切ない記憶
アグライアが 亡命の為に惑星トールの叔父ロームルスの元に頼って来た時は18歳……
彼の怖い噂はーーー既に聞き及んでいたので、そういう覚悟、大人の目で見るべきだったのかも知れなかったが。
碧い目をしたロームルスは彼女の幼い頃と同じく、変わらぬ不変の優しさで痛み傷ついた心に寄り添ってくれたのだ。
「困った事があったら何でも私に言いなさい」
〜本当は、寝る間もない程仕事に忙しいのに……!〜
ーーーー想像以上に心優しい男性
人恋しく心細い彼女が寝付けない夜や寂しい時、何時も異国の珍しい話や他国の美しい景色や建築物や名産品、美味なる食べ物……!
それぞれの惑星の、美しい女性達の身にまとう最新流行や、或いは、聞く度うっとりと憧れる数々の可愛らしい装飾品の話ーーー
……時に ”品” を姪の為に取り寄せ……
またある時は、鮮明なホログラム映像をわざわざ用意してまで夜の闇の不安を紛らわせようと頑張ってくれた。
「ロームルス叔父様、いつも本当によくして下さり有り難うございます」
「敬語じゃなくっていいんだよ?
もっと私に……極普通に、幾らでも我が儘言ってくれてもいいんだよ?」
「ーーーーすみません」
「ーーー別に謝って欲しいわけじゃないよ?」
ロームルスはフゥーーーっと深い溜息をつき困り切った様子で頭を掻いた。
だがーーーそうは言っても!
スポットライトが眩しい舞台を一旦降りると人並み外れてシャイではにかみ屋のアグライアには……
容易くーーーそう易々とは行かない。
彼女にとって ”台詞が無い”
完全自由の ”自分の言葉だけが勝負” 打ち解けるとは 極めて苦手な行為。
本気で 「何を喋ったらいいのかわからない」のである。
しかしロームルスは慌てず騒がず、コンプレックスについて持論でもって非難したり大きな声で叱ったりしない。
彼女の劣悪な父の様に皮肉や当て擦り、酷い醜い罵声を浴びせることは無い。
ーーーーこれで好きにならずに居る事が出来ようか?
アグライアはいつしかそんなロームルスの事を、単なる叔父以上の大切な存在〜
かけがえのない1人の男性と、何時しか意識するようになっていた。
それは ”恋”ーーーー 絶対に人に言う事が出来ない 切なく儚い想い。
ーーーーーー……初恋
「今夜はお祝いだから うんとお洒落しておいで」
叔父のロームルスは アグライアをいそいそと自分の知り合いの高級サロンのオーナー……!
国でも指折りの卓越した技術を誇るヘアデザイナーの元に連れて行く。
「ふ〜んーーーさっすがロームルス様の姪御さんですね〜!」
「うむーーー姉様に最近特に似て来た気がするなぁ」
これを聞いたヘアデザイナーは、ハハハハハッと楽しげに笑うのである。
「んもぅ閣下ったら!
そりゃ〜〜〜何と言ってもッ この方の、姪御様のお母様は1年でたった1人選ばれる、映えあるミスインターナショナル・トール代表ですからね!!
元々”素材的”に〜〜
そんじょそこいらの美女とはレベルが違いますもん! レ・ベ・ル・がッッ!
何もしなくとも、殆どお化粧もせず!!
ぁらもぅ〜
ここまでお美しいお嬢様がいらっしゃるなんてまぁ〜羨ましい限りです!!」
「はははそう思うかい?」
「そりゃまーーーーあのですね?!
閣下が怖いから『悪い虫』がつかないだけですよ〜っ!!
きっと周囲は、美人な姪御様を中心に〜宇宙を彷徨う人工衛星みたくグルグルやんごとなき身分の若君がぷよぷよ……!
このお嬢さん1目見たさに胸をときめかせて、クラゲみたくフワフワ放浪してらっしゃるんでしょうよっ!」
「そうかーーー
では私もそろそろこの子の『嫁ぎ先』を、本腰を入れて考えないとな。
まぁーー、そんな風にと現在思っているところだよ」
「んまぁ!……〜でしたらこの方だったらどんな縁組みだって可能でしょ?」
……え?
