恋の結末 ①
惑星トールは 天を突く華麗な摩天楼が数多く作られている星である。
総てが何もかも、ラオコーンとは全く似ても似つかない巨大な都市国家を形成している。
『もうクリスマスは終わってしまったのね』
星の周回は地球と同じくらいだから容易に想像がついた。
『昨年は、叔父様と聖夜の行事やコンサートに出かけたのだっけ』
アグライアの脳裏に様々な楽しかった出来事が、フラッシュバックに甦るのだ。
『あれはーーートールに来て、確かーーー最初のクリスマスだったわ!』
ウキウキの2人っきりの「お出かけ」
「コレは案外 美味いんだよ? アグライアも食べてみなさい」
「ーーーいいんですか?」
「ああ、期間限定の物なんだよ、よくリーズ大王とお忍びで食べたんだ。
〜いやぁ あの時が懐かしいなぁーーー」
そう言いながら「大将、では2つくれ」
「毎度あり〜!! おやおや、今年はお連れさんが居るんですね?
貴方にしてはこりゃー珍しい事で」
それを聞くと叔父様は嬉しげに笑うとこう答えた。 「姪なんだよ」
「へぇ〜!! コイツは初耳だ!!」
ロームルスは大混雑に慣れないアグライアを、ごった返す人混みから守るように大きな体で盾を作り、広場の静かなベンチまで誘導してくれたのである。
「アーサーが、供を連れないって閣下は何考えてるんですか?っと、まぁな〜
帰ったらブウブウ怒り出しそうだな」
「叔父様 ひょっとして言ってないんですか?!」
すると虚空の斜め上の方を見ながらハハハと明るく笑うのである。
「付箋にメモ書きして置いておいたし、偶には君と クリスマスを満喫したい。
流石に私といえど寝る寸前まで、こうも仕事ばかりは飽きるしな?」
豪快に言いながら、碧い きらきらする瞳で嬉しそうに言う。
『本当ーーーかしら?』
〜偶には君と クリスマスを満喫したい〜
何気ないその一言にドキッとしたのをよく覚えている。
『いやいや、後半の方が本音だと思うの、調子良く解釈して浮かれてちゃいけないわ!!』
しかしただ一緒に歩き、同じ時間を過ごす事が叶うだけで本当に良かったのだ。
心が痺れそうに、足元がフワフワする程にとっても嬉しい。
外気は凍える位に寒かったが、憧れの大好きな忙しい彼の隣にいられるだけで、それだけで充分幸せな気分で。
「さてと、最初は どれがいいかなーーーー?」
叔父はあれこれ買い込んだ品々を、ガサガサ紙袋から取り出すと、まずは彼女に順番に渡してくれた。
「熱っつ!!」
「そのカスタードは それくらいが美味いんだ、待ってあげるから落ち着いてユックリ飲みなさい」
大きめの袋からは、魔法のように 次々と美味しい物ばかりが取り出される。
うんと凍える寒さの中で、明るい光に包まれた、町中のそこかしこの屋台で販売される柄杓で飛びきりの熱々をすくって先程、直に手に渡されたホットミルクセーキ。
「はいよ!」
ーーーそう言って店主に貰ったのは、もはや飲み物というよりも殆どカスタードクリームの濃厚さが素敵で。
柔らかなバニラの香りがふんわり甘く鼻腔一杯に広がる この熱い蕩けそうなドリンクがアグライアのお気に入りになった。
「素敵ーーーーこんなに美味しい物!
故郷で食べた事はありませんでした!!」
「ーーーーそうか、それは良かった」
緊張しまくりでカチカチだった姪っ子が漸く笑った姿に、ロームルスも見るからにホッと満足そうに微笑んだ。
ロームルスが優しく大きな口で微笑んだのを見て
「?? どうしてですか?」
訳がわからずキョトンと小首を傾げた彼女に、ロームルスは何も言わずにやっぱり幸せそうに口元で笑うのだった。
「下々の食べ物だとーーー上流階級の姫は嫌がるんだ。
まぁな、王城の人間には聞かせられない個人的意見だが、お仕着せの〜つまらん人生だと思うよ?」
「ーーー」
「そいつ気に入ったか?」
「はい!!」 思わず大きく頷く。
「そうか、私もとびきりの熱々のそれが大好きなんだよ」
〜私もーーー大好きなんだよ〜
全然違う意味だが、アグライアは 思わず顔が赤くなってしまった。
その他にも、このシーズンにだけ提供される〜
一年がかりで甘くて強い酒に漬け込んで準備されていたドライフルーツが惜しみなくぎっしり入った、蕩けそうな濃密な幸福のプディング。
さっくりホロホロと何層もの薄い生地が口の中でサラリと解ける素敵な歯触り。
バターの濃厚な味わいで 外側はさっくさくの舌に熱い 蕩けるトロトロソースのミートパイ!!
