帰還後の仮眠 ②
「最近の信繁の様子 どう??」
先程信繁と真っ先に話をしていた男性医療スタッフがアグライアにコーヒーをサーブした。
信繁という「患者」が無事仮眠設定状態に入りーーー取りあえず手が空いた様子だった。
彼は少しネオアメリカの言語のなまりを残した発声で話しかける。
「私はセツと言います。
僕も仕事上 連邦英語とあと地球言語のドイツ語はいける、連邦英語でいいかな?」
アグライアはコクリと頷いた。
「信繁がここに来るのは暫くぶりだ。
といっても、どの程度が頻繁かというと個人差があるが、それでも『城』に来た当初の頃のことを考えるとかなりインターバルがある。
かなり疲労してるみたいだったけど?、作戦で何かあったかい?」
アグライアは格納庫設置のモニターで見た 知りうる限りの情報をわかりやすく伝えるべく努力する。
「成る程ね、では心配ない、一時的な精神疲労だ」
「でもそんなーーーー!」
アグライアはリアルタイムで幽霊船との死闘を見ていたとき、もうダメかと何度も思い心臓が潰れそうだったのだ。
その度に、不死鳥のように危機から知略で脱する度の安堵の気持ち〜言葉では語り尽くせない無尽蔵の幸福感を味わった。
「昔はアイツ、本当に荒れていてねーーー」
不思議な男性医療スタッフーーーセツは、自分用の コーヒーが縁までなみなみつがれたマグカップを口元に運び、途端馥郁とした香ばしい よい香りが周囲に広がる。
「信繁は表面上は、当時から一見 人当たりの良い青年だったが、夢の中まではその『理性』は効かない。
幾ら装置の万全の細かい設定で挑んでも、なかなか『安眠状態』に精神がならなかった。
これはまずいぞーーー本能的に感じたんだ」 セツは曇った顔でそう答える。
セツは話を先に進めた。
「僕はねーーーー紛争地帯〜を、他惑星や 地球の、この星では 例えばアフガンとかの。
様々な戦地をずっとーーー研究がてら、睡眠の及ぼす心のあり方のフィールドワークで学生時代に大学を休学して 渡り歩いてきた時期が自分にはあったんだけどね?
その時ついたあだ名が『強運の変わり者』、そんなふうにーーーー他の医学博士仲間から変人だと からかわれていたよ。
で、このヘンテコな経験を買われてここへ来た直ぐに 僕は彼と会ったんだ。
信繁は、今だからこそ言えるが、自分が戦場で出会った、様々な患者なんか問題にもならない位、当時ーーーー悲惨な数値だった。
どんだけ日常でストレスを抱え込んでいるのかよ?!と思ったよ。」
「どうしてですか?」
「さぁ、理由は山程あって判らないよ。
彼が見た夢見た夢 全部、終わりの無い『悪夢』でね。
疲労がたまると 〜弱ってくるとすかさず深層心理が攻撃を開始する厄介な状態だった。
普通は疲労が極限まで蓄積すると夢すら見ないのが通常なのにね?
本当に気の毒だったよ。
それ程の何がアイツを苦しめるのかと、僕も専門家〜と言っても駆け出しのヒヨッコだったけど??
ーーーー負けるもんか!と 必死に戦ったよ。」
「そんな事初めて知りました。」
「そりゃあ男って自分の弱みを 普通見せたがらないからね?
特にアイツは、非常に周囲に人一倍気を遣う人間だ。
だからーーー女の子をここに連れてきたのを見て僕は驚いた。
自分の究極のプライベートゾーンともいえる『ここ』に女子を伴ったのは君が初めてなんだよ。
優等生の枠から外れて人間臭くて ウンウン〜いい傾向だよ」
セツは 両手を広げ、オーバーアクション気味に笑いながら表現した。
「君は特別に信頼されているんだね」
「そんな事無いです!!」
アグライアはか細い小さな声で必死に返事をする。
『私が??ーーーー信頼されている???』
「間違いないよ?僕の見立てに」
嬉しさと切なさで胸がいっぱいになり真っ赤になってドギマギする様子を見て
「君はもっと自分に自信を持った方がいいよ?」 セツは 面白げに言った。
「自信ってどうすればつくんでしょうか? 皆さん〜よくそう仰りますが。
なんだかわかりません」
「へーーーー」 しげしげと再び面白げにアグライアを見つめた。
「君って自分が嫌いでしょ?
