ロームルス ③
ロームルスは1度ズバリ姉に尋ねた事があった。
「お母様の事が嫌じゃ無いの?」……と
ーーー憎々しいのは当然、親しげな振りをしてるに決まってるだろうと。
……ところが全く〜予想外、思っても見ない返事が返って来たのには本当にビックリしたものだ。
美しい姉は??? 変な貌をしたのだ。
「〜どうして? とっても善い方だわ?
私は大好きよ!〜ロームルスはそうじゃないの?
お忙しいお父様は御国にあまりいらっしゃらないけど、新しい優しいお母様とロームルスがいるから私全然寂しくないわ!!」
「でもーーー
僕ももうすぐ御父様の頼みでトール軍幼年学校から別の全寮制の学校に進学するけど、いいの??
遠く離れてお側にいないけど……? お母様と2人になってしまうんだよ?」
「同じ国に居るんですもの、私から連絡は出来るから大丈夫よ!!
男の子から照れてお家へはなかなか出来ないでしょ?
ーーーー通話に出てくれる? ロームルスは。
お母様もきっと喜ばれるわ!!」
「勿論だよ、それに時々は、僕に面会に来てくれると嬉しいなぁっっ!!」
そして…… ”案の定”……!
彼のどの時期のクラスメイトからも、一際〜ハッと際だって目立つ素晴らしい美人にドンドン変貌してゆく姉は人気者。
口々に羨ましがられて鼻高々。
思えば……「ルームメイト」
リーズ現大王と ”本音” でのより親密な深き付き合いが始まったのは
姉に〜
「何とか恋の橋渡しを頼む!!」
彼から ”頼み事” をされた事からだった。
(当たり前だが 「あんた馬鹿ですか?」 と一喝。)
まるでーーー純粋に血の繋がりのある、本当の本物の姉と弟だった。
唯一意見が合わなかったのは~
ーーーーー真っ二つに意見が割れたのは……
姉が 結婚 の為に、故郷「惑星トールを離れる」と言った時だった。
「行かないでくれ!」
~自分の元からいなくならないで……!
1人にしないで。
そんな遠くの星なんかにお嫁に行かないで!!
あの時ーーーーもっと、強く引き留めておけば良かったのだろうか?
そうしたら命を失わず、豊かな生を全う出来たのか?
ロームルスにとっての深い後悔
未だに何度考えを巡らせても、答えが出ないーーーー
苦い悔恨を伴う記憶。
『私は一体どうすれば良かったのか……』
何所で選択を間違えたのだろうか?
「!!」
急に ふっと優しい温かな手が両頬に添えられた。
ーーーーーハッと、意識が表層に急激に戻る。
気が付くと、そこにはまるで心を包み込むように……
フレイヤ妃殿下が真正面から、手を伸ばし、ロームルスの表情を真っ直ぐに瞳をそらさず見上げていた。
ーーー静かな眼差し。
真面目で偽りが見えない、邪気の混ざらず曇りの無い純粋で透き通る美しい瞳。
煌めく朝の光を透かし、シルバーグレイを僅かに含む、水晶の如くに輝くアイスブルーの色味。
『姉様?』
息を呑み、今は亡き姉がこの世に甦ったのかと錯覚し、時がグルリと巻き戻る。
優しい姉はーーー……強気な彼がそれでも孤独と不安で心折れそうになった時。
そっとーーー頬に手を添え、何も言わずに今にも潰れそうな心に寄り添い〜忍び寄る辛さを癒やしてくれたのだ。
ゆっくり、瞼を閉じる。
何故ならば、何時までも見つめ続けると彼女を汚す気がしたからだ。
俯いたロームルスは暫くじっとしてーー……そのまま身を任せる。
フレイヤも、また少しも姿勢を崩さなかった。
狼と蔑まれ恐れられた、閉じた碧の瞳の眦から一筋の光が零れた。
体勢を解くと、2人は爽やかな温室内を目的場所も無く しばし、そぞろ歩く。
言葉は交わさなかったが……ロームルスは珍しく心が穏やかでーーーー
そんな沈黙が気にならず、むしろ ずっとこの満ち足りた時が続けばいいとすら無意識に願っていた程で。
『……不思議だ…』
理知的な思索を灰色の脳細胞に渦巻かせる事が多い彼には、これは奇跡的な事。
ロームルス本人も、実は戸惑う優しい時間だった。
「何か私にお話があったのでは?」
肌に優しい人工風を受けながら、フレイヤは意外な程くっきりした声でロームルスに尋ねる。
「言いにくいお話ですがーー……」
流石にロームルスも言い淀む。
ーーー自分が何を言わなければならないか……!
