フレイヤの愛しい人との再会 ④
「ーーーーー」
「立場が逆転致しましたね」
信繁は爽やかに、でも少し照れくさそうにフレイヤに告げる。
『信繁様は、記憶にあるよりも、ずっとーーー素敵になられているわ!』
ーーーただの見た目の華麗さ美しさだけでは無い。
本当に記憶にあるよりも更に精悍さがチリチリと肌感覚で鋭くなったというか、ずっと身に纏う迫力が倍増した、つまりは益々良い顔をしている気がする。
そうならざるを得ない程に厳しい仕事を、ここで会っていない時間に異常な数を経ているのだろう、生きるか死ぬかのとてつも無い激務だった事が偲ばれる。
つい、発する煌めきに圧倒されモジモジ俯いてしまいーーーどうしてだか言葉が出ない。
『あんなにーーー沢山、お喋りしたい事がいっぱいいっぱいあったはずなのに』
その時だったーーーー
「私の記憶にあるよりも ずっとお綺麗になられました」
信繁は急に ふいっと真っ直ぐ前だけを向き、フレイヤから視線をそらせてボソッと言葉を発するのだ。
「ーーーーそんな事は無いです。」
『これは夢ーーー私の妄想なの??』
予想外の急展開に心ここにあらず呆然としながらフレイヤは、訪れた時とはまるで違う心持ちで、謁見の広間続きの 控えの間を退出。
落ち着いた色彩の絨毯が敷き詰められた 長いムービングロードにはーーー自分達以外の姿は、誰も 誰1人、たまたま偶然なのか居ない。
この場は特殊システムで視覚的に通行者を楽しませる為、中からは外側のトール摩天楼などの素晴らしき景色を見学する事が出来るが、逆に外部からは暗殺防止の為に人物の熱反応込みで覗き込む、盗み見る事が出来ない。
〜では外側からからはムービングロードのチューブがどう見えるかと言えば、トール王城の美しさを引き立てる銀色のチューブ型リボンに見える筈である。
ーーー個人的な話をするには うってつけな場である。
「どうして制服が違うの?」
フレイヤは自分でも馬鹿な質問だと思ったが、信繁に聞かずにはいられない。
現在着用している礼装は、城で見慣れた制服とは 全然別の物だったからだ。
フレイヤは彼が着用していた、ピシリと よくプレスの効いた制服シャツ姿が大好きで、信繁の事を そっと心の中で思い出す時。
まどろむ幸せな夢の中で、ごく希に登場 ーーー微笑む彼と出会う時。
決まって彼はいつも、城 制服のシャツ姿だった。
「私は市街地に出るときはこの制服のーーー当然平時のバージョンですが、略式の姿なんです。
今回は礼装ですが、城 は極秘施設なので、施設で支給・配布される制服は〜職員皆、一切外には着て出られません。
ーーーまぁ流石にバトルスーツを 普段は着ませんですしね」
明るくおどけた感じを滲ませ、信繁はちょっと笑って見せる。
「私の場合 警察組織に『籍』ーーーーキャリア組としての階級はございます。
国家試験は合格しているので、まあ一応。
当然『ダミー』で、実務経験は其方の方には殆どありませんが」
「その制服も 凄く似合います!!」
フレイヤは真新しい制服が眩しすぎ、目のやり場に困りながらも何とか答える。
「事情があって私物は取りに行けず、急遽1セット 政府筋が用意したものなのでサイズが不安でしたが、何とか間に合いました。
フレイヤ妃殿下にそう褒めていただけると 私も着たかいがありました」
「どうしてーーーー私の時は武官としてーーーー
護衛官として私と共にトールに来て下さらなかったの??」
ーーーフレイヤの口から飛び出した言葉は、彼女自身も驚くようなキツイ言葉。
聞くなり信繁の表情が痛そうに歪む。
咄嗟に口をついた言葉。
予想外の責め。
しかしフレイヤにとって、これだけは 避けようにも避けられない疑問だった。
「どうしてなの!!」
そもそも彼女はーーーー信繁に、こんな「嫌み」を、立場的にも答えられない嫌らしい事を言うつもりはちっとも無かった。
「怒り」すら、彼にぶつける気だってなかった。
しかしーーーー現実は違い、次々溢れ出る脳が震えそうな憤懣。
〜会えただけでも 奇跡としか思えないのに?