そんでもってーーー自分が何らかの理由で無価値だと思ってる。
誰かに過去、存在を全否定された事ない??」
アグライアはあまりの図星に飲み物をゴフッとむせそうになった。
「どうしてわかるんです??」
「そーだなあ、『カン』ってことにしておこうか」 セツは明るくニヤリと微笑む。
「大抵ーーー片親からネグレクト〜育児放棄気味な目にあったり、或いは虐められたり、常に比較の対象で貶められたり。
自分が信じた人間に裏切られた〜とか、相手は親友、彼氏〜
大きく出るとだ、例えば真面目で清廉潔白な為政者の場合だと『国民』や『世論』なんかだね。
そんな事が繰り返されると『無価値』と自分を否定する事で『自我』を守ろうとする。
当然の生存本能なんだけど、そうすると負の連鎖が起きやすい。
だって、目の前のものをあるがままに見る事を否定してると同義だからね。」
アグライアは益々痛い部分を突かれて丸裸に見透かされた気がしてションボリ。
「そんな顔しなさんな、少なくとも君の事見た感じ、信繁はかなり信頼して友情を感じている。
その『友情』とやらに僕も混ぜて貰ってイイかな??
僕と信繁の2人だけじゃあ足りないかなあ〜?」
「そんな事無いです!」
アグライアは頭をブンブン振って否定する。
「そんなっ!! 勿体なさ過ぎます!!」
「そっかな〜〜〜〜〜??」
セツは クスクス楽しげに突っ込む。
アグライアは心の中で呟いた。
彼の言う指摘のとおり、私の自信のなさは、自分が嫌いだからだ。
誰かのせいでは無い。
真実を見つめる辛さから、私は全部人のせいにしていただけだ。
ーーーー私は卑怯、卑怯者だ。
「自分を好きすぎても ヤナ奴だけどね」
クスクス明るく楽しげな笑い声にハッと顔を上げた。
「何でも丁度良さが 大切って事!!
『心って いかようにもコロコロ転がるからココロっていうんじゃぞ』
ーーーって僕の死んだバーちゃんがジャパンの韻を踏んで言ってたよ。
連邦英語でいうと『転がる石』ってところかな。
洒落ててイイ言葉じゃない??
君は君で 今のままの君でいていいんだよ。
もう自分で自分を罰する事をしなくていいんだよ。」
アグライアは項垂れるしか無かった。
自分で自分を罰する、それこそいつも自分に無意識にしていた事。
どこか国を捨てた、親を捨てた、姉を捨てた、自分だけ幸せに生きている事の後ろめたさ。
その事に対する逃げが、『自分を嫌う』という行為に反転していたのだ。
その『自分が嫌い』と言う事からも向き合わず、ひたすら臆病にオドオド逃げ惑っていた。
ーーーー自信など生まれようはずも無い、だって土台が砂の上に立つ楼閣そのものだったから。
「君はどうしたい? まだ一寸早いかなーーー」
「〜〜〜〜〜」
「ではこうしよう。
いつかまた何処かで会う事もあるでしょ? その時までの宿題って事で」
「ーーーごめんなさい。」
「信繁と僕は もう君の『一生の友達』、君は決して1人じゃあ無い、それを忘れないで。
そんじゃあ、そろそろ信繁の様子を見に行こうかなぁ〜」
セツは独り言を呟くと 「よっっっ!!」
上手に右手でマグカップを持ちながらも、スムーズに立ち上がった。
『零れないのかしら?』
器用だなあ〜とアグライアが見ると、あれ程タップリ入っていたコーヒーは既にすっかりカップから飲み干されていた。
それにいつの間にか、30分もの時間が経過していた事に彼女は驚き、セツが「魔法使い」に見えたのだ。
信繁は仮眠が終わると同室の男子更衣室で今度は予め用意の、実験機専用戦闘パイロットスーツに手早く着替えた。