アグライアは、サーーーーッと体が一気に凍るように冷たくなった。
『叔父様のお屋敷から出て行く日が来るーーー』
それも ーーーごく近い未来に!
目の前がフッと昏くなる。
「アグライア様、貴女だったらきっと素敵な方とご縁があるわよ?」
「では私も頑張らないとなーーー」
「んまァそれはまた心強い事っ!この私にも是非お手伝いさせてね……!」
「有り難うございます〜」
アグライアは、頬に張り付いた笑みを崩さないので精一杯で。
ガタガタ手が震えたのを急いで誤魔化し、何とか声の震えを呼吸法で必死に押し隠した。
「ぁ、こうしてると、ほんっとお姉様に激似ねぇ〜!
濃厚なエステは必要無いわ〜……っと!」
オーナーがパチンと指を鳴らすと、次々に、サロン専属・当代1の有名メイクアップアーチストやネイリスト、スタイリスト等がワラワラと集まり〜
キャーキャーワーワー、素晴らしいテクニックで彼女を磨き抜き 軽やかに美しく整えていくのだった。
〜そりゃぁ何と言っても、この方の姪御様のお母様は1年でたった1人選ばれるミスインターナショナル・トール代表ですからね〜
つまり私は何もかもーーーー ”誰かのそっくりさん”
ニセモノ ……レプリカ……紛い物なのだ。
母の「複製」であり、当座の「姉の代用品」
別に……私本人を求められているのでも、褒められている訳でも無い。
アグライアは益々悲しくなってしまった。
「!あらぁ〜〜〜〜やだぁ どうしちゃったの??
可愛い女の子は スマイルスマイル〜!!
笑って笑って〜〜〜〜っっ??
ぁっ、そんな暗い顔しちゃダメよ〜? ダメェ〜〜」
『しまった!』
ーーーーウッカリ気を抜いてしまったわ!!
アグライアは叔父ロームルスの密やかな困ったような視線を鏡の中から感じたから慌てて、必死の思いで傷ついた表情と心を隠し、ふんわり綺麗な笑顔を作る。
素敵な髪型
ーーー最高品質の流行の衣装ーーードレス ジュエリー
入店時よりも、確かに見違えるように美しい貌と姿にはなったが……
反対に心はシュンと萎えしぼみ、裏腹 ……真逆に暗く晴れなかった。
そんなアグライアを、ロームルスはどういう伝手を使ったのか??
トール首都で予約が例え王族でも取れないと云う話題独占、マスメディアで大評判の有名レストラン〜
しかも「特別席」をリザーブ……押さえていたのだ。
ロームルスは珍しく上機嫌だった。
「どうぞ」
「ありがとう」
素晴らしいワインやシャンパンの数々、次々にサーブされるどの料理も間違いなく、これまで人生1度も見た事も聞いた事も無い、実に手の込んだ逸品ぞろい
お腹が鳴りそうな、香しい美味しそうな香りを漂わせ、どこもかしこも新鮮で食欲をそそりそうで、盛り付けもキラキラ美しく華麗で素晴らしい。
しかし 「どうした?? 元気ないな」
不審そうに探る眼差しで、食が細く項垂れるアグライアを勘の良いロームルスは見つめる。
「……っっっ、ううん、そんな事は無いわ?」
慌てて楽しげな表情を作り上げ 必死に取り繕う。
彼女はオペラの舞台では「演者」……
自分は ”役者だ”ーーー務めて堅く思う様にする。
震える悲しがる自分の心は無視を、それで良いでは無いか!
『……だってーー!』
こんなにーーーー良くしてくれる 『もういいじゃないの!』
大好きな大切な叔父様に、自分の我が儘で心配の種を植え付ける事だけは嫌!!
絶対にーーー……避けたい。
「っーーーこんな綺麗なドレスとメイクで、私ドキドキして、田舎暮らしだった私に似合うかなってーーー思うし?
