精神への旅へ ④
えぐれた『谷』の 深層部にはーーーーー
「ヒッ」
アグライアは あっ!〜と息を吞む。
見下ろす下からの音量は一気に耳をつんざくほど大音量にうわっと広がる。
「紅い谷」はーーーー……最深部は、扇状に新たな砂の流入を防ぐ為に巨大な砂防壁が高々と組まれている。
固い岩盤が現れるまで、ポッカリと谷底は赤い砂が掬われ、この世の景色では無かった。
巨大クレーターの如く ザラリと平べったい固い岩盤が剥き出し
ーーーー別世界だった。
そこには燦然と日の光を吸い込み 虹色の光を放射する異様な物
巨大な光の塊
燦然と光り輝く〜半ば透き通った「大神殿」が聳え立っていたのだ。
背景の淫靡な紅い砂の壁を背に、それこそこの世の物とは思えない おそろしいまでもの壮絶な美が存在している。
砂山からの、遠目でもハッキリとわかる豆粒大の人々の姿、無数の大勢の人間が 黙々と作業に従事しているのが見える。
彼等の居住区と思われる沢山の半円状の、カフェオーレボールを地面に伏せた様なシェルター型住居が、奇妙なオブジェに見える。
そんな中でーーー視界がフッと一瞬ぼやけると、アグライアは今度は 紅い、深い深い砂の谷底に移っていた。
何処かの巣窟ーーー??
実はラオコーンには相当に変わった特殊な生態系がいくつか存在する。
砂の中に悠々と住む、なんと胴体が直径1mもある「サンドワーム」や、固いロケット状の体で重い砂の中を自由に優雅に移動する「サンドフィッシュ」
後ーーー特に有名処なのは、「彼等の恋の季節だけ!」
〜とある決まった砂地の海に集団で訪れる、女系家族で群れを作る勇壮なオルカの一種。
植物では美しい不思議な、砂の中でしか絶対に開花しない「花」
そんなこんなの世にも珍しき、その他の大小様々〜稀少な動植物が居るのだ。
ーーーーここは?
自分が今、目にしているチューブ状に広がった場所はどうやら神殿内部の基礎部分、地下施設の一角らしい。
〜元々は何かの巨大生物がずっとずっとうんと超古代、自らの肉体でムズムズ苦労して岩盤を掘り返して作った穴蔵ね!〜
子どもの頃を含む、今までの経験値から楽に想像、奇妙に滑らかな様子が天井まで同じく続く様子、壁面からそれがわかるのだ。
確かーーーこんな空間が、大統領府の建物の地下室にもあった筈。
とてもよく似ている、と言うよりも形状がそっくりに見える。
「何だろうか?」
ふと視線を移すと、何の飾り気も無い木製の大きなテーブルの上に、光がピカピカ点滅する様々な機器がズラリ〜所狭しと乗せられている。
詳しくない自分には、それらが何の役に立つのかわからないが、とても重要かつ大切〜無くては成らない物だとは直ぐに察する。
だって、側には姉、革命の頃の姿に成長のタレイアが、ひどく真剣な顔で脇目も振らず操作をしていたからだ。
彼女は動きやすい少年の様な格好、何のアクセサリーもつけていなかった。
そしてーーー「!懐かしい」
中空にはプカプカと、あの見覚えのある「クラゲちゃん」が浮かんでいる。
間違いないーーー!!
ただ記憶のモノよりも若干少し古くなって、塗装が剥げ落ち傷が目立っている。
「タレイア!」
その時だった、真後ろから聞き覚えのある声が嫌らしいまでに響き渡ったのだ。
本能的にゾクッと悪寒が走る。
パッと、目の前のタレイアが貌を上げて視線が……!
変な様子で左右に揺れたのに『?』 不審というよりも不穏に感じるしかない。
アグライアはユルユルと、怖い物を見るかの様におそるおそる背後を振り返ると果たしてそこには。
少し年を取った「父」
〜記憶にあるよりも更に尊大な空気感を増して全身に纏うラオコーン大統領は、姉に蕩々と得意げに語るのだ。
「自慢の娘 ーーーお前のお陰だよ!
この神殿の、建物全部が〜あの『幻』の結晶物質なんだよ?
ハハハハハ皆は私が攪乱させる為に、ダミーでわざと流した偽情報から、結晶物質〜『鉱山』を、砂ばかりの地面をせっせとほじくり返し、散々消耗しながら探すだろうよ!
あそこはあの獰猛な「砂の悪魔」〜デザートオルカ達の巣窟だ、地底に引きづり込まれ喰われればいいさ!
盗人連中などそれが相応しい末路だ、ザマァミロ!
