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ロームルス ②


トールでは〜……

天子には優秀な乳母がつくため、母親は直接子育てをしない慣わしである。


フレイヤ妃殿下、彼女は ”たった1人” ……


 

ロームルスの目で見ても孤独でーーー早朝の朝日の清廉な輝きの中で、フレイヤ妃殿下は寂しげに寄る辺なく見えた。



彼程の男でも、透き通った、あまりに儚げな浮かべる微笑みにグッと胸を突かれてしまう。


ーーー今にも清涼な空気に溶けて、この世から消えてなくなりそうで。


ロームルスの真摯で誠実な心配する気持ちが伝わったのか


「大丈夫です」

 

フレイヤは目を伏せ、小さくひと言、そう答える。


ロームルスはコホンと小さく咳払いをし、こんな事をやや強く言う。


「『大丈夫』と言う人ほど……

実際は大丈夫では無く、ギリギリで危機的な状況なものです!」

 

ーーー言い切った後、彼は大きな口で仄かに薄く笑う。



「閣下は……不思議な方ですね……」


「それはまたどうして?」


「狼~と あだ名される方が。

こんなに物静かで善良な方だとは、思いませんでした。


閣下は姪御さんの『アグライア様』〜と……

瞳の碧の柔らかな色彩が、大変よく似ていらっしゃいますね」



ロームルスは耳まで裂けそうな口で「ははは……」 乾いた声で笑う。


〜そんな事を他人から言われたのは、今が初めてだったからだ。



”物静か”? ”善良”?……


姪のアグライアは確かにそうかも知れない……あの子は実に素晴らしい娘だ。


彼女の瞳の色に”掛けて”

〜私達に「良質な美点の共通項がある」、そう本心では言いたかったのだろう。



ーーーー誰もが私を恐れ、従順に従いながら忌み嫌う。


自分は死屍累々〜 沢山の屍の上の腐敗の頂点に立つ血生臭い男だ。


”今まで”もーーー ”これから”も

私はそうして、咎の枷を背負いずっと死ぬまで生きていく事だろう。



それを思い、ロームルスは目線を下げて密やかに皮肉っぽく笑った。



フレイヤ妃の処遇について、最も急先鋒、過激な意見を押して厭わなかったのは実は彼である。

 

これについては、彼女も当然知っている筈だ。


……なのに…… 一体これはどうしてなのだ?


 

『私はーーーー有る『理由』で。

彼女の事を、絶対にどうしても許せなかったのだ』


ああそうだ、遠いーーー……遠い時を挟んだ私怨で。


”あれ”は、私の強い個人的恨みだ


フレイヤ妃殿下さえいなければ、この世に生まれてさえ来なければ、尊きフレイ王家の王弟殿下はおそらく今でも、あの日のままで気高く生きておられた事だろう。


彼の育て上げた自慢の優秀な将兵達も、あんな無惨な死に様でこの世に別れを告げなかったろうーーーー


ロームルスには『過去の心のしこり』……

どうしても譲れない苛立ちと気概があった。


なのにトールの独房にこの娘が収監された時、ロームルスの親友である宇宙艦隊総司令官スレイプニルは実に鷹揚に、カッカといきり立つ彼にふざけて言ったのだ。


「まぁ〜よしなに取りはからってやれよ? 


姫の現在の ”現実の立場” は、王家の1員っていったって最も末席の末姫。


へなちょこ重要人物王太子でもなけりゃ、お前だって実際は『わかってる』筈だよな?


”軍部の発言権”だって、上意下達の規律システム上、新人艦長だから地位なんか空挺の内部でも無きに等しい。


ーーーてか? ゼロ以下だろ?


それにウチの大切な、初恋だとかなんとか完全にのぼせ上がってる恋人の、大事な副官ラファエル王子殿下が受けるダメージを考えるとなぁ、手加減してやれ。


ーーーあのなぁ盟友よ? 

だから昔の遺恨は置いといて、頼むから公開処刑は勘弁してくれって思う訳さ」



事実その通りで。

親友と認めたスレイプニルの言う通りだと理性ではわかっていたのだが、胸のモヤつきが抑えきれず、引き伸ばせるだけ引き伸ばし返答を渋った。



大王リーズ陛下、また彼の乳姉弟であるエリザベスも決定の翻意を強く願ったが


その為ーーー

あの時そのせいで、踏ん切りが中々どうしてもつかなかった。



『変われば変わるもんだな……!』 ロームルスは心の中で苦笑する。



あんなに頑固に彼女への制裁、処刑に固執したその自分が ”今や”……!!