勿体ない素敵なレストランで私緊張しちゃって」
「そうか?? 今夜はとても綺麗だよ?
そのドレス、よく似合ってる。
レストランで君が今宵1番美しいよ……?」
着用のレーシーなドレスは、数ある見事な品の中から彼が見立ててくれた物。
確かに素晴らしい衣装だがーーー
ふんわりと繊細な、まるで蜘蛛の糸で織り上げた様な軽くて美しい総レース製のドレスが実際の所、アグライアは内心恨めしくて。
ドレスの色も 繊細な素材もアクセサリーも、パステルカラーを好み、明るいハッキリした金髪の姉にこそ、実はとても良く似合う色合いだった。
そうーーー……!
この日の美しい装いは、決して彼女の美点を引き立てる為では無く……
「姉タレイアの為」同然のチョイスなのである。
元3つ子……
アグライアとタレイアはれっきとした一卵性双子とはいえ、肌の色や髪の色、瞳の色ーーー……
そして何よりも ”各各の好み”……が微妙に違う、異なる。
だがアグライアは不平不満を一言も言わない。
『だってーーー……』
今夜は「姉・タレイアの無事を祝う会」
ーーー永らく行方不明だった、たった1人の家族の生存を言祝ぐ、”特別なお祝い会”なのである。
だからつまらない感傷や我が儘は、アグライアは全く言う気になれなかった。
それどころか、寧ろ今位 ……姉、タレイアの美しき姿を……!
冴えない「身代わり」を、「代役」として通してでも、姉の事をたいそう気に入っている叔父の目の前に現しても良いのでは無いか?
もう充分、自分は大切にもてなされて、大事に扱われているのだ。
彼女とて、姉の居る場所が判ったのは本心から喜ばしい~……
いいや寧ろずっと、長い間待ち望んだ慶事で。
大好きで大好きでーーー仲がとても良い大切な姉
しかしーーーーー「〜〜〜おいしい!!」
「ははは君は昔っから、サーモンが好きだな!」
『ぅうん? 叔父様? それはタレイアの好物よ?
私も勿論サーモン嫌いじゃ無いけど、本当はチキンの方がもっと好きなのよ?』
「ぇ、覚えていて下さったのね?!」
「当然だよ? じゃ今度フィッシング〜私と一緒に『鮭釣り』に行くかい?
あれは豪快だぞ??
大型の魚だから 釣り上げたら頭部を専用バットでボコッと気絶させるんだよ。
釣りたてのサーモンの卵を塩水でしゅっと洗って、ソイソースと風味調味料で少し寝かせると、これがまた美味いんだ。
ーーーちょっとキャビアに似てる、ジューシーで大粒でアレは美味いよ。
正に、釣り人の特権だな」
バットでボコってーー……シュールすぎる〜〜〜〜
「それは、ちょっとーーーー」
「アハハハハ 冗談だよ!
だがーーー……鮭は眩いばかりに美しい存在だ、生命力が全身から溢れ出て光輝いている。
今は命の華……!
