ティータイム ②
信繁は真面目な表情を浮かべる。
「『城』で、お姉様〜タレイア様は。
接触は女性スタッフ、 同性の隊員しか出来ない様、ラオコーン現政権の大統領から固く言い含められております。
”そういう契約”を、彼と所長と正式文書にて取り交わしております。
ですので、私は男性なので、貴女に付いてタレイア様の所に、ご一緒にお姉様の御側には行く事が出来ません」
「そうですか」
「はい。
それから今回のご依頼とは ”関係ありません” がーーーーー
城には 元々様々な厳しい制約がございますが、1つだけ慣習的なもので
”独立した物”
〜生涯唯一つだけどんな願いも叶える〜
ーーー文書化していない約束事があります。
勿論 『ある会議』で了承されたもの限定~なのですが?
本来は ”城に収容された人物のみ” でしたが、その慣例を破る来客がとうとう現れまして。
ーーー現在の貴女のように かつて客人として
ここへ収監された重要人物と『極秘面会する為に来館した方』の願いーーー
『ホログラムのメッセージ映像』を、某『未来の収監者に伝える』という特殊な依頼を
”過去” 叶えた事例がありました。
ーーーですので、貴女も収監者に対しての ”同程度のもの”でしたら
充分、可能だと思われます。
例えば ”お姉様” かーーー”ご自身” に対して」
ゴクリと息をのむ、
おそるおそる信繁に”その先”をせがんだ
「タレイアはそのーーー姉は 『約束事』~を既に
ーーーーこちらへ正式に依頼したの?」
「ええ、そうです」
「っーーーそれって何でしょうか?」
信繁は目の前の心細げな彼女が、これ以上怯えや不安を感じない様に、極めて丁寧、しかも特に柔らかな声を出し、細やかに内容を披露する。
「貴女に
『いつか、自分を探し出して訪れたら必ず見せて欲しい』 と。
ーーーとある『特殊なメッセージ付〜映像撮影』を行っております。
ですが私は、内容は知らされていません」
「どうして? そんなことをしなくとも〜会えるんでしょ?
何だかまるで、もう『この世の人じゃあないみたい』〜に私には聞こえますが?
タレイアは〜……! 姉は『城』で ”生きている” ーーーのですよねっっ??
死んだりしていないのですよねっっ? 」
信繁は、じわっと心に染み入る温かな優しい笑みを投げかけるのみで。
「ええ、そうです。
ですーーがーーーー 〜”ある意味”は そうです。
申し訳ございません。
お姉様の事ーーー大変お気の毒です」
信繁は目を見開く、蒼白な顔を見つめ、それでもキッパリ告げる。
余りの予想外の返事に、アグライアは更に大きく固く目を見開きピキンと凍りついた。
指先が細かくカクカク 震え始める。
「そんなーーーーー」
スゥッっと背の中心に、凍える氷の棒がブッスリ突き通された気がした。
「そんな……嘘でしょ? 嘘でしょ?! 嘘と仰って下さい信繁様!!」
声がーーーーーカラカラな喉に、ひぅうと張り付く。
「……」
信繁は嘘だとは言わない。
ーーー酷い人だとアグライアは項垂れる。
ショックが大きすぎると人は泣けない、この時の彼女は正にそうだった。
「そんなーーーそんなーーー酷い……!!」
全身 小刻みに震え始めたアグライアの表情を……
ふいに目線を上げた信繁の茶色がかった瞳が真っ直ぐに覗き込む。
澄んだ輝きを持つ彼の奥深い瞳が、茫然自失のアグライアの、ビリビリ張り裂けそうな心をも貫く”何か”を。
言いしれぬ、言葉に出来ない何かをハッキリ宿していた。
信繁の目の中の静かな怒り、激しい決意ーーー義憤に彩られた深い憐憫。
信繁は自らは何も言わず ただジッと震えるアグライアを見つめていた。
気休めは言わない
”おためごかし” は、一切言うつもりも無いらしい事がわかる。
ーーーなのに
彼の真っ直ぐな心が、どうしてなのか? 善なる優しい心が伝わって来るのだ。
今にも潰れそうな心の内、ポッと 極小さな、温かな光が灯った。
それは泣き出しそうな程、アグライアを 切ない気持ちに包み込む。
ーーーー心がじぃんと震える。
「ーーーー失礼します」
信繁は滑らかに突然すいっと手を差し伸べた。
逞しい両手の大きな掌で、か弱くかぼそげに揺れる、固く組み合わせ 爪がぎゅぅっと皮膚に食い込む程、硬く強く握りしめた両手指を丸ごと優しく包み込む。
「……」
アグライアの瞳からブワッと盛り上がった1滴の涙が 堪らずスーーー……ッ頬に銀の光を弾きながら零れ落ちる。
その途端ギュッとーーーー信繁の掌に力が込められたのが彼女にわかった。
包まれた指先に伝わる 熱さと、力の強さから、彼の押し隠す静かな共感の怒りが、全てアグライアの為に、一途に、一筋に捧げられている事がわかった。
今ーーー本当の意味での故郷も、両親もーーーー
唯一残った、今まで彼女を支えていたーーーーー心の拠り所。
「自分の半身」 最愛の姉すらも失おうとしている。
