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大騒ぎのクリスマスクッキング ⑧

信繁の『エプロン』は私物である。


以前、大学生時代、家族を失い、城へ就職すべく遮二無二、朝から晩まで黙々と勉強に明け暮れる 孤独で厳しい毎日の中で


”何も考えないで済む気晴らし”に、急に思い立った『1人旅』の旅先にてふらり工場見学に訪れた、とある『織屋』で仕立てられた物だった



素材は通称、三河木綿と呼ばれる布帛である。


城 近県地方特産、三河縞と呼ばれる伝統工芸品の織物であり、幅の狭い「小巾木綿」で織り上げられ作られた製品だ。


布帛は先染めの糸で、驚く程のみっちりと細かい密度で織られているので一見普通のストライプのテキスタイルに見えるが、信繁のバージョンは特別だった。


ぱっと見、紫色だが、よくよく目をこらすと 実に様々な色彩の糸で丹念に心を込めて織られたのが判る。


紫、エンジ、赤、朱、カラシ、青、紺、水色、濃紺ーーーーー

 

とてもこの国が、日本とまだ呼ばれていた頃から連綿と続く、古い伝統的な織物の様式とは思えない、実にモダンで洗練されており斬新な意匠の実用品である。


丁寧に仕立て上げられたエプロンは着用者である信繁を最高に美しく爽やかに引き立て、因みにこの品は、さらに輪をかけた限定品だった。


「いいんですか?」

「特別ですよ?」


手に取らせてくれた織機で1反1反糸を様々に工夫し織り上げられた、この世に1つの反物で造り上げられた品。


ぶらり気紛れな見学で偶々訪れた長身の信繁の様子を見るなり、織屋の大将がなぜか彼をひどく気に入ったのである。



「はは〜その様子じゃお客さんにぴったりサイズのキッチン用既製品はまず無いでしょうよ?」


「ええまぁ」

 

「だと思ったですわっっ! じゃっちょっくらいいですか?」



「ワハハ」と大笑いしながら、大将自ら竹のサシと使い込まれたメジャーで採寸


「ちょいとゴメンよ!」 信繁の体幹の細かいサイズをグルリ手際よく計測。

 

「本当にいいんですか?」

「こちとらプロですわ、んじゃー背の高いお客さん、上がりに1日下さい」


信繁のエプロンはこの大ベテランの、地元でも評判の腕利き職人でもある大将。


自らの手で薄暗い店の奥の良く使いこまれた馬力のあるテーブル付工業用ミシンでズガガガガガガーーーー!