ーーーよもや〜
嘗ての呪われし絶滅した先住民族の『聖地』に立つ古代遺跡、謎めいた”神秘の神殿” 伝説そのもの〜形作る石材全てが 貴重な結晶物質とは誰も思うまい。
あーーーっはっはっはっ…〜〜〜〜ー
精々無駄な労力と、小汚い命を費やせばいいさッッッ!」
父親は薄気味悪い、ドロリと歪む微笑みを浮かべ、ゲラゲラと大声で嘲笑する。
周囲にーーーー
岩盤の湾曲のせいで声がワンワンけたたましく反響、残響音の聞くに堪えない壮絶な響きが呪いの様にしか思えない。
「あーっハッハッハ〜 これさえあれば銀河連邦加盟惑星
いやーーーー 全宇宙を支配することが出来る
あの生意気な 小倅ーーーー!!
ロームルスが手綱を握る、軍事国家トールの銀河最強と謳われる数多の最大級の戦艦を抱える宇宙艦隊。
それですら、もはや恐るるに足らぬわッッッ!」
父の気が狂ったとしか思えない不気味な嬉しげな発言、タレイアは慌てふためきギョッとした態度に変化する。
「〜〜っえ? お父様ーーー 一体何言ってるの??
必ず叔父様への〜!!
〜義弟ロームルスの出世の為にもなるから〜ってーーー
私に何度もあれ程 言っていたのはーーー
あれは、全部 ーーーひょっとして嘘だったの?!」
「ふふふっっお前は全く天使のようだ。
フン、人の話をーーーー『信じ易い』
どうだ? ”いい勉強”になったろう??
〜でなければ 今のままでは私の後継者になれない」
「……!!」
目を見開き顔面蒼白、言葉を無くし反論することすら無く絶句する姉の表情。
それをさも面白そうに、ジロジロ上から下まで無遠慮に、舐め回す様に眺める。
タレイアの パチパチッとしばたく美しい瞳……!
みるみる大粒の真珠に似る涙が堪っていく。
酷いーーー!
お父様酷すぎるーーーーー……!!
酷いーーーーー
アグライアには総ての状況が想像出来た、性悪な父は全然変わっていなかった。
それどころか益々、邪悪に変貌すらしていたのだ。
姉の人生を捧げた研究が「大きな富」を生む事に気がつくと、甘言で騙して〜偽りを聞かせて自分にいい様に散々に働かせたのだ。
でーーー……「その発覚」
悪事のカミングアウトの瞬間の場面が、今ここなんだろう。
タレイアはバババッと、必死に父にすがりついて非難する。
「私とお父様とのーーー誓われた『神聖なお約束』ーーーー!!
結晶を適正な価格で販売し、そうして手に入る莫大な収入や、『結晶』を売ったお金で購入した高価な新型エンジンをつけた『船』で!!
必ず国中の、シェルター内の困った人やその他の国々〜
頻発する災害から…無事に助け出したり、『平和の為に使う』っていう固いお約束は?!
一体お父様、どうしてしまわれたの?!
私はアグライアに、『とっておきの 嬉しい秘密がある』ーーーって!!
〜もしもラオコーンが豊かになれば、あの子だって祖国で音楽の勉強も、辛い厳しい勉強の成果である美しい歌の披露だって出来るのよ?!
『これからはそう出来る』ってーーーー
『ここ』へ来る前に、地球にホログラム『メッセージ』を送ったのに!
もうこんな風では、とても本当のことなんか言えないわ!!
酷いわ お父様!!」
すると無言でーーー大統領は「クラゲちゃん」の電源接続をリモコンで浮上機能をぷちんと切る。
「お父様?」
クラゲちゃんはゆっくりとテーブルの上に着陸し、彼はその様を見届けると装置の主電源、活動パワーを更に完全に落とす。
ヒュンとドローンの「目」の輝き、クラゲちゃんのレンズのライトが消えた。
「さて」
「お父様、…!どうさ…れ…」
それ以上、哀れに泣きじゃくるタレイアは何も言えなかった。
「…!…ッッ!」
細いか弱い襟首を力任せにつかまれ、男性の両手の渾身の力で手加減無しに首を絞められたせいだ。
「ぅーーーーー」
「苦しいか?」
父は歌う様に楽しげに、ウットリと益々ギリギリ締め上げる。
「苦しいだろ? ンン?」
ーーー姉の体がつま先立ちにまで、ぶらりと持ち上がる。
「タレイア!」
ショックでーーー父の腕を振り解かせようと飛びかかったが、どうしてなのか紅い砂とは違い、妹からの力の干渉を全く受け付けない。
「〜!!」
まるで手応え無く、逆に体の中にズブズブ沈んでしまい驚きと共に飛びづさる。
