の先生方、信じて下さった警察の方には今でも感謝しか無い。
事件後も……
やさぐれた愛想の無い俺を根気よく訪ねてくれ、なにくれとなくーーー
心配して世話を焼き、全力で支えて下さった方々と俺も同じ…
真面目に誰かを助ける道や
ーーー今度こそ確実に守る事が出来る進路に進もうと思った。
家業は大伯母夫婦に譲渡した。
元々あの人は公正で強い人だ。
真面目で……信頼に堪えうる立派な女性だ。
自分よりもずっと良い、俺がポシャった以上、直ぐにでも対外的に優秀な後継の準備がいった。
でないと善良な社員が即生活に困るからな。
ーーー……企業の血液と言える融資、バンクからの支援が得られなくなる。
企業家はそれだけは困るんだよ。
俺は……
家族同様だった社員の皆から、泣きながら引き留められた。
いつでもここに戻ってこいと言われた
大番頭夫妻には本気で怒られたよ
『何でそんな事をするんだ』
『我々を見捨てるのか』…ってな
ーーーだが俺はもうそのつもりは無い」
「……」
「親達の『保険金』もーーー従業員の為に、健康と体力を維持する福利厚生施設費に多くを使わせて貰った。
妹は”保険”に入れなかったが……
両親の学資的な積み立てがあったから、これを妹のかかりつけの小児科の先生との話し合いの元、適切な医療支援団体に全額寄付をした。
まああぁみえて破天荒な親たちも、生前ーーー
何だかんだで会社命だったから。
多分……草葉の陰で、でかしたって、アハアハ喜んでるんじゃないかな?」
「そうでーーーしょうか?」
「ん?」
「だってーーー
肝心な宝物だった彼方が、変節して自分達の後を継がないんでしょ?」
「……それについてだけは否定はしない。
だがーーーこれだけは言える。
俺はもうあの『幸せな空間』での後継者にはなれない。
〜事件前の『俺』には二度と戻れないからな。
あの屋敷を黒焦げに焼いた火炎は自分の心も燃やし尽くしてしまった。
……だから
闇に塗れた不肖の親不孝者として。
せめてそれ位の事を、従業員の為にしてから立ち去らないとなあ」
信繁の発した微かな語尾は、遅い時間のーーー
少し冷えてきた格納庫内の夕方の空気に吸い込まれて消えていった。
重い決断
真っ直ぐな想い
彼の……
明るい幸福な笑顔を見る為に誰だって何だってするだろう。
この人はとても魅力的な人
素敵な男性だ
そして輝ける光の中に……居るべき人
心の中でそう呟く
『僕には……
彼の事を一生懸命、”支えたくなった”人達の気持ちが、何だか凄く良くわかる』
クリストファーは心からそう思った