信繁は 気安い事を最後まで口にしなかった。
無意味な口先だけの慰めなど、こんな時はなんの役にも立たない。
身も心もザクリと切り裂くような、紅蓮の脳を焼き切る苦しみに向かい合い、たった1人で耐える、今の状況の彼女に。
「何の意味もなさない」
ーーーーー現実を、自分の苦しい実体験から身に染みて知っていたからである。
信繁はしかし、アグライアの傷ついた心を理解していた。
まるで、直接抱き締めるかの様に、信繁は震える小さな拳を。
大きな掌で、雛を守る親鳥が如く、丸ごと包み続け護り続けた。
彼女のガタガタ震える指先の哀しみが消えるまでーーー静かに、身動きせず。
何も口に出さずじっと〜そのままでいた。
アグライアの動揺が治まるのを 信繁は根気よく待った。
焦らずーーーじぃっと、テーブルの上に力なくペタンと投げ出された彼女のか細き掌に念を送る。
『大丈夫ですよーーー』
彼は別にそうした事を専門にはしたことは無いが、武道に永年関わりを持つ者として何となくわからない訳でもない。
『大丈夫ーーー貴女は大丈夫』 真摯な気持ちで気持ちを送る。
例え自己満足としても、とてもではないが、この精神崩壊寸前の彼女を放っておけなかった。
手の震えが微かになったのを見計らい、手を放しさり気なく本題に移るのだ。
ーーーこう言う事は最適で適切なタイミングが本当に重要である。
でなければ彼女も、辛いばかりだ。
信繁はこれ以上アグライアを苦しめたくなかった
同じ苦しむにしても出来るだけ最小限の心の傷に、何とかおさめたいと願ったのだ。
「アグライア様『城』に来た時、お姉様ーーーータレイア様は満身創痍でした。
様々な高度医療をこちらで施術したのですが、今からお会いするお姿までの 回復のみでした」
「……」
アグライアはまじまじと息を詰めて、真剣に自分を真っ直ぐに見つめながら丁寧に真摯に話す彼の表情を凝視している。
彼女の怯え全てが心細い、不安で大きく揺れる気持ちを守るかの様に、信繁は静かな声で話続ける。
『優しい方だわ』
気遣いが、ただーーーーー嬉しい。
きっとこの後は、相当厳しい真実が出るのだろう。
『でもーーーー』
アグライアは再びトクンと安心出来、心の中に温かなものが流れる。
信繁の声は穏やかで、聞いていると不思議に気持ちが休まる力が備わっている。
「そうでしたかーーー」
「はい、でも漸く、今の穏やかな状態に。
ーーーーそれでも なられたのです。
たおやかな見かけよりもずっと強い方ですね、私どもはその生命力に賭ける事にしました。
ーーーで、現在に至ります。
ある程度はもう、大丈夫の状態に回復致しました」
「本当に?!」
「ええ。
〜でなければ幾らたった1人のお身内の、お姉様が唯一お心を許す尊きお妹様である貴女でありましても、面会自体が断固として禁じられていましたよ?
この施設は、設立当初より、あくまでも『収監者』のお気持ちや、人権重視が何よりも第1とする特殊収容施設なので。
銀河1だと轟く『この世で最低最悪の監獄』〜の”あだ名”とは、残念ながら大いに矛盾しますね。
ははは『名ばかり』ーーーーで。
真実がまるでしょぼくて違い、弱々しくガッカリなされましたか?」
信繁は茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「実はーーー『今回の事』
ここの職員の自分でも城主から、よくもまぁ許可が下りたものだと思いました。
今回、特別に自分も無理を押し、タレイア様の詳細な電脳カルテをドクターから全部拝見させていただきまして、その様に思った次第です。
今は ”偶々落ちついた” そんな薄氷を踏む、予断を許さない状態です」
信繁の話にアグライアの表情が悲しげに、グニャリと歪んでしまう。
信繁は、ふーっーーーと 一呼吸開けてから再び続きを話し始める。
ーーーーーー現実は動かせない
手痛い真実を、今回の警護責任者であり男である自分が、彼女にキチンと誤魔化さずに話さねばならない事ーーーーを、信繁は 極めて重く受け止めていた。
「いいですか?
今の状況は、既にーーー貴女の事を、面会し、お会いされても識別出来るかどうか不明といえます。
しかし過去、それでもタレイア様は収監直後1度だけ、ハッキリと意識が覚醒された事がございました。
『たった1つの願い』として録画した、貴重な特殊映像は、その時の撮影だと伺っています。
お姉様は、その一瞬に持てる命の全てを込められたのでしょう。
貴女との再会を信じてーーーーー ええ、奇跡を起こされたんです」
ぽたり、アグライアの涙が落下した。
何粒も何粒も、涙の粒が、声を殺してむせび泣く彼女から滴り落ちる。
「私から1つ ーーーーお尋ねしても宜しいですか? 個人的な事を」
そう願い出た信繁の目に……
必死に冷静であろうとしながら、それでもこくんこくんと頷く様が、見ていられない程にいじらしく映った。




