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精神への旅へ ⑧


「そんなーーーーー絶対に違うわ!!」


アグライアは悲鳴のように反射的に答える。


「そんなの勘違いよ!!叔父様の頭の中にはお姉様ばかりが居たわ!

じゃなきゃ、あんなにお姉様の救出を真剣に考えたり、見つかったとき激しく喜んだりしないわ!!」


 

「いいえ……」

タレイアは力なく 諦めた様子で首を横に振る。


「私はずっと小さい頃からーーー

あの方をお慕いし見つめてきたから、それがわかるの。


叔父様のお考えは 何だって気がつくのよ。


私もアグライア 貴女が大好きよ?ーーー好きにならずにいられないわ?


私は所詮、叔父様にとっては”脇役”〜でもどうしても譲れないこともあったの。



この『メッセージ』は、私の最後の意地悪よ?


あの結晶物質ーーー神殿は……宇宙の存在の何もかも滅ぼしてしまうーーー

『騒乱』をもたらす、禍々しい危険な存在という事実も知っていたわ?


だからーーー秘密をいわない気持ちも 嘘では無いけれど、ね。


 

だからーーー本当に怖かったから『メッセージ』にもヒントすら残さず ずっと秘密にしていたわ?


ーーーーちゃんとわかっていたわ。


それらも、正統な理由づけの1つでもあるのだけど、でも……


『私のいない世界』で、貴女と叔父様が楽しげにいること自体が、心の狭量な私には絶対に許せなかったの。


ーーー個人的な醜い愚かな哀れな嫉妬だったのよ。



でも貴女は、そんな醜い愚かしい私の命を救おうと ここまで恐れず来てくれた


心の狭い自分が本当に情けないわーーーー!!

今から見る事、アグライアは覚えても居ないでしょうに」



呆然としたアグライアは前を向いた姉の視線に釣られて自分も再び ”彼等”を見た。




「あのね……アグライア、忘却は『罪』なの。

とっても、場合によっては罪深い……事なのよ?

 

貴女は全然ーーー思い出すこともしない。

 

でも私はーーー……どうしても忘れられなかった。


だけどそんな事、1度も考えたことも無かったでしょうーーー」



「?……それはどう言う事?」



姉の視線の先でーーー……叔父ロームルスは、巡回してきた移動式売店を自ら呼び止め、若い売り子の女性から極小さな何かを購入している。



それは、小さな小瓶ーーー中身はスズランのパフュームである。



「では麗しき私の愛しの姫君、これを是非私めとの ”婚約”の記念にーーー」


大袈裟に芝居がかり、声色を使い恭しく。


ちゃんとした ”騎士の礼” を用い、叔父が丁寧に差し出したのは、白いリボンが飾りについた先程の小さなボトル。

 

勿論これは非常に気の利く、オシャレな叔父様の「1種のジョーク」だろう〜!

 

幼い子ども相手だから、絶対にそうに決まっていた。



「わぁーありがとう!」


プシュッとワンプッシュを手の甲にし、可憐な素晴らしき良い香りに小さなアグライアはキャッキャキャッキャと単純に明るくはしゃいで喜んでいる。


しかしーーー叔父は、例え場を楽しませる機転としても、彼女の為にワザワザ明らかにプレゼントをしたのだ。


 

「スズランの花言葉は ”優しさ” ”謙虚” ”純粋”


そして

”再び幸せが訪れる”


又きっと再会ーーー会えるからね、お嬢様?」


 

叔父は、その後「当然」、タレイアと母にもプレゼントを行う。

 

但しーーー ”2人とも全く同じ銘柄”


薔薇のパフューム入りの小瓶を更に購入し渡していた。


 

「これはクリスタルパレス内で咲いたローズを蒸留し、製造した香水だよ?

とても評判が良く人気があるんだ、2人が気に入ってくれると嬉しい」


……そのように説明して……


ーーーっっ……完全に思い出した!!





