フレイヤ妃殿下のその後について
ロームルスは信繁に鷹揚に微笑みかける
「ほんの先程、フレイヤ殿下が無事にお子様ーーー
目出度きことに男児を出産され、母子共にご息災であられ、大王様はことのほか喜びだ。
嘗てのトールでの独房収容での彼女のお姿、まるで荒れ狂う山猫のようだったあの旧フレイ王家、第五王女殿下は今回のご出産のみぎり、すっかり変わられた。
これもまた、格別の喜ばしき事だ」
「それはおめでとうございます。
わざわざ喜ばしき慶事のご連絡、誠に感謝致します。
お心遣い ありがとうございました」
信繁は深々と頭を下げ、その様子を見たロームルスは嬉しげに 続けてこんな事を投げかけるのだ。
「しかしフレイヤ殿下には 心底ビックリさせられてばかりだよ。
城から惑星トール首都〜政府機関、『王城』に帰還した後は、これがあの『おてんば姫』ーーーー
同じ人間か! と〜皆、一様にーーー目を疑った。
ウム、そうだ、まるで別人のような〜
全く別物の、美しい高貴な女性に変貌されていたのだからな。
身籠もるレディは皆間違いなく美しいーーが、それにしても、女神に似た清らかな様相に転じていて本心より驚いたよ」
「ーーーーーそうですか」
「ああ、信繁君。
フレイヤ妃殿下が王城パーティーに出席なさると、毎回必ずこのような事が起こるのだ。
その場の男性客の視線総てが、誘蛾灯にふらぁ〜っと、まるで吸い寄せられるかのように見事に毎回集中するのだよ。
ああなると もう理屈では無い。
それ程ーーー1度に短期間でお美しくなられた。
只私は〜」
ロームルスは一旦言葉を切り、キッパリこんな事を言う。
「フレイヤ妃殿下に とある下心があるのではと、私はそう考えたのだ。
妃を心から信じて疑わない〜 ”夫”
惑星トール 王室末の王子〜ラファエル王子殿下に。
忠誠を捧げた、我が大王様が溺愛するラファエル様に対する悪質な蛮行ーーー
あの、うら若き美しきお妃様が考えているのでは?と疑った。
ーーー即ち后であられるフレイヤ妃殿下による『ラファエル王子殿下暗殺』
彼女が〜
夫婦のみしか居ない寝所で刺し違えるつもりならば、事は極めて簡単な行為だ。
寝首をかく位、銃火器になれ親しんだ『元軍人』
〜それもエリート中のエリート部隊である、祖国惑星フレイ王立宇宙軍、空挺出身の彼女にとっては
あぁ ーーーーいとも容易く 達成出来る事だからな。
日をおかず 本人に私自ら直接問いただした。
私は単刀直入にーーーフレイヤ妃に接見、『本心の話』を聞き出そうとしたよ。
心から信じ〜愛する者に裏切られる程、男にとって辛いダメージを受けることは無いからな。
夫君が お可哀想では無いのか? と、敵愾心を生みやすい理詰めではなく妻としての情に訴える、その線で話を進めた。
するとーーーーこれが、全く予想外の言葉が返ってきたんだよ」
ロームルスの口調は、どこか面白そうな笑いと響きを含んでいた。
それが信繁には とても意外に思えた。
「私はね、『ここ1番』と言う時は、相手の本心をズバリ言うようにしている。
その方がーーー場合によっては相手に此方の誠意と受け取ってもらえるからだ」
「それは、切り札を、一気にテーブルに乗せる〜と同義ですか?」
「まぁそんな感じだな、君は話が早い。
誤魔化すにしてもーーーそうでないにしても、どちらにせよ相手の本心と本音が透けて見える。
後はそれに併せて此方が如何様にも動けばいい。
あの時も、一気に盤上を動かすつもりでフレイヤ妃殿下にお尋ねしたのだよ。
あの娘は年齢こそ若いがーーーー人は見かけによらない。
元々フレイヤ姫は、ある理由で配下の者にずっと付かず離れず 幼い頃からマークさせていた重要人物だ」
『それはどうしてですかーーー?』
信繁は喉の奥に思わず声がつまったーーーーが、グッと類い希な意思で言及したがる欲望を停止させた。
この男が答えるわけが無い。
〜フレイヤ姫は本当は戦死されたフレイ国王殿下の異母妹。
もしくは20年以上前、遠い星域で起きた反乱平定の際に戦死なさった王弟殿下の秘せられた実の娘では?〜
ーーーそのような仄暗い疑惑の仮説なんぞに。
『彼に聞いても、上手くはぐらかされるのがオチだろうな。
それにーーーー今ここで聞かない方が、慶事の礼に叶っている』
だから信繁は慇懃に ”別の問い” を口に出した。
「閣下の慧眼 感服いたします。
フレイヤ妃殿下様は 何と仰っておられたんですか?」
「うむーーーあの方は私に静かに笑いかけ、真っ直ぐな曇りのない瞳で見つめて来たのだよ。
とてもグッとくる、まるで この世の汚れを知らない幼子のような、大変に綺麗な眼差しだった」
「そうですか」
「切れ端すら『嘘』が混じる気配〜
悪しき様子は瞳の中に微塵も感じられなかった。
私にお妃様はーーーこうお答えになられたよ。
”ある方が、自分の幸せを 心から願ってくれております。
その方の私を信頼するお気持ちを裏切ることは、私には生涯出来ません”
フレイヤ妃殿下は この私にはっきり、そう仰った。
〜貴女の幸せーーーとは 何を指されるのでしょう?