どうして自分はーーーこうも気が強すぎて可愛げが無くて。
私を大切にしてくれるこの人にーーーー誰よりも好きな人に、いつも〜
いつだって、毎回、素直じゃ無いんだろうか?〜
わかってる、これは捻れた甘えだ。
最後の時、気持ちを拒絶された悔しさ。
それなのに〜
自分以外の女性の頼みを簡単に聞いてしまった、誰よりも愛しく憎たらしい人。
『どういうことなの?!』
ーーー激しい自己嫌悪と怒りと嫉妬の激しい渦の板挟みで、心がジリジリ燃え盛るかに焼かれるのだ。
「どうして?」
ーーーー『どうしてなの?!』 彼を糾弾する舌鋒が止められない。
地球からーーーー!!
遙か彼方のトールに来てくれた事が 誰よりも嬉しいのに!!
彼は悪くない、わかってるわ? そんな事は、それなのに!!
怒りと後悔。
ドロドロの、おびただしい負の感情の坩堝がおさまらない。
わき出す憤懣と嫉妬、逆に奔流を必死に押しとどめる良心による完全自己否定。
もうーーーー 何がなんだか訳がわからない。
心臓がつぶれて わっと泣き出して止めどもなくカッコ悪く涙が零れそうだ。
「ーーーーー」
「答えてよ!! ねぇ!!」
「それはーーー」 苦しげな、戸惑いを見せる愛しい人の声。
酷い罪悪感で、思わず視線を下げ 俯いてしまった。
『信繁様を傷つけてしまった』
悔し涙で滲む視界いっぱいに、敷き詰められたツヤツヤな絨毯の紅い色彩が皮肉な程に美しく広がる。
『えっっ??』
その時だった、一瞬、何が起こったかわからなかった。
ーーー急に強い力で全力で抱き締められたのだ。
耳の側で揺れながら囁く声、すべてが現実離れをしてボンヤリと霞みがかり、意識がぼうっとする。
「あの時はそれが最良ーーー 貴女の幸せのために 最善だと信じました。
でも思い込み、間違いだったかも知れません」
『涙ーーーー声ーーーー??』
「私が悪かった、済まなかったと思っています。
こんな筈では無かったんです」
信繁は腕の中で、小さくモゾモゾ身じろぎをするフレイヤの顎に指をかけ、こころもち上を向かせた。
「愛しています フレイヤ様」
ほんのつかの間、フレイヤが大好きな、澄んだ美しい茶色の瞳と視線が絡み合うと、信繁は決然と首を傾け唇を重ねる。
はっきりと男らしい意思がこもる、それでいて滑らかな唇。
優しく軽く、えも言われぬ切なげな動きで、フレイヤの狼狽を蕩かすのだ。
相手の本心、誠実な想い、魂ごと捧げられた甘く熱く信じられない究極のキス
『ーーーー』
フレイヤは様々な思いがこみ上げて来たが、その1つとして上手く言葉に出来ず、もどかしく伝えられない気がした。
気が遠くなるほどゆっくりと、息が苦しくなるほど長く、永遠の一瞬の欠片。
名残惜しげにそぉっと優しい唇から離れると上を見上げ、白く細い指先で 自分だけを寂しげに見下ろす信繁の頬に触れる。
「私も愛しています」
そっと 愛しい人の唇に自分の方からキスを贈る。
すると細い肢体を守るかに、背中と腰、後ろに回された腕にギュッと大きく力がこもる。
信繁の安定した体幹の力〜逞しい腕に支えられ、引き締まった体躯に抱き寄せられるのは心地よく 不思議なほどほんのり気持ちよく安心する。
『貴方だけです 信繁様』 全身を柔らかに支えられ包まれ心の中で呟くのだ。
「ごめんなさい」
「何がです? ーーーこれから何処へ私を連れて行って下さいますか?」
信繁は腕の中の愛しい人の瞳をじっと覗き込み、柔らかに笑みを浮かべるのだ。
とんでもない理不尽〜
言いがかりとしか言えない心無き言動をした相手を責める素振りもせず、吸い込まれそうな奥深い魅惑、茶色がかった瞳の揺らめきをしっとり輝かせるのみで。
確かな愛情と温かさしかそこに無い眼差し フレイヤの心は乱れる一方で。
ムービングロードが、もうすぐーーーー終了地点にさしかかる頃。
信繁は宝物のように そっとフレイヤの華奢な身体を手放す。
それでも彼は、チュッ!!
体が離れる寸前、額に優しく小さな水音を残す。
『どうしたらいいの?』
コホッ!!
その時、フレイヤの背後で小さな咳払いがする。
当然〜全てを目撃、じっと控え口出しせず見守った女官長 レディエリザベス。
今まで後方に品よく控えていたのだが、わざわざ小さく咳払いをして助け船を出したのだ。
「もう遅いお時間ですので。
とりあえずのお支度の事情で、お妃様の居城が宜しいかと存じます」
「察するにーーー其方の殿方は、まだお食事をなさって無いのでは?