彼女の死を望んだ自らが


「フレイヤ妃殿下の1番の心とお立場の理解者でありたい」


なんと心から〜

本心より願うようになっているのは最早皮肉としか言いようが無いと思うのだ。



『彼女は……あまりにも あの方に似すぎている。 本当に ”何もかも” 』


誇りも夢も……気質もーーー…… 優しさも 美しき外見も


……奇跡の瞳の色もーーー!』



こんな事ってあるのだろうかーーーー……


ロームルスは内心の葛藤を悟られない様、如何にもさり気なく ”自分語り”


親しみや親愛を抱いている振りをし、話題を誘導する。

 

「秘密の共有」 


こうした事は誰しも相手が自分を尊重し認めてくれたと喜ぶ。

「打ち明け話は女性には特に好評」ーーーだ。



しかし彼は、それこそが今回に限り、大いなる嘘と、どうしてか……気が付かなかった。


”嘘では無い” ”策では無い”


何故ならば彼は既に、相手に無意識の純粋な好意を抱いていたのだから。



ロームルスはゆったりと滑らかに話し始め、その態度にフレイヤも彼の言に真剣に耳を傾ける様子が見て取れたのでひとまずホッと安心する。


 

「私の……今は”亡くなった母”ーーーは、今の父上からのプロポーズを承諾致し再婚しました。


思い出の中の彼女は、とても美しい人でした。


再婚の『決め手』ーーーは……


母と幼い私を残し、ある星で未だ若い年齢で戦死した実父と、”そっくりな瞳の色” だからだと……」



「そうでしたか」


「はいーーー父上と実父は『生まれ故郷が同じ』で……!

 

種明かしをすれば、その地方特有、独特のーーー

義父だけで無く〜 皆 ”よく似た” 目立つ特徴的な瞳の色なだけです……


私の実父とは戦友であり、幼なじみの無二の親友だった今の父は〜

まぁ年齢が年齢ですので、今は流石に軍を退役し既に悠々自適の生活ですが?


2人目の父上ーーー”私の義父である彼” も。


同じく戦闘艦付きの看護師だった妻が宇宙で戦死、まだ幼子の子どもをかかえ孤独な『独り身』でした。


その幼い子どもが、私の敬愛するたった1人の姉です。

 

アグライアは〜彼女の残した大切な娘〜……『姪』なんですよ。


現在の2人目の父はーーーー私に様々な喜びを教え……与えてくれました。

トールの険しい連峰へのアタックも、その内の1つです。


生前の母と父上は、深い本物の愛情の絆で結ばれていました」



「ーーーでは……

閣下はどうして今まで結婚をなさらないのですか?

その様な素晴らしきご家族に恵まれたのに?」



「私には、家庭的な事は向いていないからです。

ぇえ、この年になると、私の地位や名声、資産が目的の女性は正直面倒です。


自分にとっては 仕事と王国が恋人です」



「ーーー見る目が無い女性が多いのですね……」


するとポツリと、フレイヤ妃殿下は再び不思議な事を呟いた。



『……フッ……』


ロームルスは、大王の溺愛する、お気に入りの末の王子……!


トールの大天使と、全国民から絶賛され讃えられる、美しく繊細で一際優しいラファエル王子が、あそこまでどうして彼女を、フレイヤの事を、ああも夢中で好きなのか良く理解していた。


ーーーこの御方は何時も、此方の予想の上を行く瑞々しい返答をする……!



人間関係は決して、特に恋煩いは〜


欲しい言葉を常に与えてくれる、叶えてくれるから善しーーーという単純な物では無い。


寧ろ ”そうでないからこそ” 稀少。


それが燃料となり、男心をかき乱す焦れる原動力、熱き想いに繋がる事もある。


決して飼い慣らせない野生の山猫ーーー

美しく高貴で誇り高い、自由な真っ直ぐな魂を持つひと。


どんな荒ぶる自信家の男性の気持ちをも、つい〜思わず、無意識に惑わさずにはいられない。


加えて、本当に大切な者の為には自らの立場・主張を躊躇わず捨て去り曲げる事が出来るという強靱な柔軟さ、真の強さも持ち合わせている。



フレイヤ妃殿下はなんと、自らの幼い息子の為に、”憎き彼”に、自分の死を強く願った男に自発的に頭を下げたのだ。



あの日ーーーロームルスは本気で驚いた。


『有り得ないだろう……!? いくらなんでも……』


普段、実は全く大した事の無い、ちびた出自や能力の者に不当な、あからさまな侮蔑や悪意を向けられる事が多いロームルス。


というか?日常的に『そればかりの男』は驚天動地の心象だった。



自分は幾ら、立身出世したとしても、まごう事なき平民の出。

しかし彼女は、そうではない。


こうした貴族階級の人間がどの様な嫌らしさ満点の手合いかーーーー


参謀本部勤めの仕事上、骨の髄までよく理解し知っている。

 

……


ロームルスの記憶には、そうでなかった例外は、この世でたった2人しか存在しなかった。


1人は我が敬愛するーーー「リーズ大王」


そして「もう1人」は…… 今は亡き、旧フレイの気高き王弟殿下だけだった。




それはともかく、目の前のフレイヤ妃殿下は、なかなか出来る事では無い、希有な心を示すのだ。



それこそが、ロームルスを大きく『変えた』……


変容させた、彼女特有の特殊で特異な資質だった。


『そういえばーーーー』


ロームルスの、今は神の元に召された姉も、どこかそんなだった、懐かしき日の事柄を突然思い出すのだった。



************

 

 

「こんにちはっ!

 

貴方も綺麗な色の目をしてるのね?

大好きなお父様とお揃いみたいで嬉しいわ!!」



それが初めて、姉が初対面で自分にかけた言葉だった。


姉はーーー……どちらかというと、薄く青みがかった瞳で、確かに指摘…言う通りではあった。



明るく快活な彼女はどんな時も〜 『血の繋がらない弟』


愛しい父を奪った義母の連れ子である、ロームルスの味方で有り続けた。

  


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