精神への旅へ ⑥
タレイアの細い肢体は 怒りに身を焼きながらも、優しい微風にたなびく川岸のアシのように、柔らかで優雅な滑らかな動きを見せた。
彼女の横顔は、激しい感情の為に頬は薔薇色に上気、碧い緑がかった瞳は爛々と子ライオンの様に勇ましく輝くのだ。
思惑の感情が読み取れないドロっと濁った父親の目を、はっしと食い入るように見据え睨み付け無敵の勇者の様ーーー!
かつての金色の美しい獅子だった、元のタレイアが戻って来たのだ。
「来るんだ タレイア。
『あいつら』にーーーあれ〜を〜 オメオメと渡すわけには行かない」
父はもう、人の子の親である筈の「父親」の顔では無い。
惑星ラオコーンの大統領、でも今は醜い欲に目が眩み、愛欲で気の狂った何所までもおかしい男
「お父様、貴方は呪いがかかったのだわ! あの土地のね!!」
姉の言うのはその通り、傍目にも禍々しい人ならぬモノに取り憑かれた怪しい目の輝きしかない。
あんな、ナニーが固く固く禁じた禁忌の場所を暴くからだと納得するしかない。
今や、かつての自分達の父親は、劣等感から来る、分不相応の欲深な権力欲に心身を乗っ取られた、何処かの、見知らぬ凶悪な異常な男にすぎなかった。
「男」はタレイアの右手を躊躇いも無くむんずと捕らえる。
「放して!!」
タレイアが振り解こうとする暇もなくーーーーー……
男は、彼女の最も柔らかで無防備な場所〜鳩尾に拳を叩きつける。
しかも許し難い事に手加減なし、成人男性〜大人の男が持つ最大級渾身のパワーで打ち込んだのだ。
姉は呻く事も出来ずにーーーー体を2つに折り曲げ、グッタリ崩れ落ちる。
「ちょっと痛かったね ごめんね」
父親はウットリと蕩ける表情で、抱き締め甘やかに唇にチュッと接吻をする。
それは、もはや娘に対する貌では無かった。
「愛してるよ」
まるで永遠の恋人の様に、何度も繰り返し意識を手放した娘に口吻の雨を降らすのだ。
顔中、髪にも、剥き出しの総てに。
「よいしょっ!〜と、何時までも私と一緒だからね……?」
微笑みながら耳元で囁くと配慮も何も無く、重量のある穀物袋かの様に、無理矢理逆さまに背中に担ぎ上げる。
ーーー途端タレイアの長い髪がほぐれてゾロリと大理石の床を掃いた。
アグライアの目に、姉は意識を完全に手放したに見えたが、「愛してる」と云いながらの、思いやりの何もない態度に吐き気が出そうだった。
しかしこの、まるで穀類満載の荷袋かなにかを抱え上げるかに手荒く背中に乗せ上げた際に多分、おそらく乱暴な衝撃で意識が僅かに覚醒したのだろう、弱々しくフラフラ抵抗するのが見て取れた。
「酷すぎるーーー!!」
とても人、年頃の女の子に対する行為とは思えない。
美しい姉に対する 余りの惨めで哀れな扱い〜!
アグライアは嘗て叔父のロームルスが、いかに敬意を持って子どもであっても優しく姉の体を労ったかに想いをはせた。
『あの方は あんな事をしなかったわ!!』
ーーー……愛って一体 何?!……
自分の思い通りに相手を翻弄すること? オモチャ代わりにすること?
姉は玩具では無い、ペットでも無い。
ましてやーーー所有物でも無い、断じてない!!
情けなく腹立たしい、暗澹たる気持ち、燃える様な怒り!!
「お前の頭の中に『あれ』を隠さなければね、決して苦しくないからね?
今まで、何人か練習で廃人になったから仕方なく感電させて処分したが、もぅ私も腕を上げたからーーーねーーー今からそんな事は 絶対に無いよ?
でももし時間差で副作用があったら済まないね、しかし許してくれるよね、お前はとっても優しく賢い娘だから」
目の前の男、邪悪な残像は今度は謎めく事を言う。
え、えええええ……!!
そんなーーーー「それ」って!!
イヤーーーーーーーーーーー!!
邪悪な男はアグライアの驚愕をよそに、フンフンと楽しげ鼻歌交じり。
グラグラと頭を逆さに揺さぶられた背に担ぐタレイアと共に、どんどん遠く小さく歩き去って行った。
必死で手を伸ばすが視界は容赦なく サラサラと暗く消えてゆくの
それでもアグライアは暗闇に向かい、必死に手を伸ばす。
藻掻いてーーー空に手を滅茶苦茶に振り回す。
再び周囲がぼんやりと明るくなると、全く先程の惨劇が感じられない、焼け焦げ1つ、傷1つすらない〜
まるで「何事も無かった」かのような、しんと静謐に整い誰も居ない大統領府、迎賓館内部。
美しい余所行きの顔をした、輝く廊下。
ピカピカに、どこもかしこも丹念に磨き込まれた、手の込んだ華麗な建造物の中にいた。
『頭がついて行かないわ!!』
怒涛の異様な変化に順応できず、ただ呆然とするアグライアの視界に、トンッとどこか見覚えのある、1人の少女の姿が飛び込んで来たのだ。
小さな少女の姿の姉は、子どもの頃に大のお気に入りだったパステルカラーのプリンセスタイプのワンピース〜腰の位置でキュッと大きなリボンをサイズ調整で結ぶ、ピンク色の膝丈ドレスを着ている。
「タレイア!!」
ついーーー思わず驚きの余り、名前を呼ぶ。
呼んでもどうにもならないが……!つい咄嗟に言葉が出たのである。
「なあに? アグライア?」
ーーーーーえ?
『初めてーーー初めて姉が反応した!!』
信じられない!! 心臓が早鐘のようにドクドク鼓動を打つ。
と、少女はくるりときびすを返し、真っ直ぐに何処かに振り返らず走って行く。
「待って! 待って!!タレイア!」
アグライアは小さな姿を必死に追いかけた。
「や〜よ……♪……」
クスクスと、楽しげな笑い声が天井の高い高価な白と黒の大理石の柱、壁面装飾にイエローやグリーン、オリーブ、ブラウン、様々なカラーをキラキラ上品に含む、風雅な琥珀づくりの建物内部に木霊する。
「ぅふ……♪ 私を捕まえられるかしら〜……!!」
毛足の長い分厚い深紅の絨毯を敷き詰めた廊下に、それは甘やかに心地よく爽やかに響き渡る。