ほんのお夜食の〜軽食程度の物ですが、妃殿下専用の厨房から取り寄せ、お客様にお出しする事が可能ですよ?」
『全部見られてたーーーわよね?』
フレイヤはカッと頬を染め、いきなり恥ずかしさが全身を駆け抜けるのだが、信繁は『大丈夫ですよ』と言いたげに、ギュッとさりげなく彼女の手を瞬間握る。
「そうですか、では昼食は取っておりませんのでお言葉に甘えても宜しいでしょうか?
温かいご配慮感謝いたします、どうぞ宜しくお願い致します。
実はーーーー『客人』として、ロームルス閣下にこの星に滞在中 自分は招かれておりますので、逗留先については大丈夫です」
「閣下ーーーにですか??」
エリザベスの目が大きく見開かれ、頭脳の中を大量の様々な可能性が駆け巡る。
『どうやら相当、ロームルスはこの青年に入れ込み気に入っているのね?!
〜だったら色々と様々に試しがいがあるわよね、当然その権利が此方にあるわ』
エリザベスは心の中でニンマリと含み笑いをする。
「えぇ、少々今夜は遅くなると。
フレイヤ妃殿下のお屋敷にお世話になっているとのお取りつぎの方を。
大層ご面倒でしょうが、ご依頼しても構いませんでしょうか?」
「かしこまりました」
それを聞きエリザベスは内心益々ワクワクと笑いが止まらない。
『そう簡単に私の大切なお妃様を、貴方に預けることはしませんわ?!
先ずはーーーー私のチェックに叶ってからね。
じゃぁ頑張ってね? ーーーー綺麗で優しい坊や』
信繁は ムービングロードから降りると先程の甘い表情から一転、ビシッと任務に忠実な護衛官の顔立ちに瞬時に変貌する。
夜も更けた時間帯とはいえ、まだまだ人の流れは多い。
フレイヤの居城に向かう道すがら、豪奢な 新年に向けての飾り付けされた廊下にてすれ違う、気品溢れる高貴な出自の姫君、彼女らに付き従う女官達全てがもれなく精悍な信繁の風貌に吸い寄せられ、じっくり見惚れるのに気がついた。
最初「エッ!!」と 驚いた様子で〜次にーーー夢見る様子。
誰しも決まってボウッと熱く目を潤ませる姿を見せるのだ。
いいやそればかりか!!
大王を警護するために詰めている、武勇にも優れた近衛兵までもが様子がおかしかったのである。
その隙の無い所作で、おそらく一目で信繁の類い希な身体能力、力量を感じ取るのであろう。
全員が全員立ち止まって振り返り、ジロリと怪訝そうな表情を浮かべるのが目の端に入る。
フレイヤにとっては、それやこれらが 嬉しくて居たたまれないような、しかし非常に腹立たしいような、言い表せない変な気持ちを呼び覚ます。
自身の後ろの護衛の立場につく信繁の様子を振り返ると、それぞれ優雅に彼らに小さく作法通りの黙礼をするものの全然普段通り、別段心を動かされた様子も無く、シレーーーッッと 如何にも真面目な表情をしていた。
『城にいた頃よりもーーーどこか色っぽい気がするわ??
本当に物凄く格好良くおなりだわ!』
先程のーーーー繊細で情熱的な抱擁ーーー!
続く突然の甘い接吻が連想的、急に頭の中にて究極に濃密に再現、脳のイタズラで思い出されてしまうのだ。
『キャーーーーーーッッツ!!』
現在の彼の至極真面目な様子とのギャップに堪らず真っ赤に頬を染めてしまう。
〜私の事、本当にーーーー愛しているの?? なんだか信じられない夢みたい!
こんなドキドキの気持ちーーーーって、もしかして私だけ?〜
フレイヤは感情の読み取れない 愛しい人の気配を背後に受けつつ、そんなこんなを取り留めなく思い浮かべていた。
『それにしても凄いわ!!』
やっぱり何処を歩いても通り過ぎる全員の視線が 彼女を飛び越え、後方にスーーーッと 一点に集中するのだ。
信繁様がこれだけ容姿や所作で目立つと、そりゃぁ仕方が無いのだけれども。
『ヤキモチを焼くのが 自分ばっかりだなんて!!』
ーーーーやっぱり ちょっと不公平で悔しい気がする。
『もぅ!!』
プンプン心の中だけでフレイヤは信繁に文句を言う。