そう私が尋ねると、こんな風に仰られた。
”私が王子様をお支えし、妻として愛され、母として、天子様の健やかな成長をお祈りする事です”
一切、驚く程に迷いのない返答だったよ。
私はそれを信じて、あのお方様を より支持することをお約束した」
信繁は話をじぃっと聞いていた。
余計な口を挟まず黙っている彼を見て ロームルスは微かな笑みを浮かべる。
「私には〜信繁君、たった1人の 美しい大切な姉がいた。
愚かな身内自慢になるが、ミス銀河インターナショナル大会にて、惑星トール代表になった程の、聡明で優しい、二人と居ない素晴らしき女性だった。
彼女は再婚した母の、夫の、たったひとりきりの最愛の娘、いわゆる連れ子だ。
あぁ私の義父は立派な男で、戦死した我が父の無二の親友だった。
私を大切に教育、そして母を惜しみない愛で、たっぷり包んでくれたんだ。
今でも思い出す〜姉は皆のーーー正に掌中の宝物だったよ。
私にとっても掛け替えのない、不可侵の大切な存在、彼女は絶対に世界で一番幸せになるべきだとずっと考えてきたんだが〜
だが、そういう心の清らな人間程、どうしてか〜悪魔の餌食だ。
極めつきの碌でもない悪い男に『騙された』
ーーー姉の夫は惑星ラオコーンの大統領だ。
あの聡明な姉が、どうして顔と口ばかりのロクデナシに〜と、私は今でもどうしても解せぬのだが。
周囲に言わせると
ーーーそうしたものーーーーなのだそうだな、悔しい事に。
憎々しい『ロクデナシ』が欲しいのは 素晴らしい姉の肩書きと美貌のみ。
で、都合の良い時ばかり縋り付く。
欲したのは、優しく誇り高き姉の肝心な、心ではなかった。
姉の周囲の環境は劣悪でーーー
私は身内としていつも予測できない大きな澱のような濁った不安を抱え、姉と会う度に 苦しくて堪らなかった。
最後にトールで、母親になった姉と会った時、もう行くな!と戻るな!!
〜最愛の姉を、弟としてーーー必死に引き留めた。
泣きそうな顔で、何とか説得しようとした私を見つめる、あの日の姉の信念に満ちた 美しい表情。
あの真っ直ぐな瞳を前にして、
ーーーフレイヤ妃殿下を見ていて突然、唐突に思い出してしまってね。
ギュッとーーーー
邪悪な質問をした私は、心臓が締め付けられそうだったよ。
女性はか弱そうに見えて、いざ、母となったら 皆強いな。
フレイヤ妃殿下の仰られた ”ある方”とは、信繁君ーーー君の事だね?」
「……」
信繁にも命よりも大切に思える妹〜翠がいた。
彼女を亡くした時の心痛。
”命を助けられなかった” という消えない負い目、引き千切られる心の痛み。
今でも……棘の如く信繁の身を苛むのだ。
どうして肝心な際に側に居てやれなかったのか?ーーーと。




