大騒ぎのクリスマスクッキング ⑨
クリスマスケーキ、ほぼ完成間際ーーー
子龍と雅は信繁に何やらコソコソッと耳打ちをすると、ヨンを引き連れ、素早く何処かに出かけていく。
皆が試食の準備をほぼ済ませた頃ーーー……
大切そうに「あるもの」をよいしょよいしょと大男の力自慢の子龍とヨン、2人がかりで調理室に持ち込む。
それは ”雅愛用”ーーーーー……
本格的仕様の1台のキーボード。
「今日クリスマスケーキを作ったんだから絶対相応しい音楽が必要でしょ?」
カワイイ飛びきりの表情。
不思議そうな顔の参加者達に向かってニコッと微笑みかけた。
彼女や参加メンバーはハッと気がつくと皆深く頷いて全員顔が真っ赤になった。
「雅?……大切な手 大丈夫か?」
「これ位〜平気平気!! ヨンが代わってくれたしミュージシャンって楽器運びが宿命なんだから〜〜!
でもありがとねーー 心配してくれて!!」
「あんま無理すんなよ?」
そして雅と子龍の2人は音楽機材を運び込んだ後、再びどこかに消える。
「ウワァ〜ーーーー!!」
「素敵ーーー……!」
戻って来た姿を見て調理室は一気にざわめく
『アイツらぁ!』
信繁が目を回しビックリ仰天するのも宜なるかな……
子龍と雅は、ネオゴシックの目を見張る美麗な色違いの衣装を身につけていたからである。
雅はブラックのインナーにタイトな白銀のパンツに同素材の裾広がりのロングジレ……!
肩からはフワッと体全体を覆わんばかりの柔らかで極薄のグレイッシュなストールをかけている。
元々パンツとジレには複雑な地紋が織り込まれており、ストールの醸し出す紗にかかったような透け感の美しさが上品である。
子龍はストールを片方の肩にだけ掛け、ウエストのカマーバンドでギュッと押さえつけ、まるで神話か何かの威厳ある神々の様だ。
但し彼は雅が白なら黒ーーー……
デザインこそ同じだが…ストールも含め全く正反対のカラーリング。
信繁は知らなかったが、雅の着用衣装は城内勤のデザイナー&パタンナーであるフランス系双子姉妹が過去〜
彼女らが未だ学生時代卒業制作のファッションショー、メンズ作品としてコンクールに出品し見事グランプリを射止めた作品だったのである。
なお子龍の着用分は ”お試し”
白と黒どちらがいいかーーー……?インパクトがあるか、試作としてつくりながらも想いが詰まり作品内にこもりすぎて とても捨てられず……!
母国フランスからジャパンに来る際、自分の技術の証明〜
ある意味の自分達の到達点を人事採用の際に披露〜実際にこうだと見せる為に持ち込んだものだ。
この保管していた二着を彼らのサイズに急遽フィッティング、調整、初めて公に華々しく、”お披露目”となった華麗な衣装だった
「……では!」
キラキラーーーー……
天使の笑顔を振りまく全ての準備を済ませた雅の指先から美しい音が次々と零れ出す。
肩を優しくふんわり覆う、妖精の翅の如し滑らかな透けるショール……美の極み
「ゴールドベルグ・988かあーーーー……
相変わらず雅やるなあ、クー!! しみるぜーーー!!」
子龍は信繁の隣で悠然と腕組みし、嬉しげに顔を寄せ囁く。
「ぁあ流石だよな……」
「コイツ、この曲、ジャパンではゴールドベルグとか、ゴールドベルクとか言ってるけど……
正式な本場ドイツ語発音の発声、読みでは『ゴールト ベルク』だからな」
「へぇーーーそうなのか? やっぱりお前の方が語学は細かく詳しいな」
「あぁ、普通dやgで終了の場合はクリーンな発声で終わるんだよなぁ〜
但し形容詞とかの動きがある〜
感情の乗っかったような場合は濁音だ、言語って全く面白いよな。
因みに『ゴールトベルク』は〜何のこっちゃかというとだ、当時14歳だったか15歳だったかの天才クラヴィーア弾きの少年の名前だ。
クラヴィーアって言うのはフランスの鍵盤楽器をザックリ指す言葉だが、この天才君はチェンバロ奏者……
あんまりにも凄い才能があったから、ドレスデンにいた音楽マニアのロシア公使カイザーリング伯爵がパトロンとして援助を。
『コレはいけるんじゃないか?』〜と、大バッハの長男ウィリアム フリードマンの門下生に送り込んだんだ。
そのコネなのか、1741年に大バッハがドレスデン旅行の際、お屋敷に立ち寄り。
要するにーーー世話になり
伯爵は〜
『自分の不眠症を貴方の音楽のお力で直して欲しい、心の癒やしとして是非貴方に機知に富んだ素敵なクラヴィーア曲をかいていただきたいのです。
報酬はチャンとお支払い致しますよ?
