第3章 ロームルスの姪、アグライアの心情 ①
惑星トール軍事参謀長官 ロームルスは私の叔父である。
私「アグライア」は……惑星ラオコーン大統領夫妻の次女として生まれた。
ラオコーンは気象も自然環境も厳しい星で、ほんの50年前は荒野も同然だったそう。
でも今だってかなり住みにくい星で、余り他国から良い事は言われない荒涼とした惑星。
なーーーんにもない星ーーーー資源も植物も無く、あるのはサラサラな〜粒子の細かい砂と強い風。
そして人間が辛うじて住めるのは、乾燥した砂漠地帯のみ。
後は、惑星大地の端は寒い、堅くぶ厚い万年氷に包まれた荒涼とした地表だ。
ただーーーそのせいで……
私は自由に大きな声で大自然の中、こうしていつまでも好きなだけ唄う事が出来た事には感謝するしかない。
私の声が風に乗って大地を渡りーー何処までも遠くまで果てしなく伸びてゆく。
歌の心と大地の精霊が……
この野趣溢れる荒野の土地の魂と、身も心も一体になった様ーーー
じぃんと、頭の芯が痺れるみたいに溺れてゆく。
体中から沸々と 奥深くにうっそり眠る力ーーー
自身の野生の本能が、ユルユル目覚める特別な感覚は堪らなかった。
「アグライアはまるで、この星の精霊〜 女神みたいね?
ううん、っていうかーーーーーー!!
普段の大人しい貴女とは まるで”別人”よ?!
”女神降臨”って、超自然な感じが大好きよ」
ーーーークスクスと美しく賢い ”姉” 〜
砂よけの簡易テントを張り、隣で〜何時ものタブレットで難しい電脳電子書籍を読んでいたタレイア。
ピクニックシートに長々と寝そべり、風で入り込む細やかでサラサラな砂に塗れるのにもかかわらず、キャッキャとコロコロ笑いながら足をパタパタ、いつも私をそんな風にからかった。
「ねぇ〜……×××を唄ってよ?
狭っ苦しい室内じゃ本当の良さが聞けないわ?」
「風で音が割れちゃうけどいいの?」
「貴女は『雲雀』よ? 何言ってんの!
何処までも綺麗な声で輝いてこその貴女よ?
私があなたの、この世で1番の大大大ファンなんだからねっっつ!
だから〜でも声を痛めないようにーーーー変なこと気にせず。
アナタの自由に好きなように唄って!!」
私とタレイアは素晴らしく仲が良かった。
私達は切っても切り離せない本当に仲のよい姉妹で、一心同体!
ーーー自由な時間はいつだって一緒に過ごしていた。
元々は三つ子姉妹だったんだけど、生後間も無く体の弱かったベビーの一人が天に召されてしまったのだ。
そんなこんなで親友以上に相手の事がよくわかっていた理解し合う姉妹だった。
銀河連邦政府の、銀河法ーーーー
惑星の様々な場所を種類ジャンルを問わず開発する権利。
特に、重大な権益を生む事が可能な地層深部までの採掘を法で”特別に認められていた”のは「祖父」
それを利用しーーー
”彼の直系の息子”である〜銀河地質学アカデミー正会員の地質学者でもある父。
父に寄り添い、何もかもがビックリする程に非常に豊かな惑星トールから嫁ぎ。
うーんと遠くより物好きにも、この殺伐とした星にやって来た美しい母が共に手を取り合って、苦難の果てに「祖国」を開発した。
ーーー長い間の忍耐
次第に文化的生活の出来る環境を整え作り上げたのだ。
大統領といっても、実体は「何でも屋」の父はーーーーー
何時も歌を歌ってばかりの夢見がちの私にこう言った
「歌では生活できない」と。
それでーーーー…… 職業として食っていける……
そういう ”わかり易い事” ではなくて。
この厳しい環境の辺境惑星では浮ついた、そんな華やいだ夢や希望を追う事では無く実直に
「労働力」としてのお前の価値・存在感を見せろ!