今更ながら罪悪感で胸が痛い。
「ーーーーーーー」
「ーーーーお気になさらず続けて下さい」
「私の”姪”を~…… フレイヤ妃殿下と同年のアグライアを。
〜ふつつか者ですが、貴女の夫であられる、ラファエル王子殿下の2人目のお妃様に推薦したいと思います」
「ーーー……」
風と桜の木立がサヤサヤと、まるで人の囁きに似た音を立てている。
フレイヤはつと言葉を落とす。
「ジャパンの『トーク』
おしゃべりという言葉と読むーーー漢字という表記の語源ーーー
偉大なる閣下はご存じですか?」
「さぁ、文学はあまり詳しくないのでーーー」
「これはあくまでも個人的な、想像ですが、2文字の最初の『言』はーーー
『口に出して言う事』そのもの。
2文字目の『葉』は、植物の〜リーフの事。
構成の難しい謎めいた部分は世と読むそうです。
ーーー色々な解釈が出来ますが
”1人の王が治めた治世そのもの”
調べると文献では、その様に 指し示す意味もあるのだとか?
サワサワ浮き世のたわいない人々の喜怒哀楽〜
『おしゃべり』を、この言葉を当てはめた、この世で最初の人はーーー
自然界の四季〜森羅万象に。
春に芽吹〜秋に散り、再び夏の日に〜
明るくきらきら、同じ様にさんざめく 風に舞い囁く木の葉、草木に
ーーーー1代の 人の人生を見たのでしょう。
古代ーーーー侵略などで王が落命し倒れれば。
その国の王国民人の命運も、同時につきると言う事。
それでも儚き人の人生は続きーーーー
生も死も囁きに変えて……全てを受け入れ、逞しき人々はお喋りをし、新たな命を紡いで行く。
それこそが大きな宇宙のうねりの真理だと、厳しくも悟っていたのでしょうね。
私は今まで何と物を考えなかったか?
世間知らずで何も知らず 恥ずかしい限りです」
「”何も知らなかった” と 畏れながらその様に仰られるのは、フレイヤ様が際だった勉強家の証です。
本当に無知な人間は そんなふうに考え込みません。
多くは勉学は学生時代で終了させてしまうーーー勿体なき事です。
ラファエル殿下は賢き優しい姫を后になされました。
『言の葉』ーーー壮大なスケールの話ですね、私は大いに気に入りました」
再び 暫く2人とも無言で温室内部を散策する。
「閣下ーーー『彼女』ーーーでしたら、私は構いません。
産まれた息子~天子にも朗らかに優しく接してくれていますので。
”息子”に、この先政治的、財源的に有力な後ろ盾が王城で必ずや必要ですから」
そう洩らすと、ふと言葉を切る。
「でもーーーーー」
「? ”でも”ーーーとは?」
ロームルスは思わず尋ねる。
少しでも、彼女の心理的不安や負担を軽減したい……! 他意は無く、切実にそう感じたからだ。
「~いえ何でもございません。
ただーーー本当に閣下はそれで宜しいのですか?」
『???』
妃は再び謎めいた言葉を口にする。
「~まだ、この事は大王様や王子様、姪本人にも伝えしていませんので『話』は決定事項ではありません。
『私の誠意』として、お妃様である貴女様にまず1番に ”私の考え”
〜こちらの気持ちをお伝えに上がりました」
フレイヤはフゥッと、微かな溜息をつく。
「閣下は、誰よりも優秀で誇り高く、孤独なあの方にどこか似ていますね?」
フレイヤは彼を見つめていた視線を遠くに逸らす
「”あの方” ……とは 信繁君の事ですね?」
「……」
フレイヤは彼の質問には答えなかったが、おそらく返答が”正解”だったのだろう
ーーー微かに俯くと、ふわり儚げに仄かに、泡と溶けて消えてしまいそうに、だがとても幸せそうに微笑む。
チラリと横目で見、チリチリ胸が炙られ、グサリ〜息が止まりそうな抉られる想いがした。
さらりーーー木々の間を渡る 優しい人工風が、明るい色彩の艶めく肩を覆う、今朝は結わず流した妃の長い髪を滑らかに揺らす。
繊細に輝く絹糸に似た輝きを、サラサラーーー穏やかに反射させる。
「ーーーーではこうしましょう。
姪は城で現在『収監中の姉上』〜タレイアと直接面会の予定が入っております。
ジャパンでの護衛は、信頼のおける信繁君に依頼を直接お願い致しました。
城 特殊部隊隊員として彼は際だった優秀な隊員ですので、姪の身辺の安全は先ず間違いが無いでしょう。
このお話は姪が戻られた以後に、もう1度席を設けて改めて考えましょう。
ーーー実は、現在、2番目の妃の座を巡り、貴女様を良く思っておられない1派が、けしからぬ事に 我が目を盗み暗躍しているのです。
私がそれらを”成敗”しておきましょう。
何も御不安に思う事はございませぬ。
私は城側城主と不変の誓い、御身の安全を約束しておりますので」
「どうもありがとうございます」
話を聞くとフレイヤはトールの国での正式様式の会釈を、心を込め深々と行う。
ーーーーロームルスは慌てた
この様な方が、自分にしてよい行為とも思えなかった。
「姪がこの度、折角地球に来日する、しかも行き先が特別な地〜城ですので。
貴女様から何か、御伝言がございますでしょうか?」
てっきりーーー……彼としては、妃が大いに喜ぶと思っての咄嗟の発言だったのだが、逆にスッと美しい表情が薄く曇った事には不意を突かれた。
「私はーーー……
惑星トールで皆に王子様の妃として親切に遇され……
日々ーーーー心穏やかに幸せに過ごしていると~
”それだけ”を
『城』の懐かしい親切に接して下さった皆々様に、宜しくお伝え願えませんでしょうか?」
「本当にーーーそれだけで宜しいのですか??」
ロームルスは彼女の余りの無欲さに仰天する。
「ええ、それで私の気持ちは充分です」
……! それは嘘だろう!?