全力で命を燃やし生を謳歌する生きとし生けるものは皆美しい」
ロームルスは悪戯っぽく、キラキラ輝く碧い目で微笑みかけ面白そうにワイングラスをあけた。
アグライアは 最後の最後まで、一生懸命 叔父の心情を思いやり〜
満身創痍でヘトヘトだったが、心からの嬉しげな顔を彼に向けた。
ロームルスも彼女のそんな様子に安堵、2人での豊かな食事の時間を心ゆくまで楽しむ様子だった。
ロームルスは広大な自らの屋敷にーーーー無事、愛する姪〜
宝物のアグライアを自分専用の特別飛行艇で送り届ける。
「今日はとても楽しかったです。
姉の事をいつもお心に気にかけていただき、本当に有り難うございました。
今夜の素敵な美味しいお料理、本当にごちそうさまでした」
タラップから降り立った深夜の滑走路で、アグライアはそう言うと、首を伸ばしチュッと叔父の頬に感謝の印のキスを贈る。
「ーーーそれはよかった!」
ロームルスは見るからにホッとした表情で、嬉しげに自分の大切な姪に心のこもった優しいハグを返す。
がーーー……到着したプライベート専用飛行艇滑走路には、残念な事に既に別の小型飛行艇が待ち構えている。
『ヤレヤレ……』
仕事師のロームルスには暗い遠目でも、ひとめ見てそれが何なのかわかるのだ。
『私はささやかな幸せの余韻を楽しむ事も出来ないのか……』
ロームルスは仕方が無いとわかっていても
”今夜だけは自由でいたかった”ーーーー
酷くガッカリし、人知れずふぅっと小さく溜息を零す。
『〜心優しき大切な姪に、自分の動揺する感情を知られると、無意味に心配を掛けるだけだ』
ロームルスはさり気なく体の位置を変えて、コッソリあさっての方を向くのだった。
「閣下!! お休みの所 誠に申し訳ございません」
「何だアーサー」
小型飛行艇から素早く降り、側に駆け寄った2人の側近の話を聞き、実に済まなさそうな顔をクルリと姪に向ける。
「閣下をどうぞ宜しくお願い致します」
「済みませんお嬢様ーーー」
彼は側近に連れられて、再び自らの職場〜王城へと向かった。
アグライアは〜屋敷への帰宅後、叔父が用意してくれた自室に戻ると、慎重な手つきで脱いだドレスをハンガーに掛け。
ジュエリーも自ら柔らかな布で丁寧に手入れし、ケースに慎重に収納、これらの専用のメイドを呼ぶ。
アンドロイドのメイドは鮮やかに、総てを回収し終え、部屋から慇懃に去って行く。
元々はメイドは『人』だったのだが、あえて叔父に ”こうして貰った” のだ。
それには彼女なりの訳があった。
「……」
アグライアは、メイクも迷わずクレンジングで自分で落とし、美々しく揺った髪も勢いよく惜しまず解いてしまう。
サラリと……
キラキラ豊かで、長い髪が背中を覆う。
シャワールームで温かな湯を水量全開で浴び、零れ落ちる涙を隠した。
ーーーー切れ間ない嗚咽が喉を覆う。
泣いて泣いてーーー 泣いて……
ポロポロポロポローーー
沢山流した涙の雫の粒々が、まるで湯の流れの中にフワフワ見える気がした。
それでもーーー
一向に悲しい涙は止まらなかった。
人はこのフロアに居ない
居るのは余計な気遣いをしない人工知能のアンドロイドだけ……!
それでも、慎重な性格のアグライアは用心の為に絶対に嗚咽と声がバスルームや室外に漏れないよう口をふさぎ、浴室から出た後も気を抜かなかった。
1人ーーー”安全地帯”で
スッポリ頭から被った、冷たいベッドの寝具とシーツの中で身を震わせ悶えながら泣いた。
自由に感情を爆発させる場所ーーーーは、居場所はそこしかなかったのだ。
様々な手配を、目が回る程、寝る暇も無い程忙しい中、行った叔父様が別に悪いのでは無いのだ。
なのにーーーーどうして……私はこんなにも悲しいの?
『私はあなたがーーー叔父様が好きなんですっ』
ロームルスが「結婚」をーーー
誰とも1度もしない事は実際、国内でも有名な話だ。
何処か彼は「変」なのでは無いだろうか……?
この恋愛大国で、いい年しても独身なのはどうかしてる。
そんな物見高き世間に対し、国1番……!
いいや”銀河1つれない男”はこうシレッっと宣う…
「私は仕事と国が恋人なんだよ?」
それが、名誉も地位も、大王からの信認も、全く申し分の無いロームルス
ーーーーー彼の口癖である。
自分は絶対に彼とは結ばれないのだ、幾ら望んでも無意味な事。
姉なら『まだ』ーーーまだしも。
自分が選ばれるだなんて絶対に有り得ないのだ。
アグライアは、必死に声を殺して身を震わせながら、密やかに恋い焦がれる哀れな娘は いつしか深い眠りに落ちていった。
その晩ーーー……ロームルスは、とうとう屋敷には戻ってこなかった。