ーーーーーそういう実にシビアな意味だった。
美人で優等生の姉タレイアは子どもの頃から、学業面で素晴らしい成績を収めているだけで無くて、地質学者でもある父に国中付き従い、資料制作や鉱物の見本採集、ホログラム映像編集を一手に引き受けていた。
つまり父にとって ”得がたい半身 ”……そのもの。
仕事に付き従う 利発で活動的な美しい姿が、より内面に大人びた資質を育て〜
それは同学年の生徒とは全然違うレヴェル、実年齢以上の飛び抜けた「実力」付加価値、魅力の華を添えていた。
両親~……特に父の「大のお気に入り」、傍目にもそれは常軌を逸していると言って良かった。
でも父にとっては ”私” は、「出来の悪い子ども」だった。
”姉とは比べ物に成らない程” の価値の違いがそこに横たわる状態。
比喩でも卑下して言っているでも無く、父に直接言われ続けた事から本当に本当の事で始終叱責を受けていた。
「なんでお前はそうなんだ!!」
きつい罵り声と溜息と 繰り返される失望の言葉が、心をズタズタに引き裂いていく。
何度も期待に添えるように、私も頑張ったのだが、そんな態度が返って媚びている様に感じられたらしく益々、父の激しい怒りを呼んだのだ。
どうして私を、こんなにも愛してくれないんだろうか?
どうすればいいんだろうーーーーー?
未だーーー優しい祖父が存命の時分は、私を可愛がってくれた祖父の目を気にして”それなり”だったのだが、葬儀後、父は自分の感情を剥き出しにした。
ーーーー私はわからなくなっていった。
姉は、私の全くの”空回り状態”
空しい反抗期中、次第に父と口を利かなくなった事を常に心配していた。
そんな ある夜、とうとう大統領である父と大喧嘩になってしまう。
「もう耐えられない!! こんな星は大嫌いよ!!」
本当に 生まれて初めてのーーーー!
父に対するあからさまな拒否、ハッキリした否定。
自分でも驚く程の強烈な怒りの感情、爆発するかの精神の激高だった。
だけど、ダッと怒りの感情にまかせて、明るい暖かい居住区から駆けだしたものの
〜世間知らずで
親の元以外で暮らした事が無い、お嬢様暮らしの私で、情けない事に行く当てなどあろう筈もない。
仲のよいクラスメイトの家庭は、遙か離れた居住区。
日が暮れた今からたった1人でいける筈もない。
砂と風から建物を守る為、面会許可だってドームを保守点検する職員から下りないだろう。
〜飛行艇の人工知能操縦ぐらい、ほんの触りでも操縦方法を学んでおけばよかった!〜
家出すら出来ない無能な実力の自分が惨めで、全ては後の祭り
自業自得ーーーーーー……!
夜間はグッと気温が低くなり当然体がガタガタ震えた
仕方が無く、行くあて無く戻った、真っ暗な庭の隅で凍えながら完全に居場所を失い、惨めにメソメソ泣くしか無かった。
父の怒りに満ちた怒鳴り声……
母のーーーー何とか取りなそうとするオロオロ声
街を守る「覆い」〜
オンボロの継ぎ接ぎだらけの防御壁からも、ガタピシ容赦なく入って来る”ラオコーン名物の強風”に乗って、どこからともなく切れ切れに罵声が私の元に届いた。
父のーーーー…… 終わりなきヒステリックな声
私を容赦なく罵る怒鳴り声
「育ててやった恩も忘れて〜〜!!」
「一卵性双生児なのに何でこんなに違うんだ!」
「あの出来損ないが!」
囂々私を非難する呪いの悍ましい声の数々。
嫌だ聞きたくない!!
泣きすぎもう涙は1滴も出ない程に涸れ果てギュッと……掌で堅く両耳を塞ぐ。
「みーーつけた〜!!」
すると突然、優しい明るい声が頭上から降ってきた
ーーーと同時、フワリと柔らかい心躍る良い香りがする軽い布で体を包まれた。
この香り!
姉タレイア愛用の……
この生育環境が厳しい星でも必ず花を咲かせる事が出来た「フリージア」
清純な幸福な! 心ときめく花の香りの香水だった。
「もう遅いから……
ここでは風邪をひいてしまうわよ? 喉に悪いわよ!!」
たった1人の私の姉 タレイア は……
ラオコーンにしか生息しない、柔らかでモフモフの砂狐の貴重な換毛を丁寧にブラシで梳いて、フェルト状に圧縮して作られたショールを〜
ベビーピンクのフンワリ羽毛みたいに軽いそれを、ガタガタ震える私の肩に掛け、自分はクシュン~!
