精神への旅へ ⑤
アグライアは全力で走り抜ける。
「タレイア!!
どこ? タレイアーーーーー……っ!! 返事をして!!」
必ず何処かにいる筈!!
囂々と唸りを上げ、チロリ 蛇の舌に似た紅蓮の炎が行く手を阻む……!
無残に、形あるものはバラバラに全て打ち壊された室内。
とても在りし日の、豪奢で華麗な金色をベースに使用、3代に渡り 大切に大事に修繕補修し、維持と管理を継続させてきた誇らしいインテリア装飾など現在の様相から 想像も出来ない。
政府広報通信に何度も取り上げられた祖父からの代からの室内の景観、自慢の高価な調度類や透き通る磨き上げたクリスタルその他、何もない。
ーーー最悪だ、もっと悲惨で醜悪なことが訪れる事を知っている自分が最悪だ!
と!! 急に飛び出した 黒い人影にぶつかった。
「キャッッッ!」
避けるまもなく真正面から激突したーーーと感じた瞬間!!、人影は黒い霧のように胡散霧消する。
え?! 「?!」
訳が解らない中ーー ゴオッッーーーーーー
パリン 窓ガラスが熱気との温度差で砕け散った。
バン バン バン バン バン バン バン
容赦なくアグライアにガラス片のぶ厚い塊が 滝の如く降り注ぐ。
必死に身を守ろうと 顔を腕でガード、それらが体に突き刺さる寸前、またもや奇妙で不思議な事が起きるのだ。
それらはーーーー!
先程の黒い人体のように全てフッと消え失せたのである。
これだけ荒れまくった火災現場でも、火傷を負う事は無いのがより不気味だ。
ーーーーただ激しい風圧に身が煽られるばかり。
『どうなってるーーーの?』
全く熱くは無くーーーーここまでは〜今までと同じ。
アグライアの体を燃やすことは無いと判っていても、激しい恐怖が体を貫くのだ
走っても走っても、真っ赤な朱い幕が途切れることは無いのだ。
所々薬品で燃焼させているのか? 或いは化学物質が燃えているのか?
蒼い光や、金色の輝きで、チロチロと舐めるような動きを見せている恐ろしい塊すらあった。
「ごほっっつ!!」
ーーーーーそれは突然
『えっっ?? どういう事? 二酸化硫黄を〜吸い込んだっていうの??』
再びゲホゲホと ひどく咳が出た。
ここは現実世界ではないが、ある程度は身体にも影響がある事を知り、アグライアはギョッと肝を冷やす。
『という事はーーーー!!』
〜 一酸化炭素や、それが熱分解された「シアン化水素」
でなければ、その他のホルムアルデヒド、ベンゼンなどの有毒ガスーーー
つまり猛毒の!! ヒタヒタと忍び寄る魔の手があっても全然、不思議では無いって事よねっ!!〜
慌てて、床に落ちていた、元が何かわからない布片を引き剥がす。
『掴める!!』
テキパキ折りたたむと、ためらう事なく口元に当てる。
ついでに床に転がる、崩れ果てたフラワーアレンジメントから水を拭き取る。
『これで良しーーー! 無いよりいいわ!!』
ベタベタに充分な湿り気を得る事が出来た。
アグライアは急いで口元にあてるのだが、匂いは無い。
この緊急避難の手法は、地球に留学していた際の寮の同室者〜ルームメイトが ジャパンからの留学生だった事から手段を知ったのだ。
彼女の話では、始終キッズ時代から火災や災害の避難訓練が行われるらしい。
「こんなのジャパンでは常識よ? 災害は泥縄じゃ遅いのよ?
何でこんなに他国の人って訓練嫌いで、何とかなるさ的大らかさなんだろ??」
首を傾げた彼女は 様々な、他にも、自分が子ども時代に体験し培い学んだという避難訓練だけではない、緊急時のサバイバルテクニックを教えてくれた。
『本当に役に立ったわ!! 有り難う!!』
「備えあれば憂い無し」……よく”そう言い続けていた”
〜心から信頼出来た頼りになる懐かしい友のニッコリ笑う優しい笑顔が ぱぱっと脳裏に浮かんだ。
そこら中に、床あちらこちらに倒れ伏す、官邸勤めの職員達の人体があった。
側に駆け寄ると、彼らは決まって鮮紅色のピンク色の顔色をしており、余りの無念さに奥歯を食いしばり目をつぶる。
〜あのねー火災の時に絶対に気をつけるのは、いい??絶対に忘れないでね?? アグライア。
今言った〜この中毒症状よ? ホントに『見えない悪魔』なの!!〜
『一酸化炭素中毒だわーーー!!』
”これ” が”そう” なんだ、どんなにか苦しかったろう!!
しかし見つける度に、伏した体を何とか抱き起こそうとしたところ、けれども全員、指が〜
……掌を触れた瞬間、黒い残像を残し 目の前から彼らは消え失せるのだ。
『みんな〜 本当にあった出来事なんだわーー!』
後ろに飛びずさる 腰が抜けそうな衝撃を受けたが、深い哀しさの方が勝った。
優しい心根のアグライアに 放っておくなど出来ようはずも無い。
『目の前に倒れ伏す人間を見捨ててーーー先に進むことなんかできないわ!!』
「タレイアーーー!! どこにいるのーーー!」
ジリジリする、探そうとする焦りが悪戯に心を揺らしたが、視界に人影が入るたびに、アグライアは助けおこそうと駆け寄って回るのだ。
「大丈夫ですか?」
「しっかりして下さい」
火災による風ーーー混乱する、気持ちの悪い恐怖の空間の中で、無駄かも知れないと 頭ではわかっていたが。
アグライアは……それでも引き続き、ひたすら人命救助を並行して行い続ける。
ドクドクと鼓動が 胸をーーー張り裂けそうに打つ。
『どこなの? お姉様!!』
「嫌!!」
「来るんだ!」
「イヤーーーーーーーー!!
突然その時、ずっと先に見覚えのある立ち姿と、聞き覚えのある怒号にハッと意識が集中する。
白い煙と視界を覆い尽くす、燃えさかる炎の先に、父と姉が見える。
「タレイアーーーーーーー!!」
アグライアは力を振り絞り 声の限りに叫ぶのだ。
視線の先で縋り付く父親に、タレイアは逆らいバシンと手をはじき飛ばしたのだ。
「もう嫌なのよ! お父様の言いなりになるのが!!」
「何を言ってるのだ? 可愛い私のタレイア?」
「放して!大嫌いよ!!」
「ーーーお前だけは、ずっと私の側にいてくれるのだろ??
親不孝者の、私を捨てた、おまえの妹とは違う筈だろーーー?」
キョトンと唄うように、惚けた粘つく甘さを含んでいた。
『何を言ってるの?
一体どうしちゃったの?お父様ーーー』
まるで、イヤイヤだらけの聞き分けの無い子を、ノンビリ優しく諭すように喋る父親に背中がそそけ立ち、最早云うべき言葉が見つからなかった。
ーーーこの人は絶対におかしい!!
辺り一面、益々激しい炎の勢いは恐ろしさを増す一方なのに、あんなのどかな口調で!
今 何〜 ふざけた寝言を言っているの?
もう 訳がわかららず、とっくに理解を超えていた。
その時 熱風に煽られ、姉の解かれた明るい長い金髪が朱い火炎の照り返しを吸い、キラキラいっそう煌めく輝きを増した。
こんな凄まじい状況なのに、ついつい『綺麗』と、信じがたいまでに壮絶に美しい『姉』の横顔に
ーーーーぼんやりウットリと 見とれてしまう