レストラン専属、有名パテシェ達が腕によりをかけて製作する恒例〜
林檎を具材にした何層ものパリパリが心地よく重なるパイ菓子も、特別な時にいただく伝統菓子で有名らしい。
「どれもすっごく美味しい!! 有り難う叔父様!!」
「漸くーーー昔みたいに笑ってくれたなーーー」
明るくくつろいだ表情で、碧い目で柔らかに微笑んだ。
アグライアはそれ以来、1年に1度の「内緒のお出かけ」を、実はーーー指折り数える程に、毎年ワクワク心待ちにしていた。
しかし軍事に装備が集中している戦艦内、そんな無駄な贅沢が叶うはずも無い。
宇宙空間での移動は重量計算に 非常にシビアなのだ。
アグライアは当然の事と受け入れ、クルーに文句1つ言う事無く、クリスマスシーズンを祝いの料理1つ無く過ごした。
今年はもう1つ、クリスマス以外に、実は彼女がすっかり「諦めていた事」があった。
アグライアは昔、故郷の宇宙空港で、姉のタレイアが留学決行へのあの日を、15歳の誕生日にあえてしたと言っていた事を頭の中に浮かべた。
〜今日は 貴女がもう一度〜新しく自分の人生をつかみ取り、「生まれ変わる」記念すべき日よ!
普通の日だったら、私達も大人になってーーー
いつか 私達のレボリューション、お父様やお母様に勇気を出して、「革命」をおこした事を忘れてしまうかも知れない。
でも最高の記念日の出来事だったら、今日の日の事は、生涯決して私達忘れないわ!〜
惑星トールに還った日、つまり今日はーーー奇しくも再び、アグライアの「22歳の誕生日」であった。
「お祝いしてねっ!!て 自らせがむなんてーーーー
ーーーそんな事ーーーー自分から言い出すなんて!!
誰もそんな些細な個人的記念日なんぞ、覚えていないし、どうでもいい事よね」
だが あの日の出来事は、15歳の意思表示は自分達にとって 正に革命〜!
姉タレイアはこうも言っていた。
〜あの世代の人達は観察していると本当に嘘みたく忘れっぽいから〜 と。
いつの間にかーーー私もそうだったかもしれない、あの15歳の、輝く熱い日々の気持ちを置き去りにして。
ーーーつまり姉の言ったとおりだった。
「叔父様 ちょっと宜しいですか?」
「ーーーどうしたんだい? 急に」
アグライアは、自分の真正面の、豪奢な象牙色の革張りのソファーに腰掛けて、忙しげに電子書類のチェックを行っている叔父に話しかける。
凜とした、いつもとは異なる彼女の目の光に、彼は訝しげな、怪訝そうな表情を浮かべる。
「以前あった、ラファエル殿下とのお話です、私はお受けしようと思います」
「ほぅ?」
「でもーーーー」
「でも?」
「1つだけ私からーーーー叔父様に提案がございます。
姉のタレイアが『トール』にーーーー〜元気になって戻って来ましたら。
叔父様の奥様ーーーー
『妻』としてお迎えして下さいませんか?」
「ーーーー」
最初 ポカンとした叔父ロームルスの表情が、次第に戸惑いと当惑を浮かべ始める。
「あの話かーーー?
アグライア〜君は何を言っているか、本当にわかっているのか?
君はまだ、度重なる惑星間のワープ航法で酷く疲れているはずだ。
この話は、もう少し後にしよう」
「いえ、大王様に謁見するという事は『そういう事』なのでしょう?
ずっと、考えてきた事です。
お姉様はずっとただひたすら!! 叔父様の事を 心よりお慕いしてきました。
どうかーーーその切なる願いを、お聞き届け下さいませんでしょうか?」
「ーーーーーアグライア」
ロームルスは手にしていた電子書類の記録媒体を、側の事務用棚にシュッと音を立てて収納した。
ゆっくりと彼女の方に体を向け、大きく長い厳つい両手の指を組み合わせ、ユラリとその身を 前に乗り出す。
「私の『話』を聞いてくれるかい?