「まさか〜 愛しいお前はこの父を裏切り、『神殿』の建つ この秘密の場所を言ったのか?」
「ーーーー言うわけ無いわ〜〜」
苦しい息の中、必死に両腕をふりほどこうとジタバタ、力なくもがき、体が、とうとう残酷に宙に浮いた。
腕がパタン、2枚の板の様に脇に落ちる
震える目の前で展開される、恐ろしい酷いーーーー姉に対する殺人行為。
「ふーんそうか?? 」
次の瞬間、タレイアの、娘の意識が無くなる寸前、彼女は父親のもの凄い力で地面に投げ飛ばされた。
堪らずゴホゴホと咳き込む哀れな娘を、既に「見知らぬ男」
〜目に何も写さず暗い空っぽな表情。
父親は冷酷に「最愛の娘」を、硝子玉の様な冷ややかな眼で見下ろしている。
「『神殿』の秘密をばらしたら愛する娘、我が大切な後継者のお前といえど命は無い。
今後必ずそう心に刻んで覚えておけーーーー」
「そんなーーー」
聞こえるか聞こえないかの、小さくか細い反論を聞くと、父親はツカツカと側に歩み寄る。
自分の紅い砂だらけのサンド仕様の重い重量がある長靴の靴底で、床に倒れた娘の全身をズリズリと薄気味悪い調子で、幾度も愛撫を重ねてするのだ。
何度もーーーー
何度も
「ヒッッッツ!!」
「オイ動くな。
顔を踏みつぶすぞ?」
ソロリソロリ、幾度も擦り付けられる。
隈無く瞬く間に細かな粒子の砂にまぶされ、束ねた髪も服もーーー腕も、赤い砂でびっしりコーティングされた哀れな姿。
スーーーーッと、靴先が最後の余白、父親に『助けて』懇願する惨めすぎる貌に到達する。
異様な行為に恐怖の余り、ガタガタ震えるばかりの自分の娘を、大統領である父は眼をひゅうと細め、尚も精神的に嬉しげに追い込んでゆく。
これはれっきとした虐待ーーーイイヤ拷問だ!!
ブワッと吐き気が巻き起こる。
タレイアは日常的にこんな目に会わされていたの?!
ーーーー最早ショックで声が出ない。
「私のタレイア、お前は どんな姿でも美しい。
痛めつけられると、特にその輝きが驚く程に益々倍加する。
男を虜にする被虐の美ーーーククク全くーーー堪らないな」
ザッとガリガリ音を立て靴底でバタバタ床をなぶると、硬いワークブーツの爪先が赤砂まみれにどこもかしこも曇る。
ーーー嫌な予感がしてゾクッと思わず身震いする。
「ほら 仲直りだ」
ジャリジャリの靴先を姉の口元に差しだした。
「キスしろ、タップリとな。
何時もみたいに柔らかな唇と舌で綺麗にしろ」
ーーーーなんとこれにタレイアは承諾した。
「そんなーーー!」
目の前で繰り広げられる惨劇。
紅く彩られた無骨な靴の表面にテラテラな輝き、次第に濡れた跡が浮かび上がる。
逆にタレイアの可憐な唇にはーーーー
アグライアは余りの哀れさに、状況を見る事すら忍ばれた。
チュッと小さな水音が幾度も鳴り、静かな部屋を淫美に濃密に満たしてゆく。
最後まで見ておられず、とうとう堪らずアグライアは目と耳を覆った。
父親は靴先で「愛しい」と発言した、惨めに顔を伏せた娘の顔をしゃくる様に持ち上げる。
「矢張りお前は美しいーーー最高だ」
深く満足げな顔で父親が鼻歌混じりその場を立ち去ると、姉はそのままの姿で泣き崩れた。
心に染み入る鼓膜に突き刺さる嗚咽が、薄暗い部屋の中に何時までも響き渡る。
「お姉様……」
アグライアは、呆然としたまま唇を嚙み締め、その様子を眺めるばかり。
再びサラサラ、紅い砂が流れる。
ーーーー視界から全ての映像が消え失せた。
アグライアは覚悟を決め、ゆっくりと瞼を閉じる。
「お姉様を助け出せるのは私だけよ!!」
何度も何度も自分に言い聞かせた
怒りと悔しさでーーーー惨めで、姉をたった1人、悪魔のような父の元に孤独に置き去りにしてきた罪悪感で気が狂い新たな涙が零れそうだったが グッと必死に堪え忍んだ。
『泣いている場合じゃ無いわ!!』
そうだーーーその通りだ
再び目を開けると、また『別の世界』が〜目の前に大きく広がっていた。
「タレイア!! どこ?!」 アグライアは半狂乱で絶叫する。
そこは一面 ーーーーー火炎地獄。
「電脳ジャーナル」でかつて見た、そのままの陥落寸前、燃え落ちる手前の、かつて慣れ親しんだ自分達が住む居住区の、信じられない変わり果てた姿が目の前にゴゥゴゥと広がっていた。