そう

そして、信繁様との面会時の、つかみ所の無い朧気な奇妙な回想の事も。


 

総てーーー何もかも全部!


ーーーー……



信繁様は確かーーーあの時こう仰ったわ?


「そんな事言わないで下さい、私に遠慮は要りません。

おひとつだけどうですか?

甘みをほんの少々如何です? 緊張が解れます」ーーーと。



シュガーアート細工が可愛らしい角砂糖入りガラスの容器をスッと目の前に出してくれたから、思わずーーー「では戴きます」


自分の答えに彼は嬉しげに微笑み「それではこれを」


信繁様はその中の、”スズラン” の模様の角砂糖をシルバーのトングで器用に掴みだし、極そっと私のティーカップに丁寧に入れてくれたのだ。


私は何故かゆっくり、白い塊が底に沈むのを瞬きも惜しみ見つめていた。


甘やかにふんわり、シュガーが次第に透き通り透明になりホロホロ形を崩しながら溶け始めると〜ぷかり〜


可憐なスズランのデコレーションが、ティーの表面、湯の上に浮かび上がったのが非常に嬉しいと心が理由なく最高に高揚した。


あれはーーー今にして考えれば。


きっとスズランの幼い日のこの思い出が、無意識の潜在意識の中にひっそりと刻まれていたからなのだろうと思うのだ。


微かな閃きと重なり、とうとう、うんと昔の遙か遠い時の事。


完全に、眠れる記憶の中から呼び覚ます。



ーーーー母と、姉の居た、ささやかな何処かの場所での幸せの思い出。


安らかな、飛びきりのキラキラ光り零れる満ち足りた、一切、憂う事の無い甘やかな幸福な時代の断片。


母と姉と自分とーーーあと1人。


確かに誰かが「居た」

 

アレは『誰』だったのかーーー 気配だけの ”顔が無い人”


もどかしく、どうしてか肝心なそこだけ思い出せない。


でも ”その人” に。

優しく確かに、確実に「スズランの”花言葉”」を教わったのだ。



カップの中をジックリ見つめた、思い出せそう、でも思い出せない、あのモヤモヤする思い出の大本を〜


とうとう頭の中、分断された記憶の線が1本に繋がったーー……




アグライアはギュッと強く「小さなタレイア」を抱きしめる。



後から後からこぼれ落ちる彼女の涙が、姉の頬にハラハラと落涙する。



ーーーー姉の知られざる苦しみ。




『なのに相手はーーーーーー…… 覚えてすらいない不条理』


『私は一体どうすれば…!』


キョトンと忘れている以上、責めることすら出来ぬ痛みと苦しみーーー


持って行く所の無い、やり場の無い心の憤りーーーー

 

絶望的なーーー心の擦れ違い。




『御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい…!』


忘れていて、気がつかないでごめんなさいーーーーー!!




それでも姉は〜

今までの様な多くの人々が辿った〜”暗い影” として、彼女の前から胡散霧消したりしなかった。




ーーーとーーー次第に腕の中の 小さなタレイアは、すくすくと背が伸び始め、いつしかアグライアと同じ程の背丈と年頃に変わっていた。



もうこの空間にはふたりきりしか居ない。


叔父も幼い自分達も、懐かしい母も売店の売り子も煙の如くに不思議に消えていた。




お互いの温かな涙で、衣服や髪が共にベタベタに濡れてしまっている。



「私の我が儘に付き合わせてしまいごめんなさい…」


「!ううん私こそーーーー

お姉様の寂しさに ずっと、気がつくことが無かった鈍い馬鹿な自分。


本当にーーー本当に御免なさい!!

ごめんなさい、一生恨んで、許してくれなくてもいいの!!」



そうだ、自分だけが傷ついて悲惨で惨めだと自惚れて。



無神経で、鈍感で


その実ーーー現実は誰よりも優しい姉に対して残酷で傲慢だったのだ。


行為は取り返しがつかない程の罪悪だった。



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