ーーー丈夫な芯地もしっかり張り、ガッチリと しっかり仕立て上げた。


なお大将は”お揃い”で 中々キュートな付属小物、三角巾やバンダナ、ハンカチ


ウッカリ紛失!「ヤレヤレどこかへいってしまった!」


決してバラバラになくならないよう、細かい細々した装備がまとめられ全部キチンと納める収納袋も手際良く縫い上げた。



信繁は様々な土地を巡った後、時間通り、約束の期日に工場を再び訪れた。


「どうぞ! 1度試着してみて下さい」


「うぁあーーこれは〜凄いですね!!」


「気に入られましたか?」


「勿論です、本当に有り難うございますーーー……!!」


手に取った際の吸い付くような感触と感動、信繁にとって初めての、特別な体験だった。


大将曰く 

「その分でそいつの色目の織った反物全部使い切りました。

お客さん、背が高いからねぇ〜〜〜〜! 久々にやりがいがありましたよ」



つまりこれぞ1点物、究極の品と言って良い。


どの品も使い勝手が極めて良好で丈夫な為、信繁が丁寧に使い込む程 体や手に馴染み更に愛着が湧いた。


信繁は色あせぬよう中性洗剤で手洗いし、大切に愛用し手放せなかった。



「それ よくお前に似合ってんな〜〜」

「まあなぁーーー 使って長いからな」


子龍には自信を持って着用している、惚れ惚れするエプロン着用中の親友の姿が眩しく見えていた



一方、子龍が着用したエプロンは?というと、一枚も持っていなかった為、じゃあ〜と講師役、すらりと背の高い瑠架が用意してくれた逸品なのである。


「自分の身長で使えるならば、そんなにサイズ違いでないでしょ?!」……


彼とて信繁には負けるーーーが、一般的には高身長の部類に必ず入る男性。


信繁よりも、背の高さは気持ち低いが、それでも身長は180cm半ばである。



「お洒落な格好いい子龍は、如何にもエプロン〜という所帯じみたものは着けたくないでしょ?」



ーーーー図星!


子龍は自分の服は……「好みで自ら選んだ物しか着用しない」、そういうタイプの男性である。


センスの良い瑠架の独自判断で、肩紐が左肩1本だけのデザイン〜袈裟懸け的前衛的、ワンショルダー式ユニークな形態のエプロンを誂えられた。



「おおっ 〜いいじゃないか!

 

でもホントいいのか? これ? 麻〜…… 本物のリネンだろ?

 

この薄さから言って糸の番手も多分大きい、最高級品だろコレ、大事なの俺が借りちゃって良いのか?」


「よくわかるわねぇ〜そんな事、流石子龍だわね〜!

いいわよーーー私からの感謝の気持ちよ」


「うわぁーーーーー サンキュー……!」

 

そう言うと瑠架はニンマリ得意げな顔をした。


彼女は黙して語らなかったが、子龍が指摘したとおり素材は ”麻”……


~しかもジャパンで正式に「麻」と認められる一般的なラミー苧麻(チョマ)では無く……正真正銘の「亜麻」……稀少なリネン製品だった。


しかも少々凄い〜聞いて驚く物語付き、超超超高額なエプロンだった。

 

もうこの時代、市場には絶対に出回らない超貴重なビンテージ製の極細亜麻糸を使用し織られた製品。


究極の極細の繊維が特徴 ”アイルランド産 リネン(亜麻)”


フラックス100%でしっかりと織り上げられた、シンプルかつ滑らかな最高級素材で仕立て上げられた品なのだ。


 ……


亜麻は、亜麻科に属する1年草で草丈は80〜120cmに育つという。


可憐な花の色彩は紫色や白、上品な青や薔薇色、繊維1本の太さはというと約23ミクロンである。

(1ミクロン=1/1000mm)

 

亜麻繊維の長さは2〜3cmでそれらが10〜40本、網目状に寄り合わされてふんわり1つの茎の束になっている植物である。


繊維を巨大に拡大すると短いストローを何本も絡み合わせた形状の状態、その為に中空繊維として空気を繊維の中に多量に含む。


夏は涼しく軽やか、逆に冬季は着用者が放出する冷たい〜或いは温かな熱を取り込み空気を逃がさない。


繊維中に蓄え冷却〜蓄熱し天然のサラサラな断熱〜もしくは保温材となる。


亜麻〜リネンはB.C8000には既に、地球の文明発祥の地の1つ、チグリス・ユーフラテス川の河岸に生育していたとされる

 

チグリス川は トルコを源流に持つ河川、イラクを突っ切り河口が迫った箇所でユーフラテス川と合流し名前を変え、悠久の流れは最終地点でペルシャ湾に注がれる。


当時の気候風土が これにより察せられ、趙高温の現在よりも気温が恐らく穏やかだったことがわかるのだ。


茎を根から刈り取る 収穫の男女の様子がエジプトの壁画にも残り、絵画の記録〜証拠により亜麻は地球における、世界最古の衣類の素材と言われている。


では刈り取られた亜麻は何に使用されたかというと、厳かな特別な神事を執り行う神殿の神官の衣に多用されていた。


当然、神に祈りを捧げる、神自身でもあるファラオの柔らかな腰布や、現在も巨大博物館に収蔵されている、なまめかしい艶やかな王妃立像の絹に似た薄物の衣装も同一である。

 