金杯〜ワイングラスいっぱいの100ルイ金貨で如何でしょうか?』
そんで、晩年の大バッハは『そりゃ喜んで!!』
ーーーーとまあ大傑作を物にする」
「……へぇ?」
「大バッハ……彼自身子だくさん、しかも 当時の大卒じゃなかったからなぁ。
若い頃生活にカツカツで、お給料のいい宮廷や大聖堂に全然奉職できなかったんだ。
で、子どもには最高の教育をつけねばっ!! 働けど働けど 我が暮らし楽にならざり〜を地で行く苦労人なんだ。
だから報償に靡いた彼を非難は出来ないーーー
原題は『アリアと種々の変奏』
技巧的要素がビッシリつまった曲が良いだろうねぇ〜と、大バッハは依頼者の眠れないと嘆く伯爵のために素晴らしい、バリエーション形式の曲〜
ーーーつまり『変奏曲』をかきあげた。
伯爵はその後、お抱えのくだんの天才君に、就寝前に、寝室隣の部屋に置いたチェンバロで、気に入った部分を弾いてもらってスヤスヤ眠りについたそうだ。
自分の為の変奏曲……!
その天才君の名前がーーーー
ヨーハン ゴットリーブ ゴールトベルク……
ゴールトは『金色』や『金』〜 ベルクは『山』
ジャパンの言葉で言い直すと、金山君の変奏曲〜とでも言うのかな?
何で カイザーリング変奏曲にならなかったのか?については、俺は全く知らないけどな?」
調理室の低いテーブルに軽くもたれていた信繁は思わずブフッーーっと笑う。
子龍も同じ様に フフンッと得意げに笑う。
そうした表情はハッとする程 いつも艶めいていた
彼独特の……悩ましい見惚れる表情
『コイツは〜子龍は変な話の引き出しが実に多いな』
そう、こうして信繁が落ち込んだり疲れたりしている時を狙い澄ましたかのように、面白話を記憶のデータベースから引っ張り出してきては
ーーーーしかもいつも変なオチをつけて〜堅くて真面目な融通の利かない信繁を笑わせている。
信繁には それが友人に対する彼の優しさだと良くわかっており、意地を張り口にこそ絶対に出さないが、心の中でいつも深く感謝していた。
「雅のバッハは、格別だな。
よくぞ こんな難解な曲をサラーーっと弾きこなせると思うよなーー……!」
「ぁあーーーー全くだ」
子龍の感嘆に信繁も思わず深く頷く。
確かにーーー……
ドレスアップ、心を込めて穏やかに演奏するピアノ演奏はこの実用一点張りの調理の部屋ですらコンサートホールに変貌させている。
観客ーーー
雅の奏でる演奏を聴いている女性職員の、蕩けそうな満足げな笑顔を見るとこのミニコンサートが大いなる成功だった事を感じる。
幸せの中で聴くバッハ……
素晴らしい素敵な出来事だと信繁も思う。
美しい音楽はどんな人々の元へも幸を運んできてくれる。
ましてや今はクリスマスシーズン、すべからく皆幸福であればいい。
信繁はーーー……
あの素晴らしい煌々と降り注ぐ月光の下別れた、今は夫君と共に遠き国に居るフレイヤを想った
彼女は上手くやっているだろうか?
敵国の姫だと阻害されては居ないだろうか?
そして、ロームルス閣下はああ言ったが出産後の体調は厳しくないだろうか……
男では解らない辛さで、苦しんではいないだろうか?
だからこそ……
信繁は霊験あらたかと言われる神社の、安産守りをワザワザ用意したのだ。
心穏やかであれーーー特別注文のオルゴールも。
何の何処が特別だったのかと言うと、曲目がではなく内部構造にである。
信繁は工房主の製作者に通常の物よりも遙かに、内部で回転するドラムに埋め込まれたピンを弾く金属の櫛の歯……
”弁”の数を増やした豊かな厚みのある音色になる物をと、無理を言って注文したのである。
「お客さ〜ん、この曲では無いですよ?
ですんで……ピン溶接と調整で別注、特注になりますのでちょっとお時間を。
私が責任を持ってお造り致しますが、どうされます?」
信繁は「構いません」と答え、結果、何とか彼女のバースディに間に合わせられてホッとした。
当然この事はフレイヤ王女には伝えなかった。
そんな努力をしただなんて、知られたら超恥ずかしいのにも程があるじゃ無いか?
信繁は彼女に”自分の本心”ーーーー
絶対に感づかれたくは無く ……兎に角、今更どうにもならない境遇なのだ。
子龍はーーー自分の世界に鬱々と浸りだした親友の暗い表情をチラッと横目で見て、ワザと戯けた小声でこんな事を付け足すが如く言う。
「金山君、14〜15でこの曲弾けたわけがない!とーーー
んなの 難しすぎてフルで出来る訳が無い!!
