番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (36)
信繁はうーんと考える。
「今日は平日でもうすぐ閉山日ですんで、そんなに登山客は多くないです。
特にピーク時の夏休み、お盆の時期ほどは。
でもそれでもAM3:00ごろからAM5:00頃の八合目から上はどうしても混むと思います」
「じゃぁ逆算して、最低2時台には山頂〜それも剣が峰にいなくちゃいけなくない?」
「そういう事になりますね」
「じゃぁさーいっその事、信繁と俺、藤、
あと班の一人か二人だけ先発隊で先に行って、重要な機材の設営、で、他を運搬の後発隊はやや遅れてってのはどうだ?
もうとりあえずは上がりのノーマルルートの道迷いの心配は無いんだろ?事故が起こるのは大概下山、確かに吉田口の下山ルートはブル道だが、それでもかなり長距離間になるし、落石とか気になるし。
やっぱり足首とかの疲労とかが心配、不安視されるから油断は禁物じゃね? なぁ相棒」
ふぅ〜っと吐息をつき、信繁は頷く。
「それが一番いいのだがーーーー」
「城主の警護は隊長職の俺がそばにいるから、まぁ心配するな。
山頂にはお前らが待って居るんだろ?
いくら年寄りでもその僅かな上がりの時間だったら盾にでもなんでもなるさ、安心しろ信繁、その案で行け。
それから今回の名目上の事があるから、一人班員を連れてくならヨンにしろ」
「ーーーいいんですか?」
「ウム、実は実力を見定める目的も、今回の俺の同行はあったんだ。
他の男連中も完全に連携をバラして時々他班で様子見だが、ヨンは何もかも実力が頭抜けている。
荷上げ作業の見た感じ、奴は使えそうだぞ、お前の手で仕込んで育て上げろ。
いつか必ずD-01に恩赦で戻られる馬鹿様だ。
アイツとは気心も合うんだろ?
ヨンはウィンストンの護衛官トップとして間違いなく将来右腕に成長可能な希少で稀有な人材だ、こちら城上層部としてもあっちのコロニーに恩を売りたい」
「政治的に身も蓋もないですね」
「私の事だったら大丈夫よ、こんな所で暗殺部隊控えてないでしょ?
狙撃って言っても、不夜城の防弾のヘルメット持ってきてるし装備もね。
防刃の機能もあるからすぐに対応可能だと思うわ!
どうせモコモコの格好だし、一般客にも不審には思われないでしょ?
藤班のメンバーは一人一人に信繁班の戦闘職の人員がフォローに付く、布陣はこれでどう?」
「ーーー相変わらず気合が入ってますねぇ、城主は。
確かに丁度人数的にもいいかもですね」
信繁はため息をついたのだが、確かに最も良い案に思えた。
何かあれば、藤先輩は体の大きな俺達二人が道行に助ければいい。
そんなこんなでPM11:00という強行軍で信繁、子龍、信繁班班員一名で登攀を開始する事になったのだが、眠りを静かに起こされた藤は、部下のことがあるからここに残ると答えた。
だがこう言う場合、エールを送るのが礼儀として適っている筈だと藤は思い、体を慣らすためにも見送りの為に外気に出る。
そんな藤が山室を出ると、星降る様な素晴らしい満天の夜空が待ち構えていた。
「ーーー素晴らしいなぁ、信繁」
「ですね」
「確かに今夜はすっげーなぁ」
「ーーー」
息を呑む視界いっぱいに広がる素晴らしい夜空。
遠くに瞬く地上の星、市街地の夜景の眩い輝きが相乗効果で信じられない美観を作り出している
「まぁフレイヤ王女殿下は、強運の女神様ですからねぇ」
「〜〜〜〜確かに!!」
「じゃぁまた上で、藤先輩」
「素晴らしい絶景、期待してるよ」
「それは絶対に期待度大ですよ」
3名の下界でいう真冬の冬装備そのもの〜
ヘルメットに厳寒用ダウンジャケットのフードを掛け、バンダナで口元を覆い細かい砂礫対策に足カバー装着、ポールを持ち完全装備に身を固め、更に重々しいメイン撮影機材も分担して背負う姿。
藤にウンと和かに頷く、穏やかな雰囲気を纏う信繁。
相変わらずえらっそーに態度デカしに見える不遜な子龍。
あくまでどこまでも不思議なほど無口な、けれどヒーッと誰が見ても怖い顔、透き通る水色の瞳を持つヨンの奇妙な3人構成。
藤はヨンの側に寄ると、こそっと正確な連邦英語で呟く。
「もしも大事な私の後輩に危害を加えたら総力を上げてお前を抹殺するからな」
「しません」
「ーーーどうだか」
やや物騒な言葉を投げかけた藤に見送られて3人は山頂への山道を登ってゆく。
「しかし意外だなーーー」
軟弱なコロニー人のヨンはあの富士の恐ろしい気圧とかに耐えられるのか?