「これですね」
「ありがとう」
信繁は『武器庫』で先ほど預けた、自分用にカスタマイズされた装備品一式をさっと受け取るとガチャガチャとその場で手慣れた仕草で全身に装着。
銃器や光学機材を扱う流れる手さばきに、今までくぐり抜けて来た激烈な修羅場が感じられた。
「では行きましょう。
いいですね、何があってもーーー
どんな事があろうとも貴女の事は私の班が全力を持って御守り致します。
ですから我々を怖がらず必ず信頼して下さい。」
アグライアは ぴょこっと頭を下げ「どうぞ宜しくお願い致します」
信繁とアグライアはヘリ実験機が、今正に飛び立つばかりに整備された格納庫にギシリと鈍い金属音を立てて 重い扉を押し力強く入って行く。
「もっとゆっくり休んでいればいいのに〜」
「え〜〜〜もう大丈夫っっすか?!」
「マジかよ」
「一旦『実験機』が飛び立ったら後戻りは効かない
ジョークで俺は、ああはさっき言ったが、兎に角無理は禁物、今回は機長は自分がするよ。
お前の精神の方が大切だ、今後のもしもの為の余力を残すにも信繁、俺が機長を務めるからいいなわかったか?」
信繁その他の様々な班員の意見を子龍はいなすと〜
「今回は俺が『機長』としてアグライア様をハネダ宇宙空港まで 責任を持ってお連れ致します」
子龍の切れ長な整う眼差しの視線がスッと鋭く尖り、背の高い鍛え上げられた体躯から激しいオーラがほとばしる。
「いいのですね? 信繁」
信念が満ちた瞳で 信繁は無言で頷いた。
コイツなら絶対に大丈夫。
アイツが一旦こうと決めたら、彼の天性のカリスマとしての決意を覆す事は出来ない。
子龍は「闘う男」の顔になっていた。
「必ずアグライア様を、生きて還らせてあげなさい。
宜しくお願い致します」
「勿論です。行って参ります」
実験機は、予めエンジンがかけられてローターがゆるく回っていた内部に、全班員とアグライアを飲み込んだ。
黒曜石が如く鈍く輝くヘリは、鈍い大きな重低音を響かせ、巨大メインローターを ヒュンヒュン最高速に向かい回し始める
それと同時に格納庫の偽装された進入経路、大きな天井の扉がゆるゆると開き始める。
城は外界とは全く異なる高次元帯ゆえ出入りの際は必ず、例え深夜時間帯だったとしても、美しいオーロラに似た不思議な揺らぐ光が時空の歪みの変化で生まれる。
七色の虹の膜の燦めきを、アグライアは実際に 信繁達のヘリが帰還した際体験した。
「綺麗ーーー」
揺らめく光の粒の洪水に感嘆、今回も搭乗せずヘリ外側にいたら、ソレを感じ取っただろう。
しかし実験機にはその性能・構造上、窓が設置されていない、外側側面を埋め尽くす鏡状の黒い物体のせいである。
中の乗員はモニターのみで視覚情報を得るのだ。
実験機は様々な 無数の虹色の光彩に包まれる。
まるで光と水晶で造られた、天使の梯子が現世に現れたかの、世俗で罪に汚れはてた どんな魂ですら清らかに洗浄されそうな程に美しい、聖なる崇高な気高さすら 感じる光景であった。
「行ってらっしゃい。
貴方も、必ず生きて還ってくるのですよ?」
鼓膜をつんざくような爆音の中、ヘリに搭乗、既に精神を実験機にシンクロさせ出発の為にーーー
極限まで集中した今回副機長役を務める信繁に聞こえるはずも無いが。
それを知っていても 城主はヘリに向かって呟いていた。
実験機は一気に急上昇、虹の輝きの先、暗い闇が支配する 深夜の世界に吸い込まれるように飛び去っていった。




