番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (37)
信繁らが泊まった山室は標高2493mーーーー
これから目指す新七合目は2780m、3人はひたすら歩き、信繁は1時間近く歩いた事で少し休憩を取る事にする。
ヘッドライトで照らされた山道は、今後は滑りやすいジャリジャリの砂礫と大きめの火山岩だらけの斜面ルートになるから、足元についてかなりの集中力が必要となる。
転倒防止はもちろんだが、ふわふわする意識で万が一にでも石を蹴ってしまったらまずいのだ。
新七合目に無事到着すると、山室前で信繁は行動食を背負った荷物から取り出す為に、ゴワゴワ嵩張るグローブとガードを潔く外し、食品小袋を掴むとと思い切りよくセロファンをピリッと千切る。
「子龍、食うか?」
「おぅ、わりーなーー」
正直全てを外して再びまた装着し直すのは面倒なのである。
〜ましてや空気が薄くなりつつあり、全ての作業がだるく重く辛く、どうしても細やかな作業が億劫で雑になる。
だから同行のどちらかが交代で、些細な事とはいえ行うのは二人の間で暗黙の了解となり、そして現在である。
子龍は口元に差し出された食品〜今回は一口か二口でいける羊羹だ。
これをまるで爬虫類がバグっと飲み込むようなポーズで全く手を使わず、ハグハグクイーっと一気に口内に収める。
「うっめー」
「そりゃよかった」
その二人の奇妙な餌付け??風景を側で見ていたヨンは、なんだか禁断の見てはいけない禁忌風景にはからずも出くわしたような、極めて居心地の悪い、そんな思いがして思わず目を伏せる。
「ヨンはどうする?」
「???」
「この辺でちょっと糖分入れといた方がいい、以後の持ちが違う。
水分も必ず取れ」
そう言うと信繁は返事も待たずに再び同じ流れで羊羹を取り出し、手際よくパッケージをサッと剥くとヨンの口元に差し出すのだ。
たまらない甘い香りーーー
自分が心底憧れて来た人物より逆にしてもらう場合は、別段危ない気配がコロっと吹っ飛ぶこの健全さが調子いいなと自らでも思うのだが〜
「いただきます」
おそるおそる歯で噛み締めると、「!!」
ーーーー信じられない濃い甘味。
濃密にねっちりと口一杯に広がる。
だがどこか懐かしい味、柔らかな歯応えだ。
未体験の味覚だったが、思ったよりも後味スッキリで、ヨンは丁寧に咀嚼し飲み込む。
ゲンキンなもので先程までのどうしようも無い酷い疲れが、一時的にだろうがどこかに吹っ飛んだ気がするのだ。
それにリーダーの信繁の手ずから貰って食べたと言うのは、仲間と認知されたようで気持ちの上でもかなりに大きかった。
「これはなんですか?」
「豆を甘く煮込んで植物質の凝固剤で固めた菓子、羊羹だ。
和菓子という名称でカテゴリーは括られてるな。
原料が豆だったら、大概の国の人間でも口当たり的にアリだと思ってな」
成程だからかーーーー
ヨンは成長期、缶詰のビーンズを肉体を作る為によく食べた。
植物性タンパク質だからで、肉は高価だからそう簡単には手に入らない。
きっと種類は違うのだろうが、あの豆がこんな美味な状態になるとは思いもよらない事で、ここでも非常に驚きだった。
「甘味は食べないのか?」
「菓子類は高価でしたので。
ーーー手に入ると妹に全て」
すると信繁はフッと笑うのだ。
「どこも兄貴は大変だな」
見上げる夜空にはキラキラと先程よりも輝きを増したように感じる、目を奪う
素晴らしい銀の砂の様な星空が広がっている。
惑星デメテルがこの広大な天宮の何処にあるかはわからないが、遠い何処かに妹の幸せに住むコロニー都市D-01が、何事もなくいつも通り周回軌道を巡っている筈だとヨンは空想する。
そんな姿をチラッと信繁は見たが何も言わず、そっとしてくれた気遣い。
ーーーーただ有り難かった。
「これからのルートは山なりに大きく進む滑りやすい斜面だから集中しろ。
次の山室は標高3010、まだ七合目範疇に入り、八合目でないからガッカリするな。
だがここを超えたら、本物の火山の溶岩がまんま固まった、頑強な剥き出しの岩場越えだ。
グローブ嵌めた手で四つん這いで登るかもしれないが、それについては皆そうだし仕方がないから見栄を張らず気にするな。
行けども行けども見えているのに到着出来ないと心が折れそうになるが、そういうもんだと我慢しろ。
本物の八合目にある山室 標高3250に到達したら再びの細かい砂礫道が、標高3460mの山小屋〜九合目の山室まで続く。
それを超えたら九合五勺、標高3590、山頂は除くが山の斜面に立つ山小屋としてはジャパンで最も高い場所に到着だ。
〜富士剣が峰へはまぁ60分と言ったところかな。
ここから山頂が最もキツイ場所で胸突き八丁とも言われるんだが、ここでもう一度しっかり休もうと考えている、でないと絶対に持たないからな。
もしも体調不良があれば、必ず俺に言え、わかったな。
山頂は空気が薄く気圧も低く、間違いなく体に大きな負担を掛ける危険な場所。
でも俺の私見になるが、ルート一番の大パノラマが目の前にあるんだよ。
東側には江ノ島、房総半島が見え、駿河湾に箱根、伊豆半島に、まだまだ時間的に見える圧倒的な市街地の夜景、頭の上には手を伸ばせば届きそうな満天の夜空、壮大すぎてすっごいぞ?
ご来光時には山の影、雲海に映る影富士という富士山そのものの巨大な影の威容がその目で見られて沈黙、感動するしかない。
場所がガスってたら鮮やかな光で綺麗な二重の半円形の虹まで見えるのさ」
「りょーかい、班長さん」
「ヨン、いいか、具合が悪くなったら必ず言え」
「ーーーはい」
「じゃ、残り頑張って行こうぜ」
自分の分の羊羹を食べ終わり、ガサガサとゴミを圧縮、荷物の中に畳み終えた信繁は再びグローブを嵌めて、再度全てを背負い直し身支度完了!
山頂を目指し厳しい山道を歩き始める。