後世の研究者は、総ツッコミを入れてるけどな?
だがさぁ……雅を見てると、やっぱさぁ、気持ちって通ずると思う訳だよ?
きっと金山少年、恩人の人の事が相当大好きだったのさ」
「ーーーー」
「大切な人間の為なら頑張れる〜だろ?信繁。
年齢的に今の中学生の年代の〜金山少年が、さ眠い目を擦り擦り。
自分の恩人の伯爵の為に、深夜蝋燭の光の下で丹念に心を込めて毎晩弾いたっていう美しい伝説どおりでいいんじゃね?
ーーーー俺的には思ったりする訳さ」
「雅は普段でも『インベンション』どころか、3声の『シンフォニア』とか普通に弾いているからな」
『そうだーーー愛あればこそだ!』
フッと信繁の昏い意識が明るい方に覚醒する
「きっとお前の言う通りーーー
伝説通りだよ、ドレスデン地方の健気な少年の姿が目に浮かぶよな。
雅ーーー彼を見ていると楽器が弾ける人間が心底羨ましいと思うよ」
「へ〜ユーティリティ、何でも出来るお前でも一応〜そう思う事があるんだな?
何だか安心したぜ?」
「一言余計だぞコラ」
2人の小さな攻防中……雅の奏でる幸せ運ぶ楽曲は次の曲に滑らかに変わって行く。
今度も、如何にもクリスマスに相応しいメロディー、調理室の女性達はホウッっと感嘆の溜息を漏らす。
曲名ーーー前曲と同じく「バッハ」〜
平均律クラヴィーアNO・1 第1巻 前奏曲
「アヴェ マリア」の名前でも有名な楽曲を雅は選ぶ
ーーーー心を清らかに満たす甘い旋律、部屋の隅々まで安らかに浄化する。
『うん、良い曲選択だ』
信繁は珍しくゆったりとした気分に包まれる
自分がオルゴールにと、フレイヤの誕生日のお祝いとして名うての工房の職人に直に製作を依頼した曲は和名「きらきらぼし」
編曲や替え歌、メロディは世界中各国に伝播、有名所で最も古い変奏曲はモーツァルトの「キラキラ星変奏曲」
原曲は戯れ歌
「あの人を大〜〜〜好きになっちゃったの!」
〜レディが母親に恋心を打ち明ける告白ソングだ。
『全くーーーあの夜の……堪らない時間を思い出すよなぁ……』
信繁の頭の中に過去の、彼女と過ごした楽しい一時が蘇る。
準備が案外想像以上に大変だったが、”やって良かった”と、色々と含めて、今でも固くそう思っている。
……子龍はニヤッと笑う、こう言う時は何か企んでいる時、もしくは冗談を言う時に限ると信繁は知っていた。
「?何だ……?子龍」
「欧州にこんな小咄が伝わってる。
”バッハに1番感謝しなけりゃいけない者が居るとすれば、それは神様だ!”
〜そう言うジョーク知ってるか?」
「ふんーーーー海外にも、傲慢不遜なお前みたいな口の悪い奴が、確実に居る事だけは確かっだって言う証明だな?」
「コリャーーーやられた〜ッッッッ!!」
子龍はクスクスクスッと笑いながら極々小声で答え、信繁はギュッと鼻の付け根に皺を寄せて同じく声を立てずに笑うのだ。
ーーー微かなやり取り、お互い気心のしれた者同士の2人の世界だ。
演奏に夢心地の観客には全く迷惑になっていない、永年の付き合いだからこその阿吽の呼吸。
2人の……そんなこんなのやり取りの間にも、流麗な雅の演奏は 佳境にさしかかった。
その場に居る女性達は皆、見えない天使達が必ずここにキャッキャウフフと居るような気がした。
そうーーー!確かに感じたのだ。
空中に放たれた音の粒達、癒やしの天使達は1音1音キラキラと、虹色の7つの粒子を複雑に絡み合わせ空間にピンッっと弾ける。
ーーーあるいはフワリ空を舞う、時にはクルクルッと美しく優雅に踊った。
雅の演奏は、目に見えない音がまるで見える気がした程、それ程に卓越した演奏テクニック
ここに 今 天の御使いが舞い降りて来たーーー
心を甘やかに、キューーーンと、切なく甘く震わせる。
平和が御心にかなう人々にあるように、そうでなくとも幸せでありますように。
全てが幸福の中……癒やされますように。
ポロッとーーー
屈強な男の信繁ですら思わず、人前で涙がこぼれ落ちそうな光り輝く優しい時間
その証拠に事実ーーー所々泣いている女性の姿も見受けられた。