ーーーー可愛いクシャミをした。
私は堰を切ったようにーーーーー!!
わんわん細い姉の体にしがみつき泣いた。
「……昔はお父様も、決して ”あんな風” では無かったって〜
~祖国への愛と夢を語り本当にお優しかったって、そんな彼の事を尊敬して支えて上げたいと思ったって
ーーーーー以前、お母様が仰ってたわ?」
私は驚いて顔を上げると、切なげな遠い目をするタレイアの顔があった。
「許容量を超える苦労は〜 人をあんな感じに変えるのね? きっと
だからね? ーーーお父様を許してあげてね。
今は憎たらしくて嫌いで堪らないだろうけれどーーー!
だけどーーーアグライアは本当に我慢してきたのね?
気がついて、わかって上げられなくってゴメンね?
いつも穏やかな優しい貴女が……あそこまでハッキリ怖いお父様に言い切るだなんて。
私だったら震えてしまって、あんな風に言えないわ!
すごく勇気があって格好いいと思ったの」
タレイアはポロポロ泣きじゃくる私の背中を、いつまでもーーー……
……いつまでも
優しく右手でさすってくれた。
タレイアはどんな時も、ずっと頼もしい私の味方でいてくれた。
世界中で1番大好きな素敵な「姉」
優しくて格好いい、私の自慢のタレイア、明るい金髪の姉をひとたび見た者は、皆確実に虜だった。
同じ姉妹なのに、暗くさえない〜……貧相な私。
そんな美しい姉が時に疎ましくーーーけれども誰よりも誇らしく大好きで。
「ねえ~アグライア、よく聞いて?……」
漸く落ちついてきた私の横にヒョイッと座り直すと、タレイアは綺麗な囁く声でこんなふうに話し始めた。
「お歌の勉強がしたい?? 」
勿論だと、コクコクしゃくり上げながら強く頷いた。
タレイアはウフフと綺麗に笑い、星の光で美しい貌がより一層きらりと輝いた。
「じゃあ、後はーーーー任せてね!!」
『えっ?!』……と言う顔を私がすると
「貴女は何も口を挟まないこと!!私はーーーー本当はね?
いつも貴女のーーーー素晴らしい自由な才能が羨ましかった。
なんで自分には歌唱の才能が無いんだろうかと、嫉ましくって羨ましくって堪らなかったのよ?
アグライアは、貴女は気がついてないだろうけれど、ね?」
ニコッと可憐に微笑み「でも お父様には秘密よ?!」
シーッと、悪戯っぽく桜桃色の唇に人差し指を当てたのだ。
その時ーーーーー……
タレイアの形の良い唇からふいに地球の古い聖歌〜!
讃美歌のメロディーが小さく紡ぎ出された。
甘く優しく柔らかく〜その微かな歌声は私の尖った心を解きほぐしてゆく。
聖歌ーーーー……
讃美歌167番 第2編ーーー……
又の”別の名”は〜「アメイジング グレイス」
引用聖句は〜ヨハネによる福音書 9章25節
ある理由で辛く悲しい時 嬉しくてたまらない時
必ず一緒に声を揃えて唄う ”私達の共通の心の友の曲”にしていた。
タレイアの、細く口ずさむ微かなメロディーラインに合わせて、私も滑らかに音程を整え、ヴィブラートのかかったハイトーンで綺麗に唱和する。
半透明に透き通ったドームの天井部の向こうにキラキラ見える1番高い場所〜
音の連なりはユラユラ燦めきーーー
昏い夜空の聖なる星々の元に、私達姉妹の歌声が明るく登って行った。
歌が静かに終わると2人顔を見合わせ、クスクス楽しげに耀く様に笑い合う。
「アグライアの歌う唄、私は大好きよ!」
「〜私もタレイアとじゃなきゃーーー
”この曲”だけは誰とも一緒に唄いたくないの!」
長いドレスの裾を、タレイアはよいしょっ〜と、元気よくボーイッシュに摘まみながら立ち上がると、”姉”はグイグイ強い力で ”妹”の私の手を引き
父と母の元に
ーーーーー暗い世界から輝く場所に連れて行った。
もう少しも怖くなかった。
だって私にはタレイアが居る……!!
これが初めての、私の家出だった。