しかしヨンの後見人が信繁である以上、決して目を離したりチームから外すわけには行かなかったんだろうとは理由付けに思うのだが、本当に大丈夫なのだろうか??
ーーー藤には不安と疑問でしかないのだが。
そんなヨンは一応の山岳登攀のレクチャーを信繁より受けていた。
「いいな?呼吸はゆっくりと、全部吐き切ることが重要で、胸の底まで吐いたら同じ様に深く吸い込め。
歩幅は小さく、体の動きは可能な限り緩やかに、フリは大きいが小さく動かせ。
水分は小まめにとにかくたくさん取れ、わかったな」
「?」
自分はこの国ではれっきとした犯罪者、その罪においては自覚がある。
にも関わらずな〜相変わらず丁寧な対応と自身への扱いに戸惑いを隠せない。
この一見お育ちの良いボンボンにしか見えない若君の、反対のとんでもない度量のデカさは何なんだ?!
自分が幼き頃より一心に目指す精神的支柱だった人物、いつか不断の努力と積み重ねの実力で倒すべく目標にして来た、そんな信繁の言葉だったら信じてみようと思うヨンだったのだがーーー
話す意味、含む意味は全くわからなかった。
大体、大きく小さく動かせってなんなんだ?!
しかし山室の後部の山道を登り始めて直ぐにその意図することが理解出来た。
ーーーとにかく体が異様にずしっと重くなる、だるい、足が動きづらく息を吸うのすら辛い。
そもそも短文でも喋るだなんてとんでもない荒業である。
少なくとも自分には辛くてたまらない事柄を、ヘラーっと普通に、まるで地上にいる日々の如くに行なっている能力の順応性の高さには唖然、唖然とするしかない。
ヨンは必死に言われた通りに呼吸を深く、深く吐き出し、それが終わるとゆっくりと吸い込む。
ーーーー信繁を信じるしかない。
動作は緩慢にし、歩をゆっくりと、気分的にスローモーションの大ぶりにこなして行くと、確かになんとなく自分で勝手に歩いていた時より動きがいい気がするのだ。
列の先頭は信繁、そして自分、最後が子龍の順だ。
副班長という組織副官の役割のこの男には、どうやら自分は快く思われていないのはとっくに察しているが、それは当然の事だと納得している。
自分が彼の立場だったら、きっとおそらくこんな物ではなく、側付きとしてもっと厳しく、それもあからさまに当たりがキツく強く反応している自信があるからだ。
信繁というリーダーは、つまり男が惚れる男と言った魅力、無意識に零れ落ちる強大な求心力が備わっている。
運命の巡り合わせで、彼の元で技能を学ばせて貰える自分はなんという幸せな人生か。
人生の第二幕として最高の幸運が用意されていた事にひたすら胸を熱くする。
ヨンは万感の思いを込めて故郷に残して来た妹や大切な親友、今は亡き両親、特に自分達幼子のために残りの人生全てを残らず捧げ尽くしてくれた悲劇の母の魂を想い、聖なる清らかな星々の光の波を見上げる。
思えばこの驚異の万能の若君も、約束された特別の、誰しも羨む垂涎の恵まれた生活を捨ててまでしてここに奉職を決めたらしい。
彼がなぜ周囲の大反対を跳ね除け、無理を押してまで、そうしたのかーーー
常に厳しい、妹を守り切る半生だったヨンにはポトンと胸に落ちるものがあり、納得というか肌触りのある実感として共感、理解出来る気がした。
終身刑を受けた自分。
信繁の様に、誰かの為に全力で遮二無二生きる事が可能になる日が、果たして来るのだろうかーーーー
もしもそんな日が本当に来るのだったら、素直な心で受けた恩を次の世代に返したい。
そんなことを心密かに願う 純情なヨンであった。