必死で〜妃としてーーー夫を立てて。
ここまで自分の溢れる想いに蓋をし、ジッと寡黙に痛みに耐えるフレイヤがロームルスの目には健気でそして哀れに見えた。
妃と彼は クリスタルパレスで穏やかに、そのまま別れた。
フレイヤ妃殿下との面会を済ませたロームルスは、胸を騒めかせる不穏な気持ちに苛まれて仕方がなかった。
彼女の姿は、まるで生育環境から切り離され、徐々に生気を失い自ら死に向かおうとする希少生物〜
この星で強く絶滅が危惧される、とある美しい毛並みを持つ、高山に住む誇り高き野生の山猫の姿をつい思い浮かべてしまうのだ。
***********
「ロームルス閣下、これをどうそ」
「うむ、有り難うアーサー」
ロームルスは、クリスタルパレス巨大温室内〜
正面入り口に設置されている、中心に金色の派手で華麗な神々の彫刻の飾られた大理石製の雅やかな噴水がある円形の水槽前。
訪れた際には、必ずある事をするのを毎度大変楽しみにしている。
彼の思考をまとめる為の ”独特の儀式”、ルーティンワークにこれも又近いと言える。
ロームルスは付き従う側近の二人の内、年かさのアーサーから小さな器を受け取り、ヒョイッと大柄な厳つい体を屈める。
「……」
彼は繊細な手つきで、予め丸く成形された練り餌を大切に1粒取ると、指先で〜
噴水のパチャパチャ撥ねる水圧で、決して水面が荒れない穏やかな場所にてそっと浮かべる様に入れる。
するとーーースイーーーーーッーーーー
深みから浮かんで来た、輝く錦鯉がまるで待ちかねていたようにパクリと大きく飲み込むのだ。
思わずーーー顔が柔らかく優しくほころんでしまう。
「愛しい奴らだな」
「ええ!
最近ーーーあちこちのトールの邸宅で、此処を真似て煌びやかな鯉を飼うのがブームで。
平和で穏やかに良く慣れた可愛らしいこの子達を見て、富貴な親達が先ず子ども達にねだられて。
でーーーあまりにも可愛らしく懐く様子、次に大人が本気で夢中になる様です」
「生きとし生ける物は何でも美しいなーーー」
「ハイ!この子達は特に!
あぁーーー閣下のお気に入りの子がこちらに泳いできましたよ?
彼等もわかるんですね、優しくしてくれる方がーーー」
ロームルスは指先で〜
ぷかり優雅に水面に浮かんで来た、光り輝くプラチナカラーの大きな錦鯉の口の中に練り餌の団子を入れてやる。
フワッと側に寄る様子に、思わず口元に喜びが浮かぶ。
身の丈が中型犬位の堂々とした錦鯉。
幾度も行うキラキラ優美すぎる蠱惑のターンにて、水面近くを白銀の燦めきで暫くの時間、穏やかに美しく彩るのだ。
ロームルスらは目を細めて、嬉しげに微笑む。
「何だか魚って感じがしないな」
「ほんとですねーーー!」
「私も……屋敷で飼いたいのは山々なんだが、始終留守がちだからな。
鯉達を寂しがらせる気がして、飼うのが躊躇われるのだ。
ーーー稀にしか来ない主人を待たせるのも不幸だからな、こういうものはうんと愛される主人がいい。
〜そう思うと中々踏ん切りがつかないのだ」
「ですから〜〜〜! 早く素敵な人を奥様にされては如何ですか?」
「ははは、そんな奇特な人はいないよ?アーサー、私が怖い男だと言う事は、国中の皆よく知ってる」
ロームルスの口調は朗らかで、実に楽しげに笑うのだ。
そんなこんなの、お約束のーーーたわいない話をして暫く寛ぐ。
1日中 気の張り通しの彼にとって、唯一と言っても良い趣味の、鯉と共に過ごす安らぎの一時だ。
そして今朝は特にーーーー格別に気分が良好だった。
『フレイヤ妃殿下は、このままではいけないかも知れない。
あの方は善い方だーーー』
直感的な悪しき危機感に、ロームルスは心が傾いて揺れている。
〜自分がお妃様の為に、是が非でも何とかしなければ〜
そんな事をいよいよ真摯に考え始めていた。