よって純潔のシンボルーーー「月光で織られた生地」と尊ばれ後年、聖書の中にもしっかり登場する。


そのせいか高貴な素材とされ、成り立ちの出だしから欧州で尊き別格扱いなのである。


亜麻は加工前は「フラックス」という名称で呼ばれている

そして糸や製品化〜加工後に初めて アパレルの世界で「リネン」〜呼び名になる素材。


フランス語でリネンは le lin 〜ル ランと言う。

le lingerie 〜ル ランジェリー 下着の語源である。



リネン繊維持つ 微細破壊の特質で、着用者の肌が柔らかくマッサージされ、怪我などの治癒〜が際だってよいとされた。


欧州大陸は牧畜農耕を主体とするよりも、根は狩〜

”狩猟”を目的とした狩猟民族だった故、いきおいどうしても 大小様々な戦いの過程でつけられる裂傷による怪我〜負傷が多くなる。



リネンは、古来から避けては通れない事情によりそい様々な医療現場に 積極的に使用されて来る事になる。


現在でも亜麻製でない寝具系に「リネン」の言葉が表記及び残存するのも、こうした当時の日常の慣習及び名残かと思われる。


亜麻は寒い地方が生育がよい 繊細な植物


嘗て古代、アイルランドのリネン産業は世界1という栄誉を欲しいままにして来たが、繊細かつ膨大な手間のかかる、優しい青い花の咲く植物の育成とその紡績工場は、世界中を襲った「オイルショック」で最後のトドメを刺された。

  


可憐な花弁の花が開花するのは〜実はほんの数日間。


月夜に青く輝く〜本場の奇跡の畑は失われ、その後は他国から原料を輸入し製造販売のみを行っている。


そんなある日、某北アイルランドの古い紡績工場跡、暗くうち捨てられた倉庫の中から、大量の最高の製品が作られた頃の、デッドストック〜

 

ーーーナチュラルな紡績済の美しい亜麻糸が発掘された。


魔法のように ほんのり輝く金色の糸は英国〜某博物館収蔵のアイルランドの織機で丹念に特別に織られる。


再現の模様は、国営放送ドキュメンタリー番組でも取り上げられた程であった。


その後織られた布は「世界限定生産」で製品化され、当然その品々は一着一着全てシリアルナンバー付きで販売された。


子龍が身につけたエプロンは、その中の一着ーーー


瑠架は学生時代、特殊な語彙の連邦英語を必死に操りオーダーを出した。


殺到した争奪注文合戦を辛くも勝ち抜き、漸く国際便で手元に届けられた際、その晩は嬉しくて嬉しくて〜

 

〜見るだけで ”着る”など思いもよらず、兎に角全く使用せずベッド枕元に飾って眠りについた程である。


価格を聞いたら正に「目の玉が飛び出しそうな」〜それはそれはそれは非常〜に高価な品。


貨幣イメージで換算すると 購入当時の価格は、現社会人の彼女の1月分のお給料の大半を吹っ飛ばすという恐怖すぎる凄まじさだった。


秘蔵コレクション……既によく洗い込まれ独特の艶を醸し出す、消し炭色の極細繊維の 驚く程柔らかな美しいエプロン。



ブラックが 誰よりも似合い〜アクティブだが周囲に 繊細な気働きをする子龍の雰囲気に良くはまり、これ以外無いという程 最高に男っぷりを輝かせる。


彼女なりの最大級の感謝の証、大切な大切な宝物の貸し出し。



「絶体絶命の大ピーンチ!!」を救う切っ掛けを作ってくれたお礼と、心からの熱い感謝の気持ちの表現だった。



因みに同じく長身のヨンのエプロンは、瑠架と同じ実用的業務用の有名メーカーの品(予備)である。


そのせいで後から「瑠架さんの彼氏?!」「わーぁお揃いじゃない♡」

「ひょっとして、ナスチャとバチバチの取り合い?!」


〜という、けしからん噂が立ったのはまぁ仕方がない。




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