どんな答えでも、納得してくれるかな?」
「ええ、覚悟は出来ています」
ロームルスは碧い暗い瞳で姪の眼差しを覗き込んだ。
スウッと、一息に言う。
「私は君の姉タレイアを 妻には迎えない」
驚愕のあまり、大きく目を見開く彼女に追い打ちをかけるように、彼からの残酷な言葉は続く。
「自らの妻は、自分で選ぶ、誰の指示も受け入れない、意中の女性への告白は 自らの意思で行うよ。
それが推薦が、たとえ君からの意見であってもだ、アグライア」
その場を 鉛のように重い沈黙が支配し、誰もその後は 口を開かなかった。
シーンとーーー重苦しい沈黙が支配する中、王城ーー王家専用 飛行艇駐留施設の滑走路に、パイロットの危なげない操縦で到着した。
ーーーー先程の会話から来るショックで激しい動揺のあまり、タラップから足を踏み外そうになったアグライアは、後ろから咄嗟にフワリと体を支えられる。
「大丈夫ですか??」
音楽のように美しい、小さく囁かれた心配そうな声が優しく心を包む。
「大丈夫です」
「そういう事を言う人が、本当にそうだった試しはありませんよ、知る限り」
「そうね」 アグライアは力なく微笑んだ。
「そうですよ」
叔父様の止めた言葉を振り切り、愚かにも食い下がって 意見を述べたのは私自身。
どんな答えでも納得してくれるかい?ーーーという叔父様の問いかけにも、私はハッキリと頷いた。
なのに何故!!こんなにも心が苦しいのだろう。
人の気持ちは縛れない。
でも私は、私は!!
叔父様のお気持ちを 愚かな思い上がりで、私の意見だったらきっと断らないと思っていたのだ。
男性の 最も大切な優しい部分に、ズカズカと 土足で踏み込んでしまった。
アグライアは項垂れ、自分の傲慢さが招いた事だと誰も責める気持ちになれなかった。
「アグライア」
先を行くロームルスは一度立ち止まると 「こっちだよ」
謁見の「控えの間」に続く、広いチューブ型のムービングロードに案内する。
左右 天井は、防弾仕様のクリスタルに似た何処までも透き通った厚い壁で出来ており、眼下にトールの美しい摩天楼の風景が見える。
静々と進むそこかしこに、人造大理石製像が飾られたムービングロードには地球産の薔薇色の深い色合いが美しい、シルクの素晴らしい絨毯がビッシリと敷き詰められ大変に贅沢である。
「さっきは 済まなかった。
まさか君が〜あそこまで、ああ言うとは思わなかったから、つい厳しい物言いになった。
ーーー悪かった」
「お気になさらないで下さい」
あの時の自分にーーーは、ロームルスからの、はっきりとした怒気が向けられていたと彼女はよくわかっていた。
一生懸命 ロームルスに、アグライアはいつものように明るく微笑もうと努力をしたが無理そうだったので 諦めざるを終えなかった。
今にもーーー嫌われた事で、みっともなく泣き伏してしまいそうだったのだ。
切ない祈りーーー思いは届かなかった。
その気持ちを奮い立たせ、なんとか支えるので精一杯。
「アグライア、いつも思うが、君は人殺しの私の事が怖い、嫌いかい?」
「いいえ! とんでもないです、叔父様の事 大好きです!!」
〜いきなりのロームルスからの直球の質問に、アグライアは取り繕いようもない本心の言葉が、スルスルと口から出てしまった。
思わず真っ赤になってーーーー!!
口を押さえたアグライアの様子がーーー余程おかしかったのか。
「そうかーーーそれは〜よかった」
ロームルスは微かに俯くと、頬に不思議な笑みを浮かべた。
ムービングロードを降り立つと、そこは「大王の謁見の広間」の控えの間になっていた。
警護に立っていた控えの間を守護する何人もの近衛兵が、軍事参謀長官であるロームルスの姿を視界に納めると、その度に 直立不動で磨き抜かれた長靴をカチリとあわせ、彼の前に進み出るとサッと跪く。
彼らが身に帯びる銃器〜
最新鋭の性能を持つが、全面に繊細な儀式用華麗な装飾が施された火器がチカリと輝く。
どの近衛兵も見目麗しい青年将校でロームルスに対し、きちんと礼法に則ったいにしえの作法通りの儀礼を行うのだ。
衣擦れの音を優しくたてると、純白と金モールが縫い取られ、国1番の縫製職人の御手による素晴らしいマントが白孔雀の尾羽が如く、ファサッと白亜のまろやかな光をたたえる床面へ軽やかに優雅に大きく広がった。
アグライアは今まではーーー
〜彼らの国中から選抜され、磨き抜かれたあまりの容姿の素晴らしさに、まともに彼らの姿をジッと見つめた事が無かったが。
『ジャパン 城〜 信繁様の方が、ずっと彼らよりも美しいわ!!
ううん、何倍も何倍も比べ物にならないくらい強くて格好良くって素敵だわ!』
アグライアは そんな事をコッソリ夢想するのだ。
「ご苦労だった。」
「はっっ!!」
近衛兵達はロームルスの言葉に、床に美しい渦を巻いていたマントをかき上げると、新年の謁見の為に新たにピカピカに磨き上げられた広大な広間に続く大扉に導くのだった。
「ようこそロームルス閣下、お待ちしておりました」
「宜しく頼む」
「ロームルス閣下のおなりです!」
近衛隊長と思われる男性が 恭しく先触れを告げ、重々しく重厚な扉を自ら開け放つ